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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
平穏の終わり
34/92

第34話 男子生徒の苦悩

後半は視点が変わります。

 忙しかった四月も終わり、迎えた五月。

 魔素の利用によって地球温暖化の進行は和らいだものの、五月になると暑さを感じる気候である。

 衣替えも終わり、生徒たちの服装は冬服から夏服へと変わっていた。

 それ以外の変化として……


「すみません、プリントの提出を……」


「「「……」」」


 美琴が、プリントの回収に向かうと女生徒たちは無言で立ち上がりその場を去って行く。


「はぁ……」


 思わずため息を吐いてしまう美琴。

 机の上に残されたプリントを回収すると、別の生徒たちのもとへ向かう。


「プリントを回収しますね」


「……えっ、ああ、うん」


 美琴が声を掛けると、挙動不審になる男子生徒。

 嬉しそうな、それでいて迷惑そうな……何とも複雑な表情である。彼の視線の先では、女子生徒たちが睨みを利かせているからだ。

 それを察して、美琴は早々にプリントを回収してその場を去った。


「……ねぇ、知っている? あの女の父親って、実は……」


「知ってる、知ってる! 悪いことやってたんでしょ、それで没落したって聞いたよ」


「えっ、それって本当の話だったの?」


「秋宮さんが勇気くんから聞いたって。勇気くんのお父さんが、不正を暴いたみたいよ」


「流石は勇気くんのパパだね、カッコいい」


 廊下を歩いていると、聞こえて来る会話に内心ため息を吐く美琴。

 根も葉もない噂であるが、勇気の名前が出ることで真実味が帯びているのだろう。とは言え、おそらくこの噂を流しているのは勇気の取り巻きだろうが。


「おう、お疲れさん。お前も大変そうだな」


 職員室で信哉を訪ねると、労わるような声を掛けて来た。


「そう思うなら、どうにかしてください」


「流石に、陰口を止めるのは無理だ。一応聞いておくが、直接的なことは何もされていないんだな?」


「ええ、噂だけです」


 合同授業の一件以来、美琴への陰口を叩かれるようになったが、何故か直接的なことは行われていない。噂が流れる以外、何もないのだ。

 そのことを思って、「不思議ですね」と首を傾げる美琴であるが、信哉は苦笑を浮かべ呆れた様子だ。


「お前にちょっかいを掛けて来たら、そいつは勇者だろう。しかも、お前普段から魔道具を持ち歩いているみたいだし」


「殺傷能力はありませんよ?」


 美琴の手元には、二つの魔道具がある。

 一つは、カーラから渡された【ディメンションゲート】の魔道具。そして、他には護身用に持たされた【インビジブル】の魔道具である。

 そのどちらも、学校内はもちろんのこと外でも使用可能だ。


「まぁ、魔道具を使わなくても魔素で威圧すれば十分だと思いますけど」


「威圧って……はぁ、今さらか」


 美琴の発言に、深いため息を吐く信哉。

 そして、「こいつの場合、別の意味で手だししない様に言った方が良いな」などと呟いている。


「ただ、まぁ……あまりあいつらのことを悪く思わないでやってくれ。一部を除いて、仕方なく従っているだけだからな」


「それくらいは理解していますよ」


 美琴は、今回の件で誰かを責めるつもりはない。

 自業自得だと考えているからだ。後悔しても遅いが、合同授業の時もう少し手加減をしておけばと思わないこともない。

 ただ、それに付き合わされる生徒たちが可哀想だ。


「秋宮だけなら良かったが、まさか他の奴らまで加わるとはな。仮に逆らえば、どうなるか分かったもんじゃない。教師でも苦労するからな」


 重いため息を吐く信哉。

 聞いた話では、教師の中にも麗子たちになびきそうな者が出る始末だと言う。ただ、校長の声が大きく、実際に靡いたものはいないそうだ。

 「なんで、こんな奴らが普通の中学にいるんだよ」という信哉の声に、美琴は思わず同意してしまう。


「……それにしても、この年で中間管理職の大変さを知ることになるとは」


 麗子たちが上から圧力をかけるものの、美琴に手を出せない状況。

 まるで、会社の縮図のような状態だ。そのきっかけが何とも悲しいものだが。


(……いえ、似たようなものですね)


 秋宮夫妻の事を思い出して、ふとそう思う。

 秋宮の名に傷ついたなどと喚き、部下に無茶な要求をする男。その娘であるのだから、この状況には納得がいく。

 それを思い出して、ポツリと「……禿げませんかね?」などと呟いてしまった。


「不吉なこと言うなよ! ……あり得そうで怖いぞ」


 信哉は、自分の教え子たちの将来を思って顔を青くする。


「育毛は早めに行った方が良いらしいです。それでは、私は失礼しますね」


 美琴は回収したプリントを置くと、職員室を後にした。

 職員室の中から、誰かのうめき声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。気にせず、教室に戻るのであった。




