第32話 講師との対面
誤字報告、ありがとうございます!
第31話の決闘描写、加筆しました。今さらですが、ネーミングが安直過ぎたような気がします……。
そして、迎えた休日。
琴恵から、講師の準備ができたという連絡を受けて、美琴たち三人は月宮学園へと向かった。
「おしっ、大分慣れて来たみたいだな」
「「はぁ、はぁ、はぁ……」」
視線を手元の端末に向けたまま、暢気な声を上げるカーラ。
一方で、向かい合うように立つ彩香と穂香は肩で息をしており、今にでも倒れそうなくらい疲労していた。
「前回と比べると、二人とも格段に良くなっているな。少なくとも、マテリアルにダメージを入れられるようになった」
「そ、それは……ありがとうございます?」
疲労困憊といった様子の彩香が、カーラの褒め言葉に感謝を述べる。
だが、感謝しても良い事なのか分からず、その言葉は疑問形だ。一方で、穂香は首を振って答えた。
「これ……絶対褒めてない、から」
と、二人を無視して端末を操作するカーラに非難の視線を向ける。
「そうでもないですよ。これでも、一応は褒めているつもりですから」
付き合いの長い美琴は、苦笑交じりに言った。
そもそも、カーラが実験に付き合うのだ。その時点で、二人の実力は評価に値すると考えているはず。
尤も、カーラが素直に評価するとは思えないが。
そんなことを思いつつも、美琴はカーラに非難の視線を向けた。
「それよりも、カーラ。二人はこれから演舞の練習をするのですよ。まったく、もう少し余力を残してほしいものです……」
事情があって遅れているとのことだが、この状態の二人が果たして練習できるのか。そう不安に思っての言葉だった。
「「……」」
そんな美琴に、二人は生気の宿らない目を向けて来る。
まるで「人でなし!」と声高に言われているような錯覚を覚えるが、きっと気のせいだろう。原因はカーラにあるのだから。
「うん? 演舞の練習はお前だけだろう?」
「は?」
カーラの一言に、美琴は思わず低い声が出てしまう。
「なんだ、違うのか?」
意外そうに尋ねる、カーラ。
「違いますよ、私はただの監督です。二人には、父の魔道具のアピールをしてもらうつもりです」
美琴の目的は、魔法演舞で弘人の魔道具を披露することだ。
自分である必要はなく、むしろ二人に押し付けたい。ならばこそ、二人が疲労しているのは少々問題があるのだ。
だが、そんな美琴に二人から非難の声が飛ぶ。
「鬼! 悪魔! 人でなし!」
「この状況を見て、何とも思わないの!?」
二人の状態は、控えめに言って満身創痍。
きっと立っているのも厳しいはずだ。それほどまでに、カーラの作り上げた多重展開魔法は消耗する。
「だ、大丈夫ですよ。今日は顔合わせだけでしょうから」
初日から本格的に練習ということはないだろう。
今日は無理でも次回は、カーラに手加減するように言い含める。そうすれば、練習ができるはずだ。
しかし……
「そうだとしても、これって今後もやるんでしょう!? この後に、練習なんて絶対に無理だからね!」
「うんうん」
二人は、美琴の言葉に反発。
隣では「もっと厳しくしていく予定だぞ」という声が聞こえて来た。この状況に美琴は冷たい汗を流す。
「そこは……き、気合でどうにかなりませんか?」
「「ならない!!!」」
「そん、な……」
二人の反発に、愕然とした表情を浮かべる美琴。
そんな美琴の肩に手が乗せられる。
「まぁ、実験につきあえば、トロイメライには出場できるようになるぞ」
美琴は、その言葉にはっとなる。
「そ、そうです! 二人には、トロイメライで活躍してもらえば……」
自分が出場する必要もなく、魔法演舞の練習も必要ない。
言葉にこそ出さなかったが、そんな本音が二人には聞こえてしまったのだろう。
「「……」」
二人の冷たい視線が美琴を貫く。
そして、何かを口にしようとした二人よりも先に、カーラが首を横に振って答えた。
「それは無理だぞ。あの婆の命令で、二人にはこの魔道具を使ってもらう予定だからな」
「「「えっ!?」」」
三人は口をそろえて、声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 美琴はともかく私たちも出場が決定なのですか!?」
