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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天才経営者のやりなおし
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第6話 今後の課題と再会

 美琴が、株の運用を始めてからしばらく経つ。

 順調に資金が増えているかというと、そうではない。昨日までは、マイナス。今日になってようやくプラスに転じた。

 知識や経験があったとしても、短期で成果を上げるのは厳しいものだ。


「やはり、IT株は横ばいですか。……日銀が思ったよりも早く円安にストップをかけたので、輸出関連株は下がっています。一方で、魔素産業は順調に上がっていますね」


 美琴は、頬杖をついてパソコンを見つめる。

 あまり状況は芳しくはない。ポートフォリオを組んでいたため、輸出関連株の価格が下落しても、魔素産業株の価格が高騰こうとうしたことで全体的にはプラスだ。

 それほど大きく動かさなくとも、現状維持でそれなりにもうけを出すことができるだろう。

 とは言え……


「支払い日までに資金を用意できるか、ですね……」


 刻々と近づいてくる支払日を思い出し、重いため息を吐く。

 失敗が出来ない状況であるため、美琴はローリスク・ローリターンを意識して運用している。だが、それでは支払期日までに資金が用意できないのだ。

 弘人は、分割払いを頼むと言っているが、その場合当然だが利子を払わなければならない。株の運用も元金がなければ意味がないため、残額の運用ではどう頑張っても利益を出すのが困難だ。

 普通であれば、銀行に借金をするべきなのだが……


「銀行が貸してくれるはずがありませんし……」


 机の端に置かれた帳簿を開く。

 銀行業は慈善事業ではない。借金を返済できる企業にしか融資することが出来ないのは当然だとして、その基準を判断するのが帳簿だ。

 しかし、弘人の帳簿は杜撰ずさんなもので、サラ金くらいしかお金を貸してはくれないだろう。

 部屋で一人頭を抱えていると、弘人が飲み物を持って中に入って来る。


「どうだい、調子は?」


「……御覧の通りです」


 相も変わらず危機感ゼロの弘人の笑顔に、毒気を抜かれた美琴は、パソコンのディスプレイを弘人に見せた。

 頭を抱えている様子に、大凡の事情を察したようだが……


「こんなに儲かったのかい!?」


 結果は悪かったと想像していた弘人は、ディスプレイに映る金額を見て驚愕の声を上げる。


「たいして儲かっていませんよ」


「でも、五十万円近く増えているように見えるんだけど……」


 驚愕する弘人とは反対に、美琴は冷めた反応だ。

 どうして頭を抱えているのか分からない弘人は、視線を画面に釘づけにしたまま美琴に理由を尋ねる。


「偶然にも魔素産業の銘柄がストップ高をつけましたから」


「ストップ高?」


「……株は一日に上下する値幅が決まっています。その値幅制限まで価格が上がったと言うことです。因みに、逆はストップ安です」


「そ、そうなんだ。ということは、ストップ高の銘柄を狙っていけば……」


「不可能です。業績の上方修正などがあった場合に起こりやすい現象ですが、予め知っていなければそんなことはできません。運が良かっただけです」


 美琴の言葉に、「そう簡単にはいかないよね」と納得する弘人。しかし、美琴が今回ストップ高をつけた銘柄を買っていたのは偶然ではない。


(知っていたからできることなんですよね)


 内部情報。

 誠は、株式会社田辺製作所の経営者だった。その関係で、関連企業の一般に公表されていない企業情報が自然と耳に入って来る。

 今回は、その情報を活かしただけのことで、運が良かったと言う訳ではない。


 それに、美琴は田辺製作所の今後の経営方針を具体的に知っている。アメリカの企業買収は誠の描いたシナリオであり、次期社長は誠の経営指針にのっとり会社を動かしているはずだ。

 今後もそのシナリオ通りに動くことにより業績が上がりそうな企業を考え、美琴は投資を決定している。


「じゃあ、何で頭を抱えていたの?」


「……これです」


 美琴が手に取った物に見覚えがあるのだろう。

 それは当然だ、それを書いているのは弘人なのだから。


「それって、帳簿だよね? それがどうかしたの?」


「ええ、どうかしましたよ。お父さん、会計は英語でなんて言うか知っていますか?」


「……えっと、アカウントだったけ?」


 美琴の教育のおかげか、弘人はすぐに思い出す。


「はい。“Accounting”です。”account”は、説明すると言う動詞でもあります」


 美琴は単語の説明をすると、誠の帳簿を開く。

 そして、美しい笑みを浮かべて言った。


「これで、何を説明するのですか?」


 煩雑にまとめられた帳簿。

 借方と貸方が一致しないと言うが、それは当然のことだろう。美琴の表情から何かを感じたのか、飲み物を乗せたお盆を置くとその場に正座した。


「それだと何か拙いのでしょうか?」


「株式会社であれば、大問題ですね。帳簿がしっかりとしていないと説明責任が果たされていないことと同義ですから。そして、それは銀行も同じです。この帳簿を見せて、融資してもらえるはずがありません」


 美琴がより詳細に説明をすると、何故重要なのか理解したのか弘人はしきりに頷く。


「えっと、つまり……銀行は僕たち預金者のお金を預かって、そのお金を企業に投資して金利で利益を得ているんだよね。だから、僕たちのためにも貸す企業は慎重に選ばないと行けなくて、この帳簿だと融資が受けられないってこと?」


