第78話 山積みの問題
更新が遅れて申し訳ありません。
雷坂莉子は、弘人の元恋人の娘とのことだ。
父親の一方的な離婚によって、母子家庭で育てられた莉子。しかし、先日母親が病気で亡くなり、身寄りがなかった莉子は天涯孤独となってしまった。
そんなときに出会ったのが、技術者を探して大学時代の友人を当たっていた弘人である。
「私、この話を聞いたときは思わず感動してしまいました。お父さんは、まさに仏の生まれ変わりでは……ですよね」
今思い出しても、この話をしていた時の弘人には後光がさしていたように思える。
「もうこの際、並列魔法の技術を売り払って、そのお金で新興宗教でも立ち上げましょうか。意外と名案なような気がします」
「んなわけないでしょう! 美琴、いつまでも現実逃避してないで、早く現実に戻ってきなさいよ!」
美琴がポンと手を叩くと、背後から頭を叩かれた。
世界広しと言えど、美琴の頭をこうも自然と叩けるのは彼女くらいなものだろう。
「おはようございます、彩香。清々しい良い天気ですね」
「さっきまで雷が鳴っていたけどね。それと、今はもうお昼よ」
外を見ると、確かに空は暗雲に包まれていた。
先ほどまで雨が降っていたのか、心なしか湿気を感じる。
「おひ、る……お昼? えっ、もうこんな時間!? というよりも、なぜ私は学校にいるのですか!?」
「あんたが学生だからよ」
彩香は、慌てる美琴を見て呆れたように腰に手を当てる。
「それで、ようやく再起動したわけ? さっきまでいくら声をかけても「あ~」だとか「う~」だとかうなり声しか出てこなかったし、頭からは煙を上げているわ……終いには、新興宗教を立ち上げようだとか、完全に危ない人だったわよ」
彩香から先ほどまでの自身の状態を聞いて、美琴は口元を引きつらせる。
美琴が再起動したことに気付いたのか、左後ろの一郎と前に座る太郎が美琴の席に寄って来た。
「おはようさん。ようやく起きたのか?」
「お、おは、おはようございましゅ! きょ、今日も良い天気で、ございますね!」
「おはようございます」
「それにしても、驚いたぞ。この数日間で何があればあんな心ここにあらずって状態になれるんだ?」
「私の想像のはるか上を行かれ、脳の処理能力がオーバーフローしただけです。大したことはありませんでしたよ」
「お前の想像を超えるって、いったい何があったんだ?」
「ただ、ちょっと姉ができただけです」
「いや、それはちょっととは言わねぇぞ。ていうか、どうしたらそうなるんだ?」
美琴がなんてことないように言うが、一郎はドン引きしたように一歩後ずさる。
しかし、太郎は「そうかな?」と言って首を傾げており、彩香は事情を知っているのか苦笑を浮かべていた。
「父が仏の心を持つ素晴らしい人だからです。その慈愛の心があれば、この程度のこと想定してしかるべきでした」
美琴が真顔で言うと、一郎だけでなく他のクラスメイトたちにも聞こえたようで、ドン引きしたような気配が伝わってくる。
(まったく、父の素晴らしさが分からないとは……)
なんて嘆かわしいことだろうか。
美琴は内心ため息を吐くと、話題を変えるようにコホンと咳払いをした。
「ところで、どうして私は教室にいるのですか? 家から出た記憶が全くないのですが」
「あぁ、それは私が連れてきたからよ。だって、声をかけてもまったく動く気配がなかったんだもん」
「……いや、あれは連れてきたんじゃなくて拉致してきたんだろ」
「文字通り引きずられてきたよね」
一郎と太郎の不安になる言葉に、彩香へジト目を向ける。
「失礼な。弘人さんから許可はもらったから、拉致じゃないわよ」
「引きずった方は否定しないんですね」
「そうだけど?」
それが何かと言わんばかりの態度。
