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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天才経営者のやりなおし
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第4話 土地の売買契約書

 退院してから数日が経った。

 美琴の部屋は和室だ。中古の畳だが、表替えをしたばかりで新品のような良い匂いが部屋の中を漂う。

 部屋の窓際の勉強机で、美琴はパソコンと向かい合っていた。


「これで、宿題は終わりですね」


 近年、日本では子供の学力低下が問題視されている。

 親の貧困が、子供の学力低下をもたらしているという考えもあり、政府はその対策の一環としてネット上で公開授業を配信している。

 まだ通学が厳しいと判断された美琴はこのサービスを利用することになった。

クラスの学習状況に合わせた範囲の公開授業を受講し、その課題を終えたところだ。パソコンの電源を落とすと、体をぐっと伸ばす。


「さて、家の手伝いでもしますか」


 パソコンを片付けると、父の仕事場である一階に降りる。

 築三十年と古い家で、冬はかなり寒い。居住用の二階とは違い、一階は作業用となっているためかなり冷え込んでいた。


「お、お父さん……何か手伝いますよ」


「ああ、美琴か」


 美琴の声に気が付いた弘人は、作業を一度中断して振り返る。

 ちょうど、依頼されたレコーダーを修理している所だったのだろう。作業を邪魔してしまったことに気づいた美琴は頭を下げる。


「すみません、邪魔をしてしまったようですね」


「ああ、気にすることはないよ。それより、授業は終わったのかい?」


 美琴の謝罪に、弘人はさわやかな笑みを浮かべる。

 その笑みに、胸がちくりと痛む。少し間を空けてから、微笑み返す。


「ええ、先ほど課題を提出しました」


「そうか。もし分からないことがあったら……頼られても、答えられるか分からないな。教科書を見せてもらったけど、最近の中学は難しいことを教えているからね」


「それ、私も思いました……」


「え?」


 弘人と同じことを考えていたため、思わず肯定してしまった。

 だが、美琴が言うと可笑しいだろう。慌てて、訂正する。


「あ、いえ。何でもありません。覚えることが多くて大変だと思っただけです」


「ああ、そう言うことか。まぁ、僕自身真面目な学生ではなかったからね。体調のこともあるから、無理はしないようにね」


「はい……」


 本当に良い父親だ。

 経営者としては、問題があるとしても、人としては立派だった。今さらながら、弘人のような人物が上に立ち、誠のような冷酷無慈悲で人の皮を被った悪魔のような人間が裏で支える方が理想だったかもしれない。


「それで、手伝えることだったね。う~ん……」


 弘人としては、美琴には休んでいてほしいのだろう。

 だが、美琴としては手伝わずにはいられない。迷惑をかけたくないと言う思いもあるが、償いでもあるのだから。

 とは言え、美琴が手伝えることはそれほど多くはない。

 誠は経営者でありながら魔道具の開発者でもある。魔道具の設計をしたことがあるが、旧型の電化製品を修理する知識がないのだ。


「そうだね、二階で資料の整理をしてもらえるかい? もし良ければ、帳簿の確認をしてもらえると助かるよ、何度やっても計算が合わないんだ」


「それくらいなら、任せて下さい」


 経理は、美琴の専門分野と言っても良い。

 思いもよらぬ、大仕事に嬉しくなった美琴は浮かれた様子で父の書斎へと向かう。

 

