第42話 明美の証言
誤字報告、ありがとうございます!
*****
午後の授業が終わり、迎えた放課後。
部活動を辞めた明美は、一人帰り支度をしていた。
「はぁ……」
来週からは別の中学に転校する。
クラス内では浮いた存在となりつつあるが、それでも寂しいという思いが湧きあがって来る。
未練でもあるのだろうか。
自分に問いかけるが、それで良かったのだと自分に言い聞かせて立ち上がる。
「明美、ちょっと良い?」
明美が鞄を持って帰ろうとしたとき、不意に声を掛けられる。
そちらへ視線を向けると、そこには麗子の取り巻きである生徒たちが立っていた。彼女たちは、先日美琴に水をかけようとした少女たちだ。
「な、何でしょうか?」
「ねぇ、あんた。一昨日の放課後、中庭にいたんだよね」
「っ……」
女生徒の一言に、動揺する明美。
その口調は疑問形ではなく、断定に近い。そして、それは確証があったのだろう。一枚の写真を明美に見せて来た。
「ここに写っているのあんただよね」
「それは……」
見せられた写真には、明美と彩香……そして、美琴の姿がある。
麗子から、散々二人には会話もしないように言い含められていた。それを明確に裏切った証拠である。
まさか、見られていたとは思わなかった。
動揺を顕わにする明美に、女生徒は口角を上げて言った。
「別に、麗子様は構わないと言っていたわ」
「……」
明らかな裏切りだ。
麗子は裏切りを許さない。それを知っている明美は、女生徒の続く言葉を待った。
「ただ、代わりに条件があるわ。ついて来なさい」
有無を言わさぬ口調。
そして、強引に腕を掴まれ教室から連れ出される。いったいどこへ連れて行かれるのか、内心恐怖を抱きつつも連れてこられたのは、階段だった。
しかし、何故か人垣が出来ている。
女生徒たちは人垣を割って、前に出るとそこには……
「ふざけないで、私も美琴も関係ない!」
怒気を顕わにする彩香の姿があった。
「僕だって、信じたくはない。彩香が、部員たちに暴力を振るっていたなんて……。それに、美琴も何か事情があって魔法を使ったんだよね」
「……」
勇気の言葉に、今がどういう状況か漠然と理解できる。
この場に連れてこられたということは、一昨日の一件について話しているのだろう。そして、どういう訳か剣道部で彩香が暴力を振るったという話になっている。
だが、彩香はそんな冤罪を認めるつもりは毛頭ないようで、反論をする。
「あんた、何様のつもり? 部外者が剣道部の話をしないで! それに、その件については先生たちも把握しているわ」
明美も、噂程度だが彩香の一件は知っている。
そして、彩香が部員に暴力を振るったことがないことも。実際に暴力を振るったのは、明美の隣に立つ女生徒たちだ。麗子の取り巻きということで、逆らうことができず一方的な暴力を受けていた。
彩香はそれを止めただけ。顧問もそれを把握しているが、麗子の存在もあって彩香が自主退部することで決着がついた。
「先生たちが知っていても、部員たちの心には傷が残っている。だから一緒に謝ろう」
「はぁ……」
勇気の提案に、彩香は重いため息で答える。
何を言っても無駄だと悟ったのだろう。踵を返して、この場を立ち去ろうとする。だが……
「待って」
勇気がそれを阻止する。
構図としては、壁ドンだ。周囲からは嫉妬の混じった声が上がるが、明美にはとても嫉妬できる光景には見えなかった。
「離れてくれない?」
突き放すような冷たい口調で言い放つ。
明美の周囲では、そんな彩香の態度が気に入らないようで舌打ちが聞こえて来る。
「そうすると、彩香が逃げるでしょ。僕は、彩香のことを大切な幼馴染だと思っている。だから心配なんだ」
そう言って、あいている方の手で彩香の顎を持ちあげようとする。
――パシッ
その瞬間、渇いた音が周囲に響き渡る。一瞬、何をしたのか理解できなかった。しかし、すぐに何が起こったのか理解する。
「いい加減にして、迷惑だって言っているのが分からないの?」
「……っ」
彩香に頬を叩かれたことで、呆然とする勇気。
その隙に彩香は勇気から距離を取った。
「あんたに付き合っている時間はないのよ。用がないなら、もう帰るわ」
「待て!」
彩香がこの場を去ろうとしてようやく気を取り直した勇気。
背を向けようとした彩香に制止の声を掛けた。しかし、彩香が止まることはない。心配そうに見ていた穂香のもとへ向かおうとすると……
「やっぱり、話し合いは無駄でしたわね」
麗子が行く手を阻む。
そして、続くように何人かの女生徒たちが彩香の前に立ちふさがった。「もう少しだけ、二人で話をさせて」と勇気が言っているが、麗子たちは聞く耳を持たない。
そして、侮蔑を孕んだ視線を彩香へ向ける。
「あの子たちが私に泣きついて来たのよ! あの貧乏娘に、魔法で攻撃されたってね!」
「証拠は?」
確かに、校内は魔法の制限レベルが甘い。
