表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

5話

『……どうも』


 黄金像から小さな声が響いたのは、この日の日付が変わるかという刻限だった。

 ある程度、力が戻ったのか、以前に会話が途切れた際の弱々しさはほとんど残っていない。

 だが、それでも余裕はなさそうだ。


『すぐに本題に入ります』


「ああ」


 アポロもそれだけを返す。


『あまり、話せる時間は長くないでしょう。故に、単刀直入に頼みを言います。 ……私のこの黄金像化の呪いを解いてください』


 何となく、予想はしていた言葉が伝わってきた。

 これまでまともに人と話す事すらできず、1000年もの間、黄金像にされてきた少女。

 頼み事、といえばまずはその状態の解除になるのは当然だろう。


「何とかしてやりたいが、正直、俺の知識じゃ難しいと思う」


 アポロは続ける。


「これでも、冒険者としてある程度、魔法の知識は持ってるけど、こんな高度な呪いを解くのは無理だ」


 その解答にも失望した様子はなく、セレニアは言葉を出す。


『そうですね。この呪いは相当に強力です。世界屈指の魔術師でも見つけてこない限り、術を強引に解除するのは難しいでしょう」


「それこそ無理だ。俺はそんな一流の魔術師じゃあない」


『ですが、そのような力や知識がなくとも呪いを弱め、私の力を戻す方法はあります」


 セレニアが続けた。


「それって、もしかして信仰力とやらか?」


 ふと、驚いたようにセレニアに少しの間があった。


『……驚きました。思ったよりも、賢いのですね』


 何となく、低めに評価されていたようで面白くない。

 アポロは少し不貞腐れて答える。


「それはどうも。前に言ってたからな。信仰力がどうとかって。それがありさえすれば、あんたはある程度、力が戻ってくるんだろう?」


『はい。ですが、それだけでは正解なのは半分だけです』


「半分?」


『単に私の力を強めるのではなく、その逆の力を弱めることでも呪いの解除は進みます』


「その逆?」


『はい、そもそもどうして私が力をわずかとはいえ、取り戻す事ができたのか分かりますか?』


「親父がアンタに信仰力とやらを注いだからじゃないのか?」


『確にそれもありますが、それだけが理由ではありません』


「というと?」


『アスラの権威が堕ちてきているのも、大きな理由です』


 神聖アスラ王国は、1000年の伝統とかつて世界最大にして最高。軍事的にも文化的にも世界の頂点を極めた国と呼ばれていた。


 だが、栄枯盛衰は世の常。

 緩やかにではあるが、確実に国力を落としつつあった。

 王都などでは未だに、アスラへの崇拝は凄まじいが、王国領の外に近ければ近いほど、それは弱々しくなる。


 現在、小競り合いが続くオーディン帝国も元はといえばアスラ王国から独立した国である。

 かつて、本格的な討伐軍を送り込んだが撃退されており、今は地味な嫌がらせのような出兵を続けているだけだった。


「確かにそういう話は聞いているが……」


『英雄アスラ信仰が弱まれば、魔王セレニア伝説も弱まります』


 オーディン帝国のみならず、少しずつアスラ王国を見限るものが出始めていた。

 それが、神聖王国のみならず英雄アスラ信仰にも影響を及ぼし、アスラへの信仰力が下がった事により、セレニアが力を取り戻せた事にも繋がったのかもしれない。


「仮に、アスラ王国の権威が地に堕ち、神聖教も壊滅したらアンタは完全に元に戻れるのか?」


『はい。私の呪いの源になっているには、魔王セレニアへの畏怖と同時に英雄アスラ信仰でもありますので。この黄金像の呪いも解けるかと』


「つまり、英雄アスラの伝説を汚すか、王国や教会を滅ぼす。それくらいの事があれば、アンタにかけられた呪いは消えてなくなるのか」


 まあ、そんな事をすればできるできないは別にして、国中を敵に回す事になるだろうが。


『そうでしょうね。既に世界中に悪名が轟いた私の名誉が回復されるよりも、アスラの権威を堕とす方がむしろ難易度は低いでしょう』


 どこか寂し気な口調に聞こえる。

 それは、かつて自分の名が穢され、魔王として堕とされた時の事を思い出しているのかもしれない。


 神としての存在から、穢され、堕ちる。

 一体、どれほどの屈辱と恥辱を伴う事だったのだろうか。


 一流半の冒険者でしかなく、神でも王でもないアポロには分からない。

 だが、その無念は伝わってくる。


「アンタは、アスラへの復讐がしたいのか?」


『違います。 ……いえ、こんな状態にされた当初はそうだったかもしれません。ですが、アスラは既に亡く。私はこんな状態で殺してもらう事すらできず、生かされ続けている状態です』


「つまり、当面の目標はただ元に戻りたいだけか」


『はい』


 黄金像の少女が答える。


「……わかった」


『は?』


 不意の返事に、ついきょとんとしたような声が漏れる。


「引き受けるよ」


『……良いのですか?』


「自分から言っておいて、何言ってんだよ」


『確かに頼みはしましたが。今の時代、私は魔王セレニアとしての悪名が広まり、逆にアスラは神と崇められているのですよ。私を助けようとするのは、それへの反逆といっていい行為かと……』


 それでも自分を助けるのか、と少女は問う。

 何せ、アスラを称える神聖教はこの国の国教でもある。

 それに歯向かったものは、神敵として死ぬよりも悲惨な目に遭わされる。


 小説などの創作物でも、魔王セレニアを称えるのは厳禁だ。

 英雄やら悲劇のヒロインのように描いた作品は発禁となり、作者がリンチされたというような話も聞いた事がある。


 だが。


「まあ、別に俺は熱心な神聖教徒でもないってのもあるが」


 ふう、と一つ息をつく。


「今、やる事が特にないってのも大きいかな」


 正直、魔王やら神様やらはどうでも良かった。


 神聖アスラ王国の打倒だの、女神の復活だのと言われたら逆に現実味がなかったかもしれない。

 しかし、黄金像にされた状態から元に戻りたい、というのはよく理解できる事だった。


「とりあえず、いくつか情報を集めておくよ」


 どんな事をするにせよ、情報は必要だ。

 自分に知識がないなら、持っているものから聞けばいい。

 幸い、そういった相手に心当たりはあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