5話
『……どうも』
黄金像から小さな声が響いたのは、この日の日付が変わるかという刻限だった。
ある程度、力が戻ったのか、以前に会話が途切れた際の弱々しさはほとんど残っていない。
だが、それでも余裕はなさそうだ。
『すぐに本題に入ります』
「ああ」
アポロもそれだけを返す。
『あまり、話せる時間は長くないでしょう。故に、単刀直入に頼みを言います。 ……私のこの黄金像化の呪いを解いてください』
何となく、予想はしていた言葉が伝わってきた。
これまでまともに人と話す事すらできず、1000年もの間、黄金像にされてきた少女。
頼み事、といえばまずはその状態の解除になるのは当然だろう。
「何とかしてやりたいが、正直、俺の知識じゃ難しいと思う」
アポロは続ける。
「これでも、冒険者としてある程度、魔法の知識は持ってるけど、こんな高度な呪いを解くのは無理だ」
その解答にも失望した様子はなく、セレニアは言葉を出す。
『そうですね。この呪いは相当に強力です。世界屈指の魔術師でも見つけてこない限り、術を強引に解除するのは難しいでしょう」
「それこそ無理だ。俺はそんな一流の魔術師じゃあない」
『ですが、そのような力や知識がなくとも呪いを弱め、私の力を戻す方法はあります」
セレニアが続けた。
「それって、もしかして信仰力とやらか?」
ふと、驚いたようにセレニアに少しの間があった。
『……驚きました。思ったよりも、賢いのですね』
何となく、低めに評価されていたようで面白くない。
アポロは少し不貞腐れて答える。
「それはどうも。前に言ってたからな。信仰力がどうとかって。それがありさえすれば、あんたはある程度、力が戻ってくるんだろう?」
『はい。ですが、それだけでは正解なのは半分だけです』
「半分?」
『単に私の力を強めるのではなく、その逆の力を弱めることでも呪いの解除は進みます』
「その逆?」
『はい、そもそもどうして私が力をわずかとはいえ、取り戻す事ができたのか分かりますか?』
「親父がアンタに信仰力とやらを注いだからじゃないのか?」
『確にそれもありますが、それだけが理由ではありません』
「というと?」
『アスラの権威が堕ちてきているのも、大きな理由です』
神聖アスラ王国は、1000年の伝統とかつて世界最大にして最高。軍事的にも文化的にも世界の頂点を極めた国と呼ばれていた。
だが、栄枯盛衰は世の常。
緩やかにではあるが、確実に国力を落としつつあった。
王都などでは未だに、アスラへの崇拝は凄まじいが、王国領の外に近ければ近いほど、それは弱々しくなる。
現在、小競り合いが続くオーディン帝国も元はといえばアスラ王国から独立した国である。
かつて、本格的な討伐軍を送り込んだが撃退されており、今は地味な嫌がらせのような出兵を続けているだけだった。
「確かにそういう話は聞いているが……」
『英雄アスラ信仰が弱まれば、魔王セレニア伝説も弱まります』
オーディン帝国のみならず、少しずつアスラ王国を見限るものが出始めていた。
それが、神聖王国のみならず英雄アスラ信仰にも影響を及ぼし、アスラへの信仰力が下がった事により、セレニアが力を取り戻せた事にも繋がったのかもしれない。
「仮に、アスラ王国の権威が地に堕ち、神聖教も壊滅したらアンタは完全に元に戻れるのか?」
『はい。私の呪いの源になっているには、魔王セレニアへの畏怖と同時に英雄アスラ信仰でもありますので。この黄金像の呪いも解けるかと』
「つまり、英雄アスラの伝説を汚すか、王国や教会を滅ぼす。それくらいの事があれば、アンタにかけられた呪いは消えてなくなるのか」
まあ、そんな事をすればできるできないは別にして、国中を敵に回す事になるだろうが。
『そうでしょうね。既に世界中に悪名が轟いた私の名誉が回復されるよりも、アスラの権威を堕とす方がむしろ難易度は低いでしょう』
どこか寂し気な口調に聞こえる。
それは、かつて自分の名が穢され、魔王として堕とされた時の事を思い出しているのかもしれない。
神としての存在から、穢され、堕ちる。
一体、どれほどの屈辱と恥辱を伴う事だったのだろうか。
一流半の冒険者でしかなく、神でも王でもないアポロには分からない。
だが、その無念は伝わってくる。
「アンタは、アスラへの復讐がしたいのか?」
『違います。 ……いえ、こんな状態にされた当初はそうだったかもしれません。ですが、アスラは既に亡く。私はこんな状態で殺してもらう事すらできず、生かされ続けている状態です』
「つまり、当面の目標はただ元に戻りたいだけか」
『はい』
黄金像の少女が答える。
「……わかった」
『は?』
不意の返事に、ついきょとんとしたような声が漏れる。
「引き受けるよ」
『……良いのですか?』
「自分から言っておいて、何言ってんだよ」
『確かに頼みはしましたが。今の時代、私は魔王セレニアとしての悪名が広まり、逆にアスラは神と崇められているのですよ。私を助けようとするのは、それへの反逆といっていい行為かと……』
それでも自分を助けるのか、と少女は問う。
何せ、アスラを称える神聖教はこの国の国教でもある。
それに歯向かったものは、神敵として死ぬよりも悲惨な目に遭わされる。
小説などの創作物でも、魔王セレニアを称えるのは厳禁だ。
英雄やら悲劇のヒロインのように描いた作品は発禁となり、作者がリンチされたというような話も聞いた事がある。
だが。
「まあ、別に俺は熱心な神聖教徒でもないってのもあるが」
ふう、と一つ息をつく。
「今、やる事が特にないってのも大きいかな」
正直、魔王やら神様やらはどうでも良かった。
神聖アスラ王国の打倒だの、女神の復活だのと言われたら逆に現実味がなかったかもしれない。
しかし、黄金像にされた状態から元に戻りたい、というのはよく理解できる事だった。
「とりあえず、いくつか情報を集めておくよ」
どんな事をするにせよ、情報は必要だ。
自分に知識がないなら、持っているものから聞けばいい。
幸い、そういった相手に心当たりはあった。