「それで大丈夫です。……しばらくは、私が帳簿を担当します。お父さんが暇な時に教えますので、できるようになってくださいね」


「ああ、分かったよ」


 美琴の言葉に、弘人は頷く。

 やはり、弘人は学習意欲が高いようだ。経営者としての教育を受けてさえいれば、きっと今でも社長を続けて居られただろう。

 素直に学習する弘人を見ていると、胸がチクリと痛む。


「さて、美琴今日の夕飯は何が良い?」


「ええ……そうですね」


 弘人の質問に答えようとした時、ふと思った。


「……あの、今晩の夕食は私が作っても良いですか?」


「美琴が!?」


「はい。お父さんは、この後も仕事ですよね。なので、久しぶりになるのですが、私が代わりに……」


「いやいやいや! 流石にそれはまだ早いんじゃないの! まだ体調も回復していないんだから、無理はしない方が良いよ!」


「過保護すぎませんか?」


 いつもの事ではあるが、過剰に反応する弘人に美琴は呆れてしまう。

 反対する弘人を押しのけて、美琴は今晩の夕食を作ることになったのだ。






 場所は移って、最寄りのスーパー。

時刻は夕方で、金曜日と言うこともあって非常に混雑していた。老夫婦や専業主婦、学校帰りの学生の姿も見られる。

執拗に付いてくると主張していた弘人は、運よく依頼人が現れたことで仕事をしている最中だ。そのため、美琴は一人だった。


「カレーを作るのは久しぶりですね」


 籠を片手に持つ美琴は少し浮かれていた。

 久しぶりの料理だ。もともと料理が好きなこともあって、気分が高揚しているのだろう。ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、カレー粉を籠の中に入れる。


「……やはり、チキンカレーですね」


 牛肉か豚肉か鶏肉か。

 どちらにするか悩んだ末、決めたのは鶏肉だ。やはり、価格が安いのが決め手で、せめてとばかりに無料で配布されている牛脂を籠の中に入れた。


「……あれ、美琴ちゃん?」


 レジの会計を終えると、不意に声を掛けられる。

 聞き覚えのある声に、振り返るとそこには見覚えのある女性が立っていた。その隣には、カートをひく美琴と同い年くらいの少女の姿もある。


「千幸先生?」


「やっぱり、美琴ちゃんだったのね。黒髪の綺麗な子がいるから、もしかしてと思ったのよ。一人で買い物に来たの?」


 弘人の性格を知っているからだろう。

 すぐ近くにいると考えた千幸は、髪型を整えながら周囲を見渡す。しかし、周囲に弘人の姿がなかったためか、首を傾げた。


「本当に一人なの?」


「不思議に思われる理由は痛いほど分かります。現に、お客さんが来なければ付いてきていたと思いますから」


 脳裏に浮かぶのは、捨てられた子犬のような顔をする弘人。

 正直四十代のおじさんだと、可愛くないのだ。頭の片隅から追いやると、千幸に尋ねた。


「それはそうと、千幸先生はこの辺りに住んでいるのですか?」


「ええ、ここから歩いて三十分くらいのところね」


「そうだったんですか、世間は狭いとはよく言ったものですね」


「本当ね。ということは、もしかして彩香と同じ西川中学ってこと?」


「ええ、一度も行ったことはありませんが、そうなりますね」


 最近は住所さえ気軽に知ることはできない世の中だ。

 まさかこのような場所で出会うとは思わず、二人して感慨深そうに頷いていると……


「お母さん、お母さん」


「なに、彩香さやか


「この綺麗な子は誰なの? お母さんの知り合いっぽいけど」


「ああ、そうだったね。貴方を紹介するのを忘れていたわ。この子は彩香、美琴ちゃんには以前話したと思うけど私の自慢の愛娘よ!」


 美琴は、紹介されて彩香を見る。

 腰の半ばまで伸びる栗色の髪をハーフアップにしており、肌は健康的に焼けているため美琴ほどではないが色白だ。

 性格は対照的だが、顔立ちは整っており千幸の面影を感じる。


「初めまして、田辺美琴と申します。千幸先生にはいつもお世話になっております」


「い、いえ。……えっと、お母さんが馬鹿なことをしていないかなって」


 一礼をしてから自己紹介をすると、彩香はどこか気後れしたように言った。

 ただ、娘として母親のことが心配なのだろう。

 仕事をしている時の千幸を知っている美琴は、目の前の親馬鹿を見て上品に口元を隠して笑い声を上げる。


「なんで、笑うのよ!? 彩香に私の雄姿をしっかりと伝えてよね」


 美琴は、千幸の雄姿を思い出す。

 唇に人差し指を当てて「そう言えば」と手術後に見た光景を彩香に伝える。


「ああ。そう言えば、小さい子供と缶蹴りをしていましたね。他のドクターの後頭部に当たって逃げ回っていましたよ」


「美琴ちゃん!?」


 まさかの裏切りに、千幸は声を上げる。


「お母さん?」


 だが、美琴が訂正する間もなく、無情にも千幸の肩に手が乗せられ、感情の籠らない低い声が聞こえた。


「えっと、これは……そう、誤解よ。美琴ちゃんの記憶違いよね」


(……デジャヴですね)


 今の千幸が不思議と弘人に重なり、既視感を覚えてしまう。

 微笑ましいものを見るような生暖かい視線を向けていると、彩香の視線から逃れるように千幸は美琴の後ろに回って来た。


「そ、そうだ! 美琴ちゃん、もし良ければ送って行くわよ。お父さんも心配しているでしょうしね」


 それが決定事項だと言わんばかりに、美琴は腕を取られる。

 彩香は「後で聞くから」と言うと、ため息を吐いて母の後を追う。結局、美琴は千幸に押し切られる形で車に乗ると、家まで送ってもらうのであった。








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