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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天道の箱舟
76/92

第76話 川口の答え

感想ありがとうございます!


前半は、川口視点になります



*****



――もう何度驚かされたことか。


 川口は、目の前に立つ理不尽を見てふとそんなことを思う。

 絶世のと形容してもおかしくない美少女。儚さを感じる美貌は、男であれば守ってあげたいと思ってしまう。

 しかし、それは遠目で見た場合の話だ。

 目の前の、少女の皮を被った理不尽を、果たして守る必要があるのか。近くで見ている川口には、その必要がないと思ってしまう。


「ふふふふっ。初めまして、私の主様」


 美琴の前で膝をつく美女。

 冬将軍。悪魔は確かにそう言った。その佇まいは堂々としており、その美貌と武威に圧倒され自然と背筋が伸びてしまう。

 怖い、恐ろしい。

 美琴の近くにいる悪魔なんかよりも、こちらの方がもっと恐ろしかった。そして、先ほど見た目を思い出して、体が震えるのが分かった。

 あの目を川口はよく知っている。


(あ、あの目は……)


 先ほど、川口たちに向けられた無機質な瞳。

 それは、無情に品定めをしている者の目だった。そして、そんな目をしていた人物を川口はよく知っていた。


(誠、先輩……。い、いや、そんなはず)


――あるわけがない


 そう思ったが、どうしても否定できない。

 先ほどのマルコシアスの人化した姿には、確かに驚いたが、姿だけがそっくりなだけでその中身は金田誠とは別物だ。トラウマを刺激されることはあっても、直接的な恐怖を覚えるわけではなかった。

 しかし、今度の冬将軍は別だ。

 姿は金田誠と似ても似つかない。むしろ、そのあまりにも浮世離れした容姿に、多くの男性が心を奪われてしまうような圧倒的な美貌だ。

 だが、目の前の存在に川口のよく知る金田誠の姿が重なって見えてしまう。


(悪魔よりも、悪魔らしい……)


 そんな風に思ってしまった。

 それを思ったのは、カーラや勇気も同様だろう。


「まぁ。結果オーライって、とこか? こいつに妖精とかないと思ったしな」


「冬将軍って、要するに自然災害のことよね。もう悪魔よりもやばいんじゃないかしら? けど、姫様にはお似合いかもしれないわね」


 などと、呑気に会話をしているのが聞こえる。

 そんな二人の態度に、カーラが大物なのは分かっていたが、勇気もまた大物なのかもしれないとどうでも良いことだが考え始める。

 二人の精霊もまた我関せずの態度をとっていることから、二人の肝の太さはお墨付きだろう。


「どうして、どうして……こうなるのですか」


 川口が、戦々恐々としているなか、美琴がポツリと呟く。

 きっと、彼女の中では絶対にありえないであろうペンギンの姿を思い描いているに違いない。

 だが、彼女の目の前にいるのは、地獄の侯爵と冬将軍。


(……どこの魔王だろう)


 字面にしてみると、そう思わずにはいられない。

 そんな彼女に、可愛らしいペンギンが現れるはずがなかった。……いや、彼女なりのジョークだったのかもしれない。


「おや、主様は私にご不満が御有りのようですね?」


 冬将軍は、少し意地悪な笑みを浮かべる。


「残念なことに、私は畜生にはなれません。ですが、人型には人型の利点というものがあります」

 

 ショックを受けていた美琴であるが、利点という言葉にピクリと反応する。


「その利点というのは?」


 そして、怪訝な表情をしたまま冬将軍へと尋ねた。


「帳簿をつけられます」


「「「「『……は?』」」」」


 一瞬、何と言ったかわからなかった。

 この精霊……精霊なのか? その疑問については、この際置いておくとして、人型の利点が帳簿をつけられるというのはいったいどういうことだろうか。

 しかし、美琴への効果は絶大だったようだ。


「帳簿をつけられるということは、経営の知識はあるということですか?」


「ええ、もちろんですとも。主様のお・・により、経験こそ不足しているかと思いますが、同程度の知識はあるかと。ちなみに、魔法式の刻印も当然ながらできますよ。ご不満が御有りでしょうか?」


 帳簿もつけられて、刻印もできる。

 もはや、それは精霊なのか。尤も、そのことに突っ込む気力はない。そして、当の本人はというと……。


「そんなことはありません! 採用です!」


「ありがたき幸せ」


 喜びを露にする美琴に、冬将軍は恭しく頭を下げた。


(さっきのは気のせいだったのかな。思ってたほど、怖くない……?)


