第62話 帰宅と担当者
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「ほんと、信じられない! 結局、プリントを配布しただけで何事もなく終わったじゃない!」
放課後。
怒り昂った彩香に強制的に連れられて、帰宅途中にあるラーメンチェーン店に立ち寄った。
「落ち着いてください。周りの人が見ていますよ」
時刻は、午後三時を回っている。
お昼のピークを過ぎて店内は閑散としているため、彩香の透き通るような高い声はよく響くのだ。
周囲を見渡してみると、店員だけでなくほかの客もまた美琴達に視線を向けていた。
(まぁ、彩香の声だけということはなさそうですね。きっと、この制服が目立っているのでしょう)
彩香が周囲の視線に気が付いて恥ずかしそうに顔を赤らめている一方で、美琴はそんなことを思う。
「そっちはまだ良い方。私のクラスなんて……」
昂っていた彩香とは対照的に、穂香はドンヨリとした空気を身にまとっている。
「……彩香、下には下がいるんですよ。うちのクラスなんて、ちょっと生徒が休みがちで、教師が引きこもりなだけです。些細な問題でしょう」
「そうよね。穂香に比べれば……。比べれば、うちのクラスのことなんか些細な問題。うん、些細な問題、よね?」
「それは些細な問題とは言わないような……」
対面に座っていた明美が口元を引きつらせる。
「それはそうと、水野さんのクラスはどうですか?」
「うちのクラスは、普通ですよ。男女ともに、意識の高い人が多くて、勉強について行けるか、今から不安です」
「「うわぁ……」」
美琴と穂香は思わず声を漏らす。
そんな真面目なクラスよりも、致命的な欠陥を抱えているが自由なクラスの方が良い。そう思ったのだが、美琴の隣では……。
「そう、それよ! そういうクラスを期待していたの!」
「「……」」
彩香に対して、理解できない珍妙な生き物を見るような目を向ける美琴達。
唯一第三者視点に立っている明美は、彩香と美琴たちの間にある熱量の差が面白かったのか、口元を抑えて笑いをこらえていた。
「お待たせいたしました。たっぷり野菜の塩ラーメン三つ、超濃厚醤油とんこつ、トッピングチャーシュー三枚お持ちいたしました」
「ありがとうございます。あっ、それは私じゃなくてそっちの子」
「し、失礼いたしました」
彩香は高身長でスポーツマンという雰囲気があったからだろう。
思い込みでとんこつラーメンを置いた店員が慌てたように謝罪すると、美琴の前にとんこつラーメンを置く。
ただ、その目は「この子が食べるの?」と語っているように思えるが、美琴は気にしない。
「ねぇ、今更だけど。この格好でラーメン?」
ふと、今更なことをいう穂香。
なにせ、彼女たちが身にまとっているのは真新しい制服。ラーメンはスープが跳ねることで有名だ。
仮に制服に跳ねたら、そう思うと……。
「だ、だって、仕方ないでしょ! 美琴に聞いたら、迷わずここって言われたんだし!」
「私のせいにしないでください。それに、私なら問題ありません。服を汚すようなヘマしませんので」
美琴が言うと、なぜか彩香と穂香はため息をついた。
そして、今更だと思ったのだろう。二人とも、テーブルに備え付けられた割り箸を手に取った。
「美琴さん、本当に食べるんですか? それ、食べたらまずいやつじゃ……」
何も知らない明美がそう言うと、彩香と穂香が首を横に振る。
「いつものこと」
「美琴は三食ラーメンで不摂生をしても、太らないからね。しかも、最低限の肌ケアもしてないのに、これだよ?」
「えっ?」
彩香の言葉が信じられないといわんばかりに、目を丸くする明美。
その隣に座って割り箸を割っていた穂香が、それに頷くと言葉をつづけた。
「きっと美琴の場合、ラーメンからコラーゲンを摂取している。だから、そんな化け物もぺろりと食べれるんだと思う」
「あっ、それ言えてるかも。美琴、こってり系大好物だから」
何か失礼なことを言われているような気がするが、美琴は気にしない。
「さぁ、いただきましょうか」
そう言うと、美琴はラーメンを食べるのに邪魔になる長い髪をポケットの中に常備しているヘアゴムでまとめる。
そして、テーブルに備え付けられた割り箸を手に取ると、麺を勢いよく啜る。
(久しぶりに来ましたが、やはりインスタントとは別物です。この濃厚なスープがたまりません)
ラーメン一杯、千円弱。
チャーシューはクーポンで無料だが、田辺家の経済事情では滅多に立ち寄ることはない。口元を緩めながら、ラーメンを堪能する。
「「「うわぁ……」」」
濃厚な証であるコラーゲンたっぷりのドロドロのスープを口に運ぶと、彩香たちからそんな声が漏れ出る。
口に広がるコクのあるスープ。丁寧に下処理されているためか、独特の臭みは気にならず、むしろアクセントとして活きている。麺も、スープが良く絡むように太麺。ちぢれ麺の方がスープが絡む印象があるが、ストレート麺の方が、麺との間に隙間が少なく、スープを吸い上げることができるのだ。
黙々と、超濃厚醤油とんこつを堪能していると、ふいに視線を感じる。
「何ですか?」
「ううん、何でもない。本当においしそうに食べるなって、思っただけ」
毒気を抜かれたのか、苦笑交じりに言う彩香。
何かおかしなことでもあるのだろうか。美琴は、穂香や明美に視線を向けた後、超濃厚醤油とんこつに視線を向ける。
そして、何を思ったのか……。
「スープ、飲みます?」
「「「いらない」」」
