第70話 龍哉の怒りと恐れ
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先日行われた月宮のパーティー。
四家の間だけで行われた【ディメンションゲート】の公表だ。月宮が空間系統に特化しているのは知っていた。
だが、転移魔法の開発に成功するなど、まさに寝耳に水だ。
具現化型デバイスの開発で、天道が一歩リードしたと確信していただけに龍哉のショックは大きかった。だが、それと同時に月宮が天道に肩を並べるほどの力を持っているのだと知り、うれしく思ってしまった。
そして、自分と同年代の月宮家の子息であれば、切磋琢磨し合えると勝手に思ってしまったのだが……。
『ははははっ!いつまでも天道が俺たちと同格だと思うなよ! 今回の……えっと、なんだっけ』
『確か【ディメンションゲート】ですわよ、兄上』
『そう、それだっ! これで、お前たちよりも俺たちの方が優れていると分かったんだ! お前らは、俺たちに頭を下げていればいいんだ』
その時のことを思い出して、龍哉は唇を強くかむ。
屈辱だった。これから切磋琢磨できる同格の相手は、臆面もなく親の功績を我が物のように語る愚物だった。
しかも、本当に月宮家の直系なのかと疑いたくなるほど、覇気もなければ人外のような魔素も感じられない。
そんな折に聞いてしまったのだ。
『さっきの見たか?』
『ええ、酷いものですね。月宮は。噂には聞いていましたが、これほどとは思いませんでしたね』
『となると、あっちの噂も本当なのかもな』
『どんな噂でしょうか』
『ああ、彼らの世代は……』
「不作の世代、か……」
ギリッと、歯を食いしばる。
密かに話されていた内容が頭から離れない。自分は天道に恥じないように生きてきた。それにもかかわらず、月宮のせいで不作の世代などという不名誉な言葉で一括りにされてしまう。
龍哉にはそれが何よりも許しがたかった。
『ギュアアアア!』
そんな龍哉の怒りを感じ取ったのか、雄々しく翼をはためかせる龍、名は翠玉。まるで高品質なエメラルドのように美しい鱗から、龍哉が名付けた。
誰もがその姿に見惚れ、そして畏怖する。
荒々しい咆哮に、宿主の感情を反映させてか、精霊たちが怯えたように逃げ惑う。宿主であるクラスメイト達は、危険はないと分かっているはずなのにその場にへたり込んでしまっていた。
(……情けない)
腰を抜かしているクラスメイトを冷ややかに見据える。
この場にいる者たちのほとんどは、天道に連なる血筋の者たちだ。それが、そろいもそろって腑抜けばかりだと思うと、龍哉は呆れを通り越して怒りさえ覚える。
「くそっ」
これではまるで大人たちが陰で噂している通りではないか。喚き散らすつもりはないが、それでも悪態を吐かずにはいられない。
「これは、これは、また随分と成長したようですな」
誰もが、翠玉の威容に言葉を失っているなか、一人感嘆の声を上げる白衣姿の初老の男性。龍哉は、その男性を一瞥した。
「……雨水か」
龍哉が雨水と呼んだ初老の男は、具現化型デバイスの研究開発チームの一員で、優秀な研究者であるものの、基本的に広報を担当している。
近々デバイスの公表があるため、ここ最近は忙しくしていたため、こんなところに顔を出すことが意外だった。
「それにしても、翠玉は大したものです。我々の予想をはるかに超える成長を遂げておりますゆえ」
「当然だ。天道の直系であるこの俺の精霊だ。貴様らの予想など、軽く超えるに決まっている」
翠玉が誕生したのは、今から半年ほど前のことだ。
そのときは、まだ子猫くらいの大きさでしかなかった。それが、今や全長四メートルを超える大きさとなったのだから、雨水が驚くのも無理はない。
しかし、天道の血を引くのだから、この程度の結果驚くほどではない。そんな自尊心が、龍哉の体からにじみ出ていた。
「それで、今日は何の用だ? 世間話でもしに来たというわけではないだろう?」
「今日は幽玄様から頼まれまして……どうやら、もういらっしゃったみたいですな」
「どういう意味だ?」
雨水の視線を追って、龍哉もまた観覧席の方に視線を向ける。
遠目ではあるが、どうやら複数の男女がこちらを見学しているようだ。雨水が、合図を送ると彼らは観客席から降りてき始めた。
「確か、川口だったか?」
先頭を歩く男性には見覚えがあった。
魔法学を教えている教師の一人で、授業が分かりやすいと評判だ。龍哉も何度か受けたことがあり、非常に分かりやすかった。
おそらく、彼が案内役なのだろう。その隣には、気怠そうな白衣姿の女性が歩いている。
そのあとに続くのが、金髪の少年。年は龍哉と同じくらいで、端正な顔立ちをしている。そして、もう一人は……
「……綺麗」
誰かがポツリと呟いた。
夜空のような美しい髪を靡かせ、堂々と歩く一人の少女。非常に端正な顔立ちをしており、深窓の令嬢と言われても過言ではない。
しかし、そんな儚げな美貌とは裏腹に、龍哉の怒りに影響を受ける翠玉を前にしても、一切表情を変えることはなかった。
「っ!」
知らぬ間に、龍哉は一歩下がっていた。
(何だ、何なんだ、こいつは……)
背筋に悪寒が走る。
ただ、視線が合っただけ。それだけのはずなのに、冷や汗が止まらない。まるで、四家の当主と向かい合っているような……。
(馬鹿なっ、そんなわけないだろう!)
