第74話 悪霊の人化
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楽しく読ませていただきました!
『犬にはなれぬが、人間になら化けられるぞ』
「はい?」
耳を疑った。
美琴がジトリとした視線を向けると、悪霊は竦んだ様子を見せ、恐る恐るもう一度言い直した。
『我には、人化する能力が備わっている。それを使えば、人型になれると言っている』
なおも思考が追い付かない美琴に、川口が補足説明をする。
「はい。マルコシアスは、召喚者から相談を受ける際に人間の姿になっていたと言われております」
「さっきから思っていたのですが、なぜあなたはそんなに詳しいのですか?」
「えっ、あ、いや……えっと、しゅ、趣味です」
美琴の視線を受けて、不自然に汗を流し始める川口。
そんな川口を見て、カーラが「そういえば……」とポンと手を打った。
「こいつ、マコトが悪魔じゃないかと疑って、必死に調べていたぞ。こいつの部屋には、悪魔学とか悪魔祓いについてのとかもあったな」
「カーラ先輩!?」
カーラのカミングアウトに、悲鳴を上げる川口。
そんな川口を見て、美琴は微笑ましそうに(?)笑みを浮かべた。
(そうか、そんなことを思っていたのか……まぁ、私には関係ありませんけど)
『あ、主よ……目が、目が一切笑っておらぬぞ』
悪霊は、盛大に顔をしかめていた。
ただでさえ、あまり可愛くない顔がさらに凶悪そうだ。しかし、その顔に反して、その性格は小心者のようだ。よく見ると、小さく震えているではないか。尻尾の蛇にいたっては、器用に体を巻いて翼の裏側に隠れていた。
その様子を見て、美琴はコホンと咳ばらいをすると……。
「まぁ、ものは試しと言います。人の姿になれるというならば、なってみてください」
『了解した』
返事を返すと同時に、悪霊に変化が起きる。
悪霊を取り囲むように現れた闇が、まるで繭のように悪霊を包み込む。中で何が行われているのか分からないが、繭は徐々に形を変え、ついには美琴よりも頭一つ大きい卵のような形へと変形した。
「だから、違うんですって! 誠先輩を悪魔だなんて思っていませんから!」
「うん? つまり、悪魔がマコトに化けていると思っていたんじゃないか?」
「そ、それは……言葉の綾です! 誠先輩は、人間性はともかく、素晴らしい人間でした」
などなど、会話が交わされていた。
誠はさりげなくディスられているが、美琴は他人事のように聞き流していた。
すると、ついに人化が終わったのだろう。
繭の中から一人の人間が姿を現した。
「本当に人間になれるのですね」
正直なところ、半信半疑だった。
しかし、繭から出てきた腕は、確かに人間のもの……続いて、その全身が顕わになり始めた。
年は、二十歳前後くらいだろうか。
少し長めの黒髪に、眼鏡をかけており、中性的な顔立ちはどこか知的な印象を受ける。問題があるとすれば、服を着ていないことだろうか。そのため、細身でありながらも鋼のように引き締まった体が惜しげもなく晒されていた。……どこかで見たような顔のような気もするが、なかなか整った顔立ちをしている。
「あら、すごいイケメンね。じゅるり……」
その姿を見て、勇気は目をハートにして体をくねくねさせる。
あまりの気持ち悪さに、美琴は視界に勇気の姿を入れないように努めた。しかし、いったいどこで見た顔だったか……誰かの面影を感じる。
「でしたってことは、今は人間じゃないのか?」
「いやいや! 先輩は故人ですからね! いたら、もはやゴーストですから!」
「つまり、人外に生まれ変わっていると。なかなか面白いジョークだが、あいつなら、悪魔にでも生まれ変わっているんじゃないか」
「やめてくださいよ! 本当に悪魔になっていた、ら……」
川口の言葉が、不自然に途切れる。
そして、青ざめた表情でカーラの後ろを指差した。まるで、幽霊にでも出会ったかのような表情だった。
不自然に思ったカーラは、怪訝な表情を浮かべつつも後ろを振り返った。
あまり表情が変わらないカーラにしては、珍しく驚きをあらわにしている。
「「……でた」」
絞りだされたような二人の声。
そんな二人の姿に気が付かず、悪霊は体の調子を確かめるようにストレッチをし始めた。
「ふむ、我が主よ。これで問題はないな」
「先ほどの姿に比べれば、まぁましでしょう。ただ、服ぐらいは用意できないのですか?」
「おっと、これは失礼をした。すぐに用意をしよう」
女性の体よりは男性の体の方が見慣れている。
普通の少女であれば恥ずかしそうに頬を染めるくらいはしそうだが、生憎と美琴は冷静そのものだ。
悪霊は、美琴の指摘を受けるとすぐさま闇を身にまとい始める。
現代的な服装とは違った、古風な衣装……日本のものではなく、欧州の方の衣装だろうか。顔立ちが日本人のためあまり似合っているようには見えない。
「別の衣装とかにできませんか?」
「どんな感じだ?」
「そうですね……。黒いスーツとかにはできませんか?」
「そのくらいなら、簡単だ」
そう言って、瞬く間に服装が変わる。
きっちりと着込んだスーツ姿は、非常に様になる。まるで、長年着ているような風格もあった。
「これならば問題ありませんね。最初は、どうやって返品しようかと思っていましたが……」
「いや、ちょっと待て!」
「何ですか、カーラ。まるで幽霊にでもあったかのような表情ですよ」
「適格だな。そいつの姿、お前は何とも思わないのか?」
「姿ですか? なんか、どっかで見たような顔だとは思いますが、それが何か?」
先ほどから何となく既視感を覚える顔立ち。
