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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
工房の拡張
79/92

第79話 経営者と技術者


「ただいま戻りました」


 ガラガラガラと玄関のドアを閉める。

 いつもであればすぐに現れる弘人の姿がない。そのことを怪訝けげんに思いつつも、指定の革靴を脱ぐと家に上がる。

 真っ先にリビングへ向かい、そのあと弘人の寝室、工房と順番に回っていく。しかし、弘人の姿はなかった。


(引っ越しの手伝いでもしているのでしょうか?)


 莉子はまだ引っ越しの途中で、弘人もその手伝いをしているのだろうと当たりをつけるが……。


「まったく、不用心な……」


 無造作に置かれた工具や設計図。

 仕事の途中なのか、作りかけの並列魔法のコアがいくつも並べられていた。おそらく、仕事の途中で出かけてしまったのだろう。

 空き巣でも狙わないあばら家であるが、万が一の場合がある。

 美琴は腰に手を当ててため息を吐くと、てきぱきと工房の中を整理し始めた。


「おや、もう美琴が帰ってくる時間だったのかい……」


 整理を終えてしばらくすると、住居からではなく外の扉から弘人が入ってきた。

 美琴の姿を視界に収めると、驚いたように目を丸くする。


「おかえりなさい。……もうすぐ四時になりますからね。それよりも、どこかへ出かけていたのですか?」


 弘人はスーツ姿だ。

 莉子の引っ越しの手伝いをしていたのであれば、スーツであるのはおかしい。美琴が首を傾げていると、弘人が答える。


「ちょっと、裁判所にね」


「裁判所!? 今度はいったい何に騙されたんですかっ!?」


「いやいや、騙されてないから落ち着いて! 莉子ちゃんの後見人の件だよ」


「……あぁ、そういうこと」


 また厄介なトラブルに巻き込まれたのかと心配した美琴であったが、安堵あんどしたためか力が抜けたように椅子に座り込む。

 弘人はそんな美琴の態度に「信用がないなぁ……」と頬を掻きながら美琴の対面の椅子に腰かけた。


「僕が後見人になることになっちゃったからね。それには、家庭裁判所が審査して認可をもらわないといけないんだ」


「そういえば、未成年ですと後見人が必要でしたね。……って、あれ? 後見人は確か親族でなければダメだったような」


「うん、そうだよ。だから、僕が引き取ることになったんだよ」


 美琴と弘人、互いに首を傾げる。

 数瞬の間が開いて、美琴が問いかける。


「親族? お父さんと莉子さんが?」


「兄さんの娘だから、姪にあたるね」


「め、めい……?」


「そう、姪……だから、美琴とは従姉妹で莉子ちゃんの方が年上だから姉になるねって、話を昨晩してたよね」


 言葉の意味は分かるが、より困惑をする美琴。

 昨日聞いた話と何かが違う。


「ちょ、ちょっと待ってください! 莉子さんはお父さんの元恋人の娘で、父に捨てられて、母親も病気で亡くなったんですよね」


「捨てたって。いや、まぁ確かにそうも言えなくもないけど……」

 

「両親を亡くした莉子さんは親族もいなくて天涯孤独になったって」


「いや、僕を含めて親族はそれなりにいるんじゃないかな。ただ、彼女も兄さんも親戚の付き合いがほとんどなかったみたいだから。僕も、この前呼ばれたときはびっくりしたよ。まさか、彼女が兄さんと結婚してて、美琴と同じくらいの娘がいたんだから」


「確かに、それは驚きますね。そもそも、お父さんに兄がいたというのは初耳でしたが」


「兄さんと父さんは折り合いが悪くてね。美琴に話さなかったのは、わざわざ身内の恥をさらす必要もなかったし。……ともあれ、一番血縁が近かったから、僕が莉子ちゃんを引き取ることになったわけだよ」


「そう、でしたか……」


 色々と話を聞き洩らしていたようだ。

 しかし、莉子を引き取ったことは、本人には言わないだろうが、不本意であったことには安心した。

 美琴が胸をなでおろしているところが面白かったのか、口元を綻ばせて弘人が尋ねてきた。


「美琴は、いったい何だと思ってたんだい?」


「てっきり、彼女はお父さんが捨て猫を拾ってくるように連れてきたのかと思っていました。天涯孤独になった莉子さんが、雨に打たれて街をさまよっていたところ、お父さんが傘をさして『行くところがなければ、うちに来なよ』って声をかけてきたんだと思ってました」


