第57話 入学式(上)
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月宮学園高等部では、これから入学式が始まろうとしていた。
「お待たせ」
抑揚のない声色で声をかけてきたのは、わかば色の髪の少女、高田穂香だ。
今年から高校生ということで髪型を変えたようで、肩にかかるくらいの長さに伸ばしていた。小柄な穂香にはボブカットも似合っていたが、今の髪型もよく似合う。
「おはよう、遅かったね」
「うん。思った以上に、お母さんがはしゃいでて……。制服姿は前にも見たのに、何度も写真を取り直された」
「穂香のとこもか。私のとこもだよ……」
どこか疲れたように言い放つ穂香に、彩香も苦笑を浮かべた。
月宮学園の倍率は非常に高い。制服が可愛いから……という理由ではなく、月宮の二文字が人気の理由だ。
魔法全盛期を迎えようとしている現代において、日本には四家というものが存在する。
天堂、土御門、諸星、そして月宮だ。四人の当主は、それぞれ化け物のような魔素を身に宿し、その権力は実質的には首相よりも上だと考えられている。
そんな月宮が経営する学校だ。当主に近しい分家の者や場合によっては本家の者も入学するため、あわよくばお近づきになれると考える者も少なくない。
「今更だけど、推薦をもらえて良かったと思う。普通に受験していたら、受かる気がしない」
「分かる。四百人くらいいるけど、半分以上は内部生だって話だし。外部生なんて、それこそ百五十人くらいしかいないんじゃないのかな? とてもじゃないけど、普通に入試を受けて合格できる気がしないよ」
「……彩香ならできる気がする」
苦笑交じりに頷くと、なぜかジト目を向けられた。
確かに、彩香の成績は優秀だ。筆記試験においては西川中学でも、上の方に位置している。だが、月宮学園を受験する者は学校でトップの成績を誇っているものばかりだ。純粋な学力で彩香には勝てる気がしなかった。
「そういえば、美琴は?」
「新入生総代。せめてもの抵抗に普通に受験していたから。それで、普通に主席を取ってた」
「チート乙」
「本当にね。勉強している姿なんてほとんど見ない……というよりも、常に帳簿と睨めっこしてるのに、なんで成績が良いんだろう」
「美琴だから」
「うわぁ、なんか納得……」
穂香の身も蓋もない一言に、彩香は苦笑を浮かべながら納得する。
美琴の異常性は、近くにいる二人だからこそより分かる。尤も、本人に自覚はないようだが……。
「それよりも聞いてよ、今朝のことなんだけどさ……」
「彩香ちゃん」
彩香が話題を振ろうとした瞬間だった。
背後から再び声をかけられる。振り返るとそこには水色の髪の少女が立っていた。
「明美ちゃん、久しぶり!」
「うん、久しぶり」
彼女の名前は水野明美。西川中学に通っていたが、秋宮事件の被害者で途中から転校してしまった。
電話で会話する機会はあったが、こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。
しばらく見ないうちに、明美も綺麗に成長していた。水色の髪はウェーブがかかっており、腰のあたりまで伸びていた。おっとりとした感じの美少女に成長を遂げていた。
「えっと、どうかしたのかな?」
無遠慮に明美の姿を見ていると、困惑した声を上げる。
「ううん。すごく綺麗になったなぁって思って」
「綺麗って……」
彩香がストレートに言うと、明美は顔を赤くする。
「それを言ったら、彩香ちゃんの方がもっと綺麗だよ。制服もすごく似合ってるし」
「え、そうかな?」
褒められば悪い気はしない。
少し恥ずかしそうにはみかみ笑いを浮かべていると、反対側に座る穂香が抑揚のない声で同意した。
「うん、よく似合ってる。身長が高くて、他にも…………もげれば良いのに」
「なにを!?」
最後の不吉な一言に、声を上げる彩香。
穂香の視線が自身の胸に向いていることに気付き、咄嗟に胸を抱え込む。それが却って強調する姿になってしまい、穂香の目から光が消えていく。
「もげれば良いのに」
人の心の闇を見たような気がする。
しばらくの間、三人で取り留めのない話をしていると、ついに入学式が始まった。入場の合図が出たので、それぞれ教員の指示に従って移動を開始する。
「それでは、今から入学式を執り行います!」
司会を務める男性教員の声がよく響く。
その声とともに、新入生の背が自然と伸びた。そして、ステージの上の一人の人物に、全員の視線が集中する。
壇上に立ち、入学許可宣言をしている校長の姿などだれも見向きもしなかった。髪と一緒に影が薄い。
(月宮琴恵……)
彩香はその人物を知っている。
美琴の祖母であり、月宮家の現当主。妖怪とまで呼ばれるその人物は、この場の誰よりも目立っていた。
それと同時に、会場全体が緊張感に包み込まれる。
新入生は、緊張のあまりわずかに震えており、額には汗を浮かばせている。それは彩香たちも同様で、間違いなく表情を強張らせていることだろう。
「そ、それでは来賓祝辞」
緊張のあまり司会を務めている教員が噛んでしまった。
もはや哀れだ。とはいえ、誰もそれを気にしない。緊張した面持ちで、来賓が立ち上がり新入生に対して祝辞を述べる。
だが、誰の言葉も新入生に届くことはなかった。
父兄や教員もまた緊張を隠すことはできず、この場で余裕のある表情を浮かべているのは琴恵だけ……
「それでは、新入生代表挨拶」
「はい」
ではないようだ。
まるで鈴の音が響くような音が聞こえる。
緊張などまるで感じられない、立ち姿。校長や来賓でさえも、誰一人存在感を発揮できなかったというのに、彼女だけは違う。
「綺麗……」
緊張感が包み込む中、誰かがポツリと声を漏らす。
誰か、などだれにもわからない。もしかしたら、自分が無意識のうちに零してしまった一言なのかもしれない。
濡れ羽色の髪は、夜空のように靡く。
匠が作り上げた精巧な人形のような顔立ちは相も変わらず。半年以上が経過したことで、少しずつあどけなさがなくなり女性として成長をしていた。
いったいどこまで綺麗になるのだろう。同性である彩香でも、思わず息をのんでしまう美しさに誰もが茫然としてしまう。
(なんで、袢纏なのよ。もう少し……ううん、人並みにおしゃれに気を遣おうよ)
不意に今朝の光景を思い出した彩香が思う。
これほどの美貌を持つというのに、美琴はおしゃれにまったく気を使っていない。冬は寒いからと袢纏を着て、夏はワイシャツにジーパン。
たまにつなぎを着て作業をしている姿もある。
おしゃれよりも機能性。美容関連のグッズは最低限さえ持っておらず、もはや嫉妬する気さえも起きなかった。
「柔らかく穏やかな風に舞う桜とともに、私たちは今日月宮学園の門をくぐりました。本日はこのような立派な入学式を行っていただき大変感謝しています」
壇上に上がった美琴は多くの視線を集めながら、言葉を滔々と紡ぐ。
そこに緊張などは感じられない。あまりにも自然体で、誰もが緊張感に飲み込まれている中、美琴の姿は異常だった。
とてもではないが、今朝まで体調不良で休むと駄々をこねていた人物と同じとは思えなかった。
「……先生方、並びに来賓の方々、御面倒をお掛けすることがあるかもしれません。優しく、時に厳しくご指導していただけると嬉しいです。新入生代表田辺美琴」
美しい所作で一礼をすると、再び席へと戻っていく美琴。
あまりにも優雅な姿には、誰もが息をのむ。そして、無意識にその姿を目で追ってしまうのであった。
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