相手は、自分と同じくらいの年齢。
不毛の世代と呼ばれている一人にすぎないのだ。それにもかかわらず、当主たちの姿を幻視してしまうなど、あってはならないことだ。
しかし、頭でいくらそう思い込もうと、感情は恐怖に揺れる。
龍哉の恐れを現すかのように、翠玉は体を竦めていた。
「雨水さん、お久しぶりです。最近は色々と忙しいと聞いていましたので、元気そうで何よりです」
「川口君も元気そうで何よりだ。君の授業の評判は、私のところまで届いているよ」
にこやかに握手をする二人。
世間話もそこそこに、二人はさっそく本題に入った。
「幽玄様から話は聞いている。なんでも、お客さんの案内をしているとのことではないか」
「はい。彼女は、私の先輩であるカーラ=ケリー……雨水さんもご存じですよね」
「ああ、もちろんだとも。デバイス研究をする者のなかで、彼女のことを知らないものはいないだろう。……初めまして、ケリー殿。私は、雨水将司と申します。以後お見知りおきを」
「あぁ。カーラ=ケリーだ。よろしく」
カーラと名乗った女性は、義務的に返事こそしているが、その視線は翠玉に釘付けだった。龍哉からしても、明らかに礼を失した態度。だが、プライドの高い雨水は何も言わず、むしろ苦笑を浮かべて肩をすくめている。
「確か、カーラさんは月宮学園で教師をされているとのことですね。お二人は、生徒さんだと聞いております」
(月宮だと)
龍哉は、月宮という単語に眉を顰める。
「は、はいっ。私……じゃなかった、俺は西川勇気です。カーラ先生にはお世話に……なっています?」
「私は月宮学園一年の田辺美琴です」
「お二人のことは幽玄様から伺っております。なんでも、たいへん優秀な生徒たちだとか……こうして対面してみて、幽玄様がそう言った意味が分かりました」
そう言って、雨水は笑みを深める。
「なん、だとっ……。あの曽祖父様が認めたというのか」
雨水の話を聞いて愕然とする龍哉。
幽玄が認めた、それが信じられなかった。まして、あの二人は龍哉と年は変わらないにもかかわらずだ。
(田辺美琴……聞いたことがない。そもそも、月宮の分家に田辺などいなかったはずだ。いったい、どういう関係なんだ)
龍哉は、相手の魔素に敏感だ。
だからこそ、分かる。目の前の少女が尋常ではないほど高密度の魔素をその小さな体に宿していることを。
四家である自身と同等……認めたくはないが、それを上回るほどだと。
それがわかるからこそ、目の前の少女の出身が気になる。四家にかかわりのない人間が、これほど膨大な魔素を宿すはずもないからだ。
「余計な話はどうでも良い。そんなことよりも、この龍をよく見せてくれ」
「翠玉に触るなっ!」
あろうことか、カーラが翠玉に手を伸ばしてきた。
無礼にもほどがあるだろう。龍哉は、伸ばされたカーラの腕を払いのけると、翠玉の間に割って入った。
「貴様、いくら曽祖父様の客人でも無礼が過ぎるぞ! 見学こそ許しても、触れることは許さん」
「減るものじゃないんだから、構わないだろう」
「そういうものじゃない!」
いったい、この女はどういう神経をしているんだ。
普通であれば天道の名を前に恐縮するはずだ。もしかすると、龍哉のことを知らないのではないか。
そんな思いが脳裏をよぎるが、きっとこの女は相手がなんであろうと気にしないという確信が龍哉にはあった。そして、それはあながち間違いではないだろう。
「コホン! それで、先ほど幽玄様の名前が出ていましたが、あの方からどう伺っているのですか?」
美琴が尋ねると、雨水は笑みを深める。
「田辺様も、見学だけではご不満でしょう。なので、実際に授業に参加してみてはいかがでしょうか? 互いにとって、いい刺激になるとのことです」
龍哉は、その言葉に目を見張る。
普通であればありえないからだ。こうして、箱舟まで招待して授業を見学するだけではなく、さらには参加までさせるとは。
しかも、その指示を出したのが幽玄なのだ。
(いったい、この女は何者なんだ……)
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