第55話 諸星雅
お待たせいたしました、
明日から高校生編スタートです!
※本話は、再投稿したものです。
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都内にある諸星家の邸宅。
月宮のような純和風邸宅とは違い、こちらは西洋風の豪邸となっている。諸星家当主である諸星雅は、つまらなそうな表情で来客の相手をしていた。
「認められない!? どういうこと、ですか!?」
相手は、秋宮秀人。
元月宮家の傘下で、デバイスの製造を担当していた男である。秀人は無能であるが、秋宮の技術は欲しい。離反する兆しがあるという噂を耳にし、鞍替えの提案をしたのだ。
しかし……
「状況が変わった。お前に諸星の傘下に入る資格はない」
冷静に事実だけを伝える雅。
「どう言う意味だ!?」
目上の相手であるにもかかわらず、乱暴な口を効く秋宮。
客観的に見て、雅は秀人よりも年下に見えるだろう。だが、当主に相応しい膨大な魔素を有していることで、その実年齢は秀人より上である。
外見が二十代後半から三十代前半と若々しく、秀人は完全に舐めている様子だ。
だが、それを許すほど甘くはない。ギロリと睨むと、魔素を使った威圧を仕掛ける。
「ぐっ……」
膨大な魔素は、周囲に影響を与える。
錯覚ではなく、実際に物理現象として重圧が掛っているのだ。部屋の家具がミシミシと悲鳴を上げる。
だが、それも一瞬の事だ。
すぐさま、雅は威圧を解く。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
脂汗を額に浮かばせ、苦しそうに呻く秀人。
たった数秒の出来事でも、秀人にはもっと長い時間のように感じていたかもしれない。それほどの力を雅が持っているのだ。
「まったく。出し抜いたつもりが、ただ手のひらで踊らされていただけかよ」
大きく息を吐くと、「妖怪婆め」と悪態を吐く雅。
すでに、雅には目の前の男が見えていない。秋宮秀人など、諸星にとっては相手にする価値もない相手なのだ。
だが、【オータム】の技術……正確には設備は欲しいところだった。
月宮は、四家の中でもデバイス産業は遅れている。魔道具の中でも、フロート自動車のような大型の魔道具に力を入れているのだ。
ただ、デバイス事業が遅れているのは諸星も同じである。
天道や土御門に、完全に後れを取っているのが現状だ。
だからこそ、月宮のデバイス産業を担当している【オータム】を手に入れようと動いた。他の二家に少しでも追いつくことができ、逆に月宮を突き放すことができると。
だが、現実はどうだろうか?
「技術者は碌な奴がいない。しかも、トップはこの無能。完全に設備だけの会社になり下がったって訳か」
凍てつくような視線を秀人に向けると、気を取り直し始めた秀人はビクリと肩を揺らす。
「お、お言葉ですが……わが社の設備は諸星に相応しい価値があります」
先ほどとは違い、平身低頭な姿の秀人。
月宮から離反した以上、どうにか諸星に取り入りたいとでも考えているのだろう。しかし……
「ふっ」
そんな秀人の態度を冷笑した。
そして、近くの呼び鈴を鳴らす。
「失礼します、何か御用でしょうか?」
執事服を身に纏った初老の男性。
柔和な表情を浮かべているが、その佇まいに一切の隙は無い。
「もう話すことはない。正直、期待外れだ。連れて行け」
「畏まりました」
雅が冷たく言い放つと、執事服の男性は恭しく一礼をする。
そして、背後から屈強な男たちが入って来た。雅に一礼した後、秀人を拘束し部屋から連れ出そうとする。
「お、お待ちください! まだお話が、お話がぁあああああああ!!!」
大声を上げてなおも食い下がろうとする秀人だが、屈強な男たちの前では無力だった。
せめて、それ相応の能力さえあれば話は違っただろう。だが、秋宮家当主とは言っても、諸星家当主からすれば、普通のサラリーマンと変わりはない。