******




「また、髪の毛が抜けた……」


 トイレの鏡の前で凹むのは、先ほど美琴に声を掛けられた男子生徒。

 名前を鈴木太郎という……なんともありふれた名前である。彼は、手の上に乗る自分の髪を見て表情を暗くする。


「おう、お前も抜け毛か?」


 声の方へ振り返ると、そこにはクラスメイトの佐藤一郎の姿があった。

 彼もまた、その手には数本の毛が乗っており、同じ苦労を味わっているのだと理解する。


「一郎、お前もか」


「ああ、そうなんだ。最近は、胃薬がないと辛くてな」


「一郎……」


 太郎の涙腺が緩む。

 いや、トイレにいる他の男子生徒たちもまた、彼らの会話に涙ぐんでいた。ここは、男子にとって聖域……女子の姿がないからこそ出せる本音だ。


「それにしても、この状況どうなるんだろうな」


 ふと、一人の生徒が疑問を口にする。

 彼らの薄毛の原因、それは麗子と美琴の険悪な関係にある。


「この状況か。俺なんか、話しかけられただけでも女子から睨まれるんだぞ。田辺さんに話しかけられて嬉しいはずなのになっ!」


「怒んな、そこ」


 太郎の心の叫びに、一郎が呆れた声を出す。

 だが、怒らずにはいられない。


「あの、女王様に声を掛けられたんだぞ! 蔑まれたいのに、微妙な返事しかできなかった」


「俺は、お前の将来の方が不安になって来た。友達やめようかな……」


 特殊な性癖を持つ太郎を見て、真剣に今後の付き合いを考え始める一郎。


「けどさ、はっきり言って俺ら秋宮達のこと嫌いだし」


 すると、先ほどまでの怒りは冷めて、途端に冷静に麗子のことを語る。

 無駄に混雑している男子トイレで、その言葉を聞いた生徒が口を挟んで来た。


「ああ、分かる。確かに美人ではあるけど、性格がな」


「俺らのこと、完全に見下してるよな。他の奴らもそうだけど。美琴様になら罵られたいけど、あいつらに馬鹿にされるとイラッと来るんだよ」


「「「「「……」」」」」」


 多くの者が、その男子生徒の言葉に退いてしまう。

 太郎は同志を見つけるような目で見るが、そんな友人を無視して一郎が話題を逸らす。


「諸橋と海藤か……まぁ、諸星と土御門の分家だから力があるし」


 秋宮、諸橋、海藤、そして西川。

 この四人は、揃って社会的な権力を持つ者たちだ。中学生である彼らでもその名前の意味を知って、逆らうようなことはしない。

 だが、不満はあるのだ。


「正直言って、もう彼女作ることは諦めてる。あいつがいるからな」


「ああ、うちの学校共学のはずなのに、カップル成立率が男子校並だろう。男子限定だけど」


「それを言うなよ。うちの学校で、あいつに興味がないというと……」


「田辺さん、三沢さん、高田さん……くらい? 後は、よく分からん」


「攻略不可能だろう。ハードモードしかないのか、この学校!?」


 彼らは、思春期の男子生徒だ。

 恋愛に憧れを持っているが、学校内で限ると恋愛の可能性は極めて低い。それを思って、うな垂れる。因みに、男子トイレには実に二十人近くが集まっていた。

 誰もが居場所を求めて、ここに行きついたようだ。


「田辺さんか……綺麗すぎて、話しかけられないんだよな」


 ふと、一人の生徒が口にした。

 よく見ると、太郎や一郎と同じクラスの男子生徒だ。女性に見られたら「キモイ」とでも言われそうなとろけた表情を浮かべていた。


「分かる。と言うか、本当に同じ人間か疑うレベルだ……彼氏になりたい」


 などと口走る生徒がいる。

 だが、この場にいる多くの生徒が彼女に飢えている。だが、現実は西川勇気という男がおり、困難な道となっているのだ。

 男同士の友情が深まる。


「綺麗な花には毒があるとはよく言ったものだよな……田辺の場合、猛毒だがな。氷で串刺しにされた的を忘れたか」


 一人の男子生徒の言葉に、美琴のクラスメイトは顔を青くする。

 中には、「ふふっ、我が師は至高なり」などという声も聞こえるが、誰もがそれを無視した。


「それよりも一つ気になってたんだけど、あの噂は本当なのか?」


「田辺製作所のか? 嘘に決まってるだろう」


 太郎が尋ねると、一郎が平然と答える。

 その言葉に、誰もがぎょっとした表情をする。それを見て、一郎は言葉を続けた。


「うちの父親が勤めてるんだよ。それで、田辺の父親は経営能力がなかったらしく、上手く行っていなかったみたいだ。悪事を働いていた訳ではなく、ただの力不足だな。それで追い落としたのが、金田誠って言う男だ。西川の父親は、その金田って男が死んでから社長になったみたい」


『そうなのか……』


 一郎の言葉に、驚いた声を上げる生徒たち。

 あたかも会社を救ったヒーローのように語られる勇気の父親。だが、現実は漁夫の利を得ただけの人物だからだ。


「えっ、ちょっと待って。その金田って人死んだの?」


「ああ。何でも殺されたらしい。会社を立て直すために大規模なリストラをしたみたいで恨みを買っていたとか。会社のロビーでグサッと」


「まじか……つか、警備はどうなってるんだよ」


「それな。何か知らないけど、その日は誰もいなかったみたい」


「なにそれ、こわっ!?」


「詳しくは知らないが、どうせ交代の時間だったんじゃないのか? もしくは、誰かの陰謀か」


 一郎の言葉に、誰もが息をのんだのだった。


 ここは、男子の聖域。

 女子が立ち入らない井戸端会議が行われる場所。西川中学では、『トイレに連れ込まれる男子たち』という七不思議が誕生したそうだ。

 カップル成立率の低さから、女子たちの間では興奮混じりに後世に語られたと言う。




*****




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