第80話 美琴の解決策
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村田が訪ねて来てから二日が経った土曜日。
リビングで朝食を取り終えた弘人は、「そういえば……」と言って仕事に使っているノートパソコンを美琴の前に取り出した。
「美琴に言われた通り、並列魔法の術式をピックアップして詳細化してきたよ」
「もうできたのですか?」
「まぁ、設計図を見直してから、こっちで作り直しただけだからね。それで、今更こんなのを見てどうするつもりなの?」
弘人が怪訝そうに尋ねるものの、美琴は答えない。
パソコンの画面を食い入るように見て、時おりマウスを動かすだけだ。
(並列魔法は、本来一つの魔素の流れを二つに分けているだけ。仕組みとしては簡単なことですが、機械で作るとなるとむらができてしまったり、うまく魔素が流れなかったり、非常に繊細で複雑な術式です)
複雑でありながらも、繊細で美しいと感じてしまう術式。
一通り設計図に目を通すと、恍惚とした表情を浮かべ、思わず感嘆の息をついてしまう。
「手作業でやらなければならない理由は、機械だと細かい調整ができないからですよね?」
「そうだよ。機械で最後まで作ると、どうしてもむらができて、どちらか一方が起動しなかったり、たまに両方とも起動しなかったりするんだ。両方うまく起動したとしても、作動中に不具合が生じて、とてもではないけど使えた物じゃないよ」
「なら、その最後の調整だけお父さんがやるというのはどうですか?」
美琴の提案に、腕を組んで顎に手を当てる弘人。
しかし、しばらくして結論が出たのか、残念そうに首を横に振った。
「それだと、完成したコアを一度調べ上げて調整しないといけないから、確かに少しは早くなるかもしれないけど五十歩百歩だね。それに、クオリティも下がるし」
「ええ、私も同じ結論です」
弘人の答えが分かっていたのか、残念に思う様子もなく美琴はパソコンを弘人の前に置いて、弘人の背後に回った。
「だから、ここまでを機械で作るのはいかがですか?」
「っ、なるほど!」
さすがにデバイスのこととなると頭の回転が速い。
美琴が設計図の途中までを指で指して区切るように動かすと、弘人は目を瞠って驚いたような声を出す。
「ここまでだったら、機械で刻印しても結果は変わらないから、前よりも作業が楽になるよ!」
工程で言えば、最初。
作り上げられたコアの魔素の流れを二つに分断する工程だ。この力作業を今まで手作業で行っていたが、考えてみれば手作業である必要はない。
だが、美琴の提案はここで終わらない。
「さらに、工程をもう一つ分けます。二つの流れを一つの源流につなぐ工程ですね」
そう言って、もう一度美琴は線を引いた。
「なるほど、工程を三つに分けるってことだね。けど、二つ目の工程まで機械でやると、確認が必要だからやっぱり時間がかかるよね」
「ええ。だから、手作業で行います」
「……?」
美琴の提案に、きょとんとした表情を浮かべる弘人。
その目は「人がいないから困ってるんだよね?」と如実に訴えかけていた。そんな父の表情が面白かったのか、美琴はクスリと笑った。
「私も改めて並列魔法の術式について考察してみました。非常に複雑で繊細な術式ですが、この二つ目の工程は簡略化できると思いませんか?」
「えっ……」
一瞬間の抜けた声を上げるが、しばらくして弘人は第二プロセスを食い入るように見つめる。そして、何かに気付いたのか声を上げた。
「そうかっ! 確かにここはわざわざ混ぜる必要はないね!」
「はい。二本のケーブルを離れないように複雑に絡み合わせるからこそ、煩雑な作業が必要になるんです。そこで……」
美琴は弘人の後ろから離れると、今度は自分のパソコンを持ってくる。
「私が新しく結びつけるための術式を考えました。これをうまく作動するように調整していただければ、うまくいくと思います」
