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2話

『――人間。私の声が聞こえているのですか?』


 アポロは一瞬、目を見張る。

 そして、首を左右に振る。


(……え?)


 アポロは腐ってもBランク。

 救国の英雄と呼ばれるAランク――の一歩手前――に次ぐ実力はある。

 そのアポロに全く気配すら悟らせずに声をかけられた。


 信じられないという思い。

 それは、この声の主がどこから話しかけているか分からないというのも理由だった。


 凛々しさを持ちながらも、どこか少女といっても良いあどけなさも感じるこの声。

 おそらくこの黄金像の少女が動いて喋っていたらこんな感じなのだろうな――などと思い黄金像を見る。


(いや、まさか)


 同時に、この黄金像が声の発生源なのではという思いになる。


『……やはり聞こえているのですね。魂の性質が近いのでしょう。私にも僅かばかりとはいえ、幸運は残っていたようですね』


 それに応えるかのように声が響く。


「このセレニアの黄金像が喋っているのか」


『その通り――ではありません』


 どこか不機嫌そうな響きが声に混じる。


『私はセレニアの黄金像、ではなくセレニアです』


「セレニア?」


 反復するように、その名を呟く。


 魔王セレニア。

 知らない者もない、1000年前の忌むべき魔王。

 幼い少女の姿をしておりながら、冷酷非道、残忍、世界を混沌に陥れた邪悪なる者。

 それを討ったのが、偉大なる英雄にして神聖王国初代国主アスラだとされる。


「まさか、本人だとでもいう気か?」


『その通りです』


 何の躊躇いもなく、セレニア――の黄金像は肯定する。


 何で伝説の魔王が黄金像に? やら、どうして自分が話ができているのか、というか声が聞こえているのか、などといった思いが脳裏を駆け巡る。

 だが、アポロが次の言葉を出すよりも先にセレニアの声が響く。


『……ようやく、ここまで回復する事ができた』


「回復?」


『私の力は、信仰力によって支えられています。そのせいで、この1000年の間、力を封じられていましたが、貴方の父のおかげでわずかとはいえ力が戻りました』


「信仰? いや、父って俺の親父がどうかしたのか?」


 伝説の魔王にしては、妙な言葉だった。

 闇の力だの、邪な魔力だのといった言葉の方が相応しい気がするのだが。


『貴方の父君は、私を購入してから幸運が続いたようでしてね。私とはまるで無関係の事柄だったのですが、それ以降、私を神として崇めるようになったのです』


 そういえば、ドーカスがそんな風に愚痴っていた気がする。

 それにしても幸運とこの黄金像はやっぱり無関係だったのか。何となく、父らしいとアポロも苦笑する。


『誤解が元とはいえ、幸いでした。わずかとはいえ信仰の力を10年以上注いでくれたおかげで、ようやく、こうやって話をする程度には力が戻りました。といっても、わずかな範囲でのことのようですが』


「信仰の力とやらがそんなに大事なのか?」


『はい。我ら神は元々、人々の信仰の力によって存在しています。それらが強ければ強いほど、その力が強くなります』


 ……?

