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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天才経営者のやりなおし
9/92

第9話 美琴の決意

 男が立ち去ったことで、部屋に残ったのは美琴と弘人だけになった。

 美琴は悠然とした態度で男が残して行った資料と契約書を見る。


(暴利ですね、お父さんが勢いでサインせず良かったです)


 それは、さながら地獄への片道切符だ。

 弘人がそれにサインをしなかったことに安堵の息を吐く。すると、対面には弘人が立って美琴に視線を向けていた。


「どうかしたのですか?」


「いやぁ……美琴は貫禄があるなって。あの人、まるでライオンに食べられそうなチワワみたいになっていたよ」


 美琴の前にインスタントのコーヒーを置くと、弘人が苦笑交じりに言った。


「チワワに失礼ですよ、それは。コーヒー、ありがとうございます」


 あの男を思い出すが、チワワほど可愛らしくはない。

 チワワの着ぐるみを着る男の姿を想像してしまって、美琴は嫌そうな表情を浮かべる。そして、マグカップを手に取り、渇いた喉を潤した。


「……それよりもその契約書って、やっぱりサインしなくて大丈夫だった?」


「はい、サインしていたら人生終わっていましたね」


 そう言って、美琴は契約書をビリビリに破くと、ゴミ箱へ捨てる。

 あっさりと捨ててしまった美琴に弘人は唖然とするが、それだけ危ないものだと理解したのか安堵の息を吐いた。


「それにしても困りましたね」


「さっきの話かい? 隣で聞いていたけど、どう言うことなのかさっぱりわからなかったんだけど」


「簡単に説明すると、あの男は借金まみれです。すでに取り立てられる金品の類がないのでしょうね。だから、こちらに借金をさせるように指示を受けたというところでしょう」


「つまり、それにサインしていたら怖い人たちが毎日来ていたってこと?」


「まぁ、そうなるでしょうね」


 美琴が肯定すると、弘人は肩を抑えて「危なかった」と口にしていた。

 おそらく男の持ってきた資料をほとんど読んでいなかったのだろう。経営能力どころか、危機管理能力のなさに美琴は頭を抱える。


(勝手に契約書にサインしてしまう可能性があったと思うと、取締役を解任して良かったような気がします)


 と、失礼ながらも思ってしまう。


「それはそうと、支払いの見込みはあるのかい?」


「正直厳しいですね。あともう一週間あれば何とか、と言ったところです。ですが、あの様子では本当に何をしてくるか分かったものでもありませんし。その取立人も先走ってこちらに来る可能性もありますから」


「うわぁ……」


 弘人も現状の危うさを理解したのか、嫌そうな表情をする。

 結局のところ、具体的な解決案がないのだ。銀行などから融資を受けられるのが一番良いのだが……


「そう言えば、お父さん。あのガラ……コホン、魔道具製造機で何かを作っていたようですが完成したのですか?」


 美琴が尋ねると、弘人は子供のように目を輝かせる。

 そして、作業場からスマホと同じくらいのサイズの何かを持ってきた。


「そうなんだよ、今朝完成したばかりなんだ!」


「これは、競技用の魔道具ですか?」


「そうそう、魔法演舞用のデバイスだよ。田辺製作所でも造っているのを知って、前々から興味があったんだよね」


「魔法演舞の……」


 近年では魔法を取り入れたスポーツが増えている。最近では殺傷能力が低い魔法を用いた魔法戦もスポーツとして扱われるようになった。

 その中で、魔法演舞は最も古い歴史を持つ。

 人に魔法を向けるのではなく、魔法を組み合わせた踊りで観客を魅了するのだ。十年近く前から始まったスポーツだが、当時は地味だったため見向きもされなかった。

 しかし、五年ほど前から魔素による飛行魔法が開発されたことで一気に注目を浴びるようになった。

 三次元の立体的な踊りと、それを彩る魔法。

 従来のスポーツとは一線を画した華々しさに、一気に注目が集まった。

 金田誠はその流行に乗り、魔法演舞用の魔道具の開発及び製造によって、田辺製作所の再建に成功したのだ。


(技術者として残してあげたかったですね)


 嬉しそうに自作の魔道具を見る弘人を見て、美琴はそう思った。

 しかし、それは不可能な話である。技術者として残ったとしても、後に火種となる可能性は十分にあるからだ。

 それに……


(ですが、この程度の技術ではきっと辛い目にあったでしょうから、これでよかったのかもしれません)


 弘人の作った魔道具を見る。

 内部については詳しくは分からないが、それでも魔法演舞に使うには大きすぎるのだ。あのガラクタで作ったのであれば十分に凄いことだが、その程度の技師ならば他にもいた。

 美琴が内心そんなことを思っていると、不意に弘人が真剣な目で自分の魔道具を見る。


「だけど、初めて作ったからか上手く動かないんだよね。もし良ければ、美琴も見てくれない?」


「良いですよ、設計図を見せて下さい」


「え?」


 美琴が頷くと、弘人は驚いた表情をする。

 何を驚いているのか疑問に思ったが、すぐにそれを理解して弁解する。


「あっ、違います! えっと、お父さんの部屋を掃除している時に本を読ませていただいたので、素人の意見だと思いますが役に立つかと思っただけです」


「ああ、そうだよね。流石に、魔道具については詳しくないよね」


 と、弘人は安堵の息を吐く。

 そして、作業場の方へ設計図を取りに行った。


(冷や冷やしましたね、誠は開発者ですが美琴はただの中学生ですし)


