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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天道の箱舟
66/92

第66話 天道家の老翁




*****




「なに、この部屋……」


 目の前に広がる光景を前に、言葉を失ってしまう勇気。

 国内屈指の高級ホテルのスイートルームに匹敵するほど豪華な一室、天道の有する箱舟内と考えると、いくら札束を積み上げたところで宿泊することはできないだろう。

 美琴やカーラには自覚がないようだが、常識的に言って非常識な時間に訪れたのだ。カーラの伝手とは言え、そう簡単に着陸許可は下りない……勇気はそう考えていたのだ。

 しかし、着陸許可はあっけなくおり、案内されるままに通された部屋がこの場所。勇気が困惑するのも無理はない話だ。

 その一方で……。


「このコーヒー、高級なのは見た目だけではありませんね。いい香りです」


「……そうか? 個人的には、酸味があるものより苦みの強い方が好みだな」


「と言いつつも、ガバガバと飲まないでください。これ間違いなく最高級品質とか頭についている類の豆なんですから」


 いつの間にかソファで寛ぎ、コーヒーを片手にお菓子に手を伸ばす美琴とカーラ。その態度に、恐縮などという言葉はまったく感じられない。思わず「自分家か!」という叫び声が喉元まで出かかるが、かろうじて勇気はその言葉を飲み込んだ。


(なんか、緊張しているのも馬鹿らしいな)


 そんな二人のやり取りを見つつ、すっかりと毒気を抜かれてしまった勇気。「はぁ~」と一度ため息をつくと、二人が腰かけているソファに、離れた位置に座る。


「それにしても、見事なVIP対応ねぇ。いったい、どういうつもりなのかしら」


 勇気は疑問を口にしつつ、自分の分のコーヒーを淹れる。

 カーラや美琴と違って、勇気はキャサリンと同じく紅茶派だ。しかし、あと一二時間ほどで日の出という時刻を迎え、徹夜慣れしていない勇気は場の雰囲気でコーヒーに手を伸ばす。

 

「あなたは、まだまだ未熟ですね」


「というと、姫様は理由がわかっているのかしら?」


「当然です。わからない方がおかしいでしょう」


 そう言われて、顎に手を当てて考え始める勇気。


(私の家に魅力なんてあるわけないし……。考えられるとすれば、カーラ先生の伝手のおかげと考えるべきなんだけど。それでもね)


 カーラは優秀であっても、所詮ただの技術者でしかない。

 ふと考えたものの、すぐにその考えを棄却する勇気は、悠然とコーヒーを啜る……猫舌のためふぅふぅと吹きながら、小動物のように飲んでいる美琴に視線を向けた。


「そういうことね」


 美琴の方を見て納得した表情を浮かべた勇気に、美琴はコーヒーから口を離すと口元を緩めた。


「ようやく、分かりましたか」


「ええ。すぐに思い浮かばなかった私がどうかしていたわね」


 よくよく考えれば、すぐ思いつく話だ。

 美琴の母親は現月宮家当主である琴恵の娘であり、美琴は直系の孫となる。巧妙に隠されてはいるが、この対応を見るにどこからか漏れてしまったのだろう。

 勇気が答えを導き出せたことに満足そうに頷くと、美琴は改まって呼び掛けてくる。


「西川さん……いいえ、勇気」


 すでに男を捨て次のステージに足を踏み入れた自覚がある勇気だが、美琴ほどの美少女に名前を呼ばれればドキリとしてしまう。そんな内心のテレを隠すように、ほほに手を当ててると……。


「あら、名前で呼んでくれるならゆきちゃんって呼んで……」


「西川さん」


 先ほどまでの温かい目はどこへやら。

 コキュートスという言葉が脳裏に浮かぶほど、氷点下にまで下がった視線に、先ほどまで感じていた浮ついた心も冷えつく。


「じょ、冗談に決まってるじゃない。だから、その台所の生ごみを見るような眼はやめて欲しいんだけど」


 反省していますと美琴の前で正座をする勇気。心なしか、その体がガクガクブルブルとしているが、それはなぜか物理的に気温が下がっているせいだろう。勇気はそう思うことにした。


(なぜ、私のもとにはこうも灰汁の強い人物しか寄ってこないのでしょうね)


 内心では、わが身の不幸を嘆きつつ、自業自得ということに気付かない美琴だった。


「話を戻します。私たちは思っていた以上に、天道はいい耳をしているみたいですね」


「本当にそうねぇ。月宮相手に情報を盗み取るとはね」

 

 まったくもって、その通りだと頷く勇気。

 月宮の情報……それも美琴に関することは、月宮のなかでもごく少数しか知らない情報だ。

 その情報が天道がつかんでいるということに驚きを隠せない。


「まぁ、これについては遅かれ早かれと思ってはいましたので、仕方がないとは思います」


「へぇ、意外だな。何が何でも漏らしてなるものかと躍起になっていると思っていたぞ」


「そう簡単に開き直るなんて意外だわぁ」


 勇気とカーラが意外だというと、むっとした表情でクッキーをかじる美琴。


「残念ながら、私にはそういった力がほとんどありませんから。あったとしても、隠しきれる自信がありませんよ」


「「……?」」


 いつになく弱気な美琴に、怪訝な表情を浮かべる二人。


(こいつ、拾い食いでもしたのか? 気持ちが悪いぞ)


(カーラ先生じゃないんだから、そんなことするわけないでしょ)


