第36話 水野明久
少し短めです。
「……こ、これはすごい! 並列術式ではないですか!?」
興奮交じりに語る危ないおっさん……ではなく、水野明久。
弘人に許可をとるや否や、食い入るような目で彩香の魔道具を見始めた。理知的な印象はどこへやら、そこにいるのは子供のように夢中になる中年の姿である。
「なるほど、核を二つにするのではなく、あくまで一つの核で……リンクさせている? いや、ただリンクさせているわけではなく……。いったいどうなっている?」
「ちょっ、分解しようとしないで!?」
見るだけでは飽き足らず、さらに分解しようと試みる明久に、彩香は声を荒げて制止に入る。さすがに、ようやく手に入れた自分専用の魔道具を壊されたくはないのだろう。明久から魔道具を奪い返すと、大事そうに抱える。
それを見た明久は、残念そうに息をついた。そして、弘人へ視線を向ける。
「見苦しいものをお見せいたしました。それにしても、この魔道具……いったいどこで入手したのでしょうか? ロゴが見当たりませんが」
「それは……」
弘人が言葉を続ける前に、美琴が口を挟んだ。
「それよりも、貴方は何者なのでしょうか? 魔道具技師のように見受けられますが」
「おや、これは失礼しました」
美琴の鋭い視線を受けつつも、飄々とした態度で名刺を取り出す。
「オータム、ですか……」
そこに書かれていたのは、『オータム』の文字。
秋宮が経営する会社で、月宮傘下の魔道具開発会社である。敵対しているわけではないが……そもそも認識さえされていないだろう。だが、個人的な因縁があるため、美琴はより視線を強める。
「……なるほど、秋宮に対して良く思われていない様子ですね。ただ、安心してください。このことを誰かに話すつもりはありませんので」
美琴が危惧していることに気づいたのだろう。
肩を竦めてそう言い放つ。
「それを信じろと?」
「難しいでしょうね。ただ、一つだけ言えることは会社は一枚岩ではありません。秋宮が経営しておりますが、そこに技師である私は関わりませんので」
暗に、派閥が違うと言う明久。
密かに魔素で威圧しているにもかかわらず、態度が変わらない。まるで、この程度の威圧に慣れているようだ。
(胡散臭いですね……)
信用できるかというと、そう簡単にはできない。
怯えるような小者であれば、まだ良かった。しかし、この手のタイプは何かしら腹に一物を抱えているのが常だ。
しかし、この場で真意を問いただすのは不可能だ。
はぁ、と息を吐いた。
「分かりました、今はそういうことにしておきましょう」
「それは、ありがとうございます。それにしても、君は本当に中学生ですか? 正直、社長よりも貫禄があるのですが」
「……見れば分かるでしょう」
美琴は、中学の制服を着ている。
西川ではなく、転校前のもので知らない可能性もある。しかし、美琴の外見から考えて、中学生か高校生くらいが妥当だろう。
何故か、珍妙なものを見るような視線で見て来る明久。
しばらくして、美琴から視線を外すと彩香に移す。
「さっきは気づきませんでしたが、その制服はもしかして西川中学でしょうか?」
「あっ、はい。よくご存じですね」
地元の人間であっても、学校の制服を覚えている人は少ないだろう。
中学、高校を合わせれば、この辺りで通えるものとなるとそれこそ枚挙に暇がない。彩香は驚いた様子で肯定する。
「水野さん、あなたもしかして……不審者?」
弘人の言葉に、はっとなる美琴と彩香。
制服に詳しいということは、つまりそういうことだろう。弘人が咄嗟に二人を隠すそぶりを見せると、明久は慌てた様子で首を振った。
「いやいやいや……何故そんな結論が出て来るのですか!? ただ、娘が同じ学校に通っているから、知っていただけですよ!」
「なんだ、そう言うことでしたか」
明久の弁明に、ほっと安堵の息を吐く弘人。
誤解が解けたことで落ち着いた明久は、ポツリと「制服よりも魔道具の方が良いに決まっているではないですか」などと言い放つ。
(どちらにしろ、変質者には変わりない気もしますけど……)
