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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
平穏の終わり
44/92

第44話 暴露

誤字報告、ありがとうございます!

少し長めです。

 カーラと穂香は、裏サイトの解析のため一度別行動を取ることになった。

 あおいが合流したことで、美琴はキャサリンを加えて三人で校長室へと向かう。校舎内には、まだ生徒たちが残っているようだ。

 校長室の前では、学年を問わず多くの生徒たちが人垣を作っていた。


「まったく、教師も大変なのは分かるけど、この状況を放置するのはないわね」


 キャサリンは大きくため息を吐くと、「仕方がないわね」と言って袖をまくる仕草をする。美琴の前に出て生徒たちを散らそうとするが、それを美琴は手で制した。

 そして、最後尾にいる一人の生徒へ声を掛ける。


「失礼ですが、退いて下さいませんか?」


 キャサリンのような大男(?)に声を掛けられては委縮いしゅくしてしまうだろうという配慮だ。

 美琴は優しい笑みをたずさえ、優しい声色で尋ねる。


「ひっ」


 何故か恐怖のあまり表情を引きつらせる生徒。

 まるで、般若を見たかのような表情で美琴から距離を取ろうとする。

 だが、後ろにあるのは人垣だ。校長室前で聞き耳を立てている生徒の一人にぶつかった。


「なによ……ひっ!」


 後ろから衝撃を感じ、不快そうに振り向いた生徒。

 美琴と視線があった瞬間、最後尾の生徒と同じような表情で鋭く息をのんだ。そして、それが感染するように広がり、瞬く間に人垣が真っ二つに割れた。


「キャサリンさん、流石ですね……」


 まさか、キャサリンの登場でこのようなことが起きるとは。

 お化けを見るかのような表情で、美琴を指さす生徒がいるが、きっとその後ろにいるキャサリンを指しているのだろう。

 他人事のように感心した声を出すと、キャサリンは……


「……あなた、一度鏡を見た方が良いわよ。夢に出そうで怖いわね」


 と、心底呆れた声を出す。


「流石は美琴様です」


 何故か称賛の声を上げる葵。

 称賛されている理由が分からない美琴は、内心首を傾げるものの、感情を隠した抑揚のない声色で生徒たちに言った。


「邪魔になりますので、散ってくださいませんか」


 優しい口調で、命令……もといお願いする美琴。

 すると、動きを止めていた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすようにこの場を立ち去って行く。その後ろ姿は、まるで鬼にでも追われているようだった。

 怪訝な表情を浮かべるものの、すぐに扉へと向き直る。


「んまぁ、校長! まさかこの子たちに非がある、そう言いたいのですか!?」


 扉の前に立つと、中から麗子ではない甲高い声が響き渡る。

 いったい誰の声だろうか。美琴が内心疑問に思っていると、続いて男性の声が聞こえて来た。


「なんのお咎めもなし、とは言えないのは理解しているはずだ」


「何を今さら!」

 

 どうやら、今回の件の処遇で随分ともめているようだ。


――トントントン


 美琴は、三度ノックをする。

 誰が来たのか、校長はすぐに察したのだろう。甲高い声が聞こえるなか、「お入りください!」と慌てたような声で返答があった。


「失礼します」


 入室許可を得た美琴は、そう言って扉を開けると中へ入る。


「美琴……」


 最初に声を上げたのは、彩香だ。

 目の前で友人が血を流して倒れたため、顔色が悪く元気がない。一方で、対面に座る麗子は不遜ふそんな態度で一瞥いちべつし、取り巻きの女生徒たちは何らかの処罰が下ると知ってうつむいている。


「田辺、何故ここに?」


 怪訝そうな声で尋ねるのは、信哉だ。

 彩香の担任ということで、この場にいる。おそらく、何故ここに美琴がいるのか理解できないのだろう。


「んまぁ! 何ですの、貴方たち!? 今、大切な話をしているのが分からないの!?」


「お、鳳先生!?」


 校長の言葉から、先ほどから聞こえていた甲高い声の主が分かる。

 演舞部の顧問、バード先生ことおおとり

 おそらく担任教師が明美に連れ添っているため、副担任としてこの場に顔を出しているのだろう。

 からすのように煩わしい声である。


「美琴、どうして君がここに?」


 立ち上がって近づいて来たのは、勇気だ。

 穏やかな声色で落ち着いた印象を覚えるが、この状況では一般的な感性を持つ者の神経を逆なでにする。


(早々に、退場して頂きましょうか)


