第77話 衝撃の結果
箱舟から本島へ向かう帰りのヘリの中。
まるでお通夜のようなムード。誰も会話をせず、半刻が経過していた。珍しく空気を読んでいたカーラが、耐えかねたのか沈黙を破った。
「あいつ、目を患っていたんだな」
ポツリと呟くカーラ。
感情が分かりにくい声色ではあるが、少なからずショックを受けているのだと分かる声のトーンだ。
美琴は、カーラの問いかけにコクリと頷いた。
「去年の夏頃から、魔素の光がぼやけたり眩しく見えたりするようになったそうです。魔光病と言って、今のところ有効な治療法は見つかっていないとのことです」
「そうか……」
美琴の言葉に、カーラは静かに頷く。
そして、静かに手元のパソコンの画面へと視線を落とした。その姿は、どことなく悲しそうにも見えた。
「「……」」
再び訪れる沈黙。
勇気もまたなんて声をかけていいのか分からないのだろう。居心地が悪そうに隣に座るカーラや対面の美琴に視線を泳がせていた。
「ただ、現段階では治療法が見つかっていないとのことです。魔素の研究が進めば、もう一度デバイス開発の仕事ができるかもしれないと言っていました。教師をやっているのも、自分がもう一度復帰したときに知識的な遅れがないようにするためだそうです」
「生真面目なやつだ。まぁ、あいつらしいか」
カーラはそう言って、クスリと笑う。
「「……」」
「おい、どうした。まるで信じられないものを見るような目をして」
「いえ。……カーラがそんな笑みを浮かべるところを初めて見た気がします」
「それはどういう意味だ?」
「いや、だって……カーラ先生って、いつも邪悪な笑みしか浮かべてないじゃない。そんな穏やかに笑えるなんて、明日は槍でも降るのかしら」
美琴も勇気の意見に同意だった。
そんな二人の表情を見て、カーラは恨みがましそうな表情を浮かべて「お前ら……」と言って、握りこぶしを作ってプルプルしている。
今日一日、散々からかわれた美琴には胸がすく思いだ。
「これは、どうやらカーラにも遅い春が来るかもしれませんね」
「そうね。先生には一生来ないと思っていたわ」
「お前ら、どういう意味だ?」
「「さぁ」」
そろってカーラから視線を背けた。
どうやら本人は言葉の意味が分かっていないようで、首をかしげている。そんな様子がおかしくて、美琴も勇気もクスリと笑ってしまった。
「まぁ、川口先生も目が治ったら、是非とも私のもとで働きたいと言っていましたし。また一緒に働けますね」
「姫様、記憶の捏造はよくないわ。川口先生ったら、首が外れるんじゃないかって心配になるくらい首を横に振っていたわよ」
「そんなのただの照れ隠しに決まってますよ。素直になれないだけです」
「そんなわけないじゃない……」
苦い表情を浮かべる勇気。
しかし、長い付き合いである美琴には分かっている。あれが照れ隠しであると。きっと、目が治った際は自分から進んで美琴の前にやってくるだろう。
「はぁ。それにしても、どうしましょう」
「なに、何か悩み事?」
「いえ、お父さんにあれだけの啖呵を切ったのに、川口先生を連れてこれなかったので……会わせる顔がありません」
沈鬱な表情を浮かべる美琴。
「なんだ、そんなこと」
「そんなこととは何ですか……私にとっては最重要事項です。うぅ、失望されないでしょうか」
このままでは美琴は何の成果もなしに帰宅することになる。
きっと、そのことに弘人は落胆するだろう。失望されたらどうしよう……そんな悪い想像ばかりが脳裏をよぎる。
仮に、蔑まれた目で見られたら、きっと立ち直れないような気がする。
「あの人がそんなこと思うわけないでしょう。ほんと、こういうときだけ姫様ってポンコツよね」
「まぁ、普段から頭のねじが何本かいかれているけどな」
などと、悪口が聞こえたような気がした。
「けど、収穫がなかったわけじゃないでしょ。デバイスが届けば、あの悪魔さんたちも手伝ってくれるってことだし。それにしても、私生活であのデバイスって使えるものなの?」
