第40話 嵐の前に
誤字報告、ありがとうございます!
豊田と富田について、冨田で統一しました。
混同しており、申し訳ありません。
彩香の委員会が終わるまでの間、中庭で待っていることにした美琴。
何の縁か、水野明美と出会い、彼女の話を聞くことになった。隣に座る明美は、俯きながらもポツリポツリと悩みを打ち明け始めた。
「自分のせいで、父が仕事を辞めたと……」
明美の話を聞いて、美琴は要約する。
色々なことを話しているが、明美が悩んでいるのはその一点に限るのだ。下手な装飾なしに伝えられた言葉に、明美はビクリとしながらも頷いた。
「……はい。両親が、私が学校の関係……もっと言うと秋宮さんとの付き合い方で悩んでいるのに気づいたみたいで、この前突然帰って来た父が辞表を出して来たと」
その言葉を聞いて、美琴は思う。
(ごめんなさい、私たちが原因です……)
そう思わずにはいられなかった。
とは言え、それを口に出すことはない。明美の話が続く。
「確かに、私は秋宮さんが苦手です。何かと逆らおうとすれば、すぐに怒りますし。それに、お父さまに頼めば、父をやめさせることは造作もないことだって」
「うわぁ……」
明美の話に思わず声が出てしまう美琴。
そこまで酷いのか……。そう思わずにはいられなかった。
「私どうしたらいいのか分からなくて……。けど、お父さんは魔道具が好きで。あのオータムですよ。なかなか家に帰って来られませんが、それでも……」
途切れ途切れになりながらも、心情を吐露する明美。
それを聞いた美琴は、可哀想だと思った。
(自分の態度が、家族の一生を左右する……この年ごろの少女にとって、少々酷な話ですね)
秀人の性格からして、愛娘のためなら優秀であろうと技師の一人くらい辞めさせるのは、特に不思議なことではない。
だが、一つだけ聞いておきたかった。
「貴方のお父さんは、何と言って辞めたのですか?」
「え?」
「ですから、貴方のために辞めたとでも言ったのですか?」
美琴が再度質問すると、明美は首を横に振った。
「ううん。前から辞めようと思っていたと、言ってました。もう少し家族で過ごしたいからって……お母さんも口には出さなかったけど、嬉しそうでした」
「なら、そう言うことです。別にオータムでなくとも、就職先はいくつもあります。一つお聞きするのですが、貴方の父は無職ではないでしょう?」
美琴は、明久と出会った夜に琴恵へ連絡を取った。
優秀な技師がいると。そしたら案の定、琴恵はすぐさま吸収に入った。すでに半数以上の技師が、琴恵によって引き抜かれた状態にある。
そう言った背景を知っているが故の言葉だ。
すると、明美は……
「確かに仕事に行くと言っているのですが、正直怪しいです。そうすぐに見つかるはずがないので、きっと私に心配かけないように行っているふりをしているに違いありません」
「いえ、そこは普通に信じてあげましょうよ」
あまりにもシビアな言葉に、思わずツッコんでしまう美琴。
確かにあり得そうな話だが、それを聞いた明久はどう思うのだろうか。きっと、心に深手を負うことになるだろう。
頬を引きつらせていると……
「それにしても、今日はありがとうございます。話すことが出来て少し気が楽になりました」
先ほどとは違って、憑き物が取れたように笑みを見せる明美。
明美は、勇気が気に入るだけあって十分に美少女だ。そんな少女の儚げな笑みに、思わず見とれてしまう美琴。
すると……
「美琴、お待たせ!」
彩香が校舎の陰から現れた。
美琴が座っているベンチに近づくと……
「み、美琴が……一人じゃない」
愕然とした様子の彩香。
まるで宇宙人にもでも遭遇したかのような驚き様に、美琴は眉を顰める。いったい、彩香の中で美琴とはどんな人間なのか、そう問い詰めたい衝動に駆られる。
「って、あれ……明美、ちゃん?」
ふと、美琴の隣に座る少女が明美だと気づいたのだろう。
美琴と話していることが意外で、驚きのあまり目を瞬かせる。明美もどこか居心地が悪そうに……
「彩香ちゃん、久しぶり……」
「うん、久しぶり。けど、どうして美琴と」
そんなことを尋ねる彩香。
彩香との間に何があったのかは知らないが、明美が負い目のようなものを抱いているのは伝わって来た。
深入りしようとは思わず、美琴は咳払いをする。
それにはっとなった彩香。美琴に視線を向けるが、美琴は「事情は後で話す」という意味を込めて視線を返す。
その意味が伝わったのか、彩香は話題を変えようと周囲を見渡すと、ふとあることに気づいた。
「……あれ、何でそのベンチの周り濡れてるの?」
「ああ、それですか。本を読んでたところ、上から水が降って来たんですよ。今日は快晴ですけど」
「え?」
美琴の言葉に、思わず聞き返す彩香。
何を言っているのか理解できなかった様子だ。そんな彩香を見て、明美が口を開いた。
「……上から水を落とされたんです」
「美琴が……?」
怪訝そうな視線を向けて来る彩香。
これまで一度もなかったことに、耳を疑ったのだろう。美琴は、特に話すことでもないと思っていたので端的に……
「そうですね。まぁ、本を濡らしたくなかったので、適当に逸らしておきましたが」
そう言って、最近では普通に携行している黒色の魔道具に手を触れる。
正直、持っているのも嫌だったが、思った以上に使い勝手が良いのだ。副次効果として、周囲の空間を把握でき、歪曲することもできる。
認めたくはないが、流石はカーラだ。
弘人が作った魔道具よりも、美琴と相性が良かった。
「……美琴を狙うって、どこの勇者よ。生きてはいるよね?」