いや、あの傲慢な性格を考えると勤勉なサラリーマンの方が好ましいと言える。
「宜しかったので?」
屈強な男たちが秀人を連れて行ったことで、二人きりになった雅。
執事服の男性が、静かになった一室で尋ねて来た。
「構わん。すでに、諸星には不要なものだ」
「然様ですか」
「なんだ、朧。不満そうだな」
執事長の朧は、雅の教育係だった人物だ。
半世紀近い付き合いがあり、僅かな感情の機微であっても見逃すことはない。
「では、僭越ながら。あの男は能力にこそ問題がありましたが、【オータム】の設備は月宮の技術です。みすみす逃すのもいかがなものかと」
「……ふぅ」
朧の言葉に、雅は天を仰ぐ。
しばしの瞑目。そして薄っすらと瞼を開き、静かに呟き始める。
「【オータム】を手放す噂を聞いた時、信じられなかった。あの男の性格に問題があろうと、あの婆さんなら難なく扱うことができる。……それこそ、頭を挿げ替えれば良いだけの話だからな」
「……」
「だが、あの婆さんも随分と歳だ。異能が関係しているのか、老化が早い……耄碌したのかと思ったが、どうやら違ったらしいな」
雅は、月宮琴恵という人物を侮るつもりはない。
教育者としては一流。人情に溢れる一面があるものの、冷徹な側面を持つ人物。琴恵を信奉する政界や財界の大物も多い。
そのため、月宮こそが四家の筆頭と呼ばれることも多い。
「なるほど、今回手を出したのはそのためでしたか」
「あぁ。結果は、見ての通りだ。やはり、耄碌なんかしてねぇ。秋月による並列魔法の開発……つまり、もう【オータム】の設備はお払い箱なんだよ。手に入れれば、間違いなく高い利子を支払うことになるぞ」
ソファに座り直すと、「暴利に苦しめられるつもりはねぇ」と語る。
琴恵とも、それなりに長い付き合いだ。敵対関係にあるため、どのような性格かは却ってよく知っているのだ。
「なるほど、そう言う訳ですか」
朧も、琴恵のことはよく知っている。
耄碌していないのであれば、餌に食いつくのは危険だと理解した様子だ。
「それに、月宮のおさがりを貰ったみたいで気分が悪い」
本音はこちらだ。
対等の関係にあるため、奪い去ったのならばまだ良い。だが、明らかにくれてやるという態度だ。
貰ってしまえば、諸星の名前に傷がつく。
朧もこちらが本音だと気づいたのだろう。苦笑を浮かべて、肯定する。
「それにしても、秋月ですか……あの家は、十年以上目立った動きがなかったはずですけどね。いったいいつから動き始めていたのでしょうか?」
「さぁな」
雅がそっけなく答えると、朧が目を見張る。
「雅様でも分からなかったのですか?」
「星詠みって言っても、それほど使い勝手の良い力じゃねぇんだよ。しかも、一度使うとかなり疲れる」
星詠み、それが雅の持つ異能だ。
未来を見通す目だが、すべてを見通せるわけではない。秋月の台頭は、雅には見ることができない未来だった。
「もしかすると、似たような力を持っている奴がいるのかもな」
「まさか、月宮には他にも異能の持ち主がいると?」
「別におかしな話じゃねぇだろう。うちにも俺以外に異能持ちはいる。当主以外に持っている奴がいても可笑しくはない」
その可能性は高いが、異能の存在を知っている者としては否定したい気持ちだろう。
だが、認めたくない事実から目を逸らすほど朧は無能ではない。それに、諸星の内部を知っている以上、否定できる要素が皆無だ。
「それにしても、月宮も面白い動きをしているな」
雅は、秋宮が持って来た手土産を思い出してほくそ笑む。
「【ディメンションゲート】でしょうか?」
「ああ。もともと、空間干渉系の魔法は月宮の十八番だ」
「主要施設に張り巡らされた結界がそれに該当しますね」
「ああ、その通りだ」
月宮家は、代々闇属性魔法の適性が高い。
早期に空間魔法の研究を始め、その結果生み出されたのが結界魔法だ。無属性魔法の魔素障壁は普及されたものだが、月宮オリジナルの空間魔法による結界魔法は、諸星でも解析は困難である。
