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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天才経営者のやりなおし
8/92

第8話 交渉の場に乱入

 時刻は、午前十一時。

 二時間目が終わると早退した美琴は、自宅への帰路につく。お昼前と言うこともあり、朝に比べると人通りは少ない。

 商店街で昼食用の惣菜を購入すると、自宅に帰った。


「ただいま戻りました」


 そう言って、玄関で靴を脱ぐ。

 普段であれば、弘人がすぐにでも飛んできそうなものだが、今日はいつになってもこちらへ来る様子がない。

 不審に思うが、おそらく仕事が忙しいのだろう。

 そう思って、二階にある自室へと向かった。すると……


『……』


『……もう少しだけ待って下さい!』


「え?」


 静寂が包み込む廊下に、聞きなれた声が響く。

 弘人の作業場がある方角だ。普段であれば気にも留めなかっただろうが、弘人の声以外に聞きなれない声が聞こえた。

 美琴は自室へ向かわず、そのまま作業場の方へと向かう。


「だから何度言えば分かるんだね、君は。分割は認めないと言っているだろう」


「それならば、もう少しだけ支払いを……」


「こちらにも都合があるんだ。そちらの都合に合わせることはできない」


 扉の隙間から覗くと、そこには父の姿と偉そうに踏ん反り返っている男の姿。

 弘人と同年代だろうが、まるで妊娠しているようにお腹が膨らみ、頭部はかなり寂しい状態で弘人よりも老けて見えた。

 聞こえて来た二人の会話から、美琴は会話の内容を推察する。


(支払いと言うことは、魔道具製造機の……)


 おそらく目の前の男から魔道具製造機を購入したのだろう。

 支払日は来週のはずだが、返済の見込みがないため催促に来た様子だ。


「ですが、まだ支払いは来週ですよね」


「ああ、だが本当に来週中に返済できるのかね? それを心配して、今日は君にその提案をしに来たと言っている」


「それは……」


 弘人は、机の上に乗っている資料を見る。

 美琴の位置からでは、何の資料かは分からない。だが、弘人の表情からして、そこに書かれている内容は良くないものなのだろう。


(サラ金か、非合法な何か……と言ったところでしょうか。どちらにせよ、ろくでもない提案なのは明白ですね)


 美琴は家の中にあった安物のボイスレコーダーを持つと、扉を三度ノックしてから入室した。


「お父さん、来客のようですがどうかしましたか?」


「美琴!?」


 突然入って来た美琴を見て、弘人は目を見開く。

 そんな弘人を無視して、二人の近くまで歩いて行った。そして、流し目で机の上に広がる書類に目を通す。


(やはり、借用契約書ですか)


 弘人は、この書類を美琴に見せたくはなかったのだろう。

 酷く慌てた様子だ。しかし、美琴はこの書類を見ることが出来て良かったと安堵の息を吐いた。

 すると、突然の美琴の登場に驚いた様子の男が声を掛けて来た。


「君はもしかして田辺の娘さんか何かかね?」


「はい、娘の美琴と申します」


 頭からつま先まで舐め回すような視線に不快感を抱きながらも、美しい所作で一礼をする。その姿に満足したのか、男は上機嫌に笑い声を上げた。


「はっはっは、田辺にこんな綺麗な娘が居るとは思っていなかったな。見たところ、学生のようだが、学校はどうしたんだ?」


 男の下卑た視線に鳥肌が立つ。

 しかし、美琴は鋼の精神力で堪えると営業スマイルを浮かべて首を横に振った。


「手術をしたばかりでして、自宅療養中です。今日は、先生に挨拶をするため登校しただけですので」


「なんだ、そう言うことか。……それで、君は何のようだね?」


「父に代わって帳簿をつけていますので、お話を聞かせてもらおうかと」


 美琴の言葉が理解できなかったのか、男は呆気にとられたかのような表情をする。だが、しばらくして言葉の意味を理解したのか、傑作だと大笑いをした。


「君のような小娘に、何が理解できる! はっはっは、私たちは大人の会話をしているのだよ! 子供が出てきて良い場所ではない!」


「ええ、それは重々承知しています。ですが、その借用書にサインはしませんよ?」


 底冷えするような鋭い声で伝えると、男は目を細める。


「君には分からないかもしれないが、田辺は俺に金を支払わなければならない。金がないのであれば、借金をしてでも返す。当然だと思うだろう?」


「それは……」


 男と美琴の間に入って、弘人が何かを口にしようとした。

 しかし、その弘人を無視して美琴が話し始める。


「そうは思いませんね。父が提案したと思いますが、分割での支払いという手もあるのでは?」


 弘人が美琴の代わりに話そうとするが、美琴が黙っているように視線を向けると、弘人はビクリと肩を揺らす。

 そして、何を思ったのか潔く男の対面の席から腰を上げて、美琴にその席を明け渡した。


「それは認めんと言っている。こちらにも事情があるからな」


「そちらにも事情があるとは思いますが、こちらもすぐに一括で支払うのは厳しいのです。まずは支払日に半額を。そして、一月後にもう半額と二パーセントの金利を上乗せした金額でお支払いするのは?」


