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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
平穏の終わり
35/92

第35話 彩香の魔道具

誤字報告、ありがとうございます!

 夕方。

 授業を終えた美琴は、彩香を連れて田辺家へと帰宅していた。


「ただいま戻りました」


「お邪魔します」


 彩香も、週の半分近く田辺家に訪れるため慣れた様子で、靴を脱ぐと家に上がった。


「あれ、弘人さん来ないね」


 いつもなら、すぐにでも現れる弘人。

 だが、今日は出てこなかった。そのことに疑問を抱いたようで、彩香が首を傾げる。


「……それが普通だと思います」


 美琴も来ないなとは思いつつも、微妙な表情をして首を横に振った。


「あははは。それは確かに……けど、そこは弘人さんだから」


 弘人の娘への愛情を知っているため、苦笑を浮かべる彩香。

 美琴も自覚はしているが、かつての経験を思い出して苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

それを見た彩香がニヤニヤと笑みを浮かべて、「思春期だねぇ」などと言っている。

非常に煩わしく感じたが、反論の声を飲み込んで、静かに廊下を歩き始めた。


「……来客のようですね」


 ふと、廊下の奥から聞こえる話し声に、美琴は呟く。


「ああ、そう言うことか。弘人さんも、年がら年中暇ってわけじゃないんだよね」


 彩香は、さりげなく失礼なことを言う。

 だが、否定できる要素はない。何せ、来客であれば、一月ぶりの出来事である。冨田たちは客ではないので、除外するが。


「取りあえず、様子は確認しておきましょう」


 また、余計なことをされてはたまらない。

 より笑みを深めた彩香を無視して、美琴は作業場を覗きに行った。


「……これなら、パーツを交換すればどうにか直りますよ」


「本当かい!? それならよろしく頼むよ! パーツ代については、値段は気にしない……大切なものなんだ!」


「はい、必ず直して見せますよ」


 扉越しに聞こえて来る会話。

 どうやら普通に仕事をしているようだ。美琴は、人知れず安堵の息を吐いた。


「では、二階へ行きましょうか」


「そうだね」


 仕事の邪魔をしては悪いと、二人は足音を立てずこの場を後にした。




「相変わらず、美琴の部屋は何もないね」


 美琴のベッドに腰かけると、開口一番に彩香はそう言った。

 美琴の部屋は、十畳間で個室にしては広い。それに、ベッドや机・椅子など必要最低限の家具しかないのだ。


「本棚があるではないですか?」


 そう言って、首を傾げる美琴。

 散らかっているよりは、物が少ない方が良いではないか。そう思っての一言だが……


「もう少し、女子らしい物がないの? 服だって、必要最低限で、しかもシャツとジーンズだけだし。本当に女子なの?」


「……」


 誠としての意識が強いため、何とも返答に困る。

 ただ、別に美琴はスカートに抵抗があるわけでもない。美琴の体であるからか、それとも誠がそもそもスカートを穿くことに抵抗がない人物だったのか……後者だとは思いたくはないが。

 ふと、部屋の中に視線を向ける。

 ほとんど何もない部屋だが、唯一のイレギュラーがそこにはあった。美琴は、それを手に取る。


「ぬいぐるみならありますよ」


 それは、ぬいぐるみだ。

 しかも、美琴が両腕に抱えるほどの大きさ。だが、それを見た彩香は顔をしかめた。


「毎回思うけど、何でメロンなの? しかも、全く可愛くないし」


 暗に、「美琴の趣味なの」と尋ねられ、美琴は心外だと首を横に振った。


「これは由緒正しき、北海道のゆるキャラです。見て下さい、赤い果肉が出ているではないですか。お父さんと千幸先生からもらったものですよ」


 断じて、美琴の趣味ではない。

 だが、これは弘人と千幸がデートをしたときに買って来たものだ。嫌がらせかとも思いつつも悪意の欠片も感じられない二人の表情に、頬を引きつらせながら受け取った物である。