「制限の段階を分けているみたいですね。最低限の顕現だけならば魔法制限レベルはⅠとなります。精霊をペットのように扱いたいと考える人のための考慮でしょうね」
「まぁ、確かに特定の場所しか出てこられないのも嫌よね。そういえば、制限レベルっていくつまであったのかしら」
「三までですね。制限レベルⅢに関しては、軍事用の魔法など極めて殺傷能力が高いとされているため、軍事施設など限られた場所でしか使用はできません。ちなみに、箱舟は軍事施設に相当するため制限レベルはⅢ、月宮学園は制限レベルがⅡです」
デバイスを含め魔素を使う魔道具には魔法制限が掛けられている。
レベルⅠ、レベルⅡ、レベルⅢの三段階で、レベルが高いほど扱うことができる区画は限られてしまう。
制限レベルⅠは、特定の場所を除いたすべての場所で、使用することができる。基本的にレベルⅠに相当する魔道具は、最近話題となっているフロートモデルの車、他にも電気の代わりの魔素をエネルギーとする家電製品もそれに相当する。
制限レベルⅡは、美琴の持つデバイスや魔法演舞などで使われるデバイスが挙げられる。
公園や住宅地などで扱われれば危険と判断されるため、主に学校などの施設内においてのみ使用が許可されているのだ。
デバイスの製造をしている田辺工房もまた、弘人が技術士としての資格を持っているため、制限レベルはⅡとされている。
「なるほどね……。それにしても、随分と柔軟な対応ね。こういうのって、結構めんどくさいものでしょ」
「ええ、普通ならあり得ないですね。一般の企業が開発したのなら、制限はⅡで統一されていたでしょう。ですが、相手はあの天道ですから」
「権力者って、ほんと怖いわね」
「まったくです」
勇気の意見には、美琴も心から同意してしまう。
この時代、国会議員どころか地方の議員になる場合でも四家の後ろ盾が必要だ。仮に四家の機嫌を損ねようものなら、その人は議員になることはできない。
そう信じられているし、実際にそうだと美琴も思う。
それほどまでに、四家の権力は日本において絶大なものなのだ。
「さっきの話に戻りますが、本当に困りました。『スピリット』の公表は二週間後とのことですので、デバイスが届くのに半月以上……下手をすればひと月は時間がかかります」
公表がされれば、ムーンクラフトからの圧力も強くなるはずだ。
それまでに生産体制を強化しておかなければ、ムーンクラフトに並列魔法の技術を取り上げられてしまう可能性が高い。
『スピリット』の存在がある以上、琴恵もそれを止めることはないだろう。
むしろ、美琴が琴恵の立場なら、小さな町工場から技術を取り上げていた。
このまま、ムーンクラフトの要求に応えられなければ、田辺工房の名前を世界に轟かせるという弘人(美琴)の目標が遠ざかってしまう。
それだけは、避けたかった。
「いえ、まだお父さんの方も残っています。きっと、お父さんなら……」
この時何も知らない美琴は、きっと父が想像できないような素晴らしい人財を連れてきてくれると信じるのであった。
◇
田辺家のリビングでは、弘人と美琴が向かい合って座っている。
そして、弘人の隣には見知らぬ少女が座って、こちらに視線も向けずにスマホを弄っている。
「今日から美琴の姉になる雷坂莉子ちゃんだ。こっちは、娘の美琴。莉子ちゃんの一つ下だね。これから一緒に住むことになるから、二人とも仲良くしてね」
「よ、よろしく……」
「……」
弘人の手前、ぎこちない笑みを浮かべる美琴。一方で、莉子は美琴に視線さえも向けない。そんな二人を、無垢な笑みを浮かべて見守る弘人。
しかし、美琴はどう反応して良いかわからなかった。技術者を見つけてくるはずが、どうすれば姉を連れてくることになるのだろうか。
(さ、さすが、お父さんです……)
美琴の予想をはるかに超える結果に、思考を放棄した美琴はそのままリビングの硬い机に頭を打ち付けるのであった。




