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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天才経営者のやりなおし
3/92

第3話 元社長の思い

 それから十日が経った。

 術後の経過も順調で、体力は今後の課題だが一般生活を問題なく送れる程度には回復した。

 父である弘人は反対したが、美琴は入院費を心配して退院を決断。

 千幸も、少しずつ私生活に慣れる必要があると背中を押してくれたことで、今日美琴の退院が決まった。


「本当に、大丈夫? まだ、入院していた方が……」


「大丈夫ですから。それより、自分の荷物くらい自分で持ちますって」


「いいや、美琴に荷物を持たせられないよ。それに軽いから気にする必要はないよ」


 心の底から娘を心配する弘人。

 だが、美琴にとってはその優しい言葉が何よりも痛かった。内心では涙を流しつつ、会計の順番を待っていると、待合室の大型テレビからアナウンサーの声が聞こえて来る。


『ニュースの時間です。株式会社田辺製作所が、アメリカ魔素工業大手を一千億円で買収しました。国内市場での魔道具の売り上げシェア向上が狙いと見られ……』


――何で、このタイミングで!?


 あまりにも最悪のタイミングで聞こえて来たニュースに、美琴は胃が締め付けられるような痛みを感じる。

 おそるおそる弘人の顔色を窺う。


「美琴、どうかしたのかい?」


「えっ。いいえ、何でもないです」


 何ともないことのように振舞う弘人に、美琴は拍子抜けしてしまう。

 よくよく考えると、弘人は美琴に会社のことを話したことはなかった。解任になったと、謝られたことくらいだろうか。

 どうしてなのだろうかと思い、首を傾げていると後ろから老夫婦の話し声が聞こえる。


「あら、お爺さん。確かあの会社はこの前社長が刺されたってニュースになっていませんでしたか?」


「ああ、そうじゃったな。カリスマ経営者で、倒産寸前の会社を三年で回復させたとか、聞いたことがあるのう。とは言え、三十過ぎの若造一人に出来たとは思えんがのう」


「そうね。それに、多くの失業者を出したんでしょう? 他に手があったんじゃないのかしら。実際これだけの資金があるんだし。恨まれても仕方がなかったのでしょうね」


 美琴は、老夫婦の暢気のんきな会話に怒りを覚える。

 当時の財政状態は、赤どころの話ではない。それは経理を担当していた美琴……いや、誠が一番よく知っている。

 今でこそ、立て直しに成功したため社員を養うことができる。

 だが、当時はリストラによって社員数を減らすことでしか倒産を回避することはできなかった。何度か誠のニュースをテレビで見たが、どの番組も『若きカリスマ経営者、死亡。容疑者はリストラされた元社員!』と、視聴者にうけるように報道していた。

 報道の端々には勧善懲悪という文字が見え隠れしているのだ。


「……好き勝手言って」


「えっ?」


 すると、隣から小さな呟き声が聞こえて来る。

 視線を向けると、少し怒ったような表情をする父の姿があった。美琴の視線に気づいたのか、先ほどの表情を消すと弘人は笑みを浮かべる。


「ははっ、独り言が聞こえちゃったかな?」


「はい……」


 美琴の返事に、弘人は困ったようにポリポリと頬を掻く。

 その様子に、誠に対する感情が美琴の思うものと違うのではという疑惑が浮かび上がる。迷いの果てに、意を決すると尋ねることにした。


「……ねぇ、お父さんはその……」


 何度呼んでも「お父さん」と呼ぶことに抵抗を覚える。

 『田辺美琴』は「お父さま」と呼んでいたようだが、今の美琴には恥ずかしくて到底呼べそうにないのだ。

 とは言え、弘人からすればどこか距離感を感じていたようで今の方が良いと笑っていた。

 恥ずかしさを覚えながらも、美琴は気になったことを尋ねる。


「……金田誠についてどう思っているのですか?」


 まさか娘にそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、弘人は驚きに目を瞬かせる。

はぐらかそうかと考えているようだが、しばらくして諦めたように本心を話し始めた。


「凄い人だと思うよ。実際、あれほど悪かった財政をたった三年で立て直して、さっきのニュースを見たけどアメリカの企業を買い取ったんでしょう。とてもじゃないけど、僕には真似できないよ」