と、内心ツッコミを入れる。
「あの……水野というと、もしかして明美ちゃんの父親ですか?」
すると、先ほどの言葉を受けて彩香が尋ねた。
「ええ、そうですよ。もしかして、明美の友人でしょうか?」
「そんなところです」
彩香が一瞬表情を曇らせた。
おそらくだが、ここ数か月の間、明美と全くと言って良いほど会話をしていないことと関係があるのだろう。
ただ、互いに悪印象を抱いている訳ではないのは分かる。
きっと、麗子たちの視線を気にしてのものだろう。
「……やはり、学校では色々とあるのですね」
彩香の反応を見て、明久はふとそんなことを言った。
「明美ちゃんからは何か聞いていないのですか?」
「お恥ずかしい話、ほとんど何も……。私自身、会社で寝泊まりする日が多いので、娘と話す時間もありません」
「「うわぁ……」」
明久の言葉に、思わず声を出してしまう田辺親子。
つまりは、残業ということだろう。美琴に関しては、秋宮の性格を知っているからこそ、余計にげんなりとしてしまう。
(名前はブランドなのに、実態はブラックですね)
ふと、そんなことを思う。
尤も、忙しい時期であれば会社で寝泊まりする社員も珍しくない。田辺製作所にも、シャワールームや仮眠室を用意しており、自宅に帰るのが遅くなる場合寝泊まりする人も珍しくない。
だが、それが多いというのは問題だ。
「そうですか……。あまり話したくはないのかもしれませんね」
ポツリとそんなことを言う彩香。
きっと、何か知っているのだろう。親として、興味を引かれたのか明久は彩香に尋ねた。
「何か知っているのですか?」
「勝手に話して良いのか分かりませんが……ただ、ご存知かもしれませんが秋宮麗子さんが同じクラスです」
その言葉に、美琴は気づく。
明久は『オータム』に勤めている。勇気の関係で彩香を良く思っていない麗子は、明美に対して彩香と会話をしないように言い含めているのかもしれない。
秋宮夫妻を思い出せば、娘の言葉一つで社員の一人を首にするくらい訳がないだろう。
「……なるほど。詳しいことは分かりませんが、私に問題があるようですね」
彩香は、それに答えることはない。
だが、それならば確かに明美から親に相談することはできないだろう。才能があるだけに、可哀想に感じてしまう。
しばらくの間、何か考えた様子の明久。
おもむろに、口を開く。
「えっと、君たちの名前は何と言うのですか?」
「三沢彩香です」
「美琴です」
「そうですか、彩香さんに美琴さん……今日はありがとうございます。娘について話して頂けて助かりました」
何かを決心した様子の明久。
表情を緩めて、二人に対してお礼を言う。そして、弘人に対して視線を向けると……
「時計の件、よろしくお願いします。では、失礼させて頂きます」
そう言って、明久は田辺工房を後にするのであった。
その後ろ姿を見て、ふと彩香が呟く。
「やっぱり何も言わない方が良かったのかな?」
「何がです?」
「さっきのこと。余計なことをした気がして……」
美琴は、彩香の言葉に口を閉ざす。
確かに余計なことだったのだろう。美琴もそう考えるため、何も言えなくなってしまう。だが、弘人は違った。
「そんなことはないよ。親として、子供が辛そうな表情をしていても、何も相談してくれないことは悲しいからね。間接的にでも、何を悩んでいるか知ることが出来たのは明久さんにとって良かったことだと思うよ」
「そういうものですか?」
「まぁ、これについては子供ができたら分かるよ」
彩香の疑問に、苦笑して答える弘人。
暗くなった雰囲気を払拭するため、パンッと手を叩く。
「じゃあ、そろそろ夕飯の準備をしよう! 今日は、ギョーザとラーメンだよ」
「それは美味しそうです」
「……なんか、この前もラーメンを食べたような気がする」
ラーメンが好きな親子を前に、彩香は苦笑を浮かべる。
三人……途中から千幸も加わったことで、四人で賑やかに夕食を囲むのであった。
その日の晩。
美琴は、月宮家にとある連絡を入れるのであった。