「二人の感性を疑うよ……」


 自分の母親も関わっていることに、深いため息を吐く彩香。

 二人とも親の感性に、一抹の不安を覚えるのであった。


「まぁ、それは置いておきましょう。ようやく、彩香さんの魔道具が完成したのですから」


 そう、今日彩香を呼んだのは魔道具の調整が終わったからだ。

 美琴は、机の上に置かれた小さな小箱から白いスマホ型のデバイスを取り出した。


「これが、二人が作ってた……でも、私がもらっても良いの?」


「ええ、構いませんよ。残念ながら、トロイメライでは役に立ちませんよ。魔法演舞ファンタジアに出場するなら話は別ですが」


 そう言って、「受け取るなら、出場してくれますよね」という期待を込めた視線で彩香を見る。彩香は冷めた視線で、美琴を見ると……


「……受け取り拒否しても良い?」


 抑揚のない声で言った。

 美琴は分かっていたことだけに、ため息を吐くと首を横に振る。


「冗談ですから気にしないで下さい。どうせ、私たちが持っていても意味がありませんし」


「そうなの? でも、魔法式を消去して作り直せば良いんじゃないの?」


「それに使われているのは、光属性と相性が良い素材ばかりです。それに、使っているパーツは、大量生産されたものでそれほど高価な物ではありませんよ」


 魔道具は、原材料よりも技術費の方が高い。

 技術費を除外した原材料費で考えると、それほど高価ではないのだ。唯一高価だとすれば、核となる魔法式を記憶する部分。

 だが、これは弘人の手作りであるため、かなり安上がりで済んだ。

 そう言った背景を説明すると、彩香は感心した様子で……


「やっぱり、弘人さんは凄いんだ」


 と、口に出す。

 散々、父の凄さを教えてきた身としては、何を今さらという気がする。


「もしかして、カーラさんの魔道具も自家製?」


「ええ。カーラもまた、核は自分で作っていますね。パーツに関しては、自分で作る必要がないため、材料は指定するものの、あとは適当ですけど。世界でもトップクラスの技術者は、核を自分で作りますね」


