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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
平穏の終わり
39/92

第39話 水野明美の悩み

誤字報告、ありがとうございました!

誤字が多く、申し訳ありません。

 休日が明けて、月曜日の放課後。


「ごめん、美琴! 今日は先に帰ってて!」


 帰りの支度をしていると、突然彩香がそんなことを言って来た。


「何か予定でもあるのですか?」


 手術のこともあって、彩香は千幸や弘人から美琴と一緒に登下校するよう頼まれている。

 もう二か月も、学校のある日は一緒に登下校しているのだ。彩香の初めての申し出に、美琴は怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


「私、これでも風紀委員だから。今日は委員会の集まりがあるの」


「ああ、なるほど」


 彩香の話に、風紀委員の挨拶活動があるからと朝早くからつき合わされたことがあったため、納得の声を上げる。

 そこで、美琴は提案をした。


「それなら、委員会が終わるまで待ちますよ」


「え?」


 まるでハトが豆鉄砲を食らったような表情をする彩香。


「その反応は失礼ではないのですか? 流石に、傷つくんですが」


 ジト目で言うと、彩香は慌てた様子で首を振る。


「え、あ、いや。それは、その……あはははは」


 彩香は笑ってごまかそうとした。

 しかし、美琴がジト目を続けると観念したように……


「美琴だったら、先に帰っちゃうと思った。今でも信じられない」


 と、彩香は白状する。

 それを聞いた美琴は、「そんなことだとは思いました」と言ってため息を吐いた。


「二人に頼まれているとはいえ、毎日一緒に登下校をしてもらっているのですから、そのくらいはしますよ」


 言外に、そこまで薄情ではないと言う美琴。

 それを聞いた彩香は居心地が悪そうに頬を掻いた。そして、助けを求めるようにせわしく帰り支度をしている穂香に視線を向けた。

 向けられている視線に気づいた穂香は……


「ゲームが私を待っている。では」


 と言い残して、脱兎のごとく教室を出て行った。

 情も何もないな……。そう思いつつも、口にすることはなかった。そして、取り残された二人はというと……


「では、私は中庭で待っていますね」


「ああ、あそこの穴場? 美琴、好きだよね」


「そこ以外は居場所がないので」


 未だに、美琴は学校内で腫れ物のような扱いを受けている。

 勇気が絡んでくるのは相変わらずだ。むしろ、合同授業以降は積極的に関わって来るほどである。

 当然、相手にすることはない。

 今さら彩香や穂香以外の女子生徒の好感度を気にしても仕方がないのだから。直接的な行動がないため、特に気にしてはいなかった。

 だが、彼女たちの行動の中で、一つだけ精神的にダメージを受けるものがあった。


「流石に、一年生に涙目で怯えられるのは、精神的にきついです」


 思わず遠い目をしてしまう美琴。

 この時期の中学一年生など、卒業から二か月も経っていないのだから小学生と変わりはしない。

 純真な少年少女たちが、美琴を前にして怯えて逃げ去ってしまう光景は、流石に気にせずにはいられない。


「あははは……美琴も大変だね」


「彩香も似たような扱いなのに、どうして子供たちに好かれるのですか? 納得できないのですが」


 最近では、美琴だけでなく彩香たちもまた対象となっている。

 正直申し訳ない気持ちでいっぱいだが、彩香も穂香も気にした様子はないらしい。もとから良く思われていなかったそうだ。

 思わずジト目で見る美琴だが、彩香は苦笑を浮かべる。


「美琴の場合、噂がちょっと……」


「うっ……」


 思わず言葉に詰まる美琴。

 自分の噂話くらい、美琴の耳にも届いている。まるで猛獣のように語られる美琴の人物像を聞けば、子供たちの怯えた表情も納得だ。

 的を壊すという前科があるため、より真実味を増しているとのこと。

 まさかかつての過ちが、こんなところでも悪影響を与えるとは思っても見なかった。


「あっ、そろそろ時間だ。じゃあ、美琴行ってくるよ!」


「はい、お気をつけて。読書でもして待っていますので、あまり気にしないで下さい」


「分かったよ、またあとでね」


 彩香はそう言い残すと、さっそうと教室を出て行く。

 そして、美琴は帰り支度を済ますと、居心地の悪さを感じる教室を後にするのであった。




*****




「はぁ……」


 重いため息を吐くのは水色の髪の少女、水野明美。

 いつもであれば、部活の時間である。だが、今日は……いや、ここ最近は部活に顔を出すことはなかった。


「私、どうすれば良いのかな……」


 思い浮かぶのは、紅葉のような赤い髪の少女。

 秋宮麗子だ。明美の悩みの原因は、麗子にあった。物思いにふけっていると、知らぬ間に中庭へと足を運ぶ。

 放課後ということで、中庭には人がほとんどいなかった。

 物思いにふけりたい明美としては、願ってもない場所である。中庭のさらに人通りのない場所へと足を進めた。


 すると……


「あれって……」


 ふと、視界に入った黒髪を見て校舎の陰に体を隠す。


(田辺、美琴さん……)


