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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
奇運のファンタジア
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第53話 魔法演舞(下)

 大会が後半に差し掛かった現状。

 トップは、月宮学園の男子生徒だ。二位や三位と差があり、独走状態にある。全体のレベルは低くない……むしろ、中高生とは思えない技量を見せる者もいる。

 デバイス技術や教育レベルが向上したことにより、全体のレベルが飛躍的に上がったのだろう。

 

「さっきの子、すごかったね!」


 興奮混じりの声を上げる彩香。


「確かに素晴らしい演技でした。特に魔法が素晴らしかったですね」


 美琴もまた、称賛の声を上げる。


「うんうん! 光属性魔法にあんな使い方があったなんて。蝶の羽みたいで綺麗だったよね!」


「確かにその通りですね……ですが、あれは光ではありませんね」


「えっ?」


 先ほどの選手は、虹色の羽を魔法で再現していた。

 七色に輝く光の羽は、一見すると光魔法のように見える。だが、実際は違うのだ。美琴が説明をしようと口を開くと……


「水属性魔法だな」


 代わりにカーラが答えた。


「「水属性?」」


 彩香だけでなく、穂香もまた首を傾げる。


「ああ。虹が何故できるか知っているか?」


「え、えっと……」


「何だっけ?」


「光の分散だ。光は波長によって屈折率が異なるからな」


 カーラがぶっきら棒に説明するが、二人は意味が分かっていない様子だ。

 その説明ですぐわかる中学生はそういないだろうと呆れた表情を浮かべて、カーラに代わって説明をする。


「要するに、水魔法を使って雨上がりの虹ができる状況を作り上げているという訳です」


「へぇ。光魔法じゃなくて、水で会場の光を利用しているってことか……」


 美琴の説明に納得がいった様子の二人。

 水魔法の使い方に感心したような声を上げる。


「私としては、風魔法の人が良かった」


 すると、穂香が声を上げた。

 美琴の脳裏に映るのは、風魔法を使った踊り子のような少女の姿である。まるで風の妖精のように、風と踊る姿は見事の一言である。

 ただ、順位に反映されないのは魔法技術のつたなさだ。

 もう少し魔素制御に力を入れていれば、トップと良い争いが出来ただろうと予想する。


「……今さらながら、私は向いていませんね」


 他の人の演舞を見て、美琴は落ち込んだ声を上げる。

 この大会に出場している選手は、一様にレベルが高い。勇気のように【フロート】を使用せず、純粋に魔法と踊りを両立しているのだ。

 踊りを主軸と考えた演舞には、決定的にリズム感覚のない美琴としては羨ましい限りである。

 それと同時に、自分に向いていないなと再確認する。

 そんな弱気になった美琴を見て、キャサリンは苦笑を浮かべる。


「まぁ、美琴ちゃんは確かに向いていないわねぇ。けど、しっかりと練習をして来たんだから、そこだけは自信をもっていいと思うわよ」


 キャサリンから励ましの言葉を貰うと、彩香と穂香が懐かしそうな表情を浮かべる。


「本番ですっ転ばなければ大丈夫?」


「ああ……あった、あった。最初の頃、ステップが分からなくて盛大に転んでたよね」


「あ、あれは……」


 美琴は否定の声を上げようとするが、事実だ。

 反論しようと口をパクパクさせるが言葉が出なかった。すると、我関せずの態度を貫いていたカーラが唐突に……


「この中に映像を残してあるぞ。見るか?」


「なっ……!?」


 カーラの言葉に、美琴は言葉を失う。

 自分にとっては黒歴史に等しい。それを映像に残されたなど、穴があったら入りたい思いだ。

 恥ずかしさを紛らわせるようにキッとカーラを睨みつける。


「さて、そろそろ時間よ。美琴ちゃん、着替えをしておいた方が良いんじゃない?」


「いえ、それよりもカーラとお話をする必要があるかと」


 美琴は冷笑を浮かべて、カーラに詰め寄ろうとする。


「ないぞ。さっさと行け」


 煩わしそうに、近づこうとする美琴を手で払う。

 一方で、二人のやり取りに周囲はどこかドン引きした様子である。それに気づいたキャサリンは盛大にため息を吐くと……


「はいはい。行きましょう、行きましょう……そんなの後でもできるでしょ」



 かなりおざなりな態度で窘めるキャサリン。

 巨木のような腕に掴まれ、美琴は渋々カーラに詰め寄るのを諦める。そして、時計を確認した。


「……時間が押しているようなので、仕方がありませんね。カーラ、あとでしっかりデータを削除して頂きますから」


「ふっ」


 まるで、できるならやってみろと言わんばかりの態度。

 キャサリンだけでなく、彩香や穂香にまで後押しされて美琴は更衣室へと向かうのであった。





 更衣室に到着した美琴。

 他に人がいないなか、美琴は鞄から衣装を取り出した。


「……この衣装どうにかならないのでしょうか?」


 カバンから取り出したのは、巫女服をベースにした衣装だ。

 多芸なキャサリンが、丹精込めて手作りした匠の一品。細かなところにまで意匠が凝らされており、キャサリンの本気度が窺える。

 幸いなことに露出はそれほど多くはない。

 踊りを意識しているため、動きやすさを意識しているくらいだ。この衣装のせいで、転んだら笑えない。

 着替えることを面倒に思いつつも、美琴は袖を通すのであった。


「……着慣れたものですね」


 最初の苦労はどこへやら。

 着替えは五分とかからず終わった。時刻まで少し時間があるが、更衣室を出ると選手の控室へと向かった。


(……私は、動物園のパンダか何かですか?)