 今回の件、勇気が関係ないとは言うつもりがない。というよりも、元凶はこの男であることに違いはない。

 だが、勇気が同席する意味はあるのか……むしろ邪魔でしかない。

 美琴は、黒色のデバイスを取り出すと先ほど溜めた魔素を解き放つ。


――ドミネイト


 美琴は、魔道具を通じて自身を中心に薄く魔素を展開する。

 以前までは十メートルほど。だが、今は半径三十メートルほどの距離まで支配が可能だ。


――【ゲート】、起動


 【ゲート】とは、【ディメンションゲート】の美琴専用にカスタマイズした簡易版だ。

 空間支配により燃費を軽減し、魔素圧縮の開放をせずとも使用可能になっている。突如現れた荘厳な門に驚愕の表情を浮かべる一同。

 美琴は、キャサリンに視線を向けると意を汲んだキャサリンが頷く。


「それじゃあ、イケメン君。私とこれからデートしましょう」


「え、は……な、なんだこのモンスター!?」


 突如美琴との間に割って入ったキャサリンを見て、声を裏返す勇気。きっと、未知の門から現れたモンスターだとでも思っているのだろう。

 キャサリンをモンスター呼ばわりした瞬間、空気がピキリと凍った。


「あ゛?」


 モンスター呼ばわりされたキャサリンが、野太い声を上げる。

 その威圧感に、睨まれている勇気は顔面蒼白だった。


「キャサリンさん、あとそちらの二人もお願いしますね」


 ついでとばかりに美琴が視線を向けたのは、何故かこの場にいる諸橋と海藤だ。

 この二人は、いじめに関与していた訳でもない。まして、今回の件ではただの野次馬でしかなかった。

 勇気は間接的に関係があるにしろ、この二人は場違いである。


「分かったわ。この子と一緒に連れて行くわぁ……しっかりと教育、しておくわね」


「ええ、構いません」


 キャサリンの底知れぬ威圧感に、誰も抵抗できず拉致される三人。

 右肩に諸橋と海藤、左肩に勇気を担いだキャサリンは、満面の笑みを浮かべて美琴の作り上げた門の中へと消えて行った。


「さて、邪魔はいなくなりました」


 何事もなかったかのように、言い放つ美琴。

 誰がどう見ても、この場の支配権は美琴にあった。優雅な足取りで、彩香の隣に腰かけると、葵がその後ろに控える。


「田辺、お前はいったい……」


 信哉が呆然とした表情で、美琴に尋ねて来た。

 しかし、美琴が何かを言うよりも先に……


「あなた、葵! どうして、貴方がここにいるの!?」

 

 麗子が葵の存在に気が付き、声を上げた。

 すると、その隣に座っている女子生徒の一人が麗子に小声で尋ねる。


「麗子さまの知り合いですか?」


「ええ。葵は、月宮本家の……当主様の従者をしている人物ですの」


 胸を張って紹介を始める麗子。

 何故ここにいるのか、そう思ったのも一瞬だが秋宮麗子がこの場にいる。つまりはそう言うことなのだと判断し、先ほどまで暗かった表情が一転して明るくなった。

 そして、ここぞとばかりに鳳が甲高い声をあげる。


「んまぁ! それは良かったですわ! 貴方からも、校長先生に口添えして頂けません!? 事故でこの子たちを処罰するのは可哀想ですのよ!」


「そうよ、葵。今回の件、非があるとすればそっちなのよ」


 鳳に追従するように、麗子やその取り巻き達も葵に口添えする。

 月宮の従者である月影の家系……しかも、当主の従者である葵こそが、この場で一番発言力が強いと思っているのだろう。


「そんな訳ないだろう!」


 一方的な、そして理屈の通らない言い分に耐えきれず信哉が声を荒らげる。

 空気がよりヒートアップするなか、美琴はパンパンと手を叩いた。そして、背後に立つ葵に視線を向ける。

 その意を汲んだ葵は、麗子に向かって口を開く。


「確か、貴方は秋宮家の御息女でしたか?」


「そうよ。あなた知っていてこの場にいるんじゃないの? 当主様が目をかけている私を心配して……」


 麗子が言い終わる途中に、葵は静かに笑い声をあげる。

 従者にあるまじき態度だが、自意識過剰な発言に葵は笑わずにはいられなかったのだろう。そして、どこか怒りを感じさせる声色で……


「失礼ですが、秋宮家はすでに月宮家から縁を切っております。ご当主様も、貴方の事を覚えていらっしゃられないでしょう」


「なっ!? じゃあ、何で貴方はここに……」


 葵の発言に驚愕する麗子だが、すぐに顔を赤くして怒りを顕わにする。

 だが、これ以上の脱線は美琴が許さない。麗子が次の言葉を発する前に、美琴は魔素を解き放ち麗子たちを威圧する。


『っ……』


 どうやら瞬発力も上がったようだ。

 いや、制限のようなものが消えたことで、本来の姿に戻ったのだろう。制御が甘くなった魔素が無秩序に室内を威圧する。

 すぐに解除したものの、その一瞬のプレッシャーにより麗子たちのみならず、彩香達もまたその威圧感に鋭く息をのんだ。


「無用な話し合いはそこまでです。話を元に戻します」


 美琴は落ち着き払った声で言い放つ。


「最初にお聞きしたいのですが、水野さんの転落は本当に事故だったのですか? 誰かが突き落としたと言う訳ではありませんよね?」


 美琴はそう言って、校長に視線を向けた。

 校長は緊張した面持ちで、額の汗を拭って答える。


「それは間違いないかと……。現場を見ていた生徒から話を聞いたところ、接触はなかったと言っておりますし」


 校長の話を聞き、彩香に視線を向けた。

 彩香もまた、現場を見ているためコクリと首を縦に振る。


「つまりは、そう言うことなのよ! 葵、あれは事故であって、私たちが罰せられるのはおかしな話なのよ!」


 何が何でも葵を味方につけたいのだろう。

 麗子を皮切りに、取り巻きの少女たち、果てには鳳まで葵に無実を主張し始める。しかし、葵は我関せずという態度を崩さなかった。


「接触はなかった、ということは本当なのでしょう。では何故、あなた方は水野さんに詰め寄ったのですか? 水野さんが足を踏み外していなければ、あなた方が彼女を突き落としていたのではないのですか?」


