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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天道の箱舟
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第71話 期待外れ


「田辺様も、見学だけではご不満でしょう。なので、実際に授業に参加してみてはいかがでしょうか? 互いにとって、いい刺激になるとのことです」


 その言葉に、美琴は冷静に努めるものの、内心では目を丸くしていた。


(……意図が読めませんね。こちらとしては、願ってもない申し出ではありますが、まったく何を考えているのやら)


 雨水の提案にすぐに返事を返さず、美琴は雨水を見据える。

 人の好さそうな柔和な笑みを浮かべる男性だ。しかし、その眼は笑っておらず、まるで美琴を品定めしているようだ。

 美琴の疑念に気付きながらも、雨水は手に持っていたアタッシュケースを美琴に差し出し、中身を見せる。


「これは?」


 中には、銀色の腕輪型デバイスが並べられていた。


「近日公表予定の新型デバイス【スピリット】……アマノが開発した具現化魔法専用の特殊デバイスです」


「なんだとっ!」


 雨水の言葉に目の色を変えて食いつくカーラ。

 これには、雨水だけでなく川口や勇気も引いた様子だった。しかし、そんなことを気にしないカーラは、そのままデバイスを一つ手に取った。


「腕輪型のデバイスか……無骨なデザインだな」


「それは、試供品ですからね。正規品は、ニーズに応えて塗装や装飾がされていますよ」


「ふむふむ、なるほど、なるほど……」


 雨水が親切に答えるものの、カーラの耳には届いていない。

 まるでおもちゃをもらった子供のように、明らかにはしゃいでいた。美琴はその姿を見て、処置なしと額に手を当てる。


「まぁ、研究者というのは彼女みたいな人が多いですから」


「えっ、研究者って変人ってことなの」


「まぁ、概ねその通りですな」


「し、知りたくもない事実だわ……」


 雨水の言葉に肯定するように頷く生徒たちの姿がちらほらとみられる。

 嫌な現実を知った勇気は、端正な顔立ちを歪めた。


「いやいや! 研究者の中には僕みたいな常識人もいますからね!」


 川口は、自分もまた変人になってしまうためか声を荒げて否定をする。

 一方で、美琴は我関せずといった態度だった。雨水のアタッシュケースからスピリットを一つ手に取る。


「なるほど、これが……。ですが、よろしいのですか?」


「よろしい、とは?」


「部外者である私たちに情報の開示のみならず、授業に参加させていただくなど……正直なところ、恐れ多くて……」


――何か企んでいるのではと疑っているんですよ


 美琴は、雨水に対して微笑む。

 美琴の言葉が伝わったのか、雨水は大げさに肩を竦めると首を横に振った。


「心配はございませんよ。先ほども申し上げました通り、幽玄様からのご厚意ですから。それとも、他に何か懸念があるのでしょうか」


「ご配慮していただき、ありがとうございます。とはいえ、生徒の皆様の貴重な時間を削ることになることは事実です。そこまでしていただくのも申し訳ありませんから」


「皆さまに参加していただければ、生徒たちも良い刺激になることでしょう」


「私たちが参加したところで、大した刺激にならないと思いますが?」


「ご謙遜を。田辺様は、なんでも月宮学園に首席で入学したと聞き及んでおります。正直なところ、こちらこそ田辺様を満足させられるか不安なのですよ」


 美琴は微笑み、雨水は柔和な笑みを浮かべる。

 しかし、互いに目は一切笑っていなかった。互いに互いが相手の腹の内を探ろうと、わずかな表情の変化も見逃さない。

 そんな二人を見かねて、カーラが割って入る。


「おいっ、いつまで狐と狸の化かし合いをするつもりだ。マコト妹、向こうが良いって言ってるんだから素直に受け入れとけ」


 二人の回りくどい会話にイラついているのか、腕を組んで美琴を睨む。


「カーラ……まったく、貴方という人は。まぁ、一理ありますか」


「痛くもない腹を探られること無意味なことはありませんので、ケリー殿の言う通りですな」


「痛くもない腹、ねぇ……」


 美琴は雨水にジト目を向けるが、本人はまったく気にした様子もない。

 完全に毒気が抜かれてしまい、美琴は深いため息を吐いた。


「まぁ、せっかくの機会ですからね。お言葉に甘えさせて……」


「貴様らは、何を勝手に決めている!」


 美琴の言葉を遮って前に出てきた龍哉は、美琴を鋭く睨みつける。


「だいたい、貴様らは月宮の関係者だろう。ここは、天道の箱舟だ……貴様らが足を踏み入れていいような場所ではないぞ!」


「それは、貴方が判断することではないでしょう」


「なんだと……?」


「それと、一つ勘違いされているようですね。私は月宮とは縁も所縁もない、一般市民です」


「月宮と縁も所縁もない、だと……」


 龍哉は、美琴の言葉に衝撃を受けたのか先ほどの勢いを失い、呆然とする。


(理由は分かりませんが、彼は月宮に恨みでもあるのでしょうか)


