第84話 学校生活(上)
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翌朝。
美琴は登校すると、カーラの研究室を訪ねていた。
「人体刻印型魔道具? ……なんでまたそんなことを聞く?」
美琴の質問に怪訝な表情を浮かべるカーラ。
無理もない。美琴もまた同様に尋ねられれば、似たような表情をしていただろう。
「詳細な名前は憶えていませんが、確か魔眼化計画とも呼ばれていたあれです。最近になって、再開されたという話は聞いていませんか?」
「聞いていないな。そもそも、あれは倫理がどうのこうのと色々言われていたやつだろう。魔素を使った医学が進歩してもその点は変わらんはずだ」
「ですよね……」
カーラにしては正論だ。
魔素医学の進歩は目まぐるしい。しかし、現段階では失明した目を治すことは不可能とされている。
仮に失明するリスクを抑えたとしても、人体に直接魔法式を刻むのは、カーラの言う通り倫理に反していると言えるだろう。
――あんたには分からないだろうけど、この世の中には娘を道具としか見ない屑だっているのよ!
脳裏に響く、莉子の悲痛な叫び。
どうしてか、その声が頭の中から離れない。あれから一晩が経ったが、莉子とは会話をしていない。
完全に避けられていたため、何も聞くことができないのだ。
「そもそもの話だが、目に魔法式を刻む必要があるのか? これみたいに、眼鏡に魔法式を刻印すれば済む話だろう」
そう言って、カーラはかけていた眼鏡を外すとくるくると回し始める。
美琴として初めて会ったとき付けていた眼鏡だ。
「その眼鏡……詳しいことは聞いていませんでしたが、相手の魔素を見ることができるものなのですか?」
「ああ。その魔素の特性が見えるな」
「魔素の特性というと?」
「血液型の魔素バージョンだな。魔素を色分けして、どういった魔法と相性が良いのか見極めてくれる」
カーラの説明に、美琴は顎に手を当てる。
「ちなみにですが。例えばですよ……デバイスを見ただけでその魔法がどういったものか、どういう失敗をするかをその眼鏡では見ることはできないのでしょうか?」
「なんだ、それは? そんなものがあれば、私が欲しいぞ」
呆れた表情を浮かべる。
仮定と言っておきながら、美琴自身そんなものはないと分かっている。しかし、自分で見聞きしたものが信じられないほど、頭は固くないつもりだ。
「では、もしそんな魔道具があったとして、カーラは何が見えていると思いますか?」
今度は、カーラが顎に手を当てる。
夢物語だと思っていても、仮定に仮定を重ねて真剣に考えているようだ。そして、しばしの間があいてカーラは口を開いた。
「まず確実なのは魔法式が見えていることだ。魔法式が見えなければ、どんな魔法か分からないからな。それと、結果が分かっているんだったら、魔素がどういう風に流れるかも見えているんだろう。付随的に、相手の魔素の量も分かるはずだ。だが、おそらくだがそれだけではないだろうな」
「というと?」
「そいつがどの程度知識があるか知らないが、魔法式に対して全く知識がないとしたら、魔法式自体が意味のある言葉として見えているはずだ」
「それは……とんでもないですね」
カーラの仮説が正しければ、魔法式に対する翻訳機能が付いているということになる。
「んで、いつになったらそいつを連れてくるんだ?」
「は?」
突然のカーラの言葉に、美琴は呆けた声を上げてしまう。
「惚けるな。そんな仮定の話をお前がするような性格か? 大方、さっきお前が言っていた魔眼が関係しているんだろう」
「……」
どうしてこういう時だけは鋭いのだろうか?
こと魔素に関連することだけは、カーラは異常に勘が鋭い。
「凡そ、予想はつく。どうせ、お前の従姉妹とやらの話だろう」
「いくら何でも察しが良すぎません? というよりも、なんで従姉妹のことを知っているんですか?」
「お前が教室で語ってただろう。あと、昨日UMAがショッピングモールで会ったと言っていたぞ」
「……発音が違う気がするのは気のせいでしょうか」
本当に、魔素関係とあとは食べ物になると突然嗅覚が良くなる。
隠し立てすればかえってめんどくさそうだ。隠そうものなら、カーラがどんな行動をとるのか分かったものではない。
「どうやら、私は嫌われているようなのできっとおとなしくついて来てはくれないでしょうね」
と言うと、カーラが深々とため息を吐く。
「お前、コミュニケーション能力が低すぎだろう。お前、友達少ないだろう。コミュ障なのか?」
「あなたにだけは、言われたくありません!」
なんて失礼な。
友達くらい、美琴にだっている。名前を思い浮かべて、指を折り始めた。
(彩香に穂香、それに明美と…………………………………………………あれ?)
三本指を曲げたところで、止まってしまう。
勇気の名前も思い浮かんだが、仮ということにして四人目に数えておくとする。だが、これでもまだ片手の指で足りる人数だ。
冷や汗をかきながら、カーラを見ると……。
「ふっ」
鼻で笑われた。
「カーラ! そういう貴方こそ、友達がいないでしょう!」
「お前みたいなボッチと一緒にするな。ほら、見てみろ……」
差し出されたのは、カーラの携帯だ。
電話帳には、信じられないほど多くの名前が連ねられていた。
「か、カーラ。水増しは良くないですよ」
「アホか。ただの研究友達だ」
あえて友達を強調して言うカーラ。
確かに田辺製作所で、カーラが同じ開発部のメンバーと会話をしている姿はよく見た。アメリカの研究者がカーラを訪ねて来ることも多々あった。
(私も、金田誠のときを思い返せば……)
と、気付いてしまう。
金田誠の時でさえも、友人と呼べるのはカーラと川口の二人だけだったと。諸星の名が挙がるが、あれに関しては友達でも何でもない。
たった、二人。
それが、金田誠の現実であった。まぁ、それも無理はない。
(あの冷酷無慈悲な血も涙もない明智光秀のような男に、友達なんているはずもないですよね)
と、開き直ることにした。
カーラが勝ち誇ったようにどや顔を浮かべており、ギリッと歯ぎしりをする。なんて腹が立つ光景だろうか。
その怒りをグッとこらえると、話題を転換した。
「それで、カーラ。先日メールを送りましたが、この学園に目ぼしい生徒はいましたか? というよりも、メールくらいしっかり返信してください」
「すまんな。お前とは違って、メールを返す相手が多いから、忘れてた」
ウザいこと、この上ない。
偉そうにふんぞり返るカーラに、美琴は忌々し気に舌打ちをした。悔しそうな表情に満足したのか、カーラはニヤニヤと腹立たしい笑みを深くする。
「それで、カーラが見て優秀そうな生徒はいましたか?」
抑揚のない声で尋ねる。
次はないと言わんばかりに、美琴から魔素が溢れる。圧縮開放もしていないが、空気が悲鳴を上げるように軋んだ音を立てていた。
とはいえ、カーラも慣れたものだ。
ピクリと眉を顰めたものの、柳に風と言った態度で答え始めた。
「なかなか豊作だな」
思いもしない称賛の声に、美琴は目を見開かせる。
「全体的に、魔法工学の基礎は抑えている。だが、五人……私の目から見ても将来有望そうなやつがいた」
「それは……」
肝心の名前を聞こうとしたそのときだった。
研究室の扉が勢いよく叩かれる。この叩かれ方、そして歪んだカーラの表情から、誰が訪ねてきたのかすぐに分かった。
「カーラ先生いるのは分かってます! それから、美琴! そこにいるんでしょう!」
彩香の声だ。
カーラは息を殺して、居留守を決め込む。その姿を見て、美琴は口元を三日月のように釣り上げる。
「や、やめっ……」
止めようとするが、もう遅い。
美琴はカーラの制止の声を無視して、研究室の扉を開けた。そこには、仁王立ちする彩香の姿があった。
が、なぜだろうか。彩香は美琴を見るなり心配そうな表情を浮かべて、美琴の額に手を当てた。
「……美琴、熱でもあるの?」
なぜに!?
そんな声が喉元まで出かける。しかし、それをこらえるとぎこちない笑顔を浮かべて、彩香に言った。
「勉強は学生の義務ですからね」
「「……」」
そろって白い眼を向けられてしまう。
彩香は「まぁ、いいわ」と言ってため息を吐くと……。
「じゃあ、もうすぐ朝礼だから教室に行くわよ。あと、美琴一限は数学Ⅰだからね」
「……?」
「なに、教科書でも忘れたの?」
美琴が首を傾げると、彩香は怪訝な表情を浮かべる。
だが、美琴には不思議で仕方がなかった。今更ながら、肝心なことを思い出したからだ。
「この学校って、授業なんかありましたか?」
「あるわよ!」
彩香の叫び声が、研究室内に響き渡るのであった。




