第68話 川口の秘密
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川口智也二十九歳独身。
趣味は、魔法式の研究、デバイスの開発。大学時代、重度の対人恐怖症を発症させたが、今では学生相手に講義ができるほど回復した。
そのきっかけは、大変遺憾ながらも、人の限界を知り尽くした悪魔が統べる地獄に身をおいた……いや、正確にはおかされたことだろう。逃避しようとしても「あの時に比べれば……」と自然に思ってしまうのだ。……洗脳されていないか、常々不安に思う。
そして、その悪魔こと金田誠。
無表情で、不愛想。しかし、魔法式の開発に関しては天才的で、経営に関しても倒産目前の会社をわずか数年で立て直したのだから、畑違いの川口にも天才なのだと理解できた。
しかし、今から二年ほど前。
川口のもとに金田誠の訃報が届いた。それが届いたとき、川口は悲しむよりも先に……。
――誠先輩って、人間だったんですね。
と、安堵したのは記憶に新しい。
悪魔だなんだと散々罵った(内心で)が、やはり人間だったということだろう。と、いうことなのだろう……が。
「やはりあなたは悪魔だったのですね」
「失礼な。私はに……」
先輩を前に、土下座をする川口。
客観的に見ると、少女の前に土下座するアラサー間近のオタクというなんとも危険な構図に見えるが、そんなことは関係ない。
なぜなら、川口には誠に謝罪しなければならないことがあるからだ。誠の言葉を遮って、さらに言葉をつづける。
「お通夜と葬式をすっぽかしてしまい、申し訳ございません! これからは、お墓参りにも行きます……いいえ、明日にはお墓掃除にも行きますので、どうか、どうかっ! 安心して成仏なさってください!」
よくよく考えれば、川口は誠の葬式どころか墓にさえ行ったことはない。
誠が震える声で、「カーラと言い、あなたまでも……」という呟きが川口の耳に響く。
(あぁ、カーラ先輩は行かないだろうな……)
と、内心思ってしまう。
「川口先生、顔を上げてください」
無機質だった誠の声色とは違い、不思議と響く少女の声。
川口は、その声につられて顔を上げる。
「誠先輩じゃ、ない……?」
目の前に立つ少女。
長い黒髪に、銀色の瞳。深窓の令嬢という言葉が当てはまる、絶世の美少女であった。天道学園にも、端正な顔立ちをしている少年少女はいる。しかし、彼女の前では、間違いなく霞んでしまうことだろう。
金田誠とは似ても似つかない容姿をしているのだが、どうしてだろうか、川口の本能が目の前の人物を天敵だと警笛を鳴らし続けていた。
「初めまして。私は、田辺美琴と申します。こちらの彼は、西川勇気君です」
「はい、これはご丁寧に。私は、川口智也と申します。失礼ですが、あなたは金田誠ではないのでしょうか?」
少女相手に何を言っているのだろうか。
そう思いつつも、川口は尋ねずにはいられなかった。すると、目の前の少女美琴はまるで鈴の音を転がすような笑い声をあげてから言った。
「ふふっ。私が、あの冷徹無慈悲な血も涙もない悪魔のような男だと? 川口先生は、ご冗談がお上手ですね」
(いや、そこまでは言っていないんですけど)
彼女の中で、金田誠とはどのような人物なのか気になってしまう。
尤も、その評価はあながち間違っておらず、思わず同意してしまいそうになる。やはり、別人なのかと思っていると……
「中身は同じようなもんだがな」
「カーラ?」
絶対零度の視線。
金田誠の無機質な視線とは全く違うが、カーラとのやり取りに激しい既視感を覚えた。
「乗っ取り! 成仏できなかった誠先輩が、いたいけな少女の体を乗っ取った!? やはり、あなたは人間ではないのですか!」
「人間です。何か文句でも?」
「あっ、いえ。なんでもございません……」
無機質な誠の目とは違い、目の前の少女の瞳は感情を表す。
感情が読めないというのは恐ろしい。しかし、読めるからこそ恐ろしい場合もある。まるで喉元に刃を突きつけられたような錯覚を覚え、悪魔の前で哀れな子羊はただ頭を下げることしかできない。
「まったく、そろいもそろって、私を何だと思っているのですか。どこからどう見ても、人畜無害なか弱い少女ではないですか」