美琴の提案に、三人はいい笑顔で答えた。
それから、しばらくの間学校での出来事を談笑(?)しながら、それぞれ帰路に就くのであった。
◇
「ただいま戻りました」
美琴が田辺家に着いた頃には、すでに時刻は夕方になっていた。
玄関で靴を脱いでいると、いつもであればすぐに飛んでくるはずの弘人の姿がないことに違和感を覚える。
「仕事、でしょうか?」
今は、ムーンクラフトから注文される並列魔法のコアを作っている。
物品修理は副業のようになっており、珍しく修理の依頼があったのだろうと考える美琴。しかし、なんとなく嫌な予感を覚え、いつもであれば部屋に向かうところだが、そのまま工房へと向かった。
「……は、お判りいただけますよね?」
「そうは言われましても……」
「こちらとしても心苦しく思います。ですが、企業としては利益の追求は当然……あなたでも、重々承知しているはずです」
「それはもう」
工房から声が聞こえてくる。
一人は、美琴の父親である弘人だ。そしてもう一人は……聞いたことのない声である。
(いったい何の話をしているのですか? 悪質な押し売り業者というわけではなさそうですね)
弘人は、非常に騙さ……人の良い人物だ。
困っている人から懇願されれば、迷わず壺を買ってしまうだろう。そのため、お金を動かすときは逐一報告許可を取るように言い含めてある。
美琴であれば、例え土下座されようが何をされようが、無慈悲に判断できるからだ。
弘人も美琴と相談せず行動しないように心掛けているのか、相手の言葉を適当に濁してのらりくらりとやり過ごしている。しかし、相手は引き際を弁えていないのか、遠回しに拒絶されていることに気が付いていない様子だ。
これでは一向に埒が明かない。
そう思った、美琴は工房の中へ踏み入った。
「ただいま戻りました」
「あっ。美琴、お帰りなさい」
美琴が現れたことに、安堵の息をつく弘人。
そんな弘人を一瞥すると、美琴は相手の男性に視線を向けた。
「どちら様でしょうか?」
美琴が、男性にではなく弘人に尋ねる。
「ムーンクラフトの新しい担当の方だよ。名前は」
「豊増俊と申します。あなたは、田辺さんの娘さんのようですね」
笑顔の下に隠れた侮蔑の表情。
おそらく、「子供が大人の会話に割って入って来るな」とでも言いたいのだろう。そんな視線を向けられた美琴はというと、笑みを浮かべて尋ねた。
「そうですか。あなたが、新しい担当者なのですね。……前任の村田さんは?」
「村田さんなら所用です。あの方は忙しい人ですからね」
――こんな零細企業に手を煩わせる人ではない。
暗にそういわれたような気がした。
明らかに下にみている発言。笑顔の下では、なんでこんな雑用をしなければならないといわんばかりだ。
美琴の表情から笑みが消える。
それと同時に、弘人の表情が青くなる。まるで、目の前に野生の龍が現れたかのような表情だ。
「そうですか、それは残念です。村田さんとはそれなりに話が合う方でしたから」
内心沸々と湧き上がる感情を抑えて、努めて冷静に話す美琴。
「そうなのですか。ははっ、あの人は子供に好かれますから。それに説明も上手みたいですね」
チラリと弘人を見て、そんなことを言う。まるで、弘人の理解力が乏しいと嘆いているように見える。
地雷原でタップダンスを踊る男とは、なんて滑稽なのだろう。
起爆スイッチが次々に押されていくが、どれも美琴の鋼の精神によってどれもが不発に終わる。しかし、火種は燻ったままだ。
「それはそうと、今日はどのようなご用件ですか?」
「さすがにお嬢さんには難しすぎる話だよ。まぁ、そうだなぁ……」
チラリと弘人に視線を向ける。
「お父さんの技術は素晴らしいけど、数が少ないんだよね。こんな場所で、よくやってるとは思うんだけど、それだと利益が少ないんだ。そこで、うちに任せてくれないかと相談に来たんだよ」
「……なるほど」
美琴は、豊増とは対照的に低い声色で納得する。
話の内容は、予想通りだ。かねてより、村田から社内で同様のことが話されていると、聞いていた。
要は、宝の持ち腐れと言いたいのだろう。
だが、美琴が気になったのはそこではない。
(今、この男。父を見ながら言いましたよね)
婉曲な物言いでは伝わらないと考え、美琴を出汁にして直接的な物言いをしたのだろう。
弘人もそれを理解しているのだろう。「そういうことか……」と頷いているのが見える。きっと、その表情のしたには押さえきれない怒気があるはずだ。
「分かりました。そういう話なら、一度こちらで考えさせて下さい」
「できればこの場で……」
「何か?」
美琴から放たれる無言のプレッシャー。
鈍感なこの男でも何か感じるものがあったのだろう。冷や汗をかいて、言葉を飲み込んだ。
すでにこの時視線は弘人ではなく、美琴へと向けられていた。
「一考頂けるのなら幸いです。何分ここは、本社から遠いもので。それと、資料はこちらに置いておきます」
「ええ、ありがとうございます。色好い返事が出来るよう善処いたします」
美琴がそう言って出口に誘導すると、豊増は僅かに悔しそうな表情を浮かべて去っていった。
(……若いな。功を焦る者の目、ですか)
誠時代によく見た目。
豊増を見送った美琴は、冷酷無慈悲な血も涙もない目で、その後ろ姿を見送るのであった。
多くのコメント、ありがとうございます。
返信が出来ず、申し訳ありません。参考にさせて頂きます。
しばらくは更新頻度を上げて見ようと思います。
明日も更新いたします!




