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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
高校生活の始まり
59/92

第59話 入学式(下)


「遅い。いったい、いつまで待たせるつもりだ」


 憎々しげに呟かれた一言。

 それは、静寂が包み込む教室ではよく響く。そして、その言葉は誰もが内心で思っていた言葉である。

 美琴は、斜め前の言葉を発した人物に視線を向ける。


 先ほど彩香と話していた、非常に快適そうな席に座る男子生徒である。身長は百八十を超えており、深海を彷彿させる暗い青色の髪に、あどけなさが残るものの端正な顔立ちをしている。制服は気崩しているものの下品というわけでもなく、むしろファッション雑誌の一面を飾ってもおかしくないほど着こなしていた。


(彼が、水無月京也みなづききょうや……。水無月家は月宮における過激派の筆頭とはいえ、短気な性格とは。能力は高いと評価しているようですが当主向きではないみたいですね)


 京也に視線を向けて、内心嘆息する美琴。

 月宮に後継者はいない。月宮に連なる家の当主たちは優秀なくせものが多く、月宮家とは魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする巣窟そうくつである。

 その巣窟の長こそが、月宮家当主なのだ。

 あの琴恵が能力は高いと賛辞を贈る人物ということで期待したのだが……結果は残念だ。水無月家当主にはなるだろうが、これではとてもではないが巣窟を御す長になることはできないだろう。


「ん?」


 不意に視線を感じて、美琴は後ろを振り向く。

 視線の先には、雪のように真っ白な長い髪を三つ編みにした眼鏡の少女がいた。大きめの眼鏡と長い前髪に隠れ、顔の造形は分からない。

 美琴が振り返ると慌てたように視線を逸らす。心なしか新雪のように白い肌が赤いように見える。


「……?」


 視線を送り続けると、少女はチラチラと視線を送り、美琴と視線が合うと慌てて明後日の方向を向く。

 いったい何だったのかと首を傾げる美琴。

 とはいえ、さほど興味があるわけでもなく、少女から視線を外すと教室内を見渡した。


(男子四人、女子四人……一人は欠席みたいですね)


 九人クラスということで、席は縦三横三の配置となっている。

 美琴の席は、最悪なことに真ん中の席。前には太郎が座り、彩香は廊下側の隣の席だ。空席があるのは窓側の席で、京弥と一郎の間の席である。

 美琴の後ろの席は…………ヤンキーが座っていた。


(特攻服って、なんて化石な……。制服が校則違反以前に、そもそも髪型でアウトですよね)


 美琴は、大砲の筒のように伸びた赤色の頭を見る。

 見事なリーゼントだ。まさに匠の業と言ってもいいだろう。ぶれなく整えられたリーゼントにはあきれを通り越して、感嘆の息が漏れる。

 今時こんな髪型をしている人がいるとは、世の中とは広いものだとしみじみ思う。


「あぁ? なんだ、てめぇ」


「いえ、なんでも」


 美琴の視線に気づきガンを飛ばしてきたヤンキーボーイ。

 特に委縮した様子もない美琴の態度に、「ちっ」と舌打ちをする。あまり関わらないほうが良いだろう。同じクラスであるため、不可能だろうが。


(あと一人ですが、こちらは……)


 美琴は、斜め前に座る淡い金色の髪を持つ少女に視線を向けた。

 彼女は、要注意人物であるため享也と同様に葵の報告書に名前が載っており、美琴は知っていた。


(星野弥生、諸星家当主である諸星雅の姪でしたか。虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言いますが、これほど血が濃い人物をこの学園に入学させるとは……。繊細に見えて剛毅なところは変わりませんね)


 そこから懐かしそうに一人の男を思い出す美琴。

 誠時代では無意味な勧誘があり鬱陶しい相手だと感じていたが、今となってはそれが懐かしい。

 誠としても、雅のことは悪くは思っていなかった。

 ただ、野心が強く、実力至上主義の気が強かっただけ。月宮に属していなければ、もしかすると諸星の下についていたかもしれない。そう思えるほどの人物だ。


 星野弥生は、葵の報告からかなり優秀な人物だと聞いている。

 実際、Sクラスに所属しているのだから優秀なのは疑いようがないが。

 まるで人形のような少女だ。

 瞳は空色で無機質な印象を受け、表情は穂香よりもさらに無表情。人間ではなくビスクドールなのではないかと疑ってしまう。

 何を考えているのか分からず、横顔は常に教卓へと向けられている。クラスのことになど興味はない様子だ。


(いったい、雅は何のつもりでこの少女を送った?)