その効果は絶大で、衝撃そのものを異空間へ飛ばしてしまう。
ただ、その燃費はすこぶる悪いことが難点だ。
「まだ確証はないが、間違いなく研究を進めていることだろうよ。それが成功すれば、月宮の力はさらに大きくなる」
「……嬉しそうですね」
気づかぬ間に、気分が高揚していたようだ。
朧に指摘されたものの、直すつもりはない。より一層、笑みを深めた。
「当然だ。燃費の悪さがネックだが、うちの技術はただの石を金に変える。月宮を取り込めば、まさに鬼に金棒だ」
諸星の持つ技術は、龍脈を用いてただの石を魔素を含んだ鉱石に変える技術だ。
その技術があれば、月宮の持つ結界をより強固なものに出来る。月宮が強くなればなるほど、自分たちが手に入れられる力が大きくなる。
「ですが、それは困難なことに違いありません」
「今はな。だが、あの婆が消えた後は? 確かに優秀な奴はいる……だが、あの婆の後を継ぐのであれば力不足だ」
今はまだ、想像の段階だ。
しかし、琴恵が舞台から降りればいくらでもやりようはある。問題は、天道と土御門だ。そちらをどうにかする必要があった。
そちらの対処に思いを馳せていると……
「それはそうと、今日は首相との会談の予定でしたが、代理のもので十分だったのですか?」
唐突に朧が話題を変えた。
「はっ、それこそ下らねぇ。どうせ外交の話だ。お飾りの首相と話をする時間が無駄だ」
今の首相は文字通り、お飾りだ。
琴恵の息が掛った前首相は、これから迎える時代は荒れることを理解しているため、裏方に回ろうと自ら首相の職を退いた。
今の首相はやる気だけの人物で、現状を全く理解していない。
「あいつ、これからもアメリカに依存するつもりだぞ。日中関係の改善や、ロシアとの領土問題の解決に尽力したいだと」
雅は自分で言っていて、思わず笑ってしまった。
「確かに、現状が全く見えていない人物のようですね」
「まったくだ。今の日本がどのような立場なのか分かっちゃいねぇ」
魔素というエネルギーが発見されてから、アメリカや中国だけでなくロシアや欧州諸国も日本を重要視するようになった。
「龍脈……いえ、魔素溜まりですね」
「その通りだ。世界の大半の龍脈は、日本を通っている。龍脈が溝だとすれば、日本は窪みだ。世界の魔素の四割を日本が独占している」
どの国も、それが狙いだ。
一国が、世界中の四割の魔素を独占している。今後訪れるであろう時代は、魔素を独占している国こそが強い。
だからこそ、日本という国土はどの国も喉から手が出るほど欲しいのだ。
「ですが、最悪の場合実力行使をしてくるのでは?」
「その可能性は低いな。外は外で互いに牽制し合っているからな。出し抜こうとすれば、周辺諸国から狙い撃ちにされるのがおちだ」
どの国も、日本の魔素だまりが欲しいのだ。
アメリカが手に入れようと動けば、中国もロシアも黙ってはいない。その逆も同様だ。ドイツ率いるEUも何かしらの行動を起こすかもしれないが、距離があるため難しい。
だが、それ以前に……
「それにそもそも、俺らがそれを黙認すると思っているのか?」
雅はそう言って、獰猛に笑う。
他国は四家の存在を知っており、警戒はしている。だが、相手が日本人であると知っているからこそ、警戒するだけでおさまっている。
それに他国から見れば、日本は現在四つに分断されているように見えるだろう。
月宮、天道、諸星、土御門。首相よりもはるかに力を持った家が、互いに睨み合っている状況だ。
しかし、国土の危機となれば話は別である。
それぞれが別分野で特化している。外敵の存在により、一枚岩になればいったいどれだけの強さになるのか分からないのだ。
そして……
「この国に支配者は四人もいらねぇ……」
野心家である雅は、そう言って笑うのであった。
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