4.救世主
洞窟のある森を抜け、川を越えた先にある村。周囲を堀と木製の柵によって魔物の襲撃に備えた、小さいながらも立派な村である。この村こそ、ダイ率いるパーティーの所属する村であり、帰る場所だ。
村へと着く頃には、夕日は完全に地平線へと沈み、あたりは暗くなっていた。村の周囲にはいくつもの松明を持つ人が見え、その明かりの数の多さが、村が混乱に陥っている事を物語っている。
それらは警備のための人々であり、普段の三倍程度にまで増えていた。そして、ダイと少年知る由もなかったが、村の中も大騒ぎとなっていた。
単なる魔物の増加と甘く考えた結果、優秀な村の守り人を失い、さらに村の移転まで必要だと知らされたのだから当然だ。
そんな中、死んだと思われた人間が、全身赤黒い血に染まった状態で戻ってきたのだから、その姿を見た者がどれほど驚いたかは想像に難くない。そんな姿の彼とは対照的に小奇麗な姿の少年が、まさか彼を助けた者だとは誰も考えもしなかった。
彼は見回りの者達と喜び合うのもそこそこに、その血にまみれた身なりをさっと整え、村長へ現状の報告と少年の滞在許可を貰いにゆく。
洞窟内での出来事を聞いた村長は、半信半疑だという表情を隠せていなかったが、普段のダイの行いから嘘をつく事も、その必要性もない事から信用し、怪しさを感じながらも少年を迎え入れた。
「そうか。旅のお方、村の者がお世話になりました。村を代表し、御礼申し上げます。
して、ダイよ。まずはご苦労であった。無事戻って来られた事、精霊様に感謝せねばな」
精霊様、それは周囲の森と、この村の主産業である林業を司る精霊と言われている。森の恵みを人々に分け与える豊穣の精霊。この村にとっては、神と同等の存在だ。
その精霊の森にある洞窟での今回の一件は、村の存続に深く関わるものだった。
「彼が助けに来てくれた事は、本当に幸運でした。そして魔物も一掃された事で、村の移転も少しばかり猶予ができました」
その言葉に、頬を緩めていた村長はピクリと表情を強張らせる。
全てが終わり、魔物の発生も精霊の怒りなどではなかった。これからもこの村で暮らしてゆける。
今の報告を聞いた村長がそう安堵したことを、考えが甘いと誰が責められようか。
「魔物は一掃されたと言ったな? ならば移転は不要であろう」
「いえ、魔物はおらずとも、魔力は依然異常な濃さのままでした。再び同じように強力な魔物が出現するのも、時間の問題かと……」
魔力の濃い場所、魔力溜りなどと呼ばれる場所で魔物が発生する。それはこの世界に生きるものであれば常識であり、事実そうである。村長がそれを知らぬ訳もなく、危機が去ってはいない事に、その顔を青ざめさせてゆく。
「原因らしきものは分かったか」
「いえ、強い魔物の魔力に引かれ大量発生する事などは過去にありましたが、今回は最も強いであろう岩人形を彼が倒した後も、魔力の流れに変わった様子はありませんでした。
ですので、何か別の原因であの洞窟が魔力溜り状態になっているのではないかと考えられます。ゴーレムも、どこかから流れ着いた魔物ではなく、その魔力溜りから発生したものかと」
ダイは魔導が専門ではない。しかし、軍学校では魔力の流れの読み方を学ぶ機会もあり、彼自身も多少なりとも適性があった。そのため彼の報告は信頼できるものである。
村長にとっては、それが間違いであって欲しい報告であるのだが。
「何か対策はないのか? その魔力溜りを解消できる方法は……」
「一時的なものであれば、毎日討伐隊を向かわせ発生する魔物を駆除すれば、いずれは収まるやもしれませんが……」
「いつ収まるかも分からず、毎日の討伐か。非現実的だな」
「さらに言えば、魔力の濃度から考えて、村の戦える者全てを派遣する必要があります」
「なに!? それでは村を守る者も、働き手も足りなくなるではないか!!」
「そうです。そして一日でも怠れば、国軍への要請が必要になるくらいに魔物は成長するでしょう」
「……それほどまでに状況は悪いのか」
「えぇ。今回の一件も国軍が出兵したとして、半数戻れるかどうか……」
「それをこの年端もゆかぬ少年が殲滅したと?」
つい思った事を口に出してしまう村長。それほどまでにその報告は彼を追い詰めていた。
それに気付き「申し訳ない」と少年に謝罪する。
それに対する少年の反応は、我関せずといった様子で、出された茶とお茶請けのドライフルーツに夢中な様子だ。
「これがダイでなければ、悪い冗談だと一蹴する所だが……」
「全て事実です。ですので、村の移転が一番現実的なのです」
村の移転。言うは簡単であるが、実際行うとなれば移転先の選定に始まり、周辺の村との利害調整、国との折衝など、非常に多くの課題を抱える事になる。
だからこそこの場に留まる方法がないか、そう考えるのは長として当然の事である。
「猶予はどれくらいだ」
「私は魔力の流れを読めますが、そこまで詳しくは……。リーンであればもしくは」
「猶予は一週間、長くて十日ってところだね」
今までなんら興味を示さなかった少年が突然口を挟む。
しかし、村長にはその言葉が信用できるものかが判断できなかった。
「彼は剣術だけでなく、魔術にも優れております。現に私も彼の治癒魔法により、今こうしてここに居られるのです」
「……一週間か」
その言葉を最後に、村長は頭を抱えこんでしまう。
そしてしばらくの沈黙の後、二人を宴へと送り出し、村の重鎮たちを緊急招集したのだった。
半ば追い出されるように村長の家を出た二人を、少女が出迎える。
出てきた二人を見るや否や少女は駆け寄り、死地から帰還したダイを抱きしめた。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「ただいま。心配かけてすまない」
少女を優しく抱きしめ返し、頭を撫でる。少女の頬には、一筋の光が流れた。
本物であることを確かめるように、きつく抱きしめていた少女であったが、ようやくその姿を見られていることに気づいたのか、ぱっと離し、照れ隠しのようにその少し短く切りそろえた栗色の髪を撫でる。
「妹のアルマです。アルマ、こちらは俺を助けてくれた旅人様だ」
「お兄ちゃんを助けていただきありがとうございます」
アルマは深々と頭を下げるが、少年は返事もなく、そっけない態度だった。
それに気まずさを覚えたのか、アルマは少し早口になる。
「えっと、旅人様の歓迎会の準備ができてますので案内しますね」
「あぁ、頼む。それと……」
「リーンさんだよね。ケイさんが呼びに行ってくれてるよ」
「そうか、あいつらも心配してただろう」
「……そりゃね」
心配などという言葉では済むはずもない。彼らの口から、帰ってくることは無いだろうと伝えられたのだから。
しかし、こうして戻ってこられたのだから、それをわざわざ話題に上げるアルマではなかった。