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3話

 一流半と一流。

 そこに、とてつもなく大きな開きがあると分かってきたのはいつの事だろうか。


 今よりまだ若く、青年というよりは少年というべき年齢だった頃。

 駆けだしの冒険者時代から天才だ神童だと言われて来た。


 いずれは、歴史的な偉業を成し遂げた冒険者に与えられる称号『勇者』ですら手に入れるのだ。

 そう思っていた。


 歴史に名を刻むだけの最高位の冒険者であるS級。

 国の誇りといわれ、一国に数人しかないA級。

 それに次ぐB級に18で昇格した時には、いずれは自分もS級やA級に昇格できる。

 そう確信した。


 しかし、現実は甘くなかった。

 強力なドラゴンを倒した。迷宮を攻略した。

 そういった実績を積み重ねても、国を代表するようなA級には届かない。


 そんな折、武術大会が開かれていた。

 優勝者はA級冒険者と戦えるという内容だ。

 勇んでそれに参加し、見事に優勝してみせた。


 やはり自分は一流だ。

 そんな自信は、優勝後に行われたA級冒険者との戦いで一気に砕かれる事になる。


 完敗だった。

 相手は、年下の少年だったがダメージをまともに与えることすらできない敗北。

 格の違いを見せつけられた気がした。


 それ以降、冒険者としての活動も地味なものばかりになってきた。派手な冒険に挑もうとも、A級には――あの一流には届かない。

 そう言われた気がして。


 冒険者としての能力も、頭打ちになってきた事を感じる。

 そんなこんなで30という年齢が見えて来た。

 冒険者としての全盛期には個人差があるが、英雄と呼ばれるような存在は大抵20前後の時にそれだけの功績を残している。


 冒険者としての経験を積み、肉体的にも明確な衰えを見せていない。

 良い言い方をすれば、全盛期といえよう。


 逆にいえば、ここからは落ちるだけだ。


 ここが自分の限界。

 あのドーカスなどは、自分にはない魔法の才や武術の才を持つアポロに劣等感を抱いていたようだが、アポロからすれば、ドーカスの方が羨ましいぐらいだった。


 名門貴族の跡取りとして、あちらは長らく名が残る。

 ドーカスにまだ子がいない。生まれたとしても、跡が継げるような年齢になるまでは領主様だ。

 歴史にも、名門貴族の当主として長らく名が残るだろう。


 一方、勇者だの英雄だの呼ばれる領域に達する事のできなかった自分は、生きているうちはそれなりに名前が知れ渡ってはいても、死後数十年もすれば家族や友人ぐらいしか思い出すものはいなくなるだろう。

 間違いなく、埋没する。


(そんな中で、魔王様か)


 あどけない顔だちをした魔王の少女の黄金像を見る。


 どうやら、まともに話しかける事ができるのはほんのわずかな期間だけだったらしい。

 父によってある程度は回復したといっても微力。

 本人曰く、一日に数分程度のものらしい。


 信仰が蘇り、信仰力とやらが復活すれば、別らしいが。


「着いたか」


 馬車が止まり、降りる。


 規模は小さいが、決して汚くはない。

 そんな自分の住む家が見える。


 この家を購入して既に10年が経つ。

 買った時には、これは仮の家。いずれは、実家にも劣らない豪華な屋敷を建てたやると思った。

 だが、今はそんな気はない。


 今の貯蓄を考えれば、豪邸とはいかなくてもそれなりの家は買えるだろう。だが、正直そんな気はなかった。

 一人暮らしのため、この規模で問題ない。むしろ広すぎるぐらいだ。

 まあ、家族でもできれば別だろうが。


(家族、か)


 ふと思う。

 これでもB級冒険者。

 それなりに女には持てたが、それなり止まり。特定の付き合いなどした事はなかった。

 ミーハーな者は、A級やS級と呼べる者に群がっていった。


 本格的に自分と交際を求める者はいなかった。

 自分より格下のはずのC級やD級の者と結ばれ、家庭を持つ者もいた。それらが羨ましく思えた事が何度かある。

 だが、家庭を持てば持てば面倒ごとも増えるのでは――そんな考えもでてきてしまい、結局は独身のままだ。


(いや、そんな事は今はどうでもいい)


 首を左右に振る。

 そして、黄金像の方を見た。


「さて、運び込むか」


 浮遊魔法を用い、黄金像を浮かせる。

 それなりの高等技術だが、一定以上の魔法使いなら使える。



「お、帰ってたのか。アポロ」


 不意に話しかけられる隣に住んでいるマイクだった。

 彼も冒険者でありランクはアポロと同じB。

 年齢も同じ。

 冒険者としてデビューした時期もほぼ同じだが、ランクが上がるのはアポロの方が常に早かった。

 Bになったのも、彼は20の時。

 そこから、それ以上に出世する事はなかった為、互いにB止まりのままだった。


 友人、といっていいほどのは仲が良いはずだ。

 というか、同期で親しかった者の中で今も親しい関係にあるのは彼ぐらいだった。

 他は、冒険者業から離れたり、冒険に失敗して命を落としていた。


 といっても、マイクの事を嫌っているわけではない。


「ああ。思ったより早く終わった」


 こうやってあえば、こういう雑談をしたりはするだけの仲だ。


「そうか――」

 

