第30話 合同授業(中)
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「何ですかじゃないわよ、貴方たちは本来なら月宮の血を引く私と会話することさえ許されないのよ。その私が認めた勇気の誘いを断るなんて、何を考えているの?」
と、蔑みの視線を向けて来る麗子。
先ほどまで色めき立っていた女子生徒たちも、流石にこの一言には熱が冷めたようで、麗子に対する視線に敵意を滲ませている。
だが、それを無視して麗子は、特に美琴に対して鋭い視線を向けた。
「それに、聞きましてよ。貴方の父親、勇気の所の元社長だったとか……ですが、無能だからと追い出されたようですね」
そう言って、嘲笑を浮かべる麗子。
どうやって調べたのかは分からないが、周囲で聞き耳を立てていた生徒たちが騒めき始める。
そんな中、美琴が弘人のことに関しては異様に沸点が低いことを知っている彩香は、ギギギとまるで錆びたブリキの人形のように首を回す。
振り返ったその先には……
「……」
般若がいた。
「ひっ」
彩香は、鋭く息をのむ。
美琴に対して、父親である弘人を馬鹿にするような発言は地雷だ。隣に立っていた穂香は、美琴の怒りを感じて少しずつ距離をとっている。
危機感を募らせている二人に対して、麗子はというと……
「それにしても、貴方は大変ですわね。裕福な暮らしが一転して、汚いあばら家での生活を余儀なくされたのですから。私であれば、首を吊ってしまいたくなりますわよ」
地雷原でタップダンスを踊り始めた。
別のクラスと言うことで付き合いのない女生徒たちは、美琴の怒りを感じ取れず口々に「何だ、貧乏人だったんだ」や「メッキのお嬢様……ふっ」と言って、嘲笑を浮かべる
そんな周囲の後押しを受けて、麗子は更に調子づいた。
「まぁ、所詮は成り上がりの家系ということですわね。私のような月宮の血を濃く継ぐ者とは住む世界が違います。ご当主様は、秋宮を高く評価してくれていますから」
そう言って笑う麗子。
言い方こそ問題があるが、一般市民にとって月宮とは雲の上のような存在だ。「月」が入っていない時点で、麗子が言うほど月宮の血は濃くない。だが、多少なりとも月宮の血を引いているため、文句を言う生徒は皆無だった。
それよりも、嫉妬の対象である美琴を責めた方が良いと思ったのだろう。麗子に続くように美琴を責め始める生徒たち。
流石に割って入るべきかと考えた彩香であるが、それよりも先に声を上げる者がいた。
「待ってくれ、麗子。流石にそれは言い過ぎじゃないか? 僕のために怒ってくれるのは嬉しいが、その言い方では麗子の優しさが誤解されてしまう」
勇気はそう言って、麗子を窘める。
「勇気、私のことを思って……」
どこか感激したように瞳を潤ませる麗子。
だが、それも一瞬の事。すぐさま目を吊り上げると、美琴を見た。
「いいえ、私は心を鬼にしますわ。勇気が私の優しさを知ってくれているのであれば、たとえ悪役だろうと喜んで受け入れます!」
「麗子、そんな……」
「止めないで下さいまし。私の決意はダイヤよりも硬いものですの」
何この茶番……。
きっと、この場にいる多くの者たちがそう思ったことだろう。彩香の隣では、「悪役? 道化じゃなくて?」という声が聞こえて来る。
(美琴の血筋を知っていると余計にね)
現実逃避をするように「正鵠を射ているなぁ」と口にしてしまう彩香。
今の美琴を窘めるのは、相当勇気が必要な行為である。それこそ、真冬の山に裸で向かうほど無謀だと思う程度には、危険である。
だが、このままでは山が噴火してしまう。
見たくもない現実に視線を向けた彩香は、極寒の冷気を纏う美琴に近寄った。それを見た穂香が勇者を見るような目で見て来る。一緒について来てはくれないのは、それなりに長い付き合いなので百も承知だ。
「えっと……美琴、さん?」
「何でしょうか?」
「っ!?」
彩香は知った。
人は怒りを顕わにしているよりも、笑みを浮かべ静かに怒っている方が怖いことを。全く笑っていない美琴の瞳を見て、ブルリと体を震わせた。
だが、ここで諦める彩香ではない。
一度大きく息を吐くと、再度美琴に話しかけた。
「美琴……今は堪えて。気にしたら負けよ」
挑発ではなく本心で言っていることは間違いない。
だからこそ、こちら側が対抗しても平行線をたどるだけだ。美琴も、冷静さを失っていても彩香の言っている意味が理解できるのだろう。
数瞬した後、美琴は大きく息を吐いた。
「申し訳ありません、頭に血が上っていたようです」
と、素直に謝罪する美琴。
一方で、勇気と麗子は未だに口論を重ねていた。
勇気としては美琴との関係を悪化させたくないようで波風立てずになぁなぁで済ませるつもりだろう。反対に、麗子はこの場でしっかりと伝えるべきだと主張している。
甘ったるいピンク色の空間が形成されているが、意見は完全に対立していた。
「取りあえず、ペアでも探しませんか?」
相手にしても時間の無駄だと悟った美琴は、勇気たちを無視してその場を離れようとする。しかし、そうは問屋が卸さない。
「お待ちなさいな! あなた、何を勝手に立ち去ろうとしているのですか!?」
勇気に夢中になっていた麗子であるが、美琴たちがこの場を離れて行こうとしていると聞いて、すぐさま鋭い視線を向けて来た。
ふと、彩香は勇気へと視線を向ける。
暴走した麗子を見て、苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
「どうやらお取込み中のようでしたから、邪魔をしては悪いと気を遣っただけですよ」
と、嘯く美琴。
気を遣うつもりなど、全くないのは明白だ。ただ、相手にすることが面倒になった……それだけのことである。
麗子は、美琴の意図に気づいたわけではないが、それでも全く相手にされていないような態度が癪に障ったのだろう。先ほどとは違う意味で顔を紅潮させると、美琴に近づいて言った。
「貴方ねぇ、自分の立場というものを理解していないの!? 私を誰だと思っているの!?」
麗子の言葉に逡巡する美琴。
もしかすると、本名を知らないのではないか。先ほどから月宮を連呼しているため、秋宮夫妻の娘であることは理解しているはず。
憤っているなか、周囲の言葉を聞いていたとは思えない。
そう思って、彩香が助け舟を出した。
「申し訳ないけど、秋宮さん。美琴は、まだ編入してきたばかりで同じクラスならまだしも別のクラスである貴方の名前を知らないのは仕方がないことではないのですか?」
「はぁ?」
彩香が割って入ると、「知らないはずがないでしょ」と憐れみの視線を向けられる。
(相手は、麗子……シーイズクレイジー……あれ、マッドだっけ?)