美琴は引っ掛かりを覚えるものの、あえて無視していた。しかし、カーラはどうやらその疑問の答えを知っているようだ。
「マコトにそっくりだろう」
「マコト、……誠?」
一瞬カーラに何を言われたのか理解できなかった様子の美琴は、首をかしげて悪霊を見据える。
誠とは誰なのか。
それを考えると、先ほどまでぼんやりと見えていた全体像が、一気に鮮明に見えてきた。
「あっ」
最後のピースがはまると、思わず声が出てしまった。
記憶にある誠よりも一回りくらい若く、髪形も違う。しかし、確かにこの悪霊は金田誠に似ている。
「悪霊退散、悪霊退散……」
トラウマが刺激されているのか、川口は発狂していた。
どこから取り出したか分からない十字架と清めの塩……常に持ち歩いているのか、この男などとくだらないことを考える。
美琴は苦虫をかみつぶしたような表情で……
「やっぱり、チェンジで」
「なぜっ!?」
美琴の言葉に、悪霊は愕然とした。
「なぜも何も、よりにもよってどうしてその姿なのですか? もっと、他に選択肢はないのですか?」
「我とて、どうしてこうなったかわからぬ。普通であれば、宿主に近い形で人化するのだが……まったくの別人になるなど想定外だ」
「や、やっぱり、誠先輩の怨霊なんだ。怨霊が悪魔に転生していたんだ」
――どうしてこうなったのだろう。
川口の言葉に、美琴はそんなことを思う。
最初は、精霊の具現化だったはずだ。それにもかかわらず、精霊から悪魔・悪霊、そしてついには怨霊扱い。
確かに、霊とはついているが……いくら何でもこれはないだろう。
「ふむ。つまり、あいつはついに地獄の侯爵にまで出世したのか。あいつなら、いつかはなれると思っていたぞ」
――ならなくていい、ならなく。
そう思ったが、口に出す気力も出なかった。
「もういいです。もう帰っていいですよ」
疲れたようにため息を吐く。
しかし、よくよく考えればまだ氷属性があるのだ。あちらは、美琴本来の魔素であり、闇属性のように悪霊やら怨霊やらを具現化しないはずだ。
「いや、まだ魔素が結構残っていて……」
なにか言い始めたが、美琴は無視した。
そして、『スピリット』を付けた左腕を前に突き出すと、開くようなしぐさをする。
「ちょ、ちょっと待て! こんな戻し方は……」
それと同時に、悪霊を中心に空間が歪む。まるで登場の時とは逆で、今度は歪の中へ強制的に放逐される。
盛大に引きつった表情で暗闇の中に消えていく悪霊を見送ると、開いた手を握る。
――ぐしゃり
そんな音とともに、無理やり開けられた穴が強制的に閉じられた。
それを見た美琴は、パンパンと手を払う。そして、後ろを振り返った。
「「「「……」」」」
カーラ、川口、雨水、勇気。
四人が一連のやり取りを見て、表情を引きつらせていた。そして、その内心を代弁するように、カーラがポツリと言った。
「お前の来世は、侯爵じゃなくて魔王だな」
その言葉に、三人が頷く。
しかし、美琴は呆れたように肩を竦めた。
「何を言っているんですか。アメリカンジョークは真剣に言ってもまったく面白くありませんよ」
「いや、ジョークじゃないんだが」
とか言っているような気がするが、美琴の耳には聞こえなかった。
「さて、前座はここまでとして、次は本命ですね」
「ああ、氷の方ね。雨水さん、氷属性というとどんな精霊が出てくるの?」
「そうですね。やはり、氷属性は北極とか寒いところに住む生き物が多いですね」
「つまり、悪魔とかはでないということですよね。これが特に重要です」
「え、ええ。悪魔が出てきたなど、今まで一度も聞いたことはありません」
「そうですか」
良かったと胸をなでおろす美琴。
「となると、ペンギンとか白熊とかかしら」
「ペンギン、それはいいですね! 私にピッタリではないですか?」
さっきのは例外として、ペンギンならば美琴のイメージにぴったりだ。
しかし、それを聞いて誰もが思った。
――それはない
しかし、口に出すようなことはしなかった。
そこで勇気はポツリと呟く。
「姫様のペンギンっていうと、皇帝ペンギンよりも大きいのかしら。高層マンションくらいの大きさなら、似合いそうな気もするけど」
「口からビームが出そうだな」
「止めるとなると、自衛隊が総出で向かわないとなりませんね」
「もはや、それはペンギンではなく怪獣では?」
美琴のイメージと三人のイメージでは、酷い乖離があるようだ。
一方では、小さなペンギンと戯れる少女の姿。もう一方では、巨大なペンギンが怪獣映画のように都市を火の海にしている姿だ。
もはや、同じペンギンの想像をしているとは思えない。
「まぁ、召喚してみればわかりますから……」
そう言って、美琴は恐る恐る銀色の魔素を『スピリット』に流し込む。
先ほどと同等か、それ以上の魔素が抜かれたような気がする。この体になって初めて体験する魔素欠乏の症状……圧縮された膨大な魔素がまるで雪のようにキラキラと宙を舞う。
「けど、やっぱり姫様って言ったらあれよね」
「そうだな。動物というよりも」
「やっぱり」
美琴は三人の言葉に、背筋を寒くする。
「「「悪魔じゃないか」」」
「ちょっと待ってください! それは、また……」
もうすでに遅い。
中断しようにも降り積もった雪は小山のように積み上がった後だった。そして、安易に具現化してしまったことを後悔する。
(私の精霊が変なのになるのは、絶対にあなたたちのせいですよ!)
皆さんの予想通りでしたか?
感想を読んでいて、バレてるとドキリとしたものです。
近いうちに、もう一話投稿できたらと思います。




