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螺旋に沈む世界  作者: 島 一守
魔王が生まれるまでの七日間
8/10

8.蝶

 人々の群れの最後尾、橋を渡り終えた少女、アルマは振り返る。住み慣れた村は寂しげに彼女を見送った。


「ここを南下すれば例の洞窟です。北上し、ある程度の距離を置けばひとまず大丈夫でしょう」

「しかしどの程度の距離を置くのだ? それに精霊の森の中に新たな村を築くなど、精霊様のお怒りに触れないだろうか……」

「どちらも魔力を測れば分かります。旅の方によれば、精霊の森で立ち入ってはいけない範囲というのは、森全体よりも狭いとのことですから」


 村の移転は避けられなかった。そして、その移転先は当日まで決まらず、こうして行き当たりばったりな移転となってしまった。

それはどこに移転しようとも周辺の安全性や、他の村の利権と衝突してしまい、すでに知られている土地に渡ることは許されなかったのだ。もちろんあの夜から七日しかないという、時間の無さが一番の問題ではあったのだが。


 困り果てた村長をはじめとした重鎮たちは、無礼を承知で旅の少年に助言を求めた。あらゆる地を旅した彼の、その見地に希望を託したのだ。そしてその答えが、精霊の森の中に新たな村を造るというものだった。


 当然ながら村の者は困惑した。その森は広大で、切り開けば村を造る場所としては広さは十分だ。

しかし、精霊の森とは聖域である。そして、一度入れば出ることのできない”迷いの森”もしくは、入ることすら許されず、元来た場所に戻される”迷わずの森”などと呼ばれる場所だ。

故に移転先の候補にも上がらなかった。逆に言えば他の村の者も近寄らないため、利害の衝突も起きない地域である。


 少年いわく、精霊の森の不可侵領域とは人々の認識よりは狭く、ごく一部であると言う。それ以外の場所は他の森と変わらず、むしろ精霊の加護によって植物の生育が早く、メリットの方が多いようだ。

移転前の村もその加護によって林業を主産業としていた経緯があり、植林場を森の方へ広げていた。そのため、その事については歓迎する意見も多かった。あとは少年を信用するかどうかだけだ。


 他に方法はない、そういった半ば諦めの結論が出たのは、旅立ちの朝であった。

そういった経緯を知らぬアルマだったが、大人たちの不安そうな様子には気付いており、心細さを感じていた。

それに気付いたシュバルツは少女を心配そうに見つめ、クゥーンと仔犬のように鳴くのだ。


「バル、心配してくれてるの? ありがとね」


 そう言って撫でるアルマに応えるように、その大きな尻尾をぱたぱたと振る様子は、犬そのものであった。大きな荷台を引いていなければ。


「もう少ししたら休憩だ。その時に水と少し食べ物をやるといい」

「バル、荷運びさせてごめんね。しばらくの間、我慢してね」


 その大きすぎる犬は、気にするなと言わんばかりに首を振る。

その様子に兄のダイは、新たな家族は妹を任せられる者だと安堵していた。




 一行は進み続けたが、子供や老人も含むその集団の移動速度は非常にゆっくりしたものだった。

そのため日が暮れても大した距離を進むことはできず、魔導士リーンによる安全宣言が出されるには、数日を要すだろう。しかし闇の中を進むのは危険が多く、進行速度も落ちるため野営をする事となった。

