第83話 美琴と莉子(下)
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ゲームクリアのファンファーレが鳴り響く。
無駄に豪華な部屋が、一転して殺風景なメタリックな景色となってしまった。
「ゲームはほとんどやったことはありませんでしたが……こういうのもたまには悪くありませんね」
思いのほか楽しめた。
美琴も穂香に勧められて家庭用ゲームなら嗜む程度……プレイ時間が四桁に届きそうだが……にはやったことがある。
しかし、こうした魔法を利用したゲームは初めてだった。
思い返してみると恥ずかしいセリフを口にしていたような気がするが、一掃したときの爽快感は気分が晴れて病みつきになりそうだ。思わずポツリと呟いてしまった。
「……もう一度やらせてもらいましょうか」
偶然にも、ファンファーレがピタリと止まる。
少々不自然な途切れ方のような気もするが、制作側のミスなのだろう。
「まぁ、今日はやめておきましょうか。他にもやりたい人はいるでしょうし」
美琴はゲーム機の外に出る。
開始前に比べて、倍どころか四倍以上に増えているのではないだろうか。美琴が姿を現すと、まるでモーセが海を割ったように、人垣が左右に割れた。
「……?」
何かあったのだろうか?
そんなことを思いつつ、借りていたデバイスを係員に返却する。そのとき、なぜかビクッとして目を潤ませていたのが印象的だった。
そして、意を決したように美琴に声をかけてきた。
「あ、あのっ! 今回のプレイデータ、広告用に使わせていただけないでしょうか?」
「……はい?」
意味が分からない。
素人のプレイデータなど、広告として使ったらマイナスイメージが付くだろう。途中から、完全にゲームを逸脱したプレイをしていた自覚があるためなおさらだ。
そして、美琴の考えが間違いではないように観衆から声が聞こえる。
「あれは、ダメだろう……」
「広告と内容が全然違うって、一斉に苦情が出そう」
「ホラーっていうか、逆ホラーだったし」
「ゾンビが可哀そうだった」
「魔王様、万歳! 下僕にしてください!」
「……けど、広告としてはインパクトがあるよな。ただ、ラスボス(笑)の哀れな最期はカットした方が良いけど」
などなど会話が聞こえてくる。
ただ、時折「悪魔」という単語がエコーのように響いているのは気のせいだろうか……きっと気のせいだろう。
ノリノリではあったが、悪印象を与えないように笑顔を浮かべていたはずだ。
「まぁ、そちらが良いのなら構いませんよ」
「本当ですか!」
「ええ」
どうせマイナーすぎて、大して話題にはならないだろう。
許可を出すと、係員が喜色の笑みを浮かべる。……そんなに良かったのだろうか。
「なぁ! 次やってもいいよな!」
美琴のプレイに感化されてスタンバイしていた青年が銃を抱えて、係員に声をかけてきた。
「あ、はい。どうぞ」
「よっしゃ! さくっとクリアしてくるわ!」
ゲーム機の中に入っていく、新たな挑戦者。
美琴は踵を返して莉子たちの方へ戻ろうとしたが、その直前係員に呼び止められた。
「あっ。それと、これは参加賞です……粗末なものですみません」
申し訳なさそうに手渡されたのは、紙パックのお茶。
「なんてこと……」
先ほど買った飲み物は何だったんだ。
眩暈がして膝をつきそうになる。
『なんだよこのクソゲー! ゾンビがわらわらと出てくんぞ!』
スピーカー越しに悲鳴が響き渡る。
スクリーンの方に振り返ると、そこにはゾンビたちに取り囲まれた青年の姿があるではないか。
なんとかアサルトライフルで挑んでいるが、発砲速度はバラバラで真っ直ぐに飛ばない。しかもリロードが長いため、無防備な時間が出来てしまう。
魔素操作は凡庸であるが、迫ってくるゾンビ相手にナイフと小銃で立ち回っている姿はプレイヤースキルの高さが窺える。
しかし、そんな青年の立ち回りよりも美琴はアサルトライフルの方が気になった。
