第52話 魔法演舞(中)
遅れて申し訳ありません。
魔法演舞の大会の開会式を終えた。
最初の選手が演技をするまで多少の時間がある。美琴は一度待機室に戻り荷物を持って、観客席に移動をしている途中……
「西川……」
光秀の姿を見かけた美琴は、咄嗟に通路の角に隠れる。
先ほどまで、観客席にいたはず。ここは選手専用の待機室のすぐ近くであり、いったい何の用があって現れたのか。
息子である勇気が出場していないのは、既に確認済みだ。
怪訝に思いつつ、顔を半分ほど出して光秀の姿を盗み見た。
(何か会話をしているみたいですね……相手は高校生でしょうか?)
会話の内容は分からないが、選手らしき人物と何やら話している様子だ。
満面の笑みを浮かべる男子高校生。一方で、光秀もまたおおらかな表情で会話を弾ませていた。
(いったい何の会話をしているのでしょうか?)
美琴は、西川光秀という人物を警戒している。
証拠はないが、金田誠殺害事件にて犯人の手引きをしたと考えているのだ。午後ドラの見過ぎかもしれないが、状況から考えて田辺製作所の上層部の誰かが関与している可能性が高いことも事実。
尤も、美琴として何かを言うつもりはない。
金田誠と田辺美琴は、何の接点もない者同士である。
誠の事件を調べれば弘人が不自然に思うだろうし、そもそも犯人が怨恨での犯行と自供し、警察の調べでは背後関係は見つからなかったそうだ。
美琴と同じ疑問を抱く者は多いだろうが、先月の末には加害者男性は地裁で判決が出ているため、真相は闇の中に葬られた。
「っ……!?」
美琴がそんなことを考えていると、
二人に動きがあった。光秀は背を向けてそのまま観客席の方に戻るが、もう一方の男子高校生はこちらへ進んで来る。
隠れるべきかと思ったが、一本通路だ。そして、隠れられるような部屋もない。
だが、よくよく考えれば、隠れる必要はない。美琴は開き直ると、素知らぬ顔で通路を歩き始めた。
男子高校生とすれ違うものの、特に反応はなく内心では安堵の息を吐いたのも一瞬……
「おいっ、お前」
背後から声を掛けられた。
振り返ると、そこには先ほどの男子が立っていた。
「何でしょうか?」
内心の動揺を悟られないように、無感情な声で尋ね返す。
「お前、うちの学校によく出入りしている奴だろう?」
「うちの学校……?」
いったい何のことを言っているのか理解できず、首を傾げる美琴。
不意に、男子が身に纏う制服のロゴが目に入った。
(あのロゴは……月宮学園のものですね。つまり、月宮学園の生徒ですか)
少し前までは、田辺製作所も月宮の一部だった。
接点のある生徒がいてもおかしくはない。先ほどの疑問は半分だけ解消されたが、それよりも何故美琴に突っかかって来るのか分からなかった。
「そのジャージ、月宮学園のもののようですが、私に何の御用ですか?」
「何の御用だと?」
美琴の質問に、憤りを見せる男子。
記憶力に自信はあるが、目の前の人物とは初対面のはずだ。少なくとも、声を掛けられたような記憶はない。
「お前らのせいで、俺らの練習場所が少なくなったんだぞ! それで、何の御用だと!?」
「練習場所……?」
「知らないとは言わせないぞ!」
美琴が内心首を傾げていると、男子は苛立ったように声を荒らげ、壁をドンと叩く。
「もしかして、アリーナの事を言っているのですか? あの部屋は、カーラに貸与された部屋であって、あなた方の練習場所ではありませんよ」
「なら、お前たちの練習場所でもないだろう!」
「私たちは、カーラから許可を取っていますので」
今でこそ、美琴たちが練習用に使用させてもらっているが、カーラが魔道具の実験をするため、使っていない部屋の貸与契約を結んだのだ。
契約の更新は一年ごと、施設の破壊などをしなければどのように使っても構わない。
美琴たちは、カーラの実験に付き合うことを交換条件に、練習場所としてカーラから借りているのだ。
筋違いだと主張するが、男子生徒の憤りは収まらない。むしろ、火に油を注いでいるような状況だ。
「ふざけるな! なら、何故俺らに使わせない! 遊ばせておく必要のある部屋がないというのに!」
「私に苦情を言われても仕方がないのですが……。カーラに使用許可を取れば良いでしょうに」