「私はともかくって、私は出場するとは……」
「美琴は決定。でも、私は関係ない!」
それぞれがカーラに不満をぶつけるが、カーラがこめかみをタッチペンで叩くと重いため息を吐いた。
「多重展開魔法のお披露目だ。あの婆に報告したら、是非やってもらいたいと言っていた。まぁ、暇だから良いだろう?」
「ひ、暇って……私たち受験生なんですけど」
「ゲームの時間が……」
愕然とした表情を浮かべる二人。
だが、カーラには切り札があった。
「それについてだが、引き受けてくれるようならここの推薦がもらえるぞ。推薦人があの婆だから確実に合格する。それなら受験勉強も必要ないし、勉強の時間をゲームに充てられるだろう?」
「「……ごくっ」」
二人は、悪魔の提案に喉を鳴らす。
月宮学園の偏差値はかなり高い。成績優秀な彩香でも確実に入学できるとは言えないほどだ。
そこへの推薦。しかも、琴恵自らが推薦してくれるというのだ。
魔法の才能はもちろんのこと、人格も保証されているに等しく、経営陣も文句を言うことはないだろう。
「どうだ、悪くない話だろう?」
「た、確かに……。けど、狡くはないのですか?」
彩香も穂香も、裏口入学のようで後ろめたさがあるのだろう。
だが、その心配はないと美琴は首を横に振った。
「それだけ、二人の才能が稀有ということです。今後、魔法演舞もトロイメライも魔法競技は注目が集まります。実力が確かなのですから、なるべく囲っておきたいのでしょう」
それは、スポーツ推薦と同じだ。
まだ、学生の魔法競技は認知度が低く、野球でいう甲子園のようなものが存在しない。だが、それも時間の問題だ。
早ければ、美琴たちが高校生の間にでも、そう言ったものができるかもしれない。
それが分かっている以上、彩香や穂香のような才能ある者を囲っておきたいのだろう。
「そう、なんだ。それなら……」
美琴の言葉に納得の表情を浮かべる彩香は、ふと穂香に視線を向ける。
「うん、良いと思う。別の学校を受けるとしても、滑り止めにはなるし」
穂香の言葉を受けて、彩香はコクリと頷いた。
もともと、彩香はトロイメライに興味があったこともあって、申し出を受けるメリットはあってもデメリットはほとんど存在しないのだ。
「「よろしくお願いします!」」
二人はそう言って、カーラに頭を下げた。
それを見届けて、カーラも「当然だ」と満足そうに頷く。そんな三人を見て、美琴は……。
「なら、お二人のどちらかがトロイメライに出場して、もう一人が魔法演舞に出場するのですか」
と、満足そうに頷いた。
「何を言っている? お前の参加は決定事項だ。二人はトロイメライに出場で、マコト妹……お前は魔法演舞だ」
「えっ? 少し待って下さい。何故、私が出場するのですか?」
心底、意味が分からないという様子で美琴は尋ねた。
「だって、月宮学園の推薦状だよ。美琴の成績なら落ちる心配はないと思うけど、滑り止めは欲しくないの?」
呆れたように言う彩香。
しかし、美琴はと言うと……
「いえ、そもそも進学するつもりがないのですが」
「「は?」」
美琴のカミングアウトに、二人は意味が分からない様子だ。
田辺美琴の件はこの際置いておくとして、今さら美琴が高校で何を勉強するというのだろう。
「いえ、そんなに驚かなくとも。父がよく問題を起こすので……この前もかなりの金額を失ったばかりですし、少しでも家計の負担は減らすべきかなと。それに……」
「それに?」
「そもそも、学校が面倒なんですよね……正直言って」
「「うわぁ」」
美琴がぶっちゃけると、二人はダメな人を見るような目で見て来る。
もともと集団行動が苦手であり、麗子の一件から分かるように美琴は無自覚に敵を作りやすいのだ。
家で引き籠って、父の手伝いをしていれば良いかと思っている。
だが、それは認められないのだろう。先ほどから無言を貫いていたカーラが口を開いた。
「大丈夫だ、すでにその回答は想定していた。父親に話は通してあるそうだ。娘の将来に不安を抱いていたようで、是非お願いするとのことだ」
「なっ!?」
まさかの父の裏切り。