「えっ。……と言うことは、二人ってもしかして凄いの」


 美琴の言葉に意外だと驚く彩香。

 並列魔法や多重展開魔法を編み出した人物が天才でなければ何だというのだ。そうは思うものの……


「そうですね、おそらく世界でも……十人以内に入るのではないですか? まぁ、カーラの姿を見て天才だとは思わないのも仕方ありませんよね」


 部屋の片づけができないカーラを思い出して言う。


「……さらっと、弘人さんは除外するんだね」


「なにか?」


 彩香の小さな呟きに、怪訝けげんそうな表情を浮かべる美琴。


「ううん、何でもない。……それにしても、そうか。二人ってそんなに凄いんだ」


「本来なら、数年も予約待ちになる代物です。大切にとは言いませんが、大事に扱って下さい」


「うん、分かった」


 粗末な素材ばかりを使っているため、それほど価値があるとは思えないのだろう。

 だが、彩香も自分専用の魔道具に憧れはあるのだろう。うっとりとした表情で魔道具を見つめる。


「取りあえず、試してみて下さい」


「えっ、ここで?」


「私の部屋を壊す気ですか? 外です」


 それほど威力のある魔法ではないが、浮遊魔法で頭を天井にぶつけることはあるだろう。

 それで、美琴の部屋が雨漏りするようになったら笑えない。真剣な表情で美琴が言うと、彩香は大人しく美琴について外へ出て行く。


「その魔法式に込められているのは、【フロート】と【ソードナイツ】です」


「そーど、ないつ……」


「父が考えた名前なので、気にしないで下さい。観賞用の剣が複数出て来るだけですので」


 これ以上の追求を許さない態度で語り掛けると、彩香は押し黙る。


「では、早速お願いしますね」


「分かった、ふぅ……。【フロート】」


 彩香はそう言うと、魔道具を起動させる。

 まずは【フロート】だ。彩香の体が徐々に浮かび上がって行った。


「わっ、本当に飛んでる……」


 自分が飛んでいることに感動した様子。

 美琴は、微笑ましいものを見るような目で見るが、すぐに声を大きくして注意を促す。


「彩香さん、そこで止まってください! それ以上飛ぶと、落ちた時トマトジュースみたいになりますよ!」


「っ!? 美琴、注意するにも言い方ってものがあるでしょ!」


 一瞬、下を見た彩香が顔色を青くする。

 そして、制御に失敗した場合自分がどうなるか……美琴の生々しい言葉に理解したのだろう。顔色を悪くしながらも声を上げる。


「冗談です。対策が取られていますので、ご安心ください」


 徐々に高度を落として来た彩香に、美琴は苦笑する。

 先ほどまで慌てていた彩香だが、美琴の言葉にはっとなり表情を赤く染めた。


「美琴の冗談は、冗談に聞こえないからね!」


 恥ずかしさ混じりに、声を荒げる彩香。

 その姿が面白くて、美琴は思わず笑みを浮かべてしまった。


「では、もう一つの魔法をお願いします」


「分かった……」


 彩香は、空中に浮いた状態で更に魔素を収束させる。

 そして、魔道具が更なる光を放つ。


「【ソードナイツ】……」


 恥ずかしそうに魔法名を呟く彩香。

 そんな彼女の側には、四本の剣が現れた。元々は無属性魔法だが、それを光属性魔法に変換したため美麗な剣に変わっている。


「成功、みたいですね……」


 一度で成功。しかも、四本も出現させられるとは思わなかった。

 想定以上の結果に、美琴は安堵の息を吐く。


「……ごめん、これ以上は無理」


 だが、それも束の間。

 先ほど現れた剣はすでに消えており、彩香はフラフラになりながら地上へと降りて来た。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫……じゃないけど、何これ。物凄くきついんだけど」


 彩香の非難をするような目に、美琴は思い当たる所があるため、「うっ」と声を上げる。

 きっと、情報処理が困難だったのだろう。美琴が扱ったものよりも情報処理量は少ないものの、それでも扱いは困難だ。

 多少無理をさせた後ろめたさがあるため、彩香から視線を逸らした。


「今さらながら、美琴がカーラさんと話が合う訳が分かったよ」


「……」


 返す言葉がない。

 美琴が返答に詰まっていると、彩香は大きなため息を吐く。そして、魔道具を手に取って言った。


「それにしても、やっぱり弘人さんは凄いね。使用者のことを全く考えてないけど、まぁ近くにいる人が美琴だから仕方がないか」


 さりげなく、美琴をディスる彩香。

 美琴が何かを言う前に、更に言葉を続けた。


「そう言えば気になっていたんだけど、カーラさんは凄いはずなのに簡単に引き抜かれたの?」


「え?」


「いや、だって……普通、そんなすごい人なら何が何でも引き止めたいんじゃないの?」


 言われてみればその通りだ。

 弘人の事については、誠の見る目がなかった。まさか技師としての才能があるとは思っていなかったのだ。だが、カーラは技師としての腕は保証されていた。


(……何故、田辺製作所はカーラを放置しているのでしょうか?)


 カーラの技師としての実力は、群を抜いている。

 何が何でも囲っておきたいと思う人材だ。だというのに、何故簡単に月宮に引き抜かれたのだろうか。

 琴恵に頭が上がらない誠であっても、それだけは何としても阻止していたはずだ。


(まさか、過小評価している……と言うことはありませんよね)


 美琴は、勇気の父親を知っている。

 だが、人付き合いの悪い誠は、その性格まで知っている訳ではなかった。今のところは、少々トラブルがあったようだが、順調に国内のシェア率を伸ばしている。

 無能、という訳ではないはずだ。

 ならば、カーラの重要性を理解しているはず、そう思ったが……


(まさか、秋宮と手を組んだ。という訳ではないですよね)


 最悪の展開が頭に浮かぶ。

 秋宮は大量生産、大量販売を目的としている。そのため、量よりも質を目的とした田辺製作所とは手法が相反している。

 もし統合するようなことがあれば、カーラのような人物は不要になるだろう。


(……田辺製作所の株は、売り払ってしまいましょう)


 そんな展開にはならないはず。

 そう思いつつも、密かに決意するのであった。すると、その時……


「美琴、それに彩香ちゃんも、魔法の練習をしていたのかい?」


 弘人が声を掛けて来た。


「ええ、まぁ……それよりも、どうかされましたか?」


 美琴は、視線を弘人からその隣に立つ中年の男性へと向ける。

 おそらく、先ほどの客だろう。興奮混じりに、彩香の手に持つ魔道具を見ていたのだった。







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