3.ノマド
「君も無茶をするね、ボロボロじゃないか。動けるように直してあげるけど、かなり痛いから覚悟してね」
少年は彼の返事を待たず、抱えたその腕から彼へ向けて魔力を流す。
剣を持ちながら魔法に長けた人物、それならば魔力でもって攻撃を受け流すことが出来る。この軽装も納得だ。
などと彼が考えたその時、流れ込む魔力が体を焼き尽くさんと熱を帯び、再びゴーレムに叩き付けられたのかと錯覚するほどの激痛が彼を襲う。
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
あまりの痛みと、体内を灼熱の炎が駆け巡るような熱さに叫び声を上げ、自らの血の池でその炎を消さんとするように、赤い水溜りの中をのた打ち回った。
何をされたかの理解などできず、痛みも熱も冷めやらぬうちに、その原因たる人物を睨み付ける。
「うんうん。叫べるだけじゃなく転げまわれるなら大丈夫そうだね」
その言葉にはっとする。声が出る、痛みから逃げるためとは言え、身体が動く……。
どんな魔術を……いや、どんな奇跡を使ったというのだろうか。分からない事ばかりだ。
けれどただひとつ、この少年が只者ではない事だけは確かだった。
「さぁ、こんな所さっさと出よう」
少年は手を差し伸べるが、それを握り返してよいものか、彼は躊躇した。
助けられたとは言え、怪しすぎる。
しかし彼には、手と取る以外の選択肢などありはしなかった。
暗く沈んだ洞窟の中、出口へと歩みを進める彼は、命の恩人たる少年を村へ連れ帰るべきか悩んでいた。
洞窟の主たるゴーレムを倒すだけでなく、取り巻きの魔物も殲滅した少年。
しかし、その姿は戦いに赴く者のそれではなく、鞘に収められた剣だけが血を欲しているように見えた。
なぜあの場に居たか聞けば「呼ばれたから」と答え、名を問えば「棄てた」と言う。
助けられたのだから感謝はあれど、常軌を逸したその少年を信用してよいものか……。
彼が判断に迷うのは当然であろう。魔物を一掃したその刃が、人に向けられる可能性もあるのだから。
「……では、なんとお呼びすればよいでしょうか」
「旅人とか呼ばれてるけどね。でも、旅なんて大げさなものじゃないし、散歩する者あたりかな。なんてね」
何も知らなければ「酷い冗談だ」と笑い飛ばす所であるが、ゴーレムの一件を知る彼にとっては、それが少年なりのユーモアであるかどうか判断が付かなかった。
けれどひとつだけ分かったことがあるとするならば、少年は名も素性も明かす気はないという事だ。
「では旅人様、助けていただいた事感謝いたします。そして洞窟内の魔物も一掃していただいた事、村を代表してお礼申し上げます」
彼は持ちうる語彙力の中で、最大の敬意を込めて感謝を述べる。そしてその彼の言葉にあった通り、出口へ向かう道中少年の灯す光球に引き寄せられた魔物はおらず、それどころか魔物の気配すら完全に消え失せていた。
これならば逃がした仲間、ケイとリーンも無事であろうと胸を撫で下ろした。そしてそれは、この洞窟を巣にする魔物の被害が村に出ない事を保障するものだった。
それだけの事をしてくれた少年への感謝の気持ちは、嘘偽り無く本物であった。
しかし……。
「本来であれば村へお越しいただき、村人総出で感謝の宴を催すべき所です。
けれど、名前も素性も分からぬ旅人を村へお連れする事はできないのです」
魔物の討伐、それも国軍への援助を求める必要があるほどに強い魔物が多く発生していた今回の事件。それを解決へと導いた者をもてなし、英雄として代々語り継ぐのは当然の事と言えよう。
だが、それだけの力を持つ者を住処に招き入れる事は、同じだけの危険を伴うのだと理解できぬほど彼は愚かではなかった。
機嫌を損ねぬよう、しかし不誠実ととられぬよう言葉を選ぶ。
「差し出がましい事を言っているのは理解しております。しかし、貴方が信用に足る人物であると、村の者を納得させられるだけの言葉をいただきたいのです。
何故私を助けたのか、なぜ旅をされているのか。答えてはいただけませんか」
その問いの答えのごとく、少年は突然灯していた光球を消した。
彼は怒らせてしまったかと、肝を冷やし立ち止まる。
その数歩先で少年は立ち止まり、洞窟の出口から差し込む燃えるような夕日を背に言葉を返した。
「僕の旅の理由? そうだね、人々を大きな不幸から救うため……かな」
抑揚無く語る少年の表情は、その後光によって判別できなかった。