 雅の意図が全く読めない。

 他の四家が経営する学校に、分家の子供を送る行為は珍しくない。次世代を担う少年少女たちの能力を探らせ、場合によっては勧誘するためだ。

 ただ、どうにも弥生はそういった目的があって入学しているようには思えない。

 そもそも、身バレしている時点で警戒されるのは目に見えているからだ。星野と名乗っている時点で、隠す気はなさそうだが。


「……まったく、一筋縄ではいきませんね」


 小さくポツリとつぶやいた美琴。

 今後のクラスのことを思って頭を悩ませていると、唐突に扉が開いた。

 タイミングからして、おそらく担任教師なのだろう。時計を見ると予定時刻よりも三十分の遅刻だ。いったい担任はどんな人物なのか、そう思っていると……。


「「「「「「「「……………」」」」」」」」


 誰もが言葉を失う。

 まるで寝起きのような、寝ぐせだらけの金髪。入学式というのにスーツ姿ではなく、それに準ずる服装でもない。まさかのつなぎ姿。

 何日も寝ていないのか不健康そうな顔をしており、目にははっきりと隈が浮かんでいた、それを隠すための化粧さえもしていない。

 遅刻しておりながらもそのだらしのない姿に、誰もが開いた口がふさがらない様子。一方で、美琴と彩香はその人物を見て、別の理由で頭が痛くなった。


「……美琴、これはいくら何でもひどくない?」


「私もそう思います。人選ミスも甚だしい」


 表情を引きつらせていると、その人物が教卓の後ろに立つ。

 そして、電子ボードにペンを走らせて、自分の名前を書いた。ミミズが走ったような汚い文字で「か~ら・けり~」と……。


「カーラ・ケリーだ。……というわけで、もう帰れ。じゃあな」


 たったそれだけ。反論は聞かないと言わんばかりの態度。

 三十分も待たせておいて、名前だけを伝えてきびすを返すとはこれ如何に。言葉を失っている生徒たちに一瞥することもなく、教室から出て行こうとする。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 美琴が立ち上がると、カーラに制止の声を掛ける。


「何がというわけですか! 報連相はしっかりとしなさいと言いましたよね!」


 美琴の声に嫌々ながらも振り返るカーラ。


「妖怪婆に私の研究のじっけ……助手が欲しいと言ったら、この仕事を押し付けられた。以上だ」


「今、なんて言いかけました? まさか、実験た……」


「残念なことに、私は教員免許を持っている。そこで魔道工学の授業を受け持つことになった」


 美琴がジト目で「実験体と言いかけませんでしたか?」と言いかけると、それにかぶせるようにカーラが事情を説明する。

 美琴は追及しようとしたが、それよりも気になることがありカーラに尋ねる。


「貴方が、教員免許を持っているなど初耳ですけど?」


「奇遇だな。私もこの前聞いたばかりだ」


「「……」」


 二人の間で無言の空気が流れる。

 美琴は「おいっ、それでいいのか日本」という言葉が喉元まで出かける。しかし、首相は一国の舵取りをしているとしてもしょせんは人間であり、妖怪には逆らうことはできないのだろう。