「取ろうとしたさ! だが、追い返されたんだよ! お前らだと才能が足りないってな!」
怒りの感情から溢れる魔素の量。
彩香や穂香よりは少ないかもしれないが、それでも平均を大幅に超えている。才能がないということはないのだが……
(カーラ……)
要するに、カーラのしわ寄せが美琴に来たということなのだろう。
誠の時もそうだったが、どうして面倒な状況になってからこちらにしわ寄せが来るのか、今思い出しても苦情を言いたくなってきた。
内心ため息を吐いていると……
「本当に、お前らは汚いよな! どうせ金だろう!」
まるで、親の敵でも見るかのように怨嗟の籠った視線を向けて来る。
美琴がムッとなって反論しようかと思ったが、男子生徒は一歩詰め寄って来ると更に言葉を続けた。
「金がなければ、教育も満足に受けられない。デバイスもそろえられない。それに、練習場所を取り上げられる……理不尽だろう!」
「……」
男子生徒の言うことは間違ってない。
デバイスに関しては、弘人がいた。だが、他の二点に関しては美琴の力では月宮家を頼るほかなかったのだ。
魔法競技は人気こそ高いが、競技人口が少ないのは費用にある。
美琴が口を閉ざすと、更に男子生徒は言葉を続けた。
「俺に才能がないだと、ふざけるなよ! ただ、金がなかっただけだ……でももう違う。才能を見込んでサポートしてくれる人が出来た……」
才能があるのに、認められないのは何故か。
資金力がないから……。だからこそ、資金力のある奴に勝つことができない。
それが、男子生徒が導いた結論なのだろう。
だが、そんな彼にもサポートしてくれる人が付いた。ならば、負ける道理はない……。
「もうお前らみたいな恵まれた奴に負けるはずがないんだよ!」
そう言い残すと、男子生徒は大股歩きで待機室へと向かって行った。
◇
「えっと、美琴? なんか、物凄く不機嫌そうなのは私の気のせい?」
美琴が、彩香たちと合流してからしばらくが経った。
三人ほどの演技が終わった頃に、尻込みした様子で彩香が尋ねて来た。
「私は普段通りですよ」
平坦な口調で返すが、彩香は納得できない様子だ。
穂香に同意を求めるように視線を向けた。
「絶対、怒ってるよね」
「美琴の場合、逆に表情が消えるから分かりやすい」
などという会話が聞こえて来る。
不快感を隠せていないことを悟った、美琴は大きく息を吐いた。
「いえ、本当に何でもありませんよ。ただ、少しだけ苛ついただけです」
「苛ついた? ……ここへ来る途中に何かあったのかしら?」
「……少しいちゃもんをつけられただけです。アリーナの使用についてで」
「なるほどねぇ」
キャサリンは、美琴の話から何かを察したのだろう。
深く頷くが、彩香と穂香は分かっていない様子だ。そのため、キャサリンが美琴に代わって説明をする。
「貴方たちは、あの学園からすれば部外者なのよ。それは分かるわよね」
「ええ、まぁ……」
「部外者が、自分たちの学校の設備を使っているって気分が悪いでしょ」
キャサリンの言葉に、はっとなる二人。
美琴と琴恵の関係を知っているため、今まで気にはしていなかったのだろう。傍からどう見られるか分かり、顔色を悪くする。
「とは言うものの、あまり気にしなくて良いわよ。あそこは、学園の施設であってもそうじゃないからね」
「どう言う意味ですか?」
「あの部屋は、カーラちゃんが借りているものなの。だから、周囲に迷惑をかけない以上、文句を言われるのは可笑しいのよ」
安心させるように、キャサリンは笑う。
周囲の者たちが、僅かに体を引いたような気がするが気のせいだろう。かという、彩香たちも心なしか顔色が悪い。
「それにしても、カーラ。今さらですが、どうしてあの学校の施設を借りたのですか?」
「簡単だ。秋月の用意した施設は碌なのがなかった。あそこは、大学も近いから色々と便利なんだよ」
確かに、月宮学園の設備は最新鋭だ。
今でこそ注目を浴び始めている秋月ではあるが、もともとは秋宮よりも資金力のない分家である。
それに、月宮学園は月宮の直轄地。
空間魔法の研究は、月宮の重要施設よりも学園の方がカモフラージュになって良いのかもしれない。
「とは言え、生徒から取り上げるのはやり過ぎなのでは?」