「ですが、金田誠はお父さんを後の火種になるからって必要もないのに社長から解任したんですよ」


「そうなのかい?」


 弘人は、誠の真意を理解していなかったのだろう。そのため、美琴の言葉に驚く。

 美琴が知るはずもない事情だ。話過ぎたと失敗を悟るが、弘人はしばらく考えるそぶりをした後心情を述べた。


「美琴はそう思うのかもしれないけど、僕は彼なりの優しさなんだと思っているよ」


「はい?」


 何を言っているのか、美琴には理解できなかった。


「美琴の言う通り、僕の解任は必要なかったのかもしれない。けど、正直僕は社長の器ではなかったんだと思う。それを金田君は分かっていたんだろう」


 美琴は、心が痛かった。

 それはもう壮絶に。ここまで純真な眼差しで、誠の善意から自分を解任してくれたのだと信じていると思うと、訂正できないのだ。

 いっそのこと、口汚くののしってくれればどれだけ気持ちが楽か。

 心も痛いが、胃も痛くなって来る。


「それに、解任議決が可決されたときほっとしたんだ。父が……美琴にとってはお爺ちゃんが亡くなった時、突然後継者として指名されたけど、正直務まる自信がなかった。だから、いつもできる誰かがやってくれって思っていたんだよ」


(こ、心が痛い……)


 もしかすれば、誠であればここまで心を痛めることはなかったかもしれない。

あの冷血経営者が……自分のことでもあるのだが、今の言葉を聞いても心に響いたとは思えない。

今の自分になったからこそ、罪悪感を覚えてしまうのだ。

 因果応報、自業自得、自縄自縛、身から出た錆。

 そんな言葉が、美琴の頭の中をよぎる。弘人が語る隣で苦悶の表情を浮かべていると、ついに会計の順番が回って来た。


「順番が回ってきたみたいだね。美琴はここで待っていてね」


「はい……」


 美琴は、力なく父の後ろ姿を見送るのだった。







 それからしばらくして、弘人に連れられて外へ出る。

久しぶりの外だ。

 薬品の匂いがない、空気を肺一杯に吸い込む。


「やっぱり、外の空気は美味しいかい?」


「はい。魔素が主流になったので、昔よりも澄んだ空気に感じます」


 ここ五年間で、魔素を利用した自動車が主流となり始めた。

 環境問題を重視する政府が魔素自動車には税の軽減政策を施行したこともあり、道行く車の三割以上は魔素自動車になっている。

 近年では、研究が進みタイヤのないフロートカーなるものも製造され、町で見かけるようになった。

 とは言え、それは贅沢品である。

 金銭面に余裕がない家庭は、中古市場に出回る従来の自動車に乗るしかないのだ。


「う~ん、エンジンの調子が悪いな。バッテリーも上がっているし……」


「……」


 弘人の乗る車は、旧型の軽自動車。

 仕事でも使っている年季ものの車だ。既に中古市場からもなくなっていそうな旧型の自動車に美琴は呆然としてしまう。

 後部座席にはシートベルトさえついていないのだ。

 自動車メーカーの下請け会社で働いていた弘人は、中古車を自分で修理をしながら利用している。

だが、もう限界は近そうだ。

美琴は声には出さないものの、かつての東ドイツ車のように空中分解するのではないかと不安になってしまう。


 しばらくして、ドゴゥと大きな音が響くと車が動き始める。


「病院を外から見るのも懐かしいだろう。もう二か月近くになるんじゃないのか?」


 外の景色を窓から眺めながら、ラジオから流れるニュースやリスナーからのお便りを聞いていると、不意に弘人から声が掛る。


「はい、そうですね」


 術前検査などで、入院したのは随分と前になる。

 久しぶりに見る外の景色は、新鮮だ。普段見る病室の光景とも、記憶に新しい都会の光景とも違う。

 自然と懐かしさを覚える光景に、口元が緩んでしまう。


「美琴も病院よりも自宅の方が好きかい?」


 横目で美琴の表情を見ていたのだろう。

 弘人が笑みを浮かべて尋ねて来た。


「それは、そうですね。引っ越ししてからほとんど過ごしていませんが、病院だと常に他人の視線を気にしてしまうので居心地は悪いですね」


「やっぱり、個室の方が良かった?」


 欲を言えば、一人で使える個室の方が良い。

 それに、あの部屋は女性用だ。年配の女性しかいないが、それでも美琴には居心地が悪かった

 しかし、当然のことではあるが、個室は大部屋に比べて費用が掛かる。長期で入院していたのだから、現在も以前もそんな我儘を言えるはずもなかった。

 美琴は、ため息を吐いて答える。


「我が家に、そんな余裕はありませんよ。それに……」


 弘人の仕事