本当に悪びれた様子がないのか、小首を傾げていた。
「まぁ、ここ最近は彩香が攫ってくる光景は見慣れたからな」
「はい?」
美琴が首を傾げると、一郎は親指を立ててクラスを指す。
九人教室で、相変わらず美琴の隣の席は空席だ。しかし、入学式以来登校していなかった水無月、星野、緋威の三人の姿があった。
よく見れば、不貞腐れた様子のカーラの姿もあるではないか。
「いったいこれはどういうことですか?」
「どうもこうもない。お前と同じで、拉致されてきたんだよ」
「人聞きが悪いことを言わないで。普通に登校するように説得しただけよ」
と被告人は訴えるが、被害者は一斉に顔を背ける。
その際、後ろに座る緋威の頬に赤いモミジマークが浮かんでいることを美琴は見逃さなかった。
「いやぁ、昔の教師ドラマを思い出させたぞ。緋威を連れてくるときなんて、特にな」
四人の視線が、見事なリーゼントへ向けられた。
「普通に話し合いで解決したわよ」
「キャサリン先生と黒鉄さんだったか。あの二人を連れて行った時点で、脅迫と変わらないだろう」
未知の生物と元ヤクザ……鉄パイプを振り回す場に、拳銃を持って行ったようなものではないか。
きっと、視線を泳がせるヤンキーはなすすべもなくほほに平手打ちをくらい、キャサリンに担がれて攫われてきたことだろう。
「確かに、あれはちょっと過激になっちゃったけど」
「ちょっと……?」
緋威から驚愕の声が聞こえる。
しかし、彩香が目を細めると、慌てたようにそっぽを向いた。本当にこの二人に何があったのだろう。
「けど、他の二人は葵さんが手伝ってくれたからすんなりと連れてこられたわよ」
「拳銃じゃなくて、印籠を持って行ったようなものじゃないですか」
美琴の言葉に、クラス全員がうんうんと頷く。
葵は言わずと知れた琴恵の側近だ。そんな人物を連れて行けば、水無月であろうと諸星の分家である星野であろうと、すんなりと連れてくることはできるだろう。
二人とも渋々ながらも教室で静かに昼食をとっていた。
(カーラや勇気から散々悪魔だとか言われましたが、彩香の方がよっぽど悪魔じゃないですか?)
と思わずにはいられない。
「それで、今日は田辺と先生だ……まぁ、今日は普通に彩香が引きずってきただけだけどな」
「先日の光景を見ると、インパクトがなかったよね。いやぁ、もう一波乱あるかとおもったんだけど」
「賭けは俺の勝ちだな、太郎」
「くっ。俺の焼きそばパン」
一郎は余裕の笑みを浮かべて、恨めしそうに睨む太郎の机の上から総菜パンを一つ奪っていく。
「それにしても、どうするべきでしょうか?」
「まぁ、突然姉ができたらどう接するべきか分からないわよね」
「そっちはどうだって良いんです。いや、よくはないんですけど」
確かに莉子との関係は良好にしておかなければ、弘人の心象が悪くなる。しかし、第一印象はあまりよくない。うまくやっていける自信がなかったが、弘人にコミュニケーション能力が低いというレッテルを張られるのは嫌だった。
「それよりも、人材確保の方が問題です。家族が一人分増えたことで生活費も増えましたし、人件費に回す予算が……」
美琴は、頭を抱えてうなり声をあげる。
どう考えても予算が足りないのだ。人を雇うにもお金がなければ意味がない。脂が乗った技術者を引き抜くのであれば、相応の費用は覚悟しなければならず、田辺家の経済事情からそれは困難だと分かり切っていた。
ない袖は振れない、けど何とかしなければならない。
そんな葛藤を抱えて、美琴は思考を巡らし続ける。
(まさに八方塞がりの状態……もうお手上げかもしれません)
先週は更新出来ず、申し訳ありません。
次回更新は金曜日です。
できれば三日連続で更新したいと思ってます!