 株のことがあって、気が緩んでいたのだろう。

 とは言え、弘人は疑問に思った様子ではなかった。そんな姿を見て安堵する反面、弘人の将来が本気で心配になってしまう。


「これが設計図だけど……」


 そう言って、弘人が紙に書かれた設計図を持って来る。


「えっと、これは何語でしょうか? 中国語と英語が混じったような……」


「それ、日本語なんだけど」


「え?」


 弘人の指摘に、美琴の表情が固まる。

 よく見ると確かに日本語だ。しかし、漢字が略式されており中国語のようにも見えてしまう。

 アルファベットらしきものも、平仮名のようだ。


「あははは。随分と達筆ですね」


「……」


 笑ってごまかそうとするが、弘人の無言の視線が痛かった。

 その視線に居心地の悪さを感じながらも美琴は設計図を解読する。弘人の設計図を見るにつれて美琴の表情が真剣なものとなった。


「これは……」


 ところどころ、読めない文字もある。

 だが、図面から書かれている内容を予測して読むと、美琴の表情が徐々に驚愕に染まる。


「お父さん、もしかして飛行魔法以外にも魔法を組み込んだのですか?」


「図面を見ただけでそこまで分かるのかい!」


「これくらいは当然です。それよりも、どうなんですか?」


 素人が図面を見ただけで理解できるはずがないのだが、美琴は下手に言い訳をしている余裕はなく追及を続ける。


「そうだよ。昔見た剣舞をイメージして、飛行魔法以外に光剣を生み出す魔法を組み込んだんだ」


「並列魔法……」


 田辺製作所で、今後の課題としていた発明だ。

 それを、元社長である弘人が編み出した。なんたる皮肉だろうか。こんな場所で発明されるようなものではないと、美琴は愕然とした表情を浮かべる。

 すると……


「ただ、どこか不具合があるみたいで正常に機能しないんだ」


「貸してもらえませんか?」


「え、ああうん。良いよ」


 美琴は弘人から受け取ると、魔道具に魔素を込める。

 そして、同時に弘人が魔道具を起動させられなかった理由に気づく。


(……これはきついですね)


 複数の魔法を操るのだから、脳への負担は大きい。

 だが、演算領域の大きい美琴は膨大な魔力を用いることで無理やり起動させた。


――飛行魔法、起動


 大きく深呼吸をすると、体が白い光に包まれ宙に浮く。

 成功だ。

 目を開くと、弘人の呆然とした表情が映る。だが、美琴はここでは止まらない。魔道具に込められたもう一つの魔法を起動させた。


――光剣、展開


 美琴の周囲に白い光が浮かび上がる。

 剣というよりも棒に近い。これについては今後の課題だろう。美琴は大きく息を吐くと、周囲に次々と光剣を展開していく。

 その数は十。

 動かすことはできない。だが、確かにこの魔道具は一つで二つの魔法を使用しているのだ。


(凄い、本当に並列魔法を完成させています)


 あんなガラクタでこれまで成功したことのない技術を成功させた。

 その感動にも近い感情に打ち震えていると、ふと悲しさが込み上げて来る。これを作り上げたのが、目の前で呆然とする元社長だからだ。

 自分の人を見る目のなさに、情けなくなって来る。

 それと同時に、これほど有能な人物を追い出したと思うと、壁に頭を打ち付けたくなる衝動に駆られた。


「っ!?」


 しばらく浮遊していると、途端に視界が歪む。

 光剣は既に消えており、魔道具の機能として付けられていた保護システムによってゆっくりと地上へ降り立った。


「美琴、大丈夫かい!?」


 地上へ降りると、膝をつく美琴に異変を感じたようで弘人が立ち寄る。


「ええ、大丈夫です……」


 大丈夫だと言っているが、のぼせたように頭がぼんやりとする。立ち上がろうにも、酷い立ちくらみを覚えるのだ。


「鼻血が出ている! ティッシュ、ティッシュ!」


「……おそらく脳へ負担を掛け過ぎたからでしょうね」


 美琴はティッシュを受け取りながらも、冷静に自分の状態を考察する。

 使い手のことを考えていない、じゃじゃ馬。それが、美琴の評価だった。現時点で、この魔道具を万全に使える者はいないだろう。それどころか、起動さえできないはずだ。

 誠の演算能力と美琴の魔素操作力が合わさり、どうにか使用が可能となっただけ。はっきり言って、欠陥品と言っても過言ではない。


 しかし、同時にこの魔道具は宝石の原石に等しい価値を有している。

 今後、使用者の負担を軽減できれば、間違いなく世界に衝撃が走るだろう。大企業に持ち込めば、この価値を理解できないはずがないのだ。


(経営者としてはマイナスですが、技術者としてこれほどとは……)


 おろおろと忙しなく動く弘人を見て、美琴は口角を上げる。

 そして、金田誠とは違う光景が、美琴には見えていたのだ。


(父の……いいえ、田辺弘人の技術力を世界に広める。それが私の償いになるかもしれません)


 この奇跡を美琴は神に感謝するのであった。










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