扉を開けて書斎へと入った美琴。

 開口一番に「汚い」と呟いてしまう。読み終わった本は棚に戻されず積み上げられ、書類はファイルに入っていないため乱雑に散らかっていた。

 整理されていた作業場とは大きな違いだ。


「千幸先生と気が合うのも納得です。二人とも、プライベートが少しだらしない様ですし」


 脳裏に浮かぶのは、仲睦まじそうに会話する弘人と千幸の姿。

 詳しくは聞いていないが、千幸は夫と離婚しているため母子家庭だそうだ。死別した弘人と共通点があって、互いに子育てについて話しているのを耳にした。


 弘人への後ろめたさから幸せになって欲しいと思う美琴。

 誠の経験と知識から仕事面では支えることができる。だが、家族として上手く支えられる自信がなかった。

 だからこそ、再婚して欲しいと心の中で思ってしまう。


「ですが、難しいですよね」


 死別した母への愛情を知っているため、そうすぐには再婚話をすることはないだろう。ため息を吐くと、部屋の片づけを始める。

 最初に、本の片づけから始めた。

 雑誌や単行本に分け、サイズごとにまとめると五十音順に並べる。おそらく、すぐに規則性はなくなると思うが、片付けるのであれば整理したいと思ってしまう。

 それほど本が多いわけでもないので、三十分もすれば棚にきちんと並べることが出来た。


「これで良いですね。さて、次は本題です」


 問題の資料だ。

 ファイルに入れられているものもあるが、それは極一部だ。大抵はクリップでとめてさえしておらず、バラバラの状態である。

 おそらく、帳簿はノートでまとめてあるのだろう。

 机の上に置かれた数冊のノートを後回しにして、紙をまとめ始める。


「完全に公私混同していますね。仕事のファイルに懸賞はがきを挟まないで下さい……」


 大切な書類の中に挟まれた懸賞はがき。

 もしかすると、弘人にとってはそれだけ重要なのでは。そう思ったが、どのはがきも応募条件が整っていない。それ以前に、期限が切れているものも多くあった。

 期限が切れていない数枚だけを残して、後はごみ箱に捨てる。


 その後も、スーパーのチラシや一か月以上前の新聞。

 捨てると言う言葉を知らないのかと疑いたくなる状態だ。美琴は、要らないと判断した物をばっさばっさと捨て始める。

 すると、不意に一つのファイルに目が留まる。


「売買契約書?」


 見てみると、土地の売買契約書だった。

 契約日はここ最近で、ふと退院日に聞いた臨時収入の話を思い出す。


「相続の時に継いだ土地を売ったのですか……」


 売却金額は、美琴の入院費と生活費に充てたのだろう。

 本当に頭の上がらない思いだ。誠の仕打ちを思い出してしまい、心が苦しくなる。だが、契約書を見るにつれて美琴の表情が険しくなる。


「あれ、この土地って……」


 土地の所在地の欄。

 なにか引っ掛かりを覚える。だが、どこで聞いたのか思い出せず悶々としていると、不意にひと月以上前の新聞が視界に入った。


「……っ!?」


 疑問が氷解したことで、晴れやかな表情をしたのも束の間。

 新聞と契約書を片手に血相を変えて、一階へと降りて行った。


「ど、どうしたんだい、怖い顔をして?」


「どうしたでは、ありません。この契約書のことです!」


 美琴は、弘人の前に土地の売買契約書を置く。


「ああ、土地の売買契約か。まさか、あんな僻地を欲しがる人が居るなんてね。しかも、相場の十倍近い価格でだよ」


 嬉しそうに当時の事を語る弘人。

 その表情を見て、美琴は頭が痛くなった。そして、静かに弘人の書斎から持って来た新聞を差し出す。


「これを読んでください。ここです」


「昔の新聞? えっと、駅の新設計画みたいだけど、どうかしたのかい?」


 全く理解していない様子だ。

 美琴は、懇切丁寧に説明しようと満面の笑顔を浮かべる。


「お父さま、ご存知でしょうか?」


「あ、あの……美琴。笑顔がとても怖いんだけど。それに気温が下がっているような……」


「はい?」


「い、いえ、何でもありません」


 思わず敬語になってしまう弘人。

 部下に対してだけでなく、娘に対しても強気になれないようだ。大人しくなった父親を見て、美琴は説明を始めた。


「お父さま。近くに駅がある土地とない土地、どちらの方が地価が高いかご存知ですか?」


「それは……駅がある土地、だよね」


 自信がなさそうに答える。

 この程度のことなら、もっと自信をもって答えて欲しいのだが、その話はこの際置いておくとして話を進める。


「その通りです。では、この新聞にある新設予定地と契約書にある土地の所在地を見比べてみて下さい」


 美琴に言われて、弘人は新聞と契約書を見比べる。


「随分と近いね」


 と、暢気なことをのたまう。

 まだ理解できていないようだ。おそらく、美琴の額には青筋が浮かんでいることだろう。


「まだわからないのですか、その土地の地価は十倍どころか百倍以上に上がっているんですよ!」


「ひゃ、百倍!?」


 弘人は驚きのあまり声が裏返る。

 「冗談だよね」とその目が物語っているため、美琴は更に説明を重ねた。


「その辺りは龍脈があり、魔素の供給量が多いです。なので、電力発電所の増設により人口が増えるのは当然のこと、駅の新設によって交通の利便性が確保されたので積極的に土地が買われるようになります」


 美琴であれば、百倍どころか二百倍に吹っ掛けることが出来たはずだ。

 既に売買契約は成立している。お金を受け取っている以上、契約を反故にすることはできないのだ。

 おそらく、弘人に売買契約を持ちかけた人物は豚に真珠とでも思っていたに違いない。

 頭を抱える美琴に、弘人は声を掛ける。


「でもね、これでも十分大金だよ。この家のローンも一括で支払うことが出来たからね」


「……はい」


 家のローンと言ったが、この家は中古物件だ。

 弘人は口にしないが、美琴の入院費に充てていたのだろう。それを言われては、何も言えなくなってしまう。

 だが……


「それにお父さん、FXを始めたんだ。きっと、すぐに元金を十倍に出来るよ」


 ふらり。

 弘人の楽観的な一言に美琴は眩暈がしてしまった。そして、お昼のニュースで連続的な円高により輸出が減っていると聞いたばかりだ。

 一か月くらい前に比べれば、ドル円相場は十円ほど価格が下がっている。

 つまり、十倍どころか一割近く損している計算になるのだから。


「お父さん! 素人がFXに手を出さないで下さい!」


 相も変わらず、経営者としての資質はゼロのようだった。









あらすじ、回収完了です。


FXについては、あくまで個人的な意見です。

中には、FXが簡単という人もいるかもしれません。

ただ、株や社債の方は、大企業のものを持っていれば長期的に大抵価格が上がるので楽だと思います。

尤も、その場合はローリスク・ローリターンですが、預金金利よりはリターンが大きいですね。

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