「そんなことするつもりはなかった!」


 一人の少女が、美琴を睨むと強く反発する。


「では、詰め寄って何をしようとしたのですか?」


 大凡の話の流れを知っている。

 彼女たちは、先日美琴の頭上にバケツの水を落とした少女たちだ。事の発端となった、その事件を口に出そうとするが、美琴に対して被害者であるなどとこの状況で主張できるはずがない。

 視線をさまよわせてから、ふと彩香に視線が止まった。


「そうっ! 明美が、変なことを言おうとしたから口を塞ごうとしただけ!」


「変なこと?」


「私たちが部で暴力を振るっていたようなことを言っていたの!」


「それが事実なのではないのですか?」


「違うわよ! あんた、あまり適当なこと言わないでよ!」


 校長や葵がいる場で、嫌疑を掛けられたくないのだろう。

 先ほどから美琴に反発している少女以外の少女たちもまた、同調するように声を上げて来た。


「認めるつもりはないということですか」


 一度ため息を吐くと、美琴は校長にカーラの持つ端末を渡した。

 ディスプレイには、先ほど見付けた裏サイトが映し出されている。


「これは……っ!」


 怪訝そうな表情で美琴から渡された端末に視線を向けるが、すぐにそれが何か気づいたのだろう。食い入るように、そこに書かれた内容を見る。

 そして、近くに座っていた信哉も気になったのだろう。美琴に許可を取ると、端末を覗き込む。


「裏サイト……」


 信哉のポツリと呟いた一言に、麗子の取り巻き達はピクリと肩を動かす。

 身に覚えがあるのだから当然だろう。校長と信哉が何を見ているのかを察して、顔色がますます青白くなって行く。


(……やはり関与しているみたいですね)


 美琴はちらりと麗子に視線を向けた。

 目に見えて慌てた様子の麗子。だが、それも一瞬の事だ。すぐに表情を取り繕うと、素知らぬ顔をする。


「つき……田辺様、これは本物なのでしょうか?」


 途中まで確認した校長が、うかがうように美琴に尋ねて来た。

 偽物だとは思っていないはずだ。しかし、校長としての立場上、いじめがあると信じたくはなかったのだ。


「さぁ、それはどうでしょうか。彼女たちや被害者たちに聞いてみれば確かでは?」


「そうですね……」


 歯切れの悪い返答だった。

 校長の対応が鈍いので、美琴は目を細めて尋ねる。


「それで?」


「さ、早急に調べ上げようと思います!」


 小心者の男だが、頭の回転は遅くない。

 校長としての立場と月宮の不興を買うこと。どちらの方がダメージが低いか瞬時に判断して、結論を出す。


「一先ず、彼女たちには無期限の停学処分。学校側でこの件について調査後、被害者ご家族を交えて今後の処罰を決定しようと思います」


「妥当な所ですね」


 なかには警察に被害届を出す者もいるかもしれない。

 学校という特殊な環境であるため、刑事処罰にまで至るかは分からない。だが、学校としてできるのはここまでだろう。


「ちょっと待ちなさいよ! あんた何様のつもりよ!」


 声を上げたのは、麗子だ。

 勢いよく立ち上がると、美琴を見下した。


「さっきから黙って聞いていれば、あんたには関係のない話でしょ! 部外者が我がもの顔で口を挟まないで!」


「部外者ですか」


 確かに、この件について美琴は麗子達からすれば部外者だろう。

 だが、美琴にとって今回の件は部外者ではない。それこそ、今日起きた悲劇は自分が発端になったとさえ思っている。


「それに私は秋宮よ! 本来、貴方のような貧乏人が会話して良い相手じゃないの!」


 この期に及んで、まだ身分を振りかざす。

 背後に立つ葵から怒気のようなものが感じられ、校長は目に見えて動揺していた。


(いい加減煩わしいですね……)


 そう思い、美琴は口を開いた。


「先ほどの葵が何故ここにいるのかという問いかけですが……」


 美琴はそう言って、室内を一瞥する。


「私の母方の名字は『月宮』……。そう言えば、葵がこの場にいる理由を納得できますか?」


「つき、みや……」


 誰かがポツリと呟いた。

 誰の声だったのかも分からなければ、もしかするとこの場の大半の者が呟いたのかもしれない。

 そして、従者のように背後に立つ葵の存在。

 美琴の言葉が真実だと証明しているようなものだった。








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