 現状、魔道具製造機の支払い金額の九割以上の金額を美琴は手に入れている。

 リスクを避けて、株を売り払うことで現金を確保している。残りの株は、今朝話していたIPO株と誠の知る内部情報から買った株。

 どちらも、このまま値上がりする可能性が高いものだ。

 一週間では厳しいだろうが、一月あれば二パーセントどころか五パーセントの金利をつけても支払える金額になるだろう。

 だが……


「話にならないな、何故こちらが譲歩しなければならない」


「ですから、現状こちらに支払いの余裕がないのです。配慮して頂けないのであれば、契約の不履行として違約金を支払い、商品を返品させて頂くと言うのはどうでしょうか?」


「何だと?」


 返品と言う言葉に、男はピクリと眉を動かす。

 その反応を疑問に思いつつも、美琴は話を続ける。


「こちらとしても大変心苦しいのですが。今回の契約はなかったことにし、違約金の支払いはもちろんのこと、運搬費等で負担された金額を請求して頂ければこちらで負担させていただきます」


 ない袖は振れない。

 購入しておきながら、違約金を払って返品してしまうのは勿体ないのだが、妥協してもらえないのであれば、それも仕方がない。


(それに、これは粗悪品ですので、他で購入した方が良さそうですしね)


 美琴の見たところ、弘人の購入した魔道具製造機は粗悪品だ。

 弘人の手前口には出さなかったものの、不当に高い金額で売買契約が結ばれていた。流石に取り上げるのは可哀想だと思っていたが、これよりも良い物を安い価格で買い直せば良いと考えての決断だったが……


「ふざけるな! 何が違約金だ!? そんな端金要らぬわ!」


 男は、美琴の言葉に激昂する。

 そして、勢いよく立ち上がると美琴に言い放った。


「それに何が配慮だ、小娘が生意気に御託を並べおって! それに、田辺! お前もこの小娘を黙らせてこの書類にサインをすれば良いんだ! さもないと……」


 美琴が交渉の場についたことで、一人おろおろとしていた弘人であるが、流石にこの発言は聞き逃せないのだろう。

 何かを口にしようとした瞬間……


「さもないと、何でしょうか? 失礼、それ以上先を言わない方がよろしいかと」


 美琴の冷たい声が響く。

 再び視線で黙らされた弘人は所在なさげな様子だ。どこかその表情は悲しそうだが、フォローをしてあげられるほど美琴は内心穏やかではなかった。


(……頭の回転はそれほど悪いわけではないが、短気だな。どうして支払いを急いでいるのか、聞く必要がありそうだ)


 と、冷静に相手を分析する。

 だが、頭は冷静に働いても感情はそうはいかない。激しい怒りからか、体内に有する魔素が荒れ狂うように蠢く。

 手術後に魔素の保有量が増えたこともあって、上手く制御ができないのだろう。体から漏れ出た魔素が周囲を威圧する。


「っ……」


 立ち上がって美琴を見下す男だが、まるで恐ろしい何かを見たかのように表情を引きつらせる。額には玉のような脂汗を浮かべ、視線は泳いでいた。

 何かを隠しているのが明らかだ。その秘密が何なのか。ふと男の視線が机の上に向かうのを美琴は見逃さなかった。


「ああ、借金ですか」


 美琴の何気ない一言に、男は息をのむ。


「っ!? 何を……」


 美琴の表情から鎌をかけられたのだと悟った男は、これ以上ボロを出さないように閉口した。だが、美琴にはこれだけの情報で十分だ。

 おそらく、この契約書の相手に借金をしているのだろう。そして、その借金取りからこの契約書を弘人にサインをさせるようにでも言われたと考えられる。


(向こうも切羽詰まった状態で、妥協案を模索するのは難しいか。こちらの資金があちらの借金より多ければ……はぁ、それはなさそうですね)


 美琴は徐々に心を落ち着かせていくと、今後の方向性を考える。

 借金さえ返済できれば、男も無理に支払いを迫るような真似をしないだろう。だが、美琴が今すぐに用意できる金額が男の借金よりも多いとは思えない。

 分割や支払い日の延期が無理だとすれば、違約金を払ってでも売買契約を破棄すると言う手段があるが……


(これはできないのですよね)


 弘人が結んだ売買契約には、重大な瑕疵がない限りこちらからの契約の破棄はできないことになっている。違約金を支払うことで、契約を向こうから破棄してもらおうと考えていたが、男にその気はないようだ。

 こんなガラクタをこの金額で買ってくれる相手など存在しないと分かりきっているからだろう。

 契約破棄もできないのであれば、他に打つ手は思い浮かばなかった。美琴は一際大きなため息を吐くと、男に視線を向けた。


「な、何だ!?」


 せめてもの虚栄心だろう。

 美琴から発せられる威圧が弱まったこともあって男は声を張り上げると、ソファーに深く座り込んだ。


「今日のところは、お引き取り願います」


「何だと、お前たちがその書類にサインを……」


「脅迫されてサインした場合、無効になるのはご存知ですよね?」


 そう言って、ポケットの中に入っているボイスレコーダーを見せる。一瞬、それが何なのか理解できなかった様子の男だが、それが何かに気づくと悔しそうな表情をする。


「うぐっ」


 脅迫されて書いた借用書は原則として無効だ。

 美琴が居る限り、弘人が書類にサインすることはない。このまま粘られたとしても、業務妨害として警察を呼ぶこともできる。

 これ以上の長居は、互いにとって不毛なことだった。


「今日のところは帰ってやる。だが、支払日は来週だ。用意できないのであれば、こちらもそれ相応の措置を取らせてもらうぞ!」


 一刻も早くこの場を去りたいのだろう。

 男は慌てたように立ち上がり、捨て台詞を吐いて行く。そして、バン!と勢いよく扉を閉めて田辺家から飛び出して行った。









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