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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天道の箱舟
67/92

第67話 誠の後輩

大変お待たせいたしました!


「ひ、姫様……。今、天道幽玄って言わなかったかしら。私の聞き間違いよね……」


 勇気が尋ねてくるが、その声は明らかに震えていた。

 無理もないことだろう。余裕のある態度をとっている美琴とて、気を抜けば委縮してしまいそうなカリスマを目の前の老爺は持っているのだから。


「ええ、安心していいですよ。間違いなく、この前の人物はあなたの知っている天道幽玄で間違いありません」


「それって、あの魔法学の教科書でも載ってる天道幽玄よね。先代天道家当主でありながら、日本魔法学の祖とまで言われている超有名人物の……「化石魚シーラカンスの幽玄」……そう化石……って、それは穂香の答案じゃない!」


「ああ、穂香の答案でしたか。なぜか、心に響く名前でしたので」


「儂、化石なんて呼ばれておるのかのう」


「……そ、それで。本当にこの方があの魔人の幽玄であっているのよね」


「はい。残念ながら、勇気の言っている人物であっていますよ」


 そう断言すると、勇気は顔を真っ青にしてその場で立ち尽くす。

 そんな勇気の態度が面白かったのか、幽玄は「ふぉっふぉっふぉ」と無駄に年寄りくさい笑い声をあげると、美琴に言った。


「これこれ、あまり若い子を虐めるものではないぞ。その青年はなかなか有望そうじゃ……」


「お言葉ですが私と彼は同い年です。それと、昔から言うではありませんか。若い子は魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする奈落に突き落とせと」


「……お主、実は悪魔じゃな」


「人間ですけど、何か?」


「「「……」」」


 なぜか、幽玄のみならずカーラや勇気にまで白けた視線を向けられた。

 突然のアウェイな雰囲気に、表情にこそ出さないが気まずさを覚えた美琴は「コホン!」と咳払いをすると幽玄に尋ねた。


「それで、わざわざこんな時間に尋ねてきて何の用ですか? いくら何でも非常識では?」


「お主にだけは言われたくないわい」


 幽玄は、嘆かわしいと盛大なため息を吐くとようやく本題に入った。


「お主とは、一度直接会って話をしてみたいと思ったのじゃ」


「なるほど。わざわざご足労頂きありがとうございます。ああ、外への扉はそちらですよ」


「出て行けと言われたような気がしてならんわ」


 美琴が丁寧な態度で、出口を教えたというのに、まだ帰る様子がない。

 これだから、頑固者の年寄りの相手は面倒だ……などとは、決して思っていない。しかし、幽玄も何かを感じたのか、「これだから、月宮は……」と言ってから、一呼吸を置いて美琴に尋ねてきた。


「お主らがここへ来たのは川口先生と面会するためじゃな。会ってどうするつもりじゃ?」


 好々爺の笑みを浮かべながらも、凄みを感じさせる表情。

 重くのしかかるプレッシャーから、目の前にいる人物が海千山千うみせんやませんの怪物であると、嫌でも理解させられる。

 勇気どころか、カーラまでも表情に余裕はなく、もはや幽玄と視線を交わすことさえできずにいた。

 しかし、美琴の描く未来では、この程度の威圧で委縮することは許されない。


(お父さんなら、絶対に委縮したりしません)


 そう確信があった。

 だからこそ、父を支える自分が天道幽玄相手であろうと委縮してはいけない。そう自分に言い聞かせて、余裕を現すかのように長い髪を払う仕草をすると強い瞳で視線を交わした。


「決まっています。引き抜きです」


「ほぅ」


 いったい、どれだけの時間がたったのだろうか。一秒、一分、いや一時間以上かもしれない。美琴は、幽玄の視線から視線を外さず、冷や汗をかきながらも耐え続けた。

 そして、その沈黙が唐突に幕を下ろした。


「ふぉっふぉっふぉ! これは愉快じゃな! 少し様子を見てみようと思うたが、なかなかどうして肝が据わっておるではないか。いや愉快」


 深海のごときプレッシャーは、いつの間にか消えており、部屋の中には幽玄の笑い声だけが響き渡る。

 美琴は、表面上疲れを見せることはないが、内心では緊張を吐き出すように息を吐く。


「勝手にしろと、そう受け止めても?」


「ふむ……。すでに儂は天道の人間であるが、天道家とはもはや無関係と言っても過言ではない。今の立場上・・・月宮だろうと、諸星であろうと、土御門であろうと、もちろん天道であっても、肩を持つことはできん」