 権力というのは、なんとも怖いものだ。

 そのことについては深く考えないようにし、話題を逸らすように美琴は「コホン!」と咳払いをする。


「ともあれ、このクラスの担任はあなたなんですよね?」


「名目上は、な」


 つまらなそうに返答するカーラ。

 大方、誰もこのクラスの担任だけは引き受けたくなかったのだろう。美琴でも水無月と星野が在籍するクラスの面倒を見るのは御免だ。

 とりあえず納得した美琴は、カーラに尋ねる。


「それにしても。カーラ、入学式はどうしたのですか? それに、教師にも耐魔素用のスーツないし制服が用意されていますよね」


「それに関しては簡単だ。私は今日が入学式であることを忘れていた。そして、服については支給されたのがあるが着るのが面倒だった」


「ぶっちゃけましたね」


 カーラのあまりにも平然とした態度に、美琴はもはや呆れを通り越してため息が出る。


「……何このデジャブ。今朝、同じようなことをどこかの誰かさんから聞いたような気がするんだけど」


「……」


 彩香の呟きは美琴にもしっかりと聞こえていた。

 身に覚えがある美琴だが、カーラほど残念ではない……はず。この話題はいろいろと拙いような気がして、美琴は本題に入る。


「それでは、カーラ。ホームルームをお願いします」


「ホームルーム?」


「連絡事項を伝えてください。明日以降の予定の連絡もあるでしょう?」


「知らん」


「え?」


「だから、知らんと言っているだろう。マコト妹、その年で難聴か?」


 皮肉を言われる美琴だが、美琴の抱いた困惑は彩香たちも同様だろう。

 担任教師なのに、明日以降の予定を何も把握していない。それどころか、配布物の一つさえ持っていない状況だ。


「一応副担任がいたぞ」


「あぁ、なるほど。カーラが先ほど名目と言ったのは、その人が実質的な担任ということですか」


「そういうことだ」


「それで、その人は今どこに?」


 廊下の方に視線を向けるが、他に誰かいる様子もない。

 何か嫌な予感を覚えた美琴は、カーラに視線を向ける。


「職員室に置手紙があった。これだ」


「……」


 美琴は、無言でカーラから手紙を受け取る。

 そこには大きな文字で「大学で出直してきます。私のことは探さないでください」と赤く書かれていた。


「家出ですかっ!?」


 思わず突っ込みを入れてしまう美琴。

 社会人としてそれはどうなのかと思うが、入学式当日とはこれ如何に。入学式前に何かあったとしか思えず、カーラにジト目を向ける。


「カーラ?」


「……」


 視線を向けると、カーラは視線をそむける。

 原因が誰なのか、一目瞭然だ。美琴が詳しい事情を問い詰めようとすると……。


「ちっ、付き合ってられるか。もう帰って良いだろう。なら、俺は帰るぞ」


 口を開いたのは、美琴の後ろに座るヤンキーボーイ。

 新入生のカバンらしからぬボロボロのカバンを肩にかけ、教室を出て行く。それに続いて、京也もまた席を立った。


「あんな頭の悪そうなやつと同意見なのは癪だが、茶番に付き合うつもりはない。俺も帰らせてもらう」


 去り際、京也はギロリと美琴とカーラを睨む。

 それに続くように弥生も無言で立ち上がり、クラスメイトに一瞥することもなくカーラの横を通って教室を出て行った。

 残ったのは、美琴たち四人と眼鏡の少女だけ。


「帰って良いんだったら、俺も帰るぞ。他のクラスももう終わりみたいだしな」


 そう言って立ち上がる一郎。

 そして、太郎の前に立つと深いため息を吐いた。


「……こいつ、目を開いたまま寝てる。しかも鼻ちょうちんって、どうやって作ってんだよ。おい、馬鹿。いい加減起きろ!」


「ふぇ? なに、お昼ご飯?」


「何寝ぼけてやがる、さっさと帰るぞ!」


 可愛らしく目をこすり上げる太郎に、苛立ったのか一郎は首根っこを掴むと二人で教室を後にする。

 そして、一人どうしようかとあたふたしていた眼鏡の少女も、美琴の方に視線をチラチラと向けてから申し訳なさそうに頭を下げて、教室を出て行った。残ったのは、美琴と彩香、そしてカーラだけである。


「カーラ、おめでとうございます。一日目で学級崩壊させたのは、後にも先にもあなた一人だけでしょうね」


「褒めるな、褒めるな。私も研究に専念できる」


「なんか、二人とも喜んでない!?」


 彩香の言葉に、美琴はカーラと視線を合わせる。

 学校など時間の無駄だとは思っているが、美琴は弘人の、カーラは琴恵の意向もあって、学校に通わなければならない。しかし、そのクラスが崩壊していたとしたら?


「「そんなことない(ですよ)?」」


 カーラはとてもいい笑顔だった。

 自分の表情は鏡を見ないとわからないが、きっと残念そうな表情を浮かべていることだろう。学級崩壊してしまったことは、残念で仕方がない。


「やばい。このクラス生徒も教師も問題児しかいないよ……」


 





 


人物名を変更しました。

水無月龍哉 →水無月京也


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