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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
高校生活の始まり
60/92

第60話 穂香の災難

更新が遅れて申し訳ありません。

 次の日の朝。

 田辺家のリビングで、朝食を取り終えた美琴は、対面に座ってテレビに視線を向けている弘人にある提案をした。


「人を雇いたい?」


 弘人は、美琴からの突然の提案に目を丸くする。そして、テレビの電源を落とすと、手に持っていたリモコンを机の上に置く。


「ええ。ムーンクラフトからの注文が増えています。今はまだお父さん一人で、問題ないかもしれません。しかし、このまま注文が増えるとお父さん一人では厳しいかと……。それに、重大なミスが生じるかもしれませんし」


「それは……。うん、そうだね」


 弘人も美琴の考えが一理あると考えたのか、真剣な表情で頷く。

 しかし、すぐに表情を曇らせた。


「けど、人を雇うとなると、お金が……」


「背に腹は代えられません。今はまだ問題は起こっていませんが、いくらお父さんでも一人では重大なミスを起こす可能性がありますし」


「今後のリスクに備えるっていう意味もあるんだね」


「はい。それに、二人になれば受注の量を増やせますから。人手が一人増えるだけでも、多少の利益を出すことはできそうです」


「本当かい!?」


 美琴の話に、喜びを露にする弘人。

 最近では、弘人も帳簿の見方が分かるようになってきた。そのおかげで、田辺工房が赤字であることは理解でき、気にしていた様子だ。


 実際、田辺工房が倒産しないのは美琴のおかげだ。

 月宮の依頼で美琴はカーラの転移魔法の開発に協力している。その依頼料があるからこそ、赤字でも倒産することなく回っている。


 その事実は、弘人は思うところがあったのだろう。多少なりとも利益が出るという言葉に子供のようにはしゃぐ。その姿を微笑ましく思う美琴であるが、すぐに表情を真剣なものに変えて、弘人に言った。


「ですが、これには条件があります」


「条件?」


 首をかしげる弘人に、美琴は人差し指を立てた。


「はい。第一に、その人の技量が第一線で通じるレベルでなければなりません。なんのスキルもない人を雇ったところで、かえって仕事を増やすだけです」


「確かに、そうだね。一から教えるとなると、時間もかかるから」


 美琴は弘人の言葉に頷くと、中指を立てる。


「そして、第二に雇用条件です。給料を捻出したところで、せいぜい新入社員の初任給程度……。第一線で通用するレベルとなると、その倍は必要です。それに、福利厚生など、あってないようなものですから」


 ここに来てようやく弘人は美琴の提案が無理難題であることに気が付いたのだろう。表情を青くする。一方で、美琴はそんな弘人の様子を気にもせず、薬指を立てた。


「お父さんは自覚がないようですが、並列魔法の技術は素晴らしいものです。ですので、宣伝さえできれば砂糖に群がる蟻のようにすぐにでも集まるでしょう。しかし、その人物が二心を……いいえ、信用できるかは別問題です」


「いや、それは考えすぎなんじゃ?」


「考えすぎではありません」


 弘人は謙遜するが、美琴はぴしゃりと否定する。


(はぁ、まったく。お父さんは自覚が足りません。並列魔法など、それこそ歴史に名を刻んでもおかしくないほどの技術なんですよ)


 弘人の自己評価の低さに、内心嘆息する。

 しかし、現時点では傲慢になられるよりも、謙虚な方が良いだろう。そう結論付けると、本題に戻った。


「それで、お父さんには頼みごとがあります」


「美琴から、頼み事!? なんだい!?」


 机を乗り出す勢いで立ち上がった弘人の姿に、美琴は思わず後ずさる。

 表情が引きつらないように努めると、頼みごとを打ち明けた。


「お父さんの知り合い……この場合信用できる技師を紹介してほしいのです」


「あぁ、なんだ、そんなことか……」


 目に見えてがっかりする弘人。

 力なく椅子に腰かけると、小さくつぶやいた。


「娘から技師の紹介を頼まれるって……。普通なら、ぬいぐるみとか、服とか、アクセサリーとかが欲しいって言ってくれるものじゃないのかな。けど、美琴だしなぁ」


「……お父さん、私を何だと思っているのですか?」


 弘人のつぶやきを聞いてしまった美琴は、思わず低い声で聞き返す。

 美琴とて、一人の少女だ。そういったものに興味は……。


(……ない、ですね。ま、まぁ、私は少々特別な事情がありますから。純粋な美琴なら、そういったものに興味があった、はずですよね?)


