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螺旋に沈む世界  作者: 島 一守
魔王が生まれるまでの七日間
5/10

5.理由

 村の守り人の帰還と、それを助けた英雄を称える宴は、急遽行われたにも関わらず盛大なものだった。

村の中央広場には、各家庭から借り出された大小さまざまなテーブルが並び、その上には村の備蓄を使い果たさんとするかのように大量の料理が鎮座する。


 主役たる二人には、村の者達が入れ替わり立ち代わりやって来ては、自慢の家庭料理や秘蔵の酒をこれでもかと渡してくる。

それは村人達の喜びと感謝の気持ちであり、戻ってきてすぐの喧騒の色とは違う、明るい騒々しさであった。


 けれどそのような宴の様子とは対照的に、ダイは思い悩んでいた。

それは村に着くまでに旅人の少年の問い。そして、いつかの記憶。





「君は僕の旅の理由を聞いたけど、君は何のために戦うんだい?」

「私も貴方と同じですよ。魔物から大切な人達を守りたい。仲間や村の人々の幸せを守りたい。そのために強くなろうと、そしてこの命を捧げようと決めたのです」


 その言葉に嘘はない。けれど、少年の目的と自身の戦う理由を重ね、心象を良くしようとした打算的な意図は含まれていた。

彼はそういった事を考えるくらいには計算高く、世渡り上手であった。何より、その少年は一人で村を壊滅させることくらい簡単にできるであろう相手だ。少しばかり媚びを売るのを誰が責められようか。


 けれど、それに対する少年の返答は冷ややかだった。


「崇高な理由で何より。けれど君は、君自身がそれに反する存在となる可能性を考えた事はあるかい?」

「それは……どういう事でしょうか」

「魔物なら何の躊躇もなく殺せるだろうね。けれど、君の守る者を奪いに来るのは、魔物だけとは限らない」


 そこまで聞いて、彼の脳裏にはすでにその先が見えていた。

今まで考えないように、思い出さないように。意識の底へと沈めたひとつの懸念。


「君は、相手が人間でも戦えるのかい?」

「……守るべき者達のためならば」

「相手にだって守る者も、帰りを待つ人も居るというのに?」

「他に方法がないのであれば、仕方ありません」

「そう。君は強いんだね。やっぱり同じなんかじゃないよ。僕はそんな風に割り切れないからね」


 そう言って笑う少年とは違い、彼は心の迷いを顔に出さぬよう、必死に取り繕っていた。

それは、その問いが今は亡き父の問いと同じであったからに他ならない。


 軍学校へと進む時、彼の父はそれをよしとはしなかった。それは、父が幼少の頃に戦争を経験していたからであり、軍学校へと進めば、有事の際には優先的に召集されることとなる。戦争になれば真っ先に狩り出されるという事だ。


 確かに軍学校ならば魔物の対処法など、多くの事を効率よく学ぶことができる。実際に、魔力の流れの読み方など、辺鄙なこの村で過ごしていたならば、到底理解などできなかっただろう。

けれど、それと同時に不要な事も多く学ぶことになった。


 彼の父は「魔物から村を守るのに人の殺し方など覚える必要は無い」と語り、その理想を胸に、勇敢でありながらも無謀な戦いによって散った。

もし、彼が軍学校で戦い方を学んでいれば、未来は変わっていただろう。

けれど、そんな父の散り様こそが、ダイを重苦しくさせるのだ。


 万一戦争になれば、真っ先に召集される身だ。村へ戻ったとしても、召集の優先順位が少し下がった程度であり、変わることは無い。

もし出兵する事になり、他国を制圧……いや、正しくは()()を殺すことになった時、相手に父の姿を重ねずにいられるだろうか。

一人訓練に励む時、そう考えない日はなかった。だからこそ彼は、村の依頼を割安で受けることで「戦うべきは魔物である」そう思い込もうとしていた。不安を振り払うように、魔物を剣でなぎ払ったのだ。


「この国の歴史を考えれば、また他国を攻める事はあるだろう。その時、お前は後悔しないのか」


 その父の言葉にどう答えたのか。今となっては思い出すこともできない。

けれど、少年の問いに本心を誤魔化したように、心にも無い事を言ったであろう事は容易に想像できた。

あの時から何も変わっていない。父の、無謀でありながらも自身に正直な生き方が、今ではとても眩しく思えた。





 そんな事が頭の中をぐるぐると回り続け、宴の喜びに満ちた人々の声も、出された酒や料理も味気なくなってしまうのだ。

 気付けばいつの間にか隣に少年がやってきており、手を伸ばし彼の皿に盛られた果物をヒョイヒョイと横取りしている。


「考え事してると料理なくなっちゃうよ~?」

「よろしければ、私の分もどうぞお召し上がり下さい」

「お気遣いどうも。けどさ、かなり血を流しちゃってたし、食べないとヤバいよ? 今は失った分を僕の魔力で代用してるけどね」

「心配には及びませんよ。取りに行けば料理はまだありますし、それに……」


 二人の様子に気付いた恰幅のいいはつらつとしたおばさんは、山ほどの料理を持ってきてくれた。

そして少年はそれに対し、白々しいほどの返事をするのだ。


「ありがと。美人のお姉さんに取り分けてもらえると嬉しいな~」

「あらあら! 英雄様に美人だなんで言われたら、おばさん嘘でも嬉しいわ~!」

「へへへ、英雄なんてそんなガラじゃないよ~」


 そんな目の前の様子に、まるで自身の存在がこの場に似つかわしくないようで、ダイは居心地の悪さを感じるのだった。

そんな中、盛り上がる会場に遅れてやってくる人影が二人。パタパタと走り、彼へと駆け寄る。


「ダイ! よかった無事で……」

「リーン、君も無事で良かった……」

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