「それ、僕の年だと犯罪だよね!?」


「お父さんなら、合法ですよ」


 美琴は首を傾げて言うと、弘人は何か言いたそうに口をパクパクさせる。

 当然、娘である美琴は父が言いたいことは分かっている。美琴は手を組んで、まるで祈るようなしぐさをした。


「あぁ、この人はなんて素晴らしい人なんでしょう。仏のようなお方だ。このお方との出会いは、まさに天の思し召し! と、莉子さんは手を差し出したお父さんを見て思ったことでしょう」


「そんな、ドラマみたいな話にしないで! 実際は、胃がキリキリしながら親族同士の押し付け合いの場だったからね!」


「なんとも、夢も希望もない話ですね」


 これには、莉子に同情してしまう。

 目の前で、自分を押し付け合う光景を見たら、心を病んでもおかしくはない。きっと、まだ弘人にも心を開けていないのだろう。

 それならば、昨日の彼女の態度も納得だった。美琴は、椅子の背もたれに体重をかけて天井を見上げる。


「そうですか、彼女は私の従姉妹でしたか……」


 赤の他人と思っていたが、ちゃんと血縁はあった。

 感慨深そうに呟くと、ふと何を思ったのか「うん?」と声を上げ、再び弘人と視線を合わせる。


「どうかしたのかい?」


「思ったのですが、莉子さんの母親はお父さんの元恋人だったんですよね?」


「そうだよ? この前ちょっとだけ話したけど、突然いなくなっちゃったって……ど、どうしたのすごく怖い表情なんだけど」


「それって、いつのことですか?」


 抑揚のない美琴の声。

 最悪の予想が、美琴の脳内を占めていた。弘人は美琴と視線が合うと、体を小さく跳ね上がらせ、そっと視線を逸らす。


「え、えっと、琴音と出会う前だったから……う~ん、美琴が生まれる一年ちょっと前だったかな」


「……」


 弘人の言葉に、美琴は脳内で時系列順に並べようと……するまでもなかった。


「つまり、兄に寝取られたってことじゃないですか?」


「ね、ねと!? 美琴、そんな言葉どこで覚えたの!?」


「そんなことはどうでも良いと思いません? ふふふっ、正直伯父さんに興味はありませんでしたが、スコシダケキョウミガワキマシタ」


「ひっ」


 小さく悲鳴を上げる弘人。

 光の宿らない真っ暗な瞳に、乾いた笑い声、口元は弧を描いているというのに、表情は真顔……文字通り、悪魔でも裸足で逃げ出してしまいそうな恐ろしさだ。

 と、そのときだった。


「すみません、村田です! 田辺さんはいらっしゃいますか!? 少し大事な話がありまして!」


 外の扉から声が聞こえてくるなり、弘人は水を得た魚のように機敏な動きで扉を開ける。


「よく来てくれました、村田さん! お茶を出しますから、中に入ってください」


「どうしたんですか、田辺さん。顔色すごく悪いですよ? まるで、悪魔でもみたかのよう、な……」


 不自然に村田の言葉が途絶える。

 座ったままの姿勢の美琴と視線がばっちり合ってしまった。美琴は笑みを浮かべて、出迎える。


「村田さん、お久しぶりです。今日はどのような御用でしょうか?」


「いえ、結構です。自分、急用を思い出したので帰らせていただきます」


「まあ、待ってください。大事な話があるんですよね」


 華麗にターンを決めて、工房を出て行こうとする村田。

 そうは問屋が卸さない。弘人に回り込まれてしまった。


(ちょっと娘の機嫌が悪くてね)


(ちょっと!? 機嫌が悪いなんてレベルじゃないでしょ! 闇落ち系ヒロインだと思ってましたけど、そんな可愛らしいもんじゃないですよ!)


(あははは。少しブラックな面があっても可愛いでしょう?)


(親バカッ!? 自分、目が合った瞬間悪魔を幻視したんですけど!)