二日間美琴が考えていたのは、どうやって人財を集めるかではなく、どうやれば術式を簡略化できるかについてだ。
弘人は、美琴のパソコンをじっと見つめ「その手があったか……」と感嘆の声を漏らしている。そのことに美琴はほっと胸をなでおろした。
「確かに、これなら第二工程を簡単にできるね。まだ、ちょっと粗があるけど、それは僕の方で調整するから大丈夫だよ」
「お願いします。……それと、もう一つ。仮に、その工程は素人……ある程度知識はあってもデバイス開発の未経験者が行うことができるでしょうか?」
「……難しい質問だね。可能か、不可能かで言えばおそらくできると思うよ。けど、美琴がそんなことを聞くってことは、何かいい案が思い浮かんだのかな?」
「はい。学生バイトを雇ってみようかと。月宮学園には優秀な学生が多くいますから。それに何よりも、人件費も安く済ませることができます」
脂ののった技術者と知識はあっても経験のない学生。
当然のことながら、給与面で二者の間には大きな差がある。技術者一人分の人件費で、バイトを三人ないし四人は雇えることだろう。
「融資のお金や持ち株を売り払ったお金を使えば、技術者一人にバイト二人の……ギリギリ三か月分の給与にはなります。どう、でしょうか……?」
当然技術者のあてはない。
しかし、先の全く見えない状況で、唯一見えた光明だ。不安を抱えながら弘人に尋ねると、弘人は柔らかく笑った。
「これなら、ムーンクラフトの要望に応えられると思うよ。お金の話はよく分からないけど、美琴ができるって思うなら、きっとできると思うよ」
「良かった……」
弘人の言葉に安堵の息を吐いた。
それから、何を思ったのか弘人は堪えるように笑い始める。突然笑い始めた父の姿に、美琴が首を傾げると……。
「はははっ! いや、ごめん。今の美琴を見ていると、本当によく似ているなって思って」
……どうしてだろう、嫌な予感がする。
弘人が何かを言うよりも先に、美琴が口を開いた。
「お母さんのことはほとんど覚えていませんが、そんなに似ているのですか?」
「確かに、美琴は琴音によく似てるね。雰囲気もそうだし、何よりも顔がそっくりだ。美琴は、自慢の娘だよ」
「そうですか。それは良かったです」
早くこの話を切り上げようと早口で答える美琴。
「それよりも」と別の話に切り替えようとしたが、そうは問屋が卸さない。
「けど、なんでかな。容姿は全く似ていないけど、美琴は彼に似ているね」
彼という言葉に、冷酷非道な人の皮を被った冷血漢が脳裏でニヤリと笑ったような気がした。
「本当に、美琴は金田君によく似てるね。とても頼りになるよ」
そう言って無邪気な笑みを向ける弘人であるが、美琴は素直に喜べない。
内心ではムンクの叫びのような表情をし、弘人の前では精一杯笑みを見せようと、名状しがたい表情を浮かべている。
「それじゃあ、僕は美琴の考えてくれた術式の調整をしてくるね」
娘の内心など知るよしもない父は椅子から立ち上がる。
「それと、技術者についてだけど、明日また別の人を当たってみるよ。美琴には悪いけど、学生バイトの方お願いしても良い?」
「はい。それは構いませんが……」
元からそのつもりだったので、そのことに異論はない。
しかし、ここ数日で技術者の確保がどれほど大変か思い知らされている。そううまく技術者が見つかるとは思えずにいると……。
「それと、明日は莉子ちゃんが引っ越してくる日だからね。日用品とか買いなおさないといけないと思うから、美琴が案内してあげて」
そう言って、パソコンを持って工房へと帰っていった。
その姿を見て、美琴は思う。
(今度は甥とか連れてきませんよね)
などと不安に思ったのは、仕方のないことだろう。そして、誰もいなくなったリビングで一人呟いた。
「どこかに技術者……父の手伝いができるような人がいないのでしょうか」
仕事で突き指をしてしまったため、
19日は更新をお休み致します。




