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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
平穏の終わり
43/92

第43話 美琴の怒り

 月宮学園から大急ぎで駆け付けた美琴。

 大凡の事情は、嗚咽交じりで要領の得ない彩香に代わって穂香が説明してくれた。美琴が駆けつけるよりも早く救急車が到着したようで、すぐに病院へ搬送されたようだ。

 美琴は息を切らせながら、三階の踊り場へと向かった。


「美琴!」


 現場で待っていたのは穂香だった。

 時間が経っているということもあって、既に生徒たちは解散している。しかし、目に付いたのは薄っすらと浮かぶ血の跡だ。

 電話による間接的な情報だったからか、実感が薄かった。

 しかし、現実に目の当たりにすれば話は別だ。


(私の、せい……)


 ふと、そんなことを思う。

 麗子たちがこんな凶行に出たのは、間接的には自分にこそ原因がある。秋宮が力を失えば、麗子は何もできなくなる。だからこそ、直接的な手を打つことはなかった。

 それがあだになったのだろう。

 自分の不甲斐なさに、今まで感じたことがないほど激しい感情が湧きあがる。


――カチリ


「み、美琴……?」


 穂香が心配そうな……いや、どこか恐怖を覚えた表情を浮かべる。

 しかし、穂香の声は美琴には届かない。


――カチリ


 再び、まるで歯車がかみ合うような音が聞こえる。

 それと同時に、思考が晴れやかになり、今まで感じていた肉体と意思のアンバランスさが解けて行くような錯覚を覚える。

 しかし、今はそれどころではない。美琴は自然とポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛けた。


「お婆様、美琴です。状況はご存知ですよね」


 電話の相手は、琴恵だ。

 琴恵は、西川中学の校長とつながりがあることは薄々気づいている。だからこそ、この状況をすでに知っていても不思議ではない。

 そして、案の定琴恵は把握していたようだ。落ち着いた声色で、返事があった。


『ええ、既に把握しているわ。それで、私に連絡をしたということは、協力してほしいということですね』


「……はい」


 美琴が躊躇ためらったのは、一瞬だった。

 以前なら、月宮と関係を持ちたくない。そんな思いが強かったが、今はそれほどではない。とは言え、当主になりたいという気持ちがあるわけではないが。

 純粋に祖母・・への頼みごとである。

 美琴の心境の変化を感じ取ったのか、こんな状況であるにもかかわらず、琴恵は僅かに笑みを漏らす。


『その様子だと、どうやら振り切れたみたいね。協力については了解したわ。葵を向かわせているから、好きにして良いわよ』


「ありがとうございます」


 「向かわせる」ではなく、「向かわせている」だ。

 もしかすると、琴恵は美琴から連絡が来ることを分かっていたのだろう。その用意周到さには、舌を巻くほかない。


『それと、今夜時間はとれるかしら?』


「はい、問題はありません」


『なら、直接会って話がしたいわ。良いかしら』


「……分かりました」


 僅かな逡巡しゅんじゅん

 怪訝に思いつつも、美琴は了承した。電話を切ると、再び穂香へと向き直る。


「っ」


 穂香はどこか緊張した様子だ。

 いったいどうしたのか。美琴は不思議に思っていると、唐突に……


「こらっ!」


「っ……!」


 後頭部に衝撃が走り、頭を抱える。

 そして、僅かに涙目になりながら後ろを振り向くと、そこにはキャサリンの姿があった。そしてその隣にはカーラの姿がある。

 美琴はカーラに車で送って来てもらった。美琴よりも随分と遅くなったのは、きっと教員たちに捕まったからに違いない。何せ、キャサリンは当然としてカーラもまた怪しい恰好をしていた。


「なんですか、いきなり?」


 キャサリンにチョップされたことに気づいた美琴は、恨めしそうな視線を向ける。

 すると、二人は呆れたような表情を浮かべた。


「あなた、物凄い魔素を発していたわよ。そんな魔素を無秩序に放出していたら、他の子の体調が悪くなるでしょ。穂香ちゃんでさえ、顔色が悪いんだから」


「え?」


 言われて、自身の状況を把握する。

 意思は冷静でいたつもりだが、どうやら体は冷静ではいられなかったようだ。溢れ出す魔素の制御を完全に失っていた。

 美琴はそれに気づき、大急ぎで自身の魔素を抑え込む。


(……制御が難しい?)


