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螺旋に沈む世界  作者: 島 一守
魔王が生まれるまでの七日間
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1.願い



 薄暗い洞窟の中、三人の冒険者は淡く光る魔方陣の中、身を寄せ合っていた。


「こりゃ一体どうなってんだよ! なんで村の近くでこんなに魔物が沸いてんだ!?」

「落ち着けケイ、言ったって仕方ないだろ。それよりもリーン、結界はまだ持ちそうか?」

「ええ、この洞窟内が魔力溜まりになってるおかげで、すぐに魔力切れになる事はないわ」

「そのせいで魔物がうようよしてんだが……どうするよダイ」


 リーダー格のダイは思案する。彼は軽装で片手剣を使い、スピード重視の剣士だ。相手を翻弄し、隙を突きダメージを与え、徐々に弱らせる戦い方をする。しかし、この洞窟にうごめく多数の魔物には、その戦法を取るのは不可能だ。

 対して、先ほどから現状をボヤいているケイは、重く防御に特化した鎧を纏い、大型の鉄板かと見間違う剣を使う、一撃必殺パワー特化型の大男。魔物が群れていようが、その大剣で道を切り開く戦闘スタイルだ。だがこちらも、それは相手が弱い場合に限られる。多くは雑魚であろうが、中には彼が対処できないほどの魔物も含まれる。

 そして、現在魔物から身を隠す魔方陣を展開している魔導士リーン。彼女のおかげで強力な魔物がうごめく中、三人は気配を消すことで魔物達に気付かれずに済んでいる。しかし、それも彼女の魔力が尽きれば三人の命運も尽きる。


 素早さで翻弄するダイ、力強さで圧倒するケイ、魔法で援護するリーン。三者三様の戦闘スタイルであり、互いの欠点を補い合う、非常にバランスの良いパーティーだった。

しかしそれは、融通が効く分、いざという時の突破力に欠けるものとなっていた。


 もし全員が素早ければ、散り散りに逃げればうまく敵を巻けたかもしれない。

 もし皆が強力な攻撃ができるのならば、雑魚をなぎ払い、強い魔物とも戦えたかもしれない。

 もし三者とも魔法が使えたならば、結界を出口まで繋ぐ事ができたかもしれない。


 そんな無い物ねだりの”もし”に、ダイの思考は支配されていた。

しかし、そうしている間にもリーンの魔力は消耗する。いつまでもこうしていれば、次第に不利になってゆくことは、彼が一番よく分かっていた。


「ケイ、その重い鎧を捨てろ。それなら多少は速く走れるだろ」

「……それは構わないが、その程度で逃げ切れるか?」


 その鎧を手に入れるための多くの苦労に、一瞬思いを馳せたケイであったが、今の状況を考えればそんな事を言っている場合ではないと思いなおす。しかし、それでも鍛え上げられた肉体は、それ自体が重く、文字通り逃げる時の足かせ、そしてパーティーの足を引っ張る結果になるのは本人が一番理解していた。


「リーン、お前はケイの補助だ。戦闘になれば、お前の防御魔法でケイを守れ。そしてケイは逃げる事を最優先に、最低限の戦闘で出口までたどり着くんだ」

「……ダイ、貴方はどうするの?」

「……俺は魔物を引き付ける」

「はぁ!? お前気でも狂ったのか!?」

「俺達の任務が何かを考えろ。この異常事態を村に知らせることが第一だ。なによりこの状況、俺達が帰らなかった場合、魔物の異常発生程度にしか考えていなかった村の奴らがどうなるか……」

「だからってお前!」

「素人でも分かる。これは早急に村の移転が必要だ。一刻も早い現状の報告が第一だ」

「……」


 リーンは何も言わない。彼女は彼の作戦がそういった事であると、すでに予期していたのだ。

そして状況を考えれば、彼が言う事に何ら反対できる要素が見当たらない事も。

しかし、彼女は彼を止めるための言葉を必死に探している。彼を納得させられるだけの言葉を……。


「傷口、見せて」

「心配するな。多少痛んでも囮にくらいはなれるさ」

「ちゃんと治せるのにそうしなかったら……きっと後悔するから……」

「……あぁ」


 魔物の増えた洞窟の調査、それを依頼された三人がそれまで無傷でいられるはずがなかった。

ダイはそれまでの戦闘で、軽微な傷だけでなく、角を持つ魔物に腹部を刺されていた。

リーンの治癒魔法で応急処置はなされていたが、魔法は万能ではない。自己修復能力を多少向上させるのが関の山だ。

それは、相手の身体を知り尽くしていなければ、健康な状態に戻すための”元の状態”が分からず、より悪い状況に陥りかねないからだ。

 しかし、リーンはダイを治癒魔法によって、完全に傷を癒すことができる。それはリーンが本人以上に彼を知り尽くしているという事、つまりそういった仲である事の証明である。


「ケイ、もし俺に万一の事があったら、妹の事を頼む」

「へっ、やなこった。お前が面倒みてやればいいだろ。だから……死ぬなよ……」

「あぁ……」

「ダイ……」

「心配するな。ちょっと魔物と戯れてくるだけさ。先に行って待ってるから、お前らは自分の事だけ考えろ」


 ダイは自身が助からないであろう事は理解していた。そして、魔物と戦う事を生業としている自身が、こういった最期を迎えるで有ろうことも覚悟の上だった。

 けれど、ひとつだけ気がかりがあるとすれば、今年で14になる妹の事だ。母を病気で亡くし、父も二人を育てるために稼ぎの良い冒険者をしていた。そんな父の死を聞いたのは3年前。ダイが王都で腕を磨くため、軍学校に在籍していた頃であった。

 たった一人の肉親を守るため、彼は村に戻る事を決意する。その話を聞いた、当時から共に行動していたケイとリーンが村に一緒に来てくれた事は、ダイだけでなく村にとっても大きな幸運であった。

 そして、そんな経緯を知るケイとリーンが、ダイの”万一”に何の行動も起こさぬ訳はない。口ではなんだかんだ言いながらも、ケイは彼の妹を何があっても守らねば、そう心に誓っていた。


 そしてリーンも「ちょっと魔物と戯れる」というのが、一方的に弄ばれる事であると理解している。そして「先に行って待つ」場所が、この世でない事も……。

引き止める言葉なら、いくらでもあったはずなのに。どの言葉も選べずに、ただ彼をすがるように見つめる事しかできなかった。


「……これを」


 名を呼ぶだけで精一杯だった彼女は、自身の髪を束ねていた髪飾りを外し、彼へと渡す。

金色の精巧な細工がなされた髪飾り。豊穣と繁栄を願い作られたその髪飾りは、彼が彼女へ送った品。


「戻ってきたら、また前と同じようにプレゼントしてくれる?」

「……あぁ、必ず」


 幸せだったあの頃の、一掴みの思い出の欠片。それを約束の印とすれば、また巡り会える。

彼女のささやかな願い。果たせないと分かっていても、縋ってしまう二人の願い。


「後は頼んだぞ」


 そう言って駆け出す彼の後姿は、振り返る事も無く遠ざかる。

悲しいはずなのに、辛いはずなのに、涙を流すことすら叶わなかった。

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