 簡易のテントを張り火を焚く一行。それは魔物への目印に他ならないが、リーンと少年によって結界が張られたため、襲われる心配はなかった。




 リーンが結界を張り終えた時、ダイが彼女の元を訪れ、小さな包みを渡す。

「これを君に。返さないとと思ったんだけど、色々あってさ」

「これって……」


 包みの中には、小さな金の耳飾が入っていた。

棒状の装飾が揺れ、キラキラと焚き火の光を反射する。


「すまない、髪留めが壊されてしまってな。その破片を使って、アルマが作ってくれたんだ」

「気にしなくて良かったのに……でも、ありがとう」


 見詰め合う二人、しかし彼はさっと目を逸らす。


「それじゃ、アルマの所に戻るよ」

「……うん」


 その時の寂しげな彼の表情に、リーンは不安を募らせた。

そしてそれは、現実のものとなる。




 皆が明日に備え食事を取る中、アルマはいつの間にかシュバルツが居なくなっている事に気付く。


「お兄ちゃん、バルがいないの」

「ん? さっきまで木の下で寝てただろ?」

「それが食事の支度してる間に居なくなって……」

「あんなデカいヤツがうろついてたらすぐ気付くはずだが」


 そう話す二人に、呼ばれたことに気付いたようにその大きな犬は、森の中からひょこりと現れる。


「おいバル、お前はアルマの用心棒なんだから、急に居なくなるなよ……ん?」


 そう叱るダイだが、その黒い口に何かを咥えている事に気付く。

二人の前にそっと置くそれは、二羽の野うさぎだった。


「もしかして食べ物を捕ってきてくれたの? ありがとうバル」

「なんだ、そういう事だったのか。怒って悪かったな。でも妹を任せるんだ、急にどっか行くなよ?」


 その言葉に答えるよう、シュバルツはアルマに寄り添い、詫びるような仕草を見せた。

そしてアルマは、大きすぎる番犬に感謝を示すのだ。

その姿に兄は思う。自身の役目は終わったのだと。






 世界を闇が覆い、皆が寝静まる頃。彼は一人静かに起き上がる。

丸まるシュバルツをまくらに眠る妹を起こさぬように、その番犬を撫で語りかけた。


「アルマの事頼んだぞ……」


 ただ静かに頷く新たな家族と愛する妹を背に、彼は一人歩き出す。


「いいのかい? 別れの言葉をかけなくて」

「きっと、どんな言葉でも未練が残るからな」

「そう……」


 少年はただ隣を歩く。

人々の眠るテントの群れを抜け、森の中心部へと歩みを進める。


「村の人達は心配しなくていい。僕が新たな村を造れる場所まで送り届けるよ」

「何から何まですまない」

「大した事はしてないよ」


 少しの沈黙。彼は最後に確認したかった。

自身が居なくなって、本当に大丈夫なのかと。誰も困らないのかと。


「……こうなると分かってたからだろ? リーンの魔石も、アルマのシュバルツも」

「……」

「俺が居なくても、皆が生きていけるように……」

「……」


 少年は答えない。

それは彼の周囲を助けられても、彼自身を助けられない罪悪感か。

それとも認めてしまえば、彼の存在を否定する事になるからか……。


 立ち止まり指を指す。


「ここをまっすぐ行くんだ」

「これで……いいんだよな?」

「大丈夫、精霊は受け入れてくれるさ」

「ははっ……まるで精霊と知り合いみたいだな」

「さて、どうだろうね」

「最後までよくわからん人だ。……それじゃ、さよなら」

「うん……」


 一人歩き出す彼を見送る少年。その後ろ姿に小さく「きっとまた、どこかで会えるよ」と囁いた。





 彼は歩き続けた。鬱蒼とした森の中、右も左も分からず、ただひたすらに。皆から距離を離さんと。

しかしその身体にはすでに異変が起きていた。痛覚を麻痺させる少年の魔法すら効かなくなるほどに、体内に宿す魔物は暴れ出す。

体を内から食い破られる感覚に苛まれながらも、まだだ、もう少しと進み続ける。

それも長くは持たず、一本の大木の根本へと彼は倒れこんだ。

骨を砕かれ、肉を引き千切られる音が、体を通し直接耳に響く。

けれど彼は、すでに痛みも恐怖さえもなかった。ただただその運命を受け入れたのだ。


 しかし、それを目にした者は受け入れられるはずもなかった。


「なんでだよ! どうしてだ!!」


 丸太と呼べるほどの木の枝を振り回し、ケイは叫ぶ。

しかしそれは、透明な壁によって弾き返された。


「ケイ、どきなさい」


 もう一人、リーンは魔力を込め、全力で火球ファイアーボールを打ち込む。

しかしそれも虚しく空へと消えた。


「無駄だよ」


 二人に背後から声がした。振り向く彼女らが目にしたのは、星明りに照らされた朱色の髪の少年だ。


「精霊の結界だ、人に破れはしないよ」

「くそっ! 仲間が目の前で苦しんでるってのに、なんで何もできねえんだよ!!」

「私は……私はあきらめないわ!」

「やめなよ。彼は君たちを想って何も言わずに身を引いたんだよ」

「お前に何が分かるってんだよ!!」


 ケイは少年に食って掛る。しかし少年はなんの動揺も見せはしない。


「彼は”ある魔物”に利用されたんだ。その魔物は相手に自身の魔力を注ぎ、子供を生ませる。そしてその子供は、宿主を餌にして育つんだ」

「それって……」


 リーンの顔は、怒りの熱く火照った色から急速に血の気が引き青ざめる。


「本来は魔力の強い魔物に托卵たくらんするんだけどね。今回はそこまで魔力の強くない彼が選ばれたようだね」

「おい! なんだよその魔物って!」

「角のある魔物……」


 それはゴーレムの洞窟調査の時、ダイが腹部を刺された魔物だ。

そして、それはリーンを庇ってのものだった。


「私のせいで……私のせいで彼が死ななければならないと言うの!?」


 彼女は膝から崩れ落ち、涙を流す。

自身の至らなさによって、最愛の者を失おうとしていたのだ。

これ以上に悪い事など、この世にあるだろうか。

 

「それだけじゃない。もっと悪い話があるんだけど……聞かない方が幸せかもしれないね」

「なんだよ! そこまで言っておいて言わないわけねぇよな!?」

「……いいよ、教えてあげる。あの魔物は知恵を付けた。人間を宿主にしたからかな、魔力の代わりに知力を得たようだね」

「だったらどうなんだよ!!」

「とても人間が敵う相手じゃなくなるね。だから精霊の森に閉じ込めるため、ここへ連れてきたんだ」

「お前っ……! そこまで分かってて……!!」

「分かってたからこそ、だよ」

「くっ……」

「時間だね」


 彼が振り返れば、ダイの腹部は膨れ上がり今にも破裂せんとしていた。


「リーン! 見るな!!」

「……いえ。私は……見届けないといけないの……」


 涙の溢れる腫れた目を見開き、彼女は彼の最期を見つめ続ける。

 出口を探すように、蛹が羽化するように。魔物は暴れ、その殻を突き破り姿を現す。

その魔物を、彼は最期の力で愛おしい我が子のように抱き寄せるのだった。


「ダイ……なんでお前が……なんでだよ!!」


 泣き崩れるケイ。それとは対照的に、リーンは目を逸らす事無く睨み付けた。

彼の原型が無くなるその時まで……。


「私は……私は必ずあの魔物に復讐するわ……何があっても必ず!」


 首元の魔石は、赤黒く染まっていた。

今回分でメインのストーリーは終わりですが、この後にあと2話あります。

オマケと言うよりは、そちらが本編だったりします。

どうぞよろしくお願いしま~す。

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