 そんな芝居がかったやり取りを見ていたからか、ふとそんなことを思う川口。

 確かに冬将軍は誠に似た雰囲気を持つ。しかし、美琴とのやり取りを見ていると、その目には温かさがあり、自然な笑みを浮かべていると思う。


「ところで……」


 そんなことを思っていると、視線を美琴から悪魔へと移す。


――ゾクリ……


 その瞳を見た瞬間、川口の背中に悪寒が走った。

 美琴に向けていたものとは違う。慈悲も情もない、無機質な瞳……それはまるで誠と同じような目だった。


「そこの駄犬でも、多少は役に立つと思いますが、いかがでしょうか?」


 と、そんなことを提案してきた。


『は?』


 悪魔が間の抜けた声を上げる。

 川口もまた同じ思いだ。彼女はいったい、悪魔を何だと思っているのだろうか……いや、聞くまでもなく、なんとなく分かってしまうが。


「我々精霊は、魔素で構成されているため、魔素を操ることは呼吸をするように容易です。知性について問題はあるかもしれませんが、この駄犬ならば最低限は問題ありませんでしょう。必ずや、主様のお仕事の助けとなります」


「なるほど……」


 複雑な表情を浮かべる美琴。

 きっと、彼女の中では悪魔を働かせることに葛藤があることだろう。それを見越してか、冬将軍はさらに言葉をつづけた。


「それに、主様が最もお悩みになられている人件費ですが、あの駄犬ならばタダですよ。消費する魔素に関しても、今のように最低限に絞っておけば問題ありません」


「それは、名案ですね!」


『ま、待て! その言い方だと我を扱き使おうとでもいうのか?』


 呆然としていた悪魔は、ようやく話の内容を理解できたのか慌てた様子だ。

 無理もないことだ。このまま行けば、間違いなく社畜人生に転落してしまう……最も、川口には既定路線のような気がする。

 すると、突然口をはさんできた悪魔に、冬将軍は凍てつくような視線を向ける。


「そのつもりだ。何か問題でも?」


 尊大な口調。こちらが、彼女の素なのだろう。

 誠を彷彿させるその無機質な瞳は、彼女の圧倒的な美貌と相まってさらに恐ろしい


『いや、おかしな話だろう! 我は悪霊だぞ!』


 直接視線を向けられている悪魔は気丈に振舞おうとする。

 悲しきかな。小刻みに震えるその姿から、誰の目から見ても虚勢であることは一目瞭然であった。

 そんな悪魔の反論に、冬将軍と美琴はまるで姉妹のように顔を見合わせて首を傾げた。


「「それがなにか?」」


『……』


 なんて恐ろしいことだろうか。

 この二人は、悪魔さえも労働力としか見ていない。まるで馬車馬のごとく扱き使われる悪魔の未来が見えてしまった。

 当の本人はというと、もはや心ここにあらず。

 心がぽっきりと折れたように、崩れ落ちる。


「「「「うわぁ……」」」」


 その光景を見ていた、川口たちがドン引きしていたのは無理もないことだろう。


(そういえば、彼女は私をスカウトするためにここに来たのでしたね)