 つい、アポロは妙な顔になる。

 今、奇妙な言葉が出てこなかっただろうか。


「なあ、あんたはセレニアなんだよな」


『そうだと言っています』


「でも今、神とも言った」


『はい』


 何の躊躇いもなく、相手は肯定する。


「あー、もしかして勘違いなのかもしれないけど、セレニアって神様なのか?」


『……その疑問も当然ですね』


 どこか寂し気な色が混ざったように感じる。


『私は、本当は神なのです』


「どういう事だ?」


『かつて、アスラは我が国の乗っ取りを企てました』


 急に出て来た言葉に再び驚く。

 英雄アスラ。

 この神聖王国の初代国主にして、魔王セレニアを討った伝説の英雄。


 この――本当に本人ならだが――セレニアを討ったと伝わる相手の名だ。


「アスラが?」


『はい。奴は、我が国の簒奪者。我が国を乗っ取り、その力で世界を支配した男なのです』


 可憐な声からは想像もつかないほど、忌々しげな響きが混じる。


「この国でそんな事を言ったら、袋叩きにされそうだな」


 英雄アスラの崇拝者は1000年経った今でも多い。

 特に、神聖教の信者達が聞いたら激怒間違いなしの事だろう。


『そのようですね。私がこうして黄金像にされる直前もそのような状態になりました』


「黄金像に? あ、いやそもそもだ。何でアンタは黄金像なんかにされていたんだ?」


 伝説によれば、魔王セレニアは英雄アスラによって倒されたと記されている。

 黄金像にされたなどとは、書かれていない。


『そうですね。まずはそこから話すべきでしょう。ですが、その前に何故私が奴に敗れ、魔王と呼ばれるようになったかを先に話します』


 セレニアは続ける。


『元々、我ら神は人々からの信仰の力を受ける事によって絶大な力を発揮しておりました。私もこの地に君臨する女神として、相応の力を持っていました。それゆえに、私を害そうとする者はいませんでしたし、いたとしても一蹴できました』


「それをどうやってアスラは倒したんだ?」


『信仰の力を弱体化させる事にしたのです』


「信仰の力を?」


『はい。人々が私を崇めるような信仰心を奪えば、逆に私は弱体化していく。そこをつかれ、私に関する悪い噂をでっちあげ、捏造し、とにかく貶められました』


 それはまた。

 伝説の英雄アスラとは思えぬ所業だった。


 ……もちろん、このセレニアが本当の事を言っていたらの話だが。


『その結果、神としての力は大きく奪われ、弱体化したところを魔王として討たれました。ところが』


 ぎり、と唇を噛みしめるように――無論、黄金像の唇は全く動く事はなかったが――セレニアは続ける。


『そこで私を殺してくれなかった。奴は、自分の勝利の証ともいえる私をただ殺したりするのでなく、黄金化する呪いをかけたのです。それを自分の城に置き、私を肴に毎日のように勝利の美酒に酔っていたのです』


「……それはまた」


 何といっていいか分からず、言葉に迷う。

 事実だとすれば、英雄アスラの伝説が粉々になってしまうだろう。


『時が経ち、私は国宝として保管されていたのですが、数百年ほど前に私は密かに好事家へと売りに出されました。その後、持ち主を転々としてから貴方の父君が買い取ったのです』


「そこから、たまたま幸運が重なってから、親父があんたを幸運の神様だと思い込んで信仰力とやらが溜まったわけか?」


『はい。神として崇め続ける事によって、私は力を発揮できます。誤解が元とはいえ一人の人間で10年以上もため込む事ができた信仰力では、こうしてわずかに話す事がせいぜい、なのです、が』


 とここで、急に相手の言葉に力がなくなる。


「どうかしたのか?」


『……すみません。そろそろ、限界、のようです』


「どうかしたのか?」


『話し続けたせいか、そろそろ限界のようです』


「え? もう話せなくなるのか?」


『大丈夫です。貯めこまれた信仰力はまだ残っています。暫くたてば、また話す事は、でき、ます』


 少女の声は続く。


『三日もすれ、ば、また少し、話せると重い、ます。その、時、頼みたい、ことが、あります。お礼は必ずします、ので何――』


 それだけを言うと、言葉はいっさい響かなくなった。

 元の黄金像に戻ったようである。


 残されたのは、アポロのみ。


「夢、ではないよな」


 この神聖王国の人間としては、英雄アスラへの信仰心や魔王セレニアへの反抗心ももそこまで強くないとは思っている。

 だが、いくら何でもアスラがセレニアを騙し討ちのような形で破って国を乗っ取ったなどという事を妄想した事もない。


「もちろん、このセレニアが本当の事を言っている前提だが――」


 この黄金像がセレニアと無関係の何らかの魔法で話している、あるいはそういった能力を持つ魔物の可能性もある。

 あるいは、本当に魔王セレニアであっても、アスラが国を乗っ取った云々のところはデタラメであり、やはり伝説通り英雄アスラが邪悪な魔王セレニアを討ち、封印されていたセレニアが適当な事を言って、アポロを利用しようとしているだけなのかもしれない。


「――とにかく今は、家に帰るか」


 暫く経てば話せるようになるとこのセレニアは言っていた。

 では、話はそれからでもいいはずだ。


 そう思い、馬車を動かす。

 もちろん、「家」とは、この実家だった屋敷ではなく、自分一人が暮らすここから離れた街にある家の事だった。


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