「何を言っているのですか? 何もしていませんよ」
血に飢えた獣か何かと、勘違いしているのではないか。
確かに水を掛けられたことに、苛立ちはする。だが、それで仕返しをするほど、子供ではない。
「一度だけです。顔は覚えたので、次に何かして来ればしっかりとお返ししますよ」
「「うわぁ……」」
美琴が、笑みを浮かべて言うと、彩香だけでなく明美も引いた様子だ。
いったい、何故。
そう思わずにはいられないが、美琴が聞き返すよりも先に彩香が尋ねて来た。
「それにしても、どこの誰よ。美琴に手を出そうとか、馬鹿過ぎるでしょ」
「それが、あの……」
彩香の言葉に言いにくそうにする明美。
見たところ、水を掛けて来た少女たちは三年生らしいのだ。少なくとも二年近く一緒の中学に通っているのだから、明美が顔を知っているのは当然だろう。
口に出そうか迷っている様子の明美。
少女たちに対してのものかと思っていたが、どうやら違うらしい。彩香の様子を窺いながらも口を開いた。
「……遠目でしたけど、おそらく剣道部の人かと」
「……」
明美の言葉に、美琴は言いにくそうにしていた理由に気づく。
彩香にとって、ある意味一番聞きたくない答えだろう。視線を彩香へと移す。
「……そこまで落ちたんだ」
と、無表情に言い放つ。
やはり、彩香にとっては聞きたくない答えだったのだろう。端正な顔立ちが、複雑な感情により歪んでいた。
そして、美琴へと視線を向けると、頭を下げた。
「ごめん、美琴。迷惑をかけたみたい」
「別に気にしていませんが。彩香さんが謝ることはないでしょう?」
すでに退部をしている彩香には関係のないことだ。
しかし、彩香としてはそうは割り切れないのだろう。そこで、美琴は質問をした。
「一つお聞きします。何故、彩香さんは剣道部を辞めたのですか?」
聞く気はなかったが、状況が状況だ。
美琴の問いかけに、彩香は一度ため息を吐くと答えた。
「端的に言うと、派閥問題かな」
「派閥?」
「って、そうか……美琴は友達いないから知らないのか」
「……」
友達がいないという言葉に、密かにショックを受ける美琴。
思い返してみると、誠と美琴を合わせても、友達と呼べる……いや、話し相手と呼べる人物が、両手の指の数よりも少ないことに気づく。
そんな美琴を無視して、彩香は説明を始める。
「女子には派閥があるの。まぁ、グループの方が正しいかもしれないけど、うちはあれだから……」
「うん、力のある人が多いからね」
彩香の言葉に、明美が補足する。
普通の学校では女子のグループで済まされるが、秋宮を始めとして親が会社のトップである子がいる。
グループという規模で収まらず、派閥と称しているそうだ。
美琴が知らないのは、基本的に一人であり、周囲に無関心であることが原因だそうだ。
(別に無関心という訳ではないのですが……)
美琴も、他の女子の話は聞いていた。
しかし、付いて行けないのだ。アイドルとか言われても、基本的にサスペンスしか見ない美琴には分からない。そのため、話を掛けられても答え方が分からないのだ。
それが、女子たちの間で澄ましていると捉えられているのかもしれない。何とも、厄介な話である。
「それで、その派閥がどうかしたのですか? ……ああ、いえ。そう言うことでしたか。剣道部自体が、秋宮の派閥なのですね」
「美琴は察しが良いね。いつの間にか、乗っ取られたよ」
苦笑して語る彩香だが、当時はどう思ったのだろうか。
麗子と仲が悪い彩香。自分たちの派閥のトップが嫌いな相手と話ができるはずもない。そうかと言って、彩香にも恩がある。
自然と、今の美琴のように避けられていたのだろう。
「それにしても、ここ普通の中学ですよね。何かあるのでしょうか?」
ふと、そんなことを思う美琴。
西川中学は、本当にごく普通の中学だ。私立ならばまだしも、公立の中学である。何故こんな学校に、これほど人が集まるのか不思議で仕方がない。
そんな美琴の呟きに、二人は顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「誰もが一度は思うことだよ。しかも、七不思議の一つに『夜、職員室の呻き声』っていうものがある。夜な夜な職員室から「何でこの学校に~」という声が聞こえて来るそう」
「辞めさせられた教師の怨念だそうです」
きっと、怨念でも何でもないと思う。
残業した教師の心の叫び。それが、この七不思議の原因だと思う美琴である。
「じゃあ、そろそろ私たちは帰ろうか。学校に残っても良い事はないだろうし」
「それには同意します。また水を掛けられては堪りません」
「当たらないでしょ……」
げんなりとした表情で言う彩香。
「たとえ当たらずとも、良い気はしませんよ。おそらく掃除の後の水ですよ、これ」
「それは確かに嫌だね」
彩香としても、掃除の後の水を被るのは御免だろう。
美琴の指摘に、想像したのか嫌そうな表情を浮かべる。
「明美ちゃんは?」
「えっ、あ。私は……」
残りわずかとはいえ、なるべく角は立てたくないのだろう。
明美の様子からその意味に気づいた彩香は、すぐにその手を引いた。それを見た明美は申し訳なさそうな表情を浮かべて……
「この後、学校でやらないといけないことがあるんです。ごめんなさい」
そう言って、この場を去って行った。
「私たちも帰ろうか」
「そうですね」
彩香の提案に、美琴は静かに頷くと学校を出て、帰路につくのであった。
この時、美琴たちは気づかなかった。
屋上から一部始終を見ていた生徒の視線があったことを……。