「それは……」


 美琴は幽玄の言葉に、引っ掛かりを覚える。

 しかし、その疑問を理解したうえで、あえて答えることはせず幽玄は話をつづけた。美琴もいくら問い詰めたところで無意味だと悟り、追及の姿勢を解いた。


「じゃが、日本の魔法界を憂う老人として、お主に一つ頼みたいことがある。それを承諾してくれるのであれば、川口先生……いや川口智也を引き抜きしてもかまわんぞ」


「さきほど、天道家とは無関係と言っていませんでしたか?」


「学園の人事に口を出すくらいの力は残っておるぞ。お主にとっては、儂が妨害しないという一点が重要じゃろうに」


「まぁ、そうですね」


「なら、問題なかろう。本人の意思が確かであれば、引き留めるようなことはせん。本人にその意思があればの話じゃが」


「その点については、問題ありません。川口先生なら、喜んで引き抜きに応じてくれます」


「ほぅ、大した自信じゃな」


「ええ」


 その点に関して、美琴には自信があった。

 美琴の記憶の中にある川口智也という人物。彼が、美琴の……正確には誠であるが……お願いを拒むなどありえない。

 仮に拒んだとしたら……。


「ふふっ……」


 なぜか笑いがこみあげてくる。

 ありもしないことに想像を膨らませるなど、自分らしくもない。しかし、まるでタンスの中にしまわれていた懐かしいおもちゃを見つけたような感覚を覚えてしまう。

 万が一の場合、いや億が一の場合、どう説得するか考えていると……。


「「「うわぁ……」」」


 カーラや勇気のみならず、幽玄でさえもドン引きしていたのであった。美琴は、何に対してそんな態度をとられたのか理解できず首をかしげる。


「そんなことよりも、先ほどの条件とは何ですか?」


 ドン引きする彼らを無視して、美琴は率直に尋ねるのであった。







――キーンコーンカーンコーン!


 箱舟から響き渡る始業のチャイム。

 天道学園は、月宮学園同様に日本魔法界をけん引する人材の教育機関であると同時に、魔素の研究や魔道具の開発をする研究機関でもある。

 未だ魔素に関しては分からないことが多くあり、学園で働く教師は同時に研究員でもある。そのため、教師全員に研究室が与えられており、美琴たちは川口智也の研究室を訪れていた。


「では、さっそく訪ねてみますか」


 美琴はそう言って、扉をノックしようとするが、それをカーラが制止する。


「まずは私が行く」


「どういう風の吹き回しですか?」


 カーラの意外な提案に、美琴が怪訝な表情を浮かべる。すると、カーラは呆れたような表情を浮かべて言った。


「初対面の相手が現れたら、まず会話にすらならんぞ」


「ああ、なるほど」


 カーラの指摘に、ポンと手を叩く。

 よくよく考えれば、美琴として川口に会うのは初めてだ。いくら、誠として親しい?関係にあったとしても、初対面であることに変わりはない。


(まさか、カーラに指摘されるとは……。知らないうちに疲れがたまっていたのかもしれませんね)


 懐かしさのあまり、現状を把握できていなかったと美琴は反省する。


「……まぁ、お前の場合別の意味でショックを受けそうだが」


 カーラのその小さな呟きは、美琴に届くことはなかった。


――ドンドンドン!


 ノックにしては荒々しい音が響く。

 すると、すぐに中から上ずった声で返事があった。


「私だ、すぐに開けろ」


「えっ、あっ、えっ……」


 中から困惑の声が聞こえてくるが、カーラにはどうでも良いことなのだろう。開けろと命じておいて、鍵を前に何やらやっているではないか。


「思ったよりも簡単な仕組みだな」


 所要時間、約十秒。

 背後では引きつった表情を浮かべている美琴と勇気の姿がある。しかし、そんなことは構わず、カーラは大胆に扉を開け去った。


「川口、私が来たぞ。お茶を用意しろ」


「暴君! すがすがしい朝に、暴君が現れた!?」


 カーラの第一声に、川口の悲鳴交じりの声が響く。

 隣では勇気が「うわぁ、まさしく暴君」とつぶやいているが、そんなことは知ったことかとカーラはずかずかと中へ入りソファに腰かける。

 その在り方まさしく暴君であった。


(川口先生にとって、金田誠よりもカーラの方が怖いんじゃないんでしょうか)


 そう思わずにはいられなかった。

 扉の間から見た川口の姿。二十代後半のやせ型で、白衣を着たまさしく研究員といった容貌……記憶よりも老けて見えるが、すぐに川口であると分かった。


「えっと、カーラ先輩。いったい何の用でしょうか?」


「うん? あっ、そうだった。おいっ、入ってきていいぞ」


「えっ、お、お一人じゃあないんですか!?」


 顔面蒼白になる川口。

 やはり、対人恐怖症は治っていなかったのだろう。申し訳ないと思いつつも、勇気が中へと入っていき、美琴もそれに続いていく。


(私として会うのは初めてですからね。まぁ、私は父に似て人畜無害な雰囲気の少女ですから、あの冷徹無慈悲な明智光秀と見間違えるなんてことは……)


 ――ないでしょう。


 そんな風に思っていた矢先。

 デスクチェアに腰かけていた川口が、美琴に視線を向けて真っ青な表情で小刻みに震えている。

 そして、勢いよく立ち上がると……


「金田先輩が化けて出たぁっ!!!!!!」


 その絶叫が、研究室どころか箱舟中に響き渡るのであった。


「あれ、おかしい……」


 美琴の言葉は、川口の絶叫の中に消えるのであった。








感想やメッセージ、ありがとうございます!

元公爵令嬢の書籍化作業はひと段落しましたので、こちらの更新活動を再開しようと思います。

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[一言] . _人人人人人人人人人_ >          < >  冷徹無慈悲オーラ  < >          <   ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄ ですかねぇ・・・
[良い点] やっぱわかる奴にはわかるんやな(爆笑)
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