美琴に相手にするだけ無駄だと言ったものの、やはりムカつくことはムカつくのだ。
あまり得意ではない英語で内心罵るが、相も変わらず麗子から馬鹿を見るような目で見られる。
「まぁ、知らないのであれば名乗りましょう。私の名前は秋宮麗子。月宮の次期後継者となる者の名前よ。まぁ、貴方のような下賤な血を引く人に覚えてもらっても嬉しくないわね」
「はぁ、そうですか……」
麗子の自己紹介に、困った表情をする美琴。
きっと、この人だけはないなとでも思っているのだろう。仮に麗子が月宮の当主になれば、イージス艦が泥船に変わってしまうのは容易に想像できる。
そんな恐れ戦くわけでもない、曖昧な美琴の態度に業を煮やした麗子は、また一歩美琴へと近づいた。
「どうやら、貴方には私の素晴らしさが分からないようですわね……可哀想に。まぁ、仕方がありませんわね。倒産寸前まで会社を放置した男の娘なのですから、きっと月宮のすばらしさは分からないのでしょう」
「はぁ、そうですか……」
「それに比べて、勇気の父親は何と素晴らしいのでしょうか。あそこまで悪化させた会社をすぐに建て直してしまったのですから。私の伴侶となる男性の父親に相応しい経営手腕ですわね」
伴侶と言う部分に頬を染める麗子。
取り巻きの中から、否定するような声が飛ぶが本人は気づいていない様子だ。ただ、麗子の話に、彩香は首を傾げた。
(あれ、建て直したのって勇気の父親じゃなくて、明智さんじゃなかったっけ?)
ふと、彩香は以前美琴が語っていたことを思い出す。
美琴の方に視線を向けるが、本人は気にした様子はない。その人物は故人であり、その人物の功績などどうでも良いのだろう。
そんなことを考えていると……
「そこ、何やっているんだ!?」
出入り口付近から声が聞こえて来る。
準備室から機材を運んでいた信哉だが、室内で険悪なムードに包まれているのに気づいたのだろう。
機材を運ぶと、騒ぎの中心にいる美琴たちのもとへやって来た。
「お前ら、何をやっている? ペアは組んだのか?」
いつになく低い声で尋ねて来る信哉。
ピリピリと怒りが伝わって来るが、当の本人たちは気にした様子はない。
「いえ、まだです」
美琴は、余計な言い訳をせず端的に答える。
一方で……
「別に普段通りで良いではありませんか。ただ、この女に少し身の程を教えて差し上げただけですわ」
と悪びれる様子もなく返答する麗子。
二人の様子を見て、大きくため息を吐く信哉。大方の事情は理解できたのだろう。その裏付けを取るように、勇気を一瞥した後に彩香へ意味ありげな視線を向けて来た。
彩香がコクリと首を縦に振ると、「仕方がない」と言って頭を掻く。
「ちょうど良い、なら秋宮と田辺。二人がペアを組め」
その一言に渋面を浮かべる美琴。
今回の授業は、トロイメライの前身となる対戦スポーツのようなものだ。麗子を相手にするのは嫌なのだろう。
一方で、麗子はそれに猛反発する。
「貴方、この私を舐めていますの!? 秋宮の魔道具と学校にある骨董品で勝負になるとでも!?」
そう言って憤る麗子であるが、信哉は神妙な表情で考えるそぶりを見せる。
「いや、いい勝負になるんじゃないか?」
「なっ!?」
侮辱にも等しい言葉に、麗子が言葉を失う。
最初の授業を知るクラスメイト達は、美琴の異常性を知っているため「確かに」という声がちらほらと聞こえて来た。
「いいえ、秋宮の技術力はとても素晴らしいものです。流石に、勝負にはならないと思いますよ」
「そう、なのか?」
謙遜をする美琴に怪訝そうな表情を浮かべる信哉。
いつの間にか隣に立っている穂香も疑わしそうな視線を向けていた。
「まぁ、それは当然ですわね。よく分かっているではないですか。それならば……」
麗子は、勇気と組むと提案しようとしたが、麗子の言葉を遮って美琴は一台の魔道具を取り出した。
「なので、これを使わせてもらおうかと思います」
それは、カーラのところで見た黒色のデバイスだった。
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本当は上下で終わらせる予定でしたが、三話構成になってしまいました。
次話は、日曜日に投稿します!