 一方で美琴は内心首をかしげる。


「一応言っておきますが、私は一般家庭で育ったごく普通のか弱い少女ですからね」


「「「か弱い?」」」


 カーラ、勇気、川口の三人の声がはもるが、美琴はあえて聞かないふりをした。


「お前は、月宮とは関係がないんだな?」


「違います」


「本当にか?」


「くどいですね。だから、無関係と言っています」


「そうか……」


 美琴がはっきりと否定すると、龍哉は静かに瞑目する。

 だが、それも数瞬の間のこと……龍哉は瞼を開くと美琴に対して鋭い視線を向けた。その背後には翠玉の姿もある。


「ならば、貴様は何者だ? その尋常ではない魔素の保有量は、ただの一般人ではありえない」


「へぇ」


 龍哉の言葉に、美琴は目を細める。

 周囲の気温がわずかに下がったのは気のせいではないだろう。それを龍哉も感じ取ったのか、わずかに後ずさりそうになる。

 だが、天道の誇りなのかその場から一歩も動くことはなかった。


(私は魔素を隠しているわけではありませんが……あの龍が、何かを感じ取っているのかもしれませんね。……興味深い)


 周囲を見渡すと、生徒たちだけでなく精霊たちもまた動きを止めている。

 彼らは、人間よりもはるかに魔素に対して敏感なのかもしれない。意思もない魔素の塊かと思ったが、そうではなさそうだ。

 美琴は、無意識のうちにクスリと笑った。


「私が何者かと尋ねられても、魔素の量が多い一般人としか答えられません」


「あくまで、とぼけるつもりか……」


 精悍な顔立ちが、忌々し気に歪んでいた。

 そして、歯を食いしばると、一歩ずつ美琴に近づいてきた。普段であれば静かに距離を取るところだが、美琴の意識の大半を占めているのは周囲の精霊たちだ。

 そのため、美琴は龍哉から延ばされた手に気付くのが一拍遅れてしまった。


「えっ……」


――パシッ!


 乾いた音が響き渡った。

 身動きが取れず静観していた生徒たちも、その光景を見て顔を青ざめさせる。


「いったい何のつもりだ」


「お前こそ、美琴さんに何をするつもりだった」


 にらみ合う龍哉と勇気。

 龍哉が付きだした拳を勇気が掴んで止めたのだ。互いに力は拮抗しているのか、一歩も引かなかった。


「龍哉様、彼らは幽玄様のお客人ですぞ! それが分かっての行動か!」


 さすがに龍哉の行動は雨水にとっても意外だったのだろう。

 一拍遅れてから、龍哉に向かって叫んだ。


「ちっ」


 龍哉は舌打ちをすると、拳を下げると一歩引き下がった。


「……」


 勇気は静かに下がると、美琴を背後にかばうように立つ。

 その横顔は、真剣そのもの……中学時代の軽さも、オカマらしさもなかった。初めて見る男らしい姿に、美琴は思わず感心した。


「……助かりました」


 美琴は、少し恥ずかしそうに感謝の気持ちを言葉にする。

 すると、勇気は美琴の方へ振り向くと……。


「ひ、姫様がついにデレたわっ! いやぁだもぅ~、私に惚れっちゃったのかしらぁ?」


 ほほに手を当てて、体をくねくねさせる。

 ……果たして、先ほどと同一人物なのだろうか。そう疑いたくなる光景だった。アリーナにいる女生徒たちは、先ほどの勇気の姿に頬を紅潮させたまま硬直している。


「……」


 恥ずかしいと思った気持ちが愚かだった。

 先ほどの熱も一気に氷点下まで下がり、美琴の瞳から一切の光が消える。


(まぁ、勇気はやっぱり勇気ですか……)


 やはりこちらの方が勇気らしいと思ってしまい、内心苦笑する。


「それで、いったい何のつもりですか?」


「……ただ、試したかっただけだ」


「試したかった?」


「あぁ。曽祖父様が認めたというお前の実力をな」


「そんな理由で殴りかかってきたのですか」


「その方が手っ取り早いと思ったからだ」


 反省も後悔もないとでも言わんばかりの堂々とした態度。

 その姿に勇気は不愉快そうに顔をしかめる。きっと、美琴もまた似たような表情をしていることだろう。


「とんだ野蛮人ですね」


 と、龍哉に向かって悪態を吐いた。

 しかし、龍哉はそれを気にした様子もなく、興味を失ったのか美琴から視線を外すと首を小さく横に振った。


「やはり、期待外れか……。貴様は、ただ魔素の量が多いだけ。それだけの存在だ」


 それは、まるで自分に言い聞かせるようだった。

 龍哉は、美琴たちに背を向けると背後に控える翠玉に視線を向けると、翠玉は緑色の粒子となって、龍哉の体の中に消えていく。


「俺は、お前たちとは違う。俺は……」


――不作の世代なんかじゃない


 それは消え入りそうなくらい小さな声だった。

 龍哉は、この場にいる全員の視線を集めながらも、臆した様子もなく堂々とした足取りでアリーナから立ち去って行った。






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― 新着の感想 ―
[一言] 自分で「私は感情を制御できず暴力を振るう愚鈍です」って言ってるようなものだなぁ……
[一言] いや、後先考えないで月宮の関係者云々は美琴が否定したから疑惑としても先代当主の客人とわかっていて暴行加えようとしたとか普通に醜聞だから不毛の世代って自ら証明したような行動でしょ、これ。
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