 普段であれば、呼吸をするように制御が出来ていた。

 しかし、何故か今はそれが難しい。ゆったりと流れていた川が、嵐の後のように勢いよく流れているような感じだ。

 いったい、これは何が……


――カチャリ


 再び何か歯車がかみ合うような音が響く。

 それと同時に、美琴は以前までとは違う年相応の激しい感情の波が襲い掛かるような錯覚を覚える。

 自分の変化に、戸惑う美琴。

 しかし、戸惑っている間にも、美琴の魔素は感情に共鳴するように激しさを増す。


「おいっ、魔道具に魔素を込めろ!」


 突如響き渡るカーラの声。

 美琴は、咄嗟に反応して黒いデバイスに制御を失った魔素を流し込む。【ディメンションゲート】は膨大な魔素を必要とするため、魔素を貯蓄する機能が備え付けられている。そこへ溢れ出す魔素を流し込んだ。


「ふぅ……」


 ある程度魔素を放出したおかげで、制御を取り戻した美琴。

 しかし、一気に魔素を消耗したおかげで、体には倦怠感けんたいかんがあった。


「ようやく落ち着いたみたいだな。怒りで制御を失うなんて、お前らしくもない」


「怒り?」


 感情が豊かになったとはいえ、感情の起伏きふくが乏しかった。

 そのため、自分の感情が分からなかったのだ。指摘されたものの、やはり実感が湧かない。一方で、そんな二人を置いてキャサリンは穂香に駆け寄る。

 直接、美琴の魔素を浴びていたのだ。顔色が悪かった。


「穂香さん、大丈夫ですか?」


 美琴もまた、慌てて駆け寄る。


「大丈夫、問題ない」


「まぁ、常日頃からこんなのと一緒にいるからな。魔素への耐性が出来たんだろう」


 カーラがさりげなく口を挟む。

 いつもならば反論する美琴であるが、今回は美琴に非があるため何も言い返せない。穂香が階段に座り込むと、美琴に視線を向けた。


「それで、どうするつもりなの?」


 先ほどの会話を聞いていたからだろう。

 穂香がどこか期待するような視線を美琴へと向けて来た。


「その前に、彩香さんは?」


「彩香は、秋宮や西川たちと一緒に先生に連れて行かれた。おそらく、校長室。事情が聞きたいみたい」


「校長室ですか……」


 美琴は面識がないが、噂では権力に弱いタイプの人間だ。

 以前なら、秋宮や西川の名を恐れて二人に有利な判決を下したかもしれない。だが、今となっては琴恵の傀儡かいらいだ。

 美琴が関与しているとなれば、間違いなく麗子たちに加担することはないだろう。


(まだ、到着まで時間が掛かりそうですね)