(あの武器は確か最初に私が選んだ……)
莉子が、センスがないと切り捨てた武器だ。
まさか見ただけで魔素の流れや魔法式が分かるとでも言うのか……いいや、そんなことはありえないはず。
だが、仮にあるとすれば……。
(土御門の強化魔法……確か、魔素を見るようにできる技術があったような)
金田誠として、美琴はそれに興味を持っていたことを覚えている。
だが、噂だけで実現されたということは聞いていない。なぜなら、魔法式を直接目に刻印するのは危険な行為だとされているためだ。
失明するリスクもあるとされており、非人道的な研究として永久凍結されたはずだ。脳裏によぎった考えを一瞬で棄却する。
『ぎゃぁああああああ!!!』
美琴の思考を打ち切るように、スピーカーから青年の悲鳴が響き渡る。
スクリーンには『GAME OVER』の文字が浮かび上がっていた。ナイフと小銃で頑張っていたようだが、やはり多勢に無勢……肩を落としてゲーム機から出てきた。
「やっぱりこうなったか」
「立ち回りは上手かったんだけど、な……。やっぱりムリゲーだわ、これ」
「ゾンビさんたち、人間相手だと分かった瞬間、嬉々として襲い掛かってきたもんな」
「まぁ、ゾンビは人間を襲うものであって、悪魔を襲うわけじゃないしな」
うんうんと深く頷く観衆たち。
先ほどから「悪魔」という単語が頻繁に出ている気がする。……きっと、気のせいだろう。気のせいであるはずだ。深く考えることはやめて、視線の方向に逆らって足を進める。
「「「「「……」」」」」
そこには、顔を真っ青にした莉子たちの姿があった。
怯えているように見えるのは気のせいだろうか。莉子に視線を向けると先ほどまでの強気の態度はどこに行ったのか「ひっ」と小さく悲鳴を上げて視線を背ける。
従姉妹に対して、その反応はないだろう。
そうは思いつつも、特に話しかけることもないためそっとベンチへと戻ろうとする。誰もが遠巻きで美琴を眺める。
そんななか、声をかけてくるような人物がいれば、その人は勇者か、それとも……。
「美琴ちゃんだったっけ! 滅茶苦茶すげぇじゃん!」
「まじ感動ってか、まじすげぇ!」
「なぁ! 俺らにあれの攻略法ってか、コツとか教えてくんない?」
「あっ、それと! 連絡先とか交換しよーぜ!」
よほどの馬鹿であろう。
目の前に立ち憚る二人の男子。スピーカーからゾンビの餌食となったプレイヤーの絶叫が響くなか、周囲のどよめきが聞こえてくる。
馴れ馴れしくも距離を詰めてくる二人。
穏便にことを済ませたいと思い、彼女二人に視線を向けた。しかし、綾と呼ばれた少女は爪を歯で噛んで忌々しそうな視線を向け、もう一人の女子は別の男性に声をかけていた。
(はぁ、面倒ですね……)
どうやってあしろうか。
そんなことを考えていると、まさに渡りに船。聞き覚えのある声が、近くから響いてきた。
「あら、美琴ちゃんじゃないの!」
近づいてくる女装の巨漢……自称キャサリン。
美琴の周囲に空白地帯が広がるように、彼女?の周りにも美琴以上の空白地帯が出来ているではないか。
「な、なんだこのモンスター!」
「幻影じゃないのか!?」
背後に突如として現れたキャサリンに、情けなくも尻もちをつく男二人。
なんとなく何があったのかを察したのだろう。二人の前で屈むと、鼻と鼻が触れそうになる距離まで顔を近づけた。
「あまり趣味じゃないけど。ふふっ、食べちゃおうかしらぁ?」
「「ひっ、ひぃぃぃぃ!!!」」
足をもたつかせながら、脱兎のごとく逃げる二人。
これでは、百年の恋も冷めてしまうだろう……尤も、このカップルに恋心があったのかすら疑わしいが。
男二人を上手く追い払ったキャサリンは、美琴に視線を向けた。
「それにしても奇遇ね。学校ではあまり接点がなかったから、心配していたのよ。今日は買い物かしら?」
そう言って体をくねらせる女装の巨漢。
こうやって見ると、やはり勇気の先生なだけある。
「従姉妹の買い物の手伝いです。先生も……」
――買い物ですか?