だが、父親からすれば、彩香と穂香以外の友人の名前が上がらない美琴のことを不安に思うのは仕方がない。過保護な性格をしているが、このままでは取り返しのつかないことになると密かに危惧していたのは、美琴の知らないことだった。
カーラの言葉に、安心したように息を吐く二人。
美琴も、弘人を引き合いに出されれば頷かずにはいられない。
「……分かりました。では、私がトロイメライに……」
出場すると言いかけた美琴であるが、カーラが途中で言葉を挟む。
「お前は、魔法演舞だぞ」
「うん、トロイメライは、私と穂香が担当するから」
「美琴は、踊ってて」
「いや、ちょっと待って下さい。私でなくとも、二人のどちらかが担当してくれればいいのではないのですか?」
美琴の申し出に、彩香と穂香の視線は冷ややかなものだった。
十代半ばの少女である田辺美琴であれば、それほど抵抗はないだろう。だが、美琴の感性は金田誠……三十代前半の男性のものだ。
スポーツとはいえ、人前で衣装を着て踊るのは恥ずかしい。
何としても断らなければと思考を巡らせると、代表するようにカーラが美琴にその理由を伝えて来た。
「もともと、私の研究を手伝ってもらうためにここを貸す契約だ。二人には、この魔道具のデータ収集を手伝ってもらう。トロイメライの練習を兼ねれば一石二鳥だろう」
「うっ……ですが、私も【ディメンションゲート】を扱わないといけませんから」
美琴は、そう言って黒色のデバイスを取り出す。
【ディメンションゲート】は、魔法式に手を加えたり、理解を深めたりすることによって、以前に比べると大分消耗は少なくなって来た。
だが、それでも起動をさせれば疲れるのだ。
それを考慮してほしいと暗に伝えると、カーラは「ふっ」と鼻を鳴らした。
「一週間やそこらで、圧縮開放をせず平然と使えるようになったんだ。考慮する必要を感じないな。それに、そもそもお前とそいつらではトロイメライの練習相手にならんだろう」
同意を求めるようにカーラは彩香たちに視線を向ける。
「正直、美琴の相手は御免かなぁ」
「全部はじき返されそうで、つまらない」
「流石に秋宮さんみたいにはなりたくないよね」
合同授業の一件を思い出して、苦笑をする二人。
とは言え、二人の魔法支配力は麗子よりも高い。出来ないとは言うつもりがないが、ハッキングには多少苦労するだろう。
返す言葉がなくなった美琴。往生際が悪く、なおも言い募ろうとすると……
「おぅ、邪魔するぞ」
一人の男性が入室して来た。
見知らぬ男の入室に驚くものの、ここへ訪れるのは一人しかいない。だが、何故だろうか。美琴はその男に見覚えがあった。
「……もしかして、講師の方でしょうか?」
美琴がそう尋ねると、黒服の男性は呆れたような視線を向けて来る。
「は? 何言ってんだ、お嬢。俺だよ」
「……?」
美琴はその男性に見覚えがある。
それこそ最近会ったような気がするのだ。しかし、喉まで出かかってもその人物が誰なのか思い出せないでいると……
「……黒鉄秀之だ」
まさか忘れられると思っていなかったと、男は名乗りを上げる。
「あっ」
美琴はその言葉に、目の前の人物が誰なのか思い出す。
秀之は、以前田辺家を訪れたヤクザの幹部だ。
「何故、貴方がここにいるのですか? それにお嬢って」
「知っての通り、あの妖怪に取り込まれたんだよ。今では、良いようにパシリにされているよ」
そう言って、舌打ちをする秀之。
あの人使いの荒い琴恵のことだ。有能であるが故に、酷使されている光景が目に浮かぶ。思わず同情の視線を向けると……
「そんな目で見るなよ。お嬢も、散々協力していたって聞いたぞ!」
言われてみると、確かに琴恵に協力してデータの解析を行ったような気がする。
「まぁ、そんなことはどうでも良いです。それよりも、何の用ですか?」
「そんなことって……はぁ、まあ良い。人を連れて来ただけだ。入ってきてくれ」
秀之はそう言うと、扉の外に声を掛けた。
美琴だけでなく、カーラたちも扉に注目をすると……
「まぁ! 可愛らしい女の子たち! 私はキャサリン、魔法演舞の講師として琴恵さんから呼ばれたの、よろしくね!」
「「「「……」」」」
そこから現れたのは、奇抜なファッションをする巨漢のオカマだ。
現実逃避するように遠い目をする美琴たち四人へ、秀之から生暖かい視線が向けられるのだった。