 美琴は記憶を探る。

 しかし、悲しきかな。美琴の殺風景な部屋を見れば、元の美琴の性格も容易に分かる。きっと、節制をこよなく愛していたのだろう。興味がなかったわけではない。


「コホン! それで、お父さん紹介の方は頼めますか?」


「分かったよ。大学の友人や後輩たちで良ければ紹介するよ」


「ありがとうございます。……っと、もうこんな時間ですか。あまりゆっくりしていると、彩香が煩いのでそろそろ行きますね」


 時計を見ると、時刻はすでに七時半を回っていた。

 美琴は隣の椅子においてあるカバンを持って立ち上がると、リビングを出る。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 玄関まで見送りに来た弘人に挨拶をすると、美琴は田辺家を後にするのであった。





 月宮学園高等部の昇降口前では、多くの人で入り混じっていた。

 新入生だけではなく、リボンやネクタイの色から二年生や三年生が混じっていることが分かる。


「はぁ、帰りたい……」


 学校の熱気に当てられ、つい本音がポロリと出てしまった。


「何言ってるのよ。まだ、クラスにすら着いていないわ」


「彩香こそ何を言っているんですか。クラスなら崩壊しましたよ」


「まだ、崩壊していないからね!?」


 美琴が真剣な表情で言うと、声を荒げて反論する彩香。

 彩香が高校デビューを楽しみにしていたのを美琴は知っている。それこそ、春休み中に美琴の部屋で何度も制服を着て楽しみにしていたのだ。

 迷惑だった……とは、口が裂けても言えないが。


(楽しみにしていた高校生活が、よりにもよってクラス崩壊から始まるとは、彩香も気の毒ですね)


 クラス内で、おそらく一人だけ熱が違う。

 実力で選ばれたはずが、問題児ばかりを集めたのではないかと疑ってしまう。それが美琴たちが所属しているSクラスだ。

 生徒のみならず教師もまた性格に難があるとなると、彩香が夢見ていた高校生活とはずいぶんと乖離かいりしたものとなるだろう。


「おはよう」


 美琴が、彩香のことを内心憐れんでいると、不意に声を掛けられる。

 振り向いた先にいたのは、怠惰によってGクラス行きが決定した高田穂香だ。彼女もまた、美琴と同じく高校生活に期待を抱いていないが……。


「穂香、大丈夫ですか……」


「目が死んでる」


 やばかった。

 そう表現するしかないほど、穂香の表情が死んでいる。高校生活が面倒という表情ではなく、まるで絶望したかのような虚ろな目。

 それは、登校初日で高揚していた彩香の気分を一気に冷ましてしまうほどだった。


「私、大丈夫。ウン、ダイジョウブ」


 虚ろな目で、うわ言のように呟く穂香。

 人形のように無機質な表情のため、夜見たら夢に出そうだ。いったい何があったのか、そう尋ねようとした時だった。


「ねぇ、あの人かっこよくない?」


「モデルでもやってるのかな?」


「物語の王子様みたい……」


「かっこいい……」


 周囲がざわめき始める。

 ビクッと穂香の体が震えあがったのを美琴や彩香は見逃さなかった。そして、周囲が視線を向ける方角に視線を向けた。


「「うわ……」」


 思わず声を揃えてしまう美琴と彩香。

 視線の先にいたのは、サラサラとした金髪をなびかせ、まるで物語の王子……いや乙女ゲームの攻略キャラのようなキラキラを纏った美青年。

 校則違反、知ったことかと唯我独尊な改造した制服。

 悔しいがよく似合っている。おそらく、自分でコーディネートしたのだろう。身長は高校一年にして百八十を超えており、その整いすぎた顔立ちと相まって、ファッション雑誌の一面を飾ってもおかしくないほど。

 女子生徒たちが色めき立つのも無理はない話だ。


「勇気」


 隣に立つ彩香がぽつりと呟く。

 そう彼こそが、西川勇気。美琴たちと同じ西川中学を卒業し、彩香にとっては幼馴染の青年だ。

 勇気は、美琴たちの姿に気が付いたようだ。

 先ほどまで、周囲の黄色い声援を受けても表情一つ変えなかったというのに、二人の姿を見た途端、少年のようなあどけない笑みを浮かべる。

 そのギャップを目の当たりにした女子生徒たちはさらに騒めき立ち、笑みを向けられた美琴たちに鋭い視線を向ける。


「まぁ、久しぶりねぇ。姫様にお姉さま!」


 ――ピキッ


 その瞬間、空気が凍った。

 一瞬誰が言ったのか分からなかったのだろう。しかし、時間が経つにつれて、誰の発言か理解した少女たちは、目を虚ろにする。


「え、ええ、お久しぶりです。西川さん」


「西川さんなんて、他人行儀な。私と姫様の仲じゃないの。ユウキと呼んでって言ってるでしょ。以前の私は愚かにも恋に生きたわ。けど、今の私は美に生きるのよ!」


「「「……」」」


 誰だ、こいつは。

 以前の勇気を知っているのであれば、きっと同じことを思うだろう。しかし、悲しきかな。キャサリンに毒されてしまった勇気の現状だ。

 少女たちの儚き夢は、勇気が発言するたびにパリンッという音を立てて崩壊していく。

 勇気は、そんな周囲の様子を気にすることはない。


「それじゃあ、姫様にお姉さま。キャサリン先生が待っているから、失礼させてもらうわ。穂香はまたあとでね」


 そう言って、勇気は昇降口へと消えていった。


「ねぇ、勇気のクラスって、もしかして……」


「Gクラスなんでしょうね、穂香と同じ」


「……うん。因みに、担任はキャサリン先生。クラスの八割は男子」


「「……」」


 悲惨すぎてかける言葉が思い浮かばない。

 自業自得ではあるのだが、二人は穂香に同情してしまうのであった。







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