しかし、一定以上の魔素が集中した場合、職員室に通知が行くように設定されている。美琴が魔法を悪用したのであれば、職員室に通知が届いているはずだ。
明美が見た限り、美琴は魔法で水を逸らしただけだ。
それを攻撃ととらえるのは無理があるだろう。だが、麗子は表情を変えずに、こちらへ視線を向けた。
「それは、あの女が小細工をしたからに決まっているわ。それに、こっちには証人がいるのよ」
「っ……」
明美は、この時になって初めて連れてこられた理由が分かった。
写真があることから、あの現場にいた証拠があるのだ。そして、麗子には虚偽報告でも真実に変えるだけの力があった。
この場から逃げようとそう決意したが、女生徒たちの力が強く無理やり彩香たちのもとへ連れられて行く。
「明美ちゃん……」
どこか悲しそうな表情をする彩香。
「明美。あなた、確か現場にいたのよね」
嗜虐的な笑みを浮かべて、麗子は明美に尋ねる。
この三年間で築き上げられた麗子との上下関係。転校する身だとはいえ、そう簡単に払拭できるようなものではない。
だからと言って、虚偽報告ができるのか。
周囲が静観するなか、明美は葛藤を続ける。
「明美、本当のことを言ってくれ。君は見ていたんだろう?」
優しい声色で語り掛けて来る勇気。
しかし、明美にはまるで脅迫されているような錯覚を覚えてならなかった。周囲から鋭い視線が向けられる。
「私は……」
周囲の圧力に耐えきれず、ポツリと呟く。
「明美ちゃん」
彩香に名前を呼ばれ、ビクリと肩を震わせる。
いったいどんな表情をしているのか、それが怖かった。しかし……
「っ……」
彩香の表情は優しいものだった。
「大丈夫だ」と視線で訴えかけて来る。きっと、明美の立場を理解し、その内に抱える葛藤も理解しているのだろう。
(本当にそれで良いの……)
明美は自問自答する。
冷たい目で「早くしろ」と訴えかけて来る麗子。たとえ、このまま転校したとして、次に麗子へ会った時自分は何ができるのか。きっと何もできないのだろう。
そして、再び彩香へと視線を向ける。
葛藤のあまり、ギリッと歯を食いしばる。そして、周囲から囃し立てるような声を聞きつつ……
「私は……見ました」
一度、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、彩香との幼い頃の記憶。そして、転校までに麗子に対して一矢報いる。そんな覚悟が、立ち止まろうとする明美を突き動かした。
「彼女たちが、田辺さんの上に水を掛けようとしていたのを見ました! 田辺さんは、自分の身を守るために、魔法を使っていただけです!」
『なっ!?』
明美の答えが望んだものではなかったからだろう。
麗子や勇気は当然のこと、彩香もまた驚愕の声を出す。すぐさま気を取り直した麗子は、明美に詰め寄った。
「何を言ってるの!? 本当のことを話しなさい!」
麗子の剣幕に怯える明美だが、すでに賽は投げられた。
今さら引き下がることはできず、恐怖心を抱きながらも真っ直ぐに麗子を見た。
「本当のことです!」
「あなた……!」
鬼のような形相で「どうなるか分かっているんでしょうね」と睨んで来る麗子。
しかし、続く言葉よりも先に、階段の上から声が届いた。
「そこまでにしたら? 先生を呼んだけど」
穂香だ。
おそらく走って来たのだろう。服を乱して、呼吸が僅かに荒い。そして、その一言があったからこそ、明美は更に言葉を続けることが出来た。
「それに、彩香ちゃんも部員に暴力を振るっていません!」
「っ!?」
「本当なのかい、明美?」
麗子と明美に交互に視線を向ける勇気。
自分が疑われたくない、そんな一心で……
「あなたたち!」
明美の隣にいる女生徒に声を掛ける。
すぐさまその意味を理解した女生徒は、明美の口を塞ごうとする。数人に囲まれたことで恐怖を覚え、少しずつ後ろに下がる。
「貴方たち、やめなさい!」
彩香が制止の声を掛けて割って入ろうとする。
しかし、それよりも前に女生徒たちの腕が明美へと伸びる。それを避けようとさらに距離を取ろうとするが……
「えっ、きゃっ!」
すでに明美の後ろは、階段だった。
前にばかり気を取られた明美は、階段を踏み外してしまった。その瞬間、自分の視界がスローになる感覚を覚える。
魔法による浮遊とは違う。
重力に従って、そのまま落ちて行く感覚。そして、必死の形相でこちらに手を伸ばす彩香の姿と呆然とする勇気の姿。
手が届く位置にいるのは麗子の取り巻きである女生徒たちのみ。
明美も手を伸ばそうとしたが、女生徒たちは冷たい表情でその手を取ろうともしなかった。そして、麗子の表情は……
――ドタドタドタッ!
明美は、周囲から悲鳴が聞こえるなか階段から転がり落ちて、意識がシャットアウトされるのだった。
*****
本作も、いよいよ終盤です。
予定では、五十話で完結します。
もともと十万字程度で完結する予定でした。気が付けば、その倍ですね(笑)