(((それはない)))
小さく文句を言いながら、ソファの上座に座る。
美琴の所作はどれをとっても美しく、育ちの良さを感じさせる。確かに、そのはかなげな姿からはか弱い少女という言葉がよく似合う。
しかし、どうしてだろうか。
誠のように足を組んだりはしないのだが、どうしてか同一視してしまうのだ。
(本当に別人なのか……)
それが、より一層川口を困惑させる。
「まぁ、こいつが何であろうとどうだっていいだろう。マコト妹とでも思っとけ」
「は、はぁ……」
カーラのフォローだが、それでいいのかと疑問に思う。
(生まれ変わりとか、憑依されたとかよりは納得できるけど…………そんな簡単に割り切れないよなぁ。そういうとこ、うらやましく思うよ。暴君だけど)
カーラの言い分に、深く考えることを諦めた川口。
ただ一つだけ言いたいのは、楽しみにとっておいたGO〇IVAのチョコレートをバクバク食べるのだけはやめて欲しい。
心の中で血の涙を流しながら、その光景を眺めるのであった。
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それから三十分後。
美琴が訪問の事情を大方説明し終えると……。
「なるほど、そういった事情が……。私を訪ねてきた理由は理解いたしました」
「あなたであれば、技術は確かですから。それに、並列魔法に興味がありますよね?」
「ええ、まぁ……」
「……?」
美琴の知る川口という人物であれば、並列魔法という技術に興味を示さないはずがない。しかし、返ってきたのはあいまいな返事のみ。
いったいどうしたのか、美琴が小首を傾げていると、川口は椅子から立ち上がり、研究室に飾られたデバイスに触れる。
(あれは、確か……)
美琴は、そのデバイスに心当たりがあった。
田辺製作所で作られた初期のデバイスであり、誠、カーラ、川口の三人が協力して作り上げたプロトタイプだ。
もはや、魔道具としての機能は失われていることだろう。
拙い技術で作られたデバイスが、今なお廃棄されず残っていたと思うと、恥ずかしいという思いよりも懐かしさがこみ上げてくる。
それは、カーラも同様だろう。
「お前、まだそれを取っていたのか?」
「ええ、これは私……いえ、私たちにとっては大切な物でしたから。廃棄しようと思っていたのですが、心残りがありまして」
「そうか……」
苦笑を浮かべて大切そうに保管する川口の姿に、カーラはただ素気なく返事をする。
付き合いの長い美琴や川口には、それが照れ隠しなのだとすぐに分かった。しかし、あえてそれを指摘するような真似はしない。
「それで、私をスカウトしたいという話でしたね」
「はい」
川口の言葉に、美琴はコクリと首を縦に振る。
「そうですか……」
と、このとき美琴は川口の研究室に違和感を覚えた。
(研究室にデバイスがほとんど置かれていない……。よく見ると、作成用の機材も見当たりませんね)
かつての川口の部屋を知っているからこそ、気が付いたことだ。
最初は整理整頓ができるようになった程度にしか思わなかったが、それにしても物が少なすぎた。
「ところで、最近はデバイスの製作をされていないのですか?」
「……ええ。魔素の研究が中心で、あとは合間に講義を行っていますから」
どこか奥歯に物の挟まったような言い方。
何かを隠しているのは間違いない。しかし、それが何かは美琴には分からなかった。さらに一歩踏み込んで尋ねてみようとすると、川口が殊更に話題を変えた。
「それよりも、高等部の見学をするのでしたよね。それなら、案内は任せてください。これでも半年ほどここで生活していますから」
そう言って胸を張る。
だが、その話題転換はあからさまだった。美琴だけでなく、カーラもまた何かを感じ取ったのか怪訝な表情を浮かべる。
二人から向けられる疑惑の視線に、川口は苦笑を浮かべると……。
「案内が終わりましたら、詳しいことは説明しますよ。それよりも、幽玄様の依頼を先に済ませてしまいましょう」
美琴はその陰のある笑みを見て、詳細は分からなくとも川口が教員になった理由と深くかかわりがあるのだと悟ったのだった。
毎日更新は厳しいですが、近日中に次話を更新いたします!
今後も本作を宜しくお願いいたします!