「何の話だ?」
「私に苦情を言って来た人が、取り上げられたと言っていましたので」
「そんなことはしていないぞ。今年になって使用者は増えたみたいだが、去年の段階ではそんなに多くなかった。あの婆さんも空いている部屋があるから貸してくれただけだ」
「そうなのですか?」
二人の意見が食い違っている。
どちらの意見が正しいのか判断に困るが……
(おそらく、カーラの言っていることの方が正しいのでしょうね)
琴恵は、月宮である前に教育者だ。
一方的に取り上げるような真似はしないと、確信があった。というよりも、カーラとしても琴恵としても、無理にそこでなくても良かったはずだ。
ただ、予想外だったのは、今年度になって使用者数が増えたということなのだろう。
とは言え……
「それなら、生徒たちに部屋を貸してあげれば良いでしょうに。私たちが使う日は限られているのですから……見られて困るものを置きっぱなしにしてはいないでしょう?」
「お前、あそこは監督者がいないと使えないことを知らないのか? 何故、私が時間を割いてまで監督しなければならない」
美琴の言葉に、呆れたような表情をするカーラ。
「それなら教師に頼めば良いのでは?」
「それこそ無理よ。監督資格のある教師は限られているの……まぁ、人材不足ね」
「そう言うことですか……」
月宮学園の方でも、人材不足は深刻な問題のようだ。
よくよく考えれば、月宮学園の教師ではなく魔法協会のキャサリンをつけたことから人材不足が窺える。
月宮学園のブランドもあって、適当な人材を雇うことが出来ないのだろう。
「どの道、彼らが使えるはずはないということですか……次の選手は、彼ですね」
会話をしていると、ついに先ほどの男子生徒の出番となった。
「へぇ、やんちゃそうで可愛いわね」
ステージに現れた男子生徒を見て、キャサリンが舌なめずりをする。
カーラさえも視線を逸らし、美琴たちはステージに視線を向けた。
「恰好が、完全に不良ですね」
特攻服のような衣装で、使う魔法は炎。
自分で才能があるというだけあって、なかなかのレベルである。
「確かに、言うだけのことはありますね」
美琴は、男子生徒の演舞を見て言った。
他の魔法が使えなくなるため【フロート】は使用していない。明美と同じように、地上で魔法を駆使して踊りを彩らせている。
「器用なものね……」
キャサリンもまた感嘆の声を上げた。
男子生徒は、二種類のデバイスを巧みに操っている。踊りの激しい場面では、中級魔法を使い、派手に彩る。
一方で静謐さを出そうとする時には、薄くステージを彩る。
魔法の切り替えが巧みなのだ。
それを見て、キャサリンが言った。
「ああ、なるほどねぇ。だから気に入らないってわけかぁ」
含みのある笑みを浮かべて、美琴を見るキャサリン。
何が言いたいのか分かってしまった美琴は、苦虫をかみつぶしたような表情をする。すると、穂香が首を傾げて……
「どう言う意味?」
「彼の演技は確かに素晴らしいわ。このまま行けば、おそらくトップは確実よ……けど、どこか独りよがりなのよ」
「うっ……」
キャサリンの言葉に、身に覚えのある美琴は小さく呻く。
それを見た彩香は尋ねて来た。
「どういう意味?」
「そのままの意味よ。おそらく、彼は自分の才能を見せびらかしたいのよ。美琴ちゃんと根本的なものが同じなのね」
先ほどの会話から考えて、それで間違っていないだろう。
とは言え、クオリティーが高いのも事実。言われてみなければ、分からないレベルだった。
「美琴と同じって?」
「彼の前の選手たちは、観客を魅せるのよ。けど、彼や美琴ちゃんの場合は見せるなの」
「どう言うことですか?」
「美琴ちゃんは、デバイスの性能を見せることしか考えてないの。だから、彼の演技と根本的な問題は一緒なのよ」
キャサリンの説明に、どこか納得した様子の二人。
そして、不安そうな表情で美琴を見る。そんな彩香たちを見て、美琴は視線を逸らし、キャサリンは笑った。
「まぁ、美琴ちゃんの場合、矯正させてもらったから大丈夫よ。ねぇ、美琴ちゃん?」
全く笑っていない目を向けられる美琴。
その視線を向けられた美琴は、すっと目を逸らすのであった。