 それを思い出して、川口は彼女にカーラでさえ知らない秘め事を告白することを決めるのであった。



*****



「なかなか、有意義な時間でした」


 時刻は夕暮れ。

 アリーナにて『スピリット』の体験させてもらった後、一般授業の見学、箱舟内の施設を見て回り、再び川口の研究室に戻ってきた。

 因みに、この場にカーラはいない。

 きっとどこかに迷い込んで警備員さんのお世話になっていることだろう。巻き込まれたくなかったので、あえて気付かないふりをしている。


「箱舟もすごかったけど、やっぱりあのデバイスのインパクトの方がすごかったわ。だけど、本当にくれるのかしら」


「そのようですね。試供品はお返ししましたが、公式発表後に今日のデータを参考にオーダーメイドしたデバイスを送ってくれるとのことです」


「まさに至れり尽くせり……裏がないかと不安だわ」


「それだけ、私やあなたの精霊が特殊だったということです……向こうからしたら、是が非でもデータが欲しいということでしょうね」


「確かに、姫様のは異常よね……精霊じゃなかったし」


 と、ジト目で見てくる勇気。

 美琴とて本意ではない。しかし、労働力と考えるなら、あの二体でよかったと心の底から思う。コホン!と咳ばらいをして、話題を逸らす。


「オーダーメイドなのは、一般の物だと私たちの魔素に耐えきれないからということです。私の方は、たった二度で使用しただけでほとんど使い物にならなくなっていましたし。あなたの方も、彼のケースからして数週間もすれば使い物にならなくなるそうです。幻想種とは、具現化にかなりの負荷がかかるみたいですね」


「なるほどね」


 二人ともレアケースのため、仕方がないだろう。

 勇気の魔素量も平均を大きく超えている。美琴に至っては、もはや人外レベルだ。それを一般人対象のデバイスで扱うのは無理があった。


「それにしても、自分のためのデバイスが手に入るなんて嬉しいわね。このデバイスなら間違いなく予約待ちになるわよ。そのオーダーメイド品がただで手に入るんですもの、待ち遠しくて仕方がないわ」


「……そうですね」


 勇気の言葉に、美琴は複雑な表情を浮かべる。


 天道の開発した『スピリット』は確かに素晴らしい技術だ。

 思い浮かぶのは、翠玉の姿。龍哉の性格には問題があるが、あの龍の姿は鮮明に残っている。あれほどの強大な力を持つ精霊であれば、軍事的に利用される可能性も高い。

 しかし、ターゲットは軍事関係だけではない。いや、一般人の方が主なターゲットになるだろう。

 自分の精霊と言われて、興味が惹かれないはずもない。

 きっと、どんな精霊なのか興奮しながらデバイスを手に取ることだろう。中には、美琴のように不本意な結果に終わることもあるかもしれない。

 しかし、爆発的な人気を得ることは容易に想像できた。その未来を思い描いて、美琴は内心ため息を吐く。


(ムーンクラフトが製造を急がせてきたのは、あの若造の独断だけというわけではなさそうですね。……強引な手段に出る可能性も出てきましたね)


 人財集めを始めたきっかけを思い出す美琴。

 背後にこんなとんでもないデバイスの公表が控えているのであれば、無理もないことだ。


 確かに、弘人が開発した並列魔法の技術は素晴らしい。

 従来のものと違い、一つのデバイスで複数の魔法を同時に使用することができる。この技術はあらゆる分野でも活躍すること間違いなしだ。

 それこそ、『スピリット』に別の魔法式を入れることで、精霊を顕現させながらも魔法を使うことができる。


 並列魔法も『スピリット』とは甲乙付けがたい魅力があるのは確かだ。

 しかし、いかんせん並列魔法は地味過ぎたのだ。月宮の開発した転移魔法、天道の開発した具現化魔法……諸星や土御門も正式な発表こそまだないが、きっと隠し玉を用意しているはずだ。そんな環境で頭角を出すには、並列魔法だけではまだ足りない。


(これは、是が非でも川口先生に来てもらわないといけませんね)


 川口の技術力は、美琴がよく知っている。

 カーラのような天才ではないが、経験や知識量については天道で教員が務められるほどで、性格的にも問題ない。

 それに、すぐにでも即戦力になる人財が欲しかった。


 美琴がそんなことを考えていた矢先、お茶を用意していた川口が戻ってきた。二人の前にお茶と茶菓子を並べると、美琴の斜め前、勇気の隣に腰かける。

 美琴はお茶を一口啜ると、川口に向かい合う。


「それで今朝のお話ですが……「申し訳ございません」……え?」


 美琴の話を遮って、川口は首を横に振った。


「あなたのご希望に添うことはできません。……私は、すでに技師としての道が絶えてしまったのですから」


 その酷く悲しそうな表情に、美琴は何も言えなくなった。







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― 新着の感想 ―
[一言] そういや中身が消失した誠の身体を美琴が操っていただけだったな。
[一言] 闇よりも氷の方が悪魔らしい冬将軍。 すっかり忘れてたけど、そういや並列魔法のデバイスの技師をスカウトしに来てたんだったな。
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