 控室にて大人しく待機していると、周囲から向けられる視線に気づく。

 まるで観賞用の動物にでもなった気分である。おそらく、美琴が身に纏う巫女服が珍しいのだろうが、こうも視線が集中すると居心地が悪いのだ。

 すると、唐突に……


「はっ。なんだ、コスプレか?」


 現在トップを独走中の男子生徒に声を掛けられた。

 掲示板で確認したところ、山口毅やまぐちつよしと言うそうだ。毅は、侮蔑を孕んだ視線を美琴に向けて来る。


「……貴方と大差ないと思いますが?」


 相手をしない様に心がけていた美琴であるが、不良のような恰好をしている男に言われたくはなかった。

 というより、明らかに思春期特有の病気を持った少年少女たちがいるのだ。

 この場で美琴だけが、特別変わった衣装をしているわけではない。しかし、反論された毅は面白くなさそうに……


「はっ、下らねぇ……残念だが、どんな格好だろうと採点には響かねぇぞ? それとも何か、また金で買うのか?」


 まるで周囲に向けて言っているような言葉。

 美琴が審査員を買収したような言いがかりをつけて来るのだ。これには、周囲で聞き耳を立てていた者たちから動揺の声が上がる。


「はぁ……」


 美琴は、一際大きなため息を吐く。

 それと同時に、空気が一層重くなった。


「静かにしてくれませんか?」


「っ……!?」


 美琴から感じる圧迫感に、思わず後ずさる毅。

 騒めき立っていた者たちも、圧迫感に口を閉ざす。


「それで、言いたいことはそれだけですか?」


 美琴は、冷たく毅を見る。

 根拠のないいちゃもんをつけられるのも、いい加減にして欲しいのだ。美琴とて、精神的に余裕があるわけではない。


「貴方が私を気に入らないのは分かりました。ですが、この大会は魔法協会主催のものです。審査員の買収は不可能でしょう」


 美琴は、威圧を解くと周囲に聞こえるように「それでも買収を疑いますか」と言った。

 途端に冷静になる者たち。毅の言っていることが単なる言いがかりということに気づいたのだろう。

 美琴は、無機質な瞳を毅に向ける。


「それと、私がここに立つのは自分のためであることに変わりませんが、それでも観客を魅せるためです」


 美琴は、当初デバイスの披露だけを考えていた。

 今でも、それが目的であることに違いない。しかし、キャサリンに指摘され、それだけでは足りないのだと知っている。

 きっと、美琴は魔法演舞ファンタジアに限れば、この中の誰よりも劣っているだろう。

 魔法の才能があっても、演舞の才能はない。

 それでもここに立つのは、父親の力を認めさせるという自分のエゴのためだ。

 本質は、毅と何ら変わらない。

 そして、変えようとも思わない。だが、美琴は魔法演舞ファンタジアという競技を経営者としてではなく選手として見ることが出来た。

 だからこそ……


「私は、全力で観客に挑む……ただ、それだけです」


 美琴は、デバイスの事を抜きにして正々堂々と選手として挑むことを決めたのだ。

 そうすれば、自ずと結果が付いてくると信じて。

 先ほどの威圧があってか額に脂汗を浮かべる毅。しかし、敵意を失った様子はなく、強い憎悪を込めた視線を美琴に返した。


「どうだかなっ!?」


 それは、せめてもの虚勢だった。

 大股で美琴から離れて行くと、勢いよく控室のドアを閉じた。


 それからしばらくして。


「次の選手、準備をお願いします」


 美琴の出番が回って来たのであった。




*****




 ようやく迎えた美琴の番。

 彩香は固唾をのんで見守っていると、ステージに衣装を身に纏った美琴の姿が現れた。


「綺麗……」


 それは誰の声だったのだろうか。

 彩香か穂香か、キャサリンか……それとも周囲に座る観客だったのかもしれない。

 キャサリンが作り上げた衣装のクオリティは、限りなく高い。巫女服を基調とした衣装は、美琴の美しい黒髪によく映えるのだ。

 誰もが、その姿に見惚れるなか、美琴の演技が始まった。


「……空を?」


 誰かが疑問の声を上げる。