 葵がこちらへ到着するのがいつになるかは分からない。

 そう思って、穂香へと提案する。


「先に剣道部へ向かっても良いですか?」


「構わない。けど、こんなことがあったから今日は休みだと思う」


「それについては好都合です。取りあえず、誰か先生に許可を取って中へ入れれば」


「そうなの?」


「ええ」


 美琴は、笑みを浮かべると視線をカーラに向ける。


「あの手の輩は、何かしら証拠を残しているものです」


「ああ、おそらくな。おそらく部屋の端末を漁れば、いくらでも埃が出て来ると思うぞ」


 カーラは、美琴の意図をくみ取り頷く。

 彩香には、実験体として情がある。どうでも良い事で、せっかくの実験体を失うことは避けたいのだろう。

 あくどい笑みで笑い合う二人を見て、キャサリンは大仰に肩をすくめるのであった。





 剣道部の顧問の先生を捕まえて……キャサリンが担いで、到着した剣道部の部室兼更衣室。


「……汚い」


 思わず本音が零れ落ちてしまった。

 もう一度部室を確認するが、何度見ても『女子剣道部』だ。興味本位で、『男子剣道部』の部屋を覗いてみると……


「これ普通は逆じゃないの?」


 隣でポツリと声が聞こえる。

 穂香だ。キャサリンも、「あらん、女子力高いわね」などと呟いてしまうほど、細かな所まで掃除が行き届いていた。

 服やお菓子のゴミが散らばっていて、掃除された気配がない女子の部室とは大違いだ。

 顧問の男性教師も、視線を逸らしてしまった。


「んじゃあ、さっさと調べるぞ」


 何事にも動じないカーラ。

 いや、カーラの研究室が似たようなものだから気にならないのだろう。他の者たちが呆れている中、平然と女子の部室へと入って行った。


「あのっ、出来ればあまり荒らさないでいただけると……」


 言葉が徐々に小さくなったのは、キャサリンの影響だろう。

 人一人を軽々と担ぐことができる大男。しかも、奇天烈な恰好をしているのだから、恐怖を感じても仕方がない。

 いや、それよりも時折キャサリンから向けられる肉食獣のような目を恐れているのだろう。


「すぐに終わりますので、御心配には及びません」


 美琴は綺麗な所作で一礼をすると、不快に思いながらも中へと入って行く。

 そして、その後を穂香とキャサリンたちが続く。


「どうですか?」


 部室の端に取り付けられた端末。

 主に、部員たちの活動履歴や予定が書きこまれるために使用されるものだ。そこには、生徒が自由に書き込みできる。

 カーラは、ハッキングをするまでもなく何かを見つけたのだろう。

 深いため息を吐く。


「……こいつら馬鹿だろう」


 カーラからの返答は、心底呆れを孕んだものだ。

 すぐに自分の端末を取り出すと、操作を始める。


「見てみろ」


 しばらくして、カーラが美琴たちに端末のディスプレイを見せて来た。


「学校の裏サイトですか」


 カーラが見せて来たのは、剣道部員たちが使っていたSNSだ。

 おそらく、パスワードが知られなければ安全だとでも思っていたのだろう。いじめの証拠が隠されもせずに次々と出て来る。


「っ……!」


 顧問の教師も、流石に把握できていなかったのだろう。

 キャサリンに担がれた状態で、食い入るようにディスプレイに視線を向けた。その表情は険しく、自分の不甲斐なさを恥じているようにも見える。


「酷い……」


 穂香が目をつけたのは、彩香への誹謗中傷の書き込み。

 友人である身としては、あまりにも自分勝手な言い分であった。中には「教師と男女の関係を持っている」という根も葉もない書き込みさえあり、憤りを覚える。


「お前、大人気だな」


「そうみたいですね」


 彩香と同等……いや、最近では九割近く美琴について書き込みがされていた。

 学校では、声に出して陰口を叩くことさえできないのに、ここでは随分と剛毅な性格に変わっている。


「へぇ……」


 美琴が目をつけたのは、「娘を働かせているダメ親」という話だ。

 確かに株取引でかなり儲かっているのは事実ではあるものの、まるで真実のように語られている。中には、いかがわしい店で働いているのではないかという書き込みさえある。

 誰のコメントか、名前を覚えつつ画面をスクロールさせる。


「それにしても、随分と好き勝手していたみたいですね」


 指導という名の暴力。

 彩香が原因とされているようだが、問題は麗子の取り巻き達だ。中には、竹刀で叩かれあざになっている生徒もいる。

 とは言え、こちらはそれほど多くはなかった。

 むしろ、陰湿ないじめの方が多い。

 美琴が受けた(?)ような水を被せる行為。何が楽しいのか分からないが、ずぶ濡れになった女生徒の写真が載せられていた。


「女子のネットワークは怖いと言うけど、見ているこっちが気分が悪くなるわぁ」


 心は乙女のつもりでも、あまりにも陰険な書き込みにげんなりとしたキャサリン。

 流石に一緒にするなとカーラと穂香から鋭い視線が向けられる。


「ともあれ、丁寧に証拠の写真があったのは助かるな」


 これだけ証拠が揃っているのだ。

 学校側もいじめを認めるほかないだろう。


「けど、秋宮が関わってる証拠がない」


 まだすべてを見たわけではないが、どこにも麗子の書き込みがなかった。

 それでは、麗子が関与している証明にならないと思ったのだろう。穂香は不満そうに唇を尖らせた。


「それなら問題ありませんよ。そのサイト、中学生が作ったにしてはクオリティが高すぎます。おそらく、秋宮が関わっているはずです」


「まだ確証はないがな。少し探ってみれば尻尾を掴めるだろう」


 カーラの言葉に、美琴は頷く。

 それからしばらくして葵が到着し、美琴たちは校長室へ向かうのであった。







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