 そこで、マイクの顔が固まる。


(まあ、いきなりこれを見れば驚くよな)


 自分が浮遊させているものを見て苦笑する。


「おいおい、どうしたんだこれ」


 マイクが驚いたように黄金像を見る。


「見ての通りだよ」


「見ての通りって……これ、セレニアじゃないのか?」


 魔王セレニアの顔は、肖像画も残されているし、国中に知れ渡っている。まあ、そちらはやたらと邪悪な顔になってはいるが特徴はとらえており、この黄金像と変わらない。


 そしてマイクも当然のように、セレニアの顔を知っていたようだ。


「ああ」


「いや、だからああ、じゃないだろ」


「どう答えろというんだよ」


「どう答えろって……いやいや、どっから持ってきたんだよ」


「実家」


「実家――ああ、そういえばお前、公爵家の庶子か何かだったか」


「そうだ。親父の遺産として貰ってきた」


 価値からすれば、相当な金額。

 家出同然に出て来た自分に与えられるものとしては多すぎるぐらいだ。


「さすが公爵様だなあ」


 半ば呆れ気味に黄金像を眺めるマイク。


「それでどうするんだ?」


「どうするってどういう意味だよ」


「売るのか、これ。もの凄い金になるだろ」


「あー」


 言い淀む。

 確かに、黄金像を売ればとんでもない金になる。

 冒険者をやめても、これまでに稼いだ金と合わせれば一生暮らしていく事ができるだろう。

 それも、慎ましくではなく贅沢に暮らしてだ。


「その気にはなれないな」


「何でだよ?」


 怪訝そうにマイクが問うた。


「何でって言われても、一応これは親父の遺産だし」


 当然、これが本物の魔王セレニアであり、話しかけて来た事などは話さない。

 だが、そうでなかったとしても自分はこれを売らなかっただろう。

 庶子とはいえ公爵家の者として生まれながら、好き勝手生きて来た自分を応援してくれた父には感謝している。

 その遺品を金にする事などできそうになかった。


「とはいっても、セレニアだぞ。魔王の像だぞ。そんなの後生大事に持っていたら、神敵にされるんじゃないのか?」


「馬鹿な」


 神敵、と呼ばれるのは神聖教から異端と判断されたものに与えられる存在だ。

 実質、死刑以上の罰。神敵になるぐらいならば、自害した方がいいとまで言われている。

 全財産を奪われ、悲惨な死を与えられる。


「親父はこれを普通に持ってたぞ」


「それもそうだけど、お前の親父さんって公爵様だろ?」


「ああ」


「だから遠慮してたんじゃないのか?」


 確かに、一介の冒険者と違い公爵であれば、神聖教も迂闊に手が出せなかったのかもしれない。

 だとしてもだ。


「ただ黄金像を持ってるってだけで殺されはしないだろ」


「だといいがなあ」


 マイクの言葉は、歯切れが悪い。


「神聖教って過激な奴は本当に過激だからな。それだけで、熱心な信者にでも見られればそれだけで殺されるかもしれんぞ。魔王の黄金像を家に飾るだなんて、冒涜だ! とか言ってな」


「脅すなよ」


「脅しってわけじゃねえよ。でも、やべえ奴は本当にやべえからな」


 まあ気をつけろ、そう警告するように言われ、マイクとは家の前で別れた。


(やれやれ)


 さすがにこれだけで殺されるわけがないとは思うが、少し不安にはなってくる。

 何せ、忌むべき魔王セレニアの黄金像だ。


(さすがに殺されるのはごめんだがな)


 まあ、実際は本人なのだ。

 それを匿っていたなんて、知られたらマイクの言うように本当に神敵にされかねない。


 兄のように純粋な神聖教徒というわけではないが、アンチ神聖教というわけでもない。


(けど、魔王――いや本当は神様なんだったか――だと分かった上でコイツを持ってきた)


 それはどういう、心境からだろうか。

 自分でもよく分からない。


(何か、変化を求めていたのかもしれない)


 一流半として、先の見えた冒険者生活。

 そんな時に、このセレニアの存在は大きな転機になるかもしれない。


 ……良い方向か悪い方向かは分からないが。


 いずれにしても、もう少し話をしてみるべきだろう。

 再び会話ができるのは、今日の真夜中。

 その時間に備えて、アポロはこの後はすぐ眠る事にした。


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