 きっと【フロート】を使ったことが気になったのだろう。確かに、プロの中には【フロート】のデバイスと別のデバイスを同時に使う者もいる。

 しかし、それは少なくとも中高生に出来るような技術ではないのだ。

 飛行を用いた演舞はプロ、もしくは勇気のような無謀者だけである。誰もが、美琴のことを後者だと思ったのだろう。

 しかし……


「二つの魔法だと。いったいどうやって……」


「二つのデバイスを同時に操っているのか!?」


「同時起動だと、そんなバカなっ!?」


 美琴は、【フロート】を使用しながら【闇桜】を使用したのだ。

 それと同時に、会場内が騒然となる。美琴であっても、デバイスの同時起動は難しいと語る……できないとは言わないが。

 彩香もまた、その難しさを知っているのだ。

 仮に目の前に広がる光景が、個人による並列起動であれば天才が現れたですまされる。

 だが……


「いや、一つだ!?」


 誰かの声に、驚愕は会場内を伝播した。

 美琴が手に持っているデバイスは一つということに気づいたのだろう。そして、そこから二種類の魔法式が展開されているのに気づく。


「並列魔法だと……実用化されていたのか!?」


「どこの国が作ったのだ!?」


 すぐさま、彼らの注目は美琴の持つデバイスに向かう。

 だが、それも一瞬の事だ。


「……凄い」


 彩香の隣に座る穂香が、ポツリと呟いた。

 二人は、美琴が練習している姿を何度も目にしている。だが、本番の美琴の演技は輪をかけて素晴らしかった。


魔法演舞ファンタジアか」


 彩香は、美琴の演技を見てポツリと呟いた。

 デバイスの価格低下により、年々競技人口が増えている。

 何故、人口が増えるのか。

 理由は憧憬しょうけいである。観客は、演技者になりたい……そう思ってしまうからだ。

 それも当然のことかもしれない。

 立体空間で自由に踊る姿。

 そして、踊りを彩る属性魔法。

 それは、観客を興奮させるだけでなく、憧憬を抱かせるのだ。


「……」


 千八百平方メートルもある広大なステージの上に立つ、一人の少女。

 デバイスではなく、誰もがその少女の演舞に固唾をのんでいた。


「神楽」


 誰かがポツリと呟いた。

 そう、美琴の演舞はまるで神様に奉納しているような静謐せいひつさがあった。ピンと張り巡らされた緊張感が美琴から伝わって来る。


 音楽の流れに合わせて、美琴は魔法を使う。

 漆黒の花びらがステージを彩る。会場に咲く闇の桜だ。

 その幻想的な光景に、誰もが見惚れていた。


 美琴は、まるで羽でも生えているのかと思えるほど軽やかに空を舞い始める。地面を歩いて生きて来た人間とは思えないほど自然に……そして、自由に。


 表現が豊かな曲で、美琴の踊りに合わせて緊張感が高まるのが分かる。


 まるで芸術のようだ。

 美琴の踊りは素人目に見ても拙い。だが、その不完全さが、却って見る者を魅了する。最初に放たれた魔法と音楽によって引き立たされる。

 どこまでも美しく。しかし……どこまでも儚い。

 永遠にとどめることはできない一瞬。だが、その一瞬、一瞬が観客にとっては非常に長いものだ。

 演技も終盤。

 漆黒の花びらを展開したまま、美琴はステージにゆっくりと降り立つ。


『おおっ!!?』


 美琴が地に手を付いた瞬間、現れたのは氷の大樹。

 二つ目の魔道具だ。かつて彩香たちが見た漆黒の花びらを持つ氷の桜が、そこにはあった。

 しかし、それも一瞬である。

 桜とは儚きもの……虚像で作られた桜は一瞬の命である。ピキリという音ともに、氷に罅が入り始めると、それが全体に行き渡る。

 そして、亀裂が全体に広がった瞬間だった。


――パリンッ!


 音を立てて、氷の大樹は粉々に砕けた。

 それはさながらダイヤモンドダストだ。闇と光の共演に、誰もが言葉を失っていた。そして、演技の終了が合図となり、割れんばかりの歓声が会場内を覆ったのだった。




******




あと、残り二話となります!

予定では、今日中に完結します。

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