1話
高価な机。
豪奢な椅子。
歴史的な価値の高い絵画。
部屋を埋めるもの全て、一級品で揃えられたこの部屋。
だが、それら全てが霞むような壮麗な黄金像がそんな部屋の中央に運び出されている。
これと比べれば、他の家具など子供のおもちゃにすら感じられる。
「――これをやる。だからもう出ていってくれ」
そんな黄金像を忌々しげに指さし、アポロの腹違いの兄・ドーカスにそう告げられた。
「……そうですか」
アポロの感想はそう来たか、だった。
アポロとドーカスは、名門貴族であるルミナス家に生まれた兄弟。
正妻である母から生まれたのが、ドーカス。愛人との間に生まれたのがアポロだった。
今は亡き父は、二人を平等に扱ってくれた。
だが、公私は分けていたのか後継者としての教育は兄のドーカスにのみ行った。
それを恨んではいない。
おかげで、アポロは子供の頃の憧れだった冒険者として好きに活動する事ができたからだ。
15で冒険者になってから、多くの冒険に出た。そして、結果を出した。
冒険者ランクB。
それが、今のアポロに与えられたランクだった。
国を救うような活躍をして見せた冒険者に与えられるAと比べれば一つ劣る。
だが、その一歩手前程度には実力を認められた証なのである。
そんなアポロを、腹違いの兄であるこのドーカスは嫌っていた。
少なくとも、アポロはそう思っていた。
アポロの勝手な勘違いでなければ、ドーカスも冒険者という存在に憧れていた。
本当はアポロのように冒険者になってみたかったのだ。
だが、公爵家の嫡男としての重責から、逃れる事を彼は許されなかった。
否、実家は逃してくれなかった。
当然のように、後継者に指名され公爵家の当主としての日々を送っている。
その間に、アポロは冒険者としてデビューしてBランクまで昇格した。
あれから12年。
自分とも分け隔てなく接してくれた父が亡くなり、その関係で数年ぶりにこの実家へと戻って来た。
隠居した父と会うために、ちょくちょく戻ってはきたものの、その父が亡くなった。
この兄と会うのは随分と久しい。
葬儀の後の面談である。
記憶の中にある兄と違い、口髭を蓄えており、腹の肉も少し出て来た。
だが、それ以外はあまり変わりはない。
まあ、あまりいい話ではないだろうとは思った。
庶子でしかも、実家を出奔した弟に遺産などやらないと言ってくると改めて宣言されると思った。
それでもいいと、アポロは思っていた。
屋敷に父との思い出こそあるが、実家の財産に興味はないし、自分もそれなりに稼いでいるのだ。
だが、意外な事に兄は父の遺産としてこの黄金像を譲るといってきたのだ。
セレニアの黄金像。
価値のある物の中で、唯一アポロに譲ると兄が言ってきたもの。
美しい少女の外見の黄金の像だ。
あどけない外見ながらも見るものを魅了し、動かずものも言わぬ黄金像であっても、その高貴さが伝わってくる。
しかし、アポロの兄であるドーカスはこの黄金像を嫌っていた。
この国、いや世界全体に浸透する巨大宗教・神聖教の最大の敵ともされる魔王セレニアの像だったからだ。
熱心な神聖教の信者でもあるドーカスにとって、その存在自体が許されざるものだった。
アポロとドーカスの父は、そこまで熱心な信者というわけでもなかった為、芸術的な価値の高かったこれを買い求めていたのだ。
何でも、とてつもない金額だったとかで、当時既に内政にも携わっていた兄は嘆いていた。
しかも、その時に領内で発生していた問題が幸運が重なった事により解決する事ができたとかで、ますます父はこの黄金像を気に入る――というより崇拝するようになった。
兄がよりいっそう不機嫌にはなったが。
おそらく、だからだろう。
土地も金も全く譲らないと言い張ると思っていた、この兄がこの黄金像を譲ってくれるのは。
(相当な金額になるだろうな)
兄は守銭奴というわけではないが、領土の運営、王都での付き合いなどでいくらでも金がいるだろう。
この黄金像を売り払えば、それなりの金になる。
にも関わらず、それをしないのは弟に対してけちだと思われたくないのか、名門公爵家が魔王の黄金像などを売り払った金を使いたくないのか。
「ありがとうございます、兄上」
「礼などいらん。これを持ってとっとと出ていけ。私は忙しいのだ。冒険者などやってるお前と違って暇ではない」
久々にあった兄はそっけないままだ。
まあ、くれるというのであれば断るのはよすべきか。
「失礼します」
物を浮かせる為に用いる浮遊魔法を黄金像に使う。
兄に背を向け、部屋から出る。
顔なじみの使用人達が、挨拶をしてくるのでこちらも返す。
最も、この実家暮らしをしていた時と大分顔ぶれが代わってしまい、アポロの幼年期からいる使用人などほんのわずかだ。
本当に時間が長く経ってしまったのだと実感する。
それでも知っている限りの全員と挨拶を終えると馬車へと向かった。
馬車の後部座席に黄金像を乗せる。
「……ふう」
疲れはない。
父が病だという事は、何年も前から知っていた。
だから、そこまでショックはない――といったら嘘になるか。
親しい家族といえるのは、父ぐらいだった。
兄との仲は良いとはいえない――というか、遠まわしにお前とはもう他人だと言われてしまったような気がする。
そんな父が亡くなり、アポロの受けた衝撃はやはり大きかった。
「……帰ろう」
自分に言い聞かすよう、呟く。
今、自分の暮らす街に戻ろう。
そこには、冒険者としての自分の仲間がいる。知人がいる。
少なくとも孤独ではない。
そう思った時、
『――人間。私の声が聞こえているのですか?』
黄金像がそんな声を発したような気がした。