 と、何やら弘人と村田が言い争っている。

 良い年した大人が子供のような言い争いをしているのだから、この二人は本当に仲が良い。

 気を取り直した美琴は、椅子から立ち上がるとテキパキとお茶の用意をする。


「コホン! お茶の準備が整いました。お父さんも村田さんもいつまでも言い争っていないで、こっちで座ってください」


「「はい」」


 女子高生に叱られる中年のおじさん二人。

 醜態を晒していた自覚はあるのか、俯き気味にトボトボと椅子に腰かけた。それを見た美琴は、弘人の隣に腰かける。


「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」


 美琴が尋ねると、村田はお茶に手を付けることなく頭を下げた。


「豊増の件はすみませんでした。さっそく無礼な発言をしていたとのことで」


「いや、村田さんが謝ることはないですよ。けど、良かった……この前のことは彼の独断だったってことですよね?」


 弘人が尋ねると、村田は渋い表情を浮かべる。


「言い方こそ問題がありましたが、こちらの要望は豊増が言ったとおりです。今月中に千……来月からは最低でも月二千は量産してもらわなければ、契約を打ち切らせていただきます」


「そんなっ……」


 村田が提示した具体的な数字に、弘人の表情が絶望に染まる。

 今、弘人が一人で量産できる個数はおよそ六百……頑張っても七百が限界だろう。並列魔法のコアは繊細な技術を必要とするため、最後は手作業となる。

 コア製造の機械を投入したことで量産体制は整ったが、数をそろえるとなると手作業の部分を賄える人が足りない。


「やはり、無理な話でしょうか」


「はい。手作業の部分が多く、私一人ではどうしても限界があります。無理を承知で尋ねますが、ムーンクラフトから人手を借りることはできないのでしょうか?」


 それは、美琴も考えた手だが、それは無理だ。

 村田は首を横に振った。


「上は、御社から仕入れるよりも、自社で製造したいと考えています。契約を打ち切れば、経営は立ち行かなくなり、どのみち並列魔法の技術を手放すことになるからです」


「っ」


 その通りだ。

 契約の打ち切りにより違約金は手に入る。だが、それでも設備投資の負債を考えると、赤字であった。

 特許を売ろうにも伝手がない田辺工房は、どのみちムーンクラフトに特許を売却することになるだろう。


「どうして、そんな突然」


「こちらも申し訳なく思っています。事態が変わったとしか」


 申し訳なさそうに目を伏せる村田。

 短い付き合いだが、弘人は村田のことは信頼している。だからこそ、事情を聞くようなことはせず唇をかみしめる。


「スピリット」


 美琴は優雅にお茶を啜ると、さりげなく核心となる一言を口にした。


「っ」


「すぴり、っと?」


 驚きに目を瞬かせる村田と首を傾げる弘人。

 恐る恐るといった様子で、村田が美琴に尋ねてきた。


「美琴ちゃん、どうしてそれを? いくら君でも、天道から情報を盗むなんてことはできないはずだ」


「ええ、私でも無理です。ですが、昨日まで箱舟に乗ってましたので。そこで、実際に体験させていただきました」


「まったく、君は本当にでたらめだ」


 と、疲れたようにため息を吐く。

 そして、一人話についていけていない弘人に苦笑を浮かべて、事情を話し始めた。


「天道が新たに開発したデバイス『スピリット』。人の内に存在する精霊を召喚する魔法が込められています」


 大抵の人間では、この話を聞いてもピンとこないだろう。

 そう、大抵の人間であれば……


「精霊……聞いたことがある。確か、魔素の本質……っ、そうか! だからこそ、天道の具現化魔法なんだ! 魔素を実体化させて……。なら、その具現化させるキーはなんだ? いや、キーは別に必要ないのか? 魔素をそのまま具現化させるのだけではなく、その形に変質させる」


 わずかなヒントで、スピリットについて考察を始める弘人。

 まさか精霊という単語から『魔素の本質』や『具現化魔法』などという単語が飛び出てくるとは思わなかったのだろう。


「どうやら、自分もお父さんのことを過小評価していたみたいですね」


「ええ、自慢の父ですからね」


 トラブルメーカーな父ではあるが、ことデバイス開発に関しては天才だ。

 先ほどまで工房の存続について考えていたというのに、今はもうそんなことを忘れて、子供のように天道の具現化魔法について考察を始めている。

 その姿を見て、美琴は苦笑してしまう。


(つくづく、お父さんは経営者には向いていませんね)


 先ほどまで工房の存続について考えていたというのに、今はもうそんなことを忘れて、子供のように天道の具現化魔法について考察を始めている。

 その姿を見て、美琴は口元を綻ばせる。


「並列魔法については私が何とかします」


「できるのかい?」


「できるかできないではなく、やるかやらないかだ」


 忌々しい記憶が脳裏をよぎる。

 だが、それも悪くないと思ってしまう。そんな自分に内心苦笑すると、お昼に悩んでいたのが嘘のように晴れ晴れとした表情を浮かべる。


「……まぁ、何とかしてみますよ。それと、また売り込みに行くかもしれませんので、その時はよろしくお願いしますね」







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