 まるで人形のようにベンチで読書をする少女。

 癖のない濡れ羽色の黒髪は、月の光さえ届かない新月の夜のようだ。切れ長なアイスブルーの瞳は冷たさを感じさせるが、それがかえって少女の美貌を際立たせていた。


「……」


 思わず隠れてしまったが、美琴は明美に気づいていない様子。

 ただひたすらに、本の文字を目で追っていた。声を掛けようか……そう思ったが、すぐに首を横に振る。


(……関わらない方が良いよね)


 最近、麗子たちが周囲に八つ当たりをするようになっていた。

 その原因は、目の前の少女にある。関わらない方が賢明だと思い、そっとこの場を後にしようとする。


「あれ?」


 この場を静かに立ち去ろうとした明美であるが、ふと視線が三階の窓に向かう。

 そこには、クラスメイトの姿があった。遠目でよくは見えないが、その手には何かを持っているようにも見える。

 そして、確認するように窓から下を覗いた。

 その真下には、美琴の姿がある。

 黒い笑みを浮かべる女子生徒は、その手に持っていた何かを窓から投げ捨てる。


 水だ。


「上っ!?」


 咄嗟に声を上げた明美。

 だが、今さら注意しても遅いだろう。美琴は平然と読書を続けており、明美の注意を受けても上を向く様子がない。

 重力に従って、落ちて来るバケツ一杯の水。

 最悪の光景が目に浮かぶ。だが、そうはならなかった……


「え?」


 一直線上に美琴へと向かっていた水が、美琴を避けるように落ちて行ったのだ。

 美琴を中心に円形に降り注ぐ水。まるで見えない結界があるかのように、地面に円形の跡を作った。

 物理法則的にあり得ない軌道だ。

 考えられるとすれば……


「魔、法……?」


 美琴が魔法を使った素振りはなかった。

 だが、そうでなければ説明ができない。当の本人はというと、一度ため息を吐くとパタリと本を閉じた。

 そして、三階の窓に視線を向ける。


「「「ひっ」」」


 ずぶ濡れになった美琴を嘲笑あざわらおうとしていた女子生徒たち。

 しかし、遠目にもはっきりと恐怖が浮かんでいた。明美は龍の逆鱗に触れようとした女子生徒たちに同情しそうになったが、もともとは彼女たちの自業自得だ。

 脱兎のごとく、その場から立ち去った。

 それを見た美琴は、頭上から視線を外すと今度は明美の方へ視線を向けて来た。


「っ!?」


 まるで背筋に氷でも入れられたような感覚だ。

 すぐにでもこの場を立ち去りたい。だが、まるで蛇に睨まれた蛙のように体の自由が利かなくなってしまった。

 人知れず冷汗を流す明美だが、美琴は不思議そうに首を傾げるのだった。


「先ほどは、注意して頂きありがとうございます」


 立ち上がってぺこりと頭を下げる美琴。

 綺麗な一礼だ。はっきり言って、麗子たちよりもお嬢様らしい。張りつめたような空気が弛緩しかんしたのを感じて、明美は慌てたように頭を下げた。


「い、いえ……こちらこそ余計なことを」


「そんなことはありませんよ。それよりも、大丈夫なのですか?」


 何がとは言わない。

 きっと麗子たちのことを言っているのだろう。明美もまた、麗子から美琴と口を利かないように言い含められている。

 だが、もう気にすることではない。

 美琴の言葉に、苦笑を浮かべると首を横に振った。


「もうすぐ転校するので、気にはしていません……」


「転校、ですか?」


「はい、父の仕事の関係で居を移すので。そこから近い学校へ転校することになりました。なので、今さら嫌われても問題ないんですよね」


 言っていて、不思議な感覚だ。

 初めて会話をする相手に話すような話ではない。


(ううん、初めて会話する相手だから話せるんだ)


 きっと、明美は転校について誰かに話したかったのだろう。

 だが、親しい相手には話せずにいた。麗子の耳に入れないためだ。誰にも相談できないことが、明美にはストレスだったのだろう。

 どこか納得した表情を浮かべる美琴は、そっとベンチの反対側に手を向ける。


「私で良ければ、話し相手くらいにはなりますよ」


 僅かに逡巡しゅんじゅんする明美。

 だが、それも束の間のこと。すぐに意を決すると、美琴の隣へと腰かけるのであった。




*****





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