9.魔女の話
今回の投稿分を読むにあたり、先に
「ある異世界の童話」
(URL→https://ncode.syosetu.com/n4865ez/)
を読んでいただく事をオススメします。
「彼女はその後、異世界よりこの地に舞い降りた四人の力を借りて、かの魔物……いえ、違うわね。
原初の魔王、そして魔王率いる魔族を討伐するの。彼女が最初の勇者って事ね」
パタンと読んでいた本を閉じそう語るのは、八木 明日香。
そして彼女の読み上げる物語を聞いていたのは、高田 市花である。
「これが最古の魔王と勇者の神話よ」
閉じられた本は、いかにも古めかしく黄ばんでおり、ページのいたるところに損傷を負いながらも、なんとかその役目を果たそうとあがく老兵のようだった。
それを机の上に置けば、しばしの沈黙が二人の間をそろりそろりと忍び足で通り過ぎた。
シンと静まり返った暗い図書館の中、魔法で作り出された光球の明かりの下で、二人は太古より伝わる伝説をまとめた本を調べていた。
それは、彼女たちが異世界より来た者であり、それらの中に元の世界へ戻る鍵があるのではないかと考えたためだ。
そしてその中で、この世界の勇者と魔王という存在。市花はそれに目を付けた。
彼女はゲームや漫画などの創作物では、異世界へと迷い込んだ者が魔王を倒し、その結果何らかの力で元の世界へ戻るという物をいくつか目にしていたのだ。
そのため、もしかすると原初の勇者を調べれば、手がかりがあるかも知れないと思い立った。
もちろん明日香もその可能性を考えており、彼女はすでに歴代の勇者と魔王に関する神話は全て目を通していた。だが、市花はこの世界の本を読むことができないため、その内容を知ることもできなかったのだ。
他にも市花がそれらに関われない事情もあったのだが、それらが片付いた今、情報を共有するために本の内容を市花に読み聞かせていた。
明日香は内容をすでに知っているため、語るべきか少し悩んだが、元の世界に帰るヒントがあるかどうかはともかく、異世界人の記述もある神話だ。16の子は神話の生々しくも残酷な物語を受け止められないほどに幼くはない、そう思い包み隠さず語った。
しかし、魔王の発生と最初の勇者。その神話は、死の匂いとは無縁の地で暮らしていた市花にとっては、あまりにも惨く、救いの無い話に思え、顔を青ざめさせた。
「あまり……気持ちの良い話ではありませんね……」
「彼女のその後もひどいものよ」
市花はこれ以上の話は聞きたくないと思いつつも、異世界人が出てくる最古の神話であるならば、知っておかねばならないと覚悟を決める。
「……どうなったんですか」
「魔王を倒した後、異世界人を集めて村を作るのだけど、殺されるわ。人間にね……」
復讐という想いがあったとはいえ、魔族から人間を守った勇者。それが皮肉にもその人間に殺される。
一体彼女達が何をしたというのか、そういった憤りと虚無感が市花を襲った。
「先生は……どう思いますか」
「そうね、私は勇者の恋人を助けた少年、彼は異世界人だったんじゃないかと思ってるわ」
市花としては、その物語について問うたつもりであった。しかし、明日香は物語になど興味が無いと言わんがごとく異世界人について語る。
その答えに市花は戸惑いつつも、元の世界へ帰るために調べていたのだと思い出す。物語の余韻に浸るために聞いていた訳ではないのだ。
「そうですね。私もこちらに来る時に強い魔法を手に入れましたから、彼が異世界人というのは納得です」
「けれど彼もだけど、他の異世界人も元の世界に戻れたという記述は見当たらないのよね」
「では、他の神話で共通して登場する人物はいますか?」
「それがね、古くから口伝えの話を記したものばかりだから、似た要素がある人でも同じ人だと確定させるのは難しいのよね」
「元の世界に帰ったから同じ人が出ないのか、それとも本当は同じ人を書いているのか……。それすらも分からないんですね」
「そうなのよ。だから調べても調べても、答えは霧の中なのよねぇ……」
明日香は頬杖をつきながら、ちいさくため息を漏らす。
本も解読できず、解決の糸口を見つけられるわけでもないと自覚する市花は、今まで明日香に大きな負担をかけていた事に、急に後ろめたさを感じた。
「大丈夫ですよ先生! 三人寄ればなんとやらって言うじゃないですか!」
「二人しかいないけどね?」
「なら他の人にも意見を求めましょうよ! きっと私たちだけじゃ気付かなかった事に気付く人も居ますって!」
「……そうね、考えてもわからないなら、行動あるのみよね!」
「それじゃ、色々聞き込みをするためにも他の神話も調べて、要点をまとめていきましょう」
「えぇ、ここにある全部の本を読むつもりで頑張りましょう!」
かくして、明日香と市花は元の世界に戻るため、日々神話の解明にあたるのだった。
という訳で、今回の連載は「ある異世界の童話」の続編でした。
続編……? 今回分はともかく、他は繋がってないですけどね。
ではでは次回分で最終回となります。最後までお付き合い頂ければ幸いです。