(おいっ、私でも拾い食いするときはちゃんと食べられるものか見極められるぞ)


(……仮にも教師が拾い食いしないでよ)


 悩まし気な表情を浮かべている美琴を他所に、ひそひそと小声で会話をする二人。カーラの教育者にあるまじき行動にため息をつく勇気。


(まぁ、なんにしてもこうも弱気だと調子が狂うわね)


 普段の美琴らしくない言動に、若干の不安を覚え、美琴に尋ねた。


「実際のところ、天道はどの程度まで情報をつかんでいるのかしら? 想像でしかないけど、かなり重要な情報も抜き取られている可能性が高いわね」


「どの程度なのかは分かりません。ところで、どうしてそう思うのですか?」


「どうしてって……。だって、かなり限られた人間しか知らない情報でしょう? その限られた人間は、ほとんど全員かなり内部に精通している人物なのだから」


 美琴の正体を知っている人物など、琴恵を除くと葵を筆頭とした当主から信頼が篤い人物に限られる。分家の当主どころか、本家の直系ですら知る人は少ないだろう。そんな風に考えていると、美琴がコーヒーカップを置いて首を傾げた。


「そこまで少ないはずがありませんよ。というよりも、月宮の実務を担当している人ならそれなりに知っていると思いますから」


「「うん?」」


「えっ?」


 勇気、カーラ、そして美琴は互いに顔を見合わせて首をかしげる。


「おいっ、お前はいったい何の話をしているんだ? まったく意味が分からんぞ」


「何って、決まっているではないですか。お父さんの技術力の偉大さについてですよ。ふふっ、天道も父の偉大な技術力を知って今のうちから媚を売り始めているんですよ」


 一人、うんうんと頷く美琴。

 それを見たカーラが呆れたようにつぶやいた。


「こいつ、優秀なくせに馬鹿だよな」


「否定できないわねぇ……いつも思うんだけど、姫様の中のお父さんへの評価が高すぎない。本人が可哀そうになるくらい」


 確かに、弘人の技術力は素晴らしい。

 ……素晴らしいことは、勇気もよく理解している。そして、それは世界でも最高峰の技術者と言っても過言ではないカーラに匹敵するということも聞いている。

 無名の天才技術者の娘が、四家の一つ天道にこれほど優遇されるのかと聞かれれば、首をかしげざるを得ない。それならばまだ、すでに世界に名をとどろかせているカーラに対する対応だと考える方が自然だ。その考えに至らないはずがないのであるが、美琴はやはり父親のことになると真面な思考回路がショートしてしまうのだろう。


「……今の話の流れで、罵倒されるのは納得できないのですが」


「「はぁ~」」


 ジト目を向けてくる美琴に、勇気とカーラは深々とため息をつくのであった。


「どうでも良くはありませんが、この話は一度横に置いておくとして……」


 そう前置くと、美琴は視線を窓の方に向ける。

 景色でも見たくなったのかと思う勇気であるが、美琴が風情を楽しむ性格ではないことを知っているため、怪訝な表情を浮かべつられてそちらに視線を向ける。


「どうかしたのかしら? 特に何もないみたいだけど」


 美琴の視線の先には何もない。

 だが、明らかに美琴の視線が冷たく鋭いものになっていた。身にまとう雰囲気も、月宮家次期当主だと名乗り上げても不思議ないほど重圧で息苦しいものとなっている。

 尋常ならざる雰囲気に、勇気はごくりと唾をのみ、カーラはコーヒーカップを置く。


「ふぉっふぉっふぉ。月宮は不作だと聞いておったが、恐ろしい娘がいたものじゃな」


 唐突に響き渡る老人の声に、勇気とカーラはビクリと体を震わせた。その声が聞こえてきた方向は、ちょうど美琴の視線の先……しかし、そこには誰もいなかった。


「誰だっ!? どこにいいる、姿を現せ!」


 男らしい口調になった勇気の誰何に答えるように、再び声が室内に響き渡る。


「姿を現せというのもおかしな話じゃな。わしは既におぬしらの前におるからの」


「「っ!?」」


 そんな暢気な声が響くと同時だ。

 美琴が座っている対面に、齢八十は超えていそうな翁が座っていたのは。あまりの出来事に、息をのむ二人。

 しかし、美琴は驚いた様子もなく、すでに体制を戻し悠々とコーヒーに口をつけている。


「悪趣味ですね」


「そう言ってくれるでない。年寄りの数少ない楽しみじゃて……それにしても、お主は琴恵の若いころとよく似ているのぅ」


 そう言って、まるで仙人のように長く伸びた白いひげを触り、「この非常識な行動もそっくりじゃ」と懐かしそうに語る。

 そんな翁の態度に、美琴は嫌そうに表情を歪めて言った。


「他人の空似……いえ、他人なのですからあんな妖怪と似ているはずがありませんよ」


「まぁ、そういうことにしておこうかのぅ。すでに当主の座を辞したわしには関係のない話じゃからな」


 美琴の辛辣な言葉に、好々爺のごとき視線を向ける謎の翁。

 しかし、二人の会話から、この人物がだれなのか察しが付く。


「ねぇ、このおじい様ってもしかして……」


 勇気が恐る恐る美琴に尋ねると、その予測が正しいと首を縦に振った。


「ええ。こうして顔を合わせるのは初めてですが、こちらの方は先代天道家当主である天道幽玄てんどうゆうげん様です」




*****




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