10.愛のかたち
「あら~、良い感じのお話にまとまってるじゃない?」
小鳥と木々が風に歌う、木漏れ日差す森の広場。黒と見紛う深緑の長い髪を揺らし彼女は言う。手には真新しい角のヨレさえない本が一冊。
髪と対照的に透き通る白い肌と、同じく一点の汚れもない白いワンピースを着た彼女は微笑みを絶やさない。
しかし、彼女の対面には、彼女と同じように小さな切り株の椅子に座る少年。特徴的な朱色の髪の少年は表情が暗く、その言葉に対する答えはない。
「そうだわ! お茶を出すから少し待っててね」
彼女のその声と共に、二人の間にさも元からそこにあったかのように、大きな縦半分に割られた倒木が現れる。断面はささくれひとつ無くなめらかで、デーブルとしては立派過ぎるものだった。
そしてその上には、やはり元々そうであったように、さわやかな香りと湯気が昇るハーブティーが用意されていた。
「蜂蜜もたっぷりあるし、お茶請けの果物もどんどん食べてね?」
機嫌を損ねてスネてしまった子供をあやすように、微笑みと共に語りかける。けれど少年の反応はない。
その様子に、彼女は困ったように頬に手を当て少し考える。
「そんなに思い悩む事かしら? 人間の命なんて元々儚いものだし、少し早いか遅いかだけじゃない?」
「……」
「あらあら、困ったわねぇ……」
言葉とは裏腹に、困り顔ではない。なぜならば彼がこうやって、自身の行いに心を痛めるのはいつもの事だからだ。
他の方法も、それを行うだけの能力を持ちながら、思い描く未来のために目の前の者を切り捨てる。
それは今回が初めての事ではない。その事を、彼女も今までの経験から理解していた。
「それじゃ、ひとつひとつ答え合わせしましょうか?」
「……」
「そうね、洞窟で出会った彼。彼が角のある魔物に刺されたのは事故よね」
「……」
「その後彼の仲間の治癒魔法、これも貴方の介入はないわね」
「……」
突然始まる”答え合わせ”は、こうやっていじけた彼への尋問であり、慰めだ。
今までの経験と、彼の理想を知るからこそ、この意地悪な答え合わせを彼女は行う。
「その後の貴方との出会いと、傷だらけの彼への時戻し。ここから手を入れたわね」
「……」
「彼の知恵と、仲間の魔力、そしてお父様の魔力。これが合わされば魔王になるのも頷けるわ」
「……」
沈黙は肯定。
魔王の誕生、それを彼は知っていながら止めなかった。
否、彼が魔王を誕生させたのである。
「ま、彼の知恵だけじゃ魔力が無さ過ぎるもの。魔族と呼べるほどの知能はあっても、すぐに他の魔物によって淘汰されたでしょうね。それに強力とはいえ、所詮人間の魔女じゃ魔王まで昇華させられないわ」
「……」
「だから魔王に仕上げるために手を貸したのね」
「……」
ひとつひとつ、パズルのピースをはめ込むように繋いでゆく。
慈悲深くも嗜虐的な彼女は、それを楽しむようにゆっくりと真理を探る。
「それじゃ、どうして魔王が必要か……。そうね、どうせお父様の事だから、人間の共通の敵でも拵えようなんて思ったんじゃないかしら?」
「……」
「そして、魔女には能力を強化させるために魔石を渡した……。彼女が人々の希望となるために」
「……」
「彼女は都合が良かったものね。人間としては強すぎるほどの魔力を持っていたし、魔王への憎しみも十分だもの」
「……」
クスクスと笑いながら、慈悲深い目で彼を見つめる。
これまでであれば、ここまで”肯定の沈黙”を続けられたことは無い。
彼女にとっては、初めて”お父様”と慕う彼の鼻を明かせるかもしれない、そう思った瞬間だ。
「繰り返し復活する魔王と魔族。これからは彼らが人類の共通の敵。
もう人間同士が殺しあう事は……無くならないけど減るでしょうね。
少なくとも今までのような大きな戦争は無くなるわ。そんな事してる場合じゃないもの。
小さな犠牲で大きな成果、これで納得できないほど愚かではないでしょう?」
「……」
最後まで彼は沈黙を破らなかった。それは、全てが彼女の言う”答え”どおりである事を意味する。
だが、彼の答え合わせはまだ終わってはいない。
「うーん、もしかしてお父様は異世界人が活躍できる場まで用意する気だったのかしら?
勇者は4人の異世界人を引き連れて魔王を討ったらしいじゃない。さすがにこれはハズレかしら?」
「……」
「あら、まさかとは思ったけれど、これも正解だったのね。もしかして全問正解じゃない?」
「……」
その問いにすら沈黙。彼女は自身の快挙に喜びを隠せず、少女のような満面の笑みを浮かべる。
そして、その油断が世界を動かす事となる。
「お父様は全て目論見どおり、私は全て正解。何の不満もないでしょう?」
「……」
「そうねぇ……それでも胸を痛めてるのなら、魔女の作った村にでも行ってきたらどうかしら?
お父様の気にかけてた異世界人たちが幸せに暮らしてるなら、間違った選択じゃなかったって思えるはずよ?」
「……あぁ。そうするよ」
ここへ来てはじめての言葉、そして最後の言葉。
音も無く立ち上がり、剣を携え去る少年。その背中を精霊は引き止めず、ただ見送った。
彼女は知る由もなかった。彼が、更なる罪を背負うために旅に出ることを。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今作は
「爆死まくら ~ガチャ運の無さに絶望したおっさんは、人である事を諦め異世界を満喫する~」
(URL→https://ncode.syosetu.com/n9392fa/)
の番外編であり、さらに
「ある異世界の童話」
(URL→https://ncode.syosetu.com/n4865ez/)
の続編に当たります。時系列的にはこちらの方が先ですが。
興味持っていただけましたら、双方共にどうぞよろしくお願いしま~す。