という声は続かなかった。
背後からぞろぞろと現れる美琴と同い年くらいの男たち……おそらくだが、キャサリンのクラスの子ではないだろうか。
「「「「……」」」」
誰もが言葉を失う。
無理もないことだ。ありきたりな男子高生の服装をしているのだが、その両手には可愛らしい裁縫道具や綺麗な布が抱えられている。
そして、何よりもその背景がピンク色だったのだ。
この光景には、さすがの美琴も白い目でキャサリンを見てしまう。しかし、それにキャサリンは気付いた様子がない。
「私は、部活の買い出しよぉ」
(((((何部の!?)))))
そんな絶叫が聞こえたような気がした。
「何部のでしょうか?」
誰も聞きたくても聞くことができなかった質問。美琴は臆面もせず、キャサリンに尋ねた。
「美学部よ。まぁ、まだできて間もないから、知らなくても仕方ないかしらね。部長はユーキちゃんで、副部長は穂香よ。彼女も喜んで引き受けてくれたわ」
「そ、そうですか……」
脳裏に、穂香の死んだ魚のような目が浮かんだ。
自業自得とはいえ、もはや哀れだった。今度会ったら、学食のとんこつラーメンでも奢ってあげようと心に決める。
「まだ買い物があるから、失礼するわね」
そう言って、ウインクをする。
「「「「「「ぐはっ」」」」」」
なんて破壊力だろうか。
野次馬たちを一撃で沈めてしまった。
「あれは、魔界の魔獣か何かか……」
違います、これでも教師です。
喉元まで出かけたが、ぐっと飲みこんだ。
「何なのよ、あれは……」
未知の生物の立派な後ろ姿を見送りながら、莉子はポツリと呟いた。その答えを持ち合わせていない美琴は肩をすくめるしかできなかった。
「さて。私たちもさっさと買い物を済ませて、家に帰るとしましょうか」
ベンチに置かれた大量の紙袋を持とうとすると、人影が遮った。
莉子だ。慌てたように紙袋をかき集めると、その両手につる下げた。
「自分の荷物くらい自分で持つわよ!」
「……?」
その表情がどこか怯えているように見えるのは気のせいだろうか。
とはいえ、あの重い荷物を持たなくて済むのは僥倖だ。紙袋の重さに重心がズレている莉子の後ろ姿を眺めながら、美琴は若気の至りで買ってしまった飲み物を持つとその後ろを追いかけた。
◇
「「……」」
電車内には、まばらに人の姿が見えるだけだ。
莉子と美琴は紙袋を隔てて、少し離れた位置で隣り合って座っていた。会話が成り立つこともなく、気まずい空気が二人の間に漂っている。
「そういえば、先ほどのゲームの件なのですが……」
ゲームの件と言った瞬間、莉子の肩がビクリと跳ね上がる。
「どうして、あの銃が粗悪品だと分かったのですか?」
そのことだけが、気がかりだった。
家電製品を見ただけで、内部の構造が見える人はいない。同様に、魔道具も外面だけを見て、内部の魔法式が見える人はいない。
仮に魔法式が見えていたとしても、莉子は結果までも言い当てていたのだ。
「……なんだ、そんなこと」
莉子は視線を合わせることもせず、小さく呟いた。
「何となくよ。目で見たら分かっただけ……」
「……目で見たら?」
引っ掛かりを覚えるその言葉に、美琴は首を傾げた。
立ち上がると、莉子の目を覗くように回り込む。
「こんな目、何の役にも立たないのに。あの屑はいったい私に何を……っ!?」
初めて視線が合ったかもしれない。
莉子の金色の瞳が、驚きのあまり見開いていた。が、すぐにその表情は険しいものに変わり、忌々しそうに美琴を睨みつける。
「離れなさいよっ!」
ドンと押され、数歩後ずさる美琴。
莉子は紙袋を両手に持つと立ち上がって出入り口付近に移動する。駅に到着したため、電車にブレーキがかかる。
「ほんと、あんたみたいな恵まれたお嬢様は大っ嫌いなのよ! あんたには分からないだろうけど、この世の中には娘を道具としか見ない屑だっているのよ!」
そう言い残して、電車から出て行ってしまった。
美琴も扉が閉まる前に慌てて莉子の後を追って電車を出るが、脳裏に先ほどの莉子の瞳が鮮明に思い出される。
「一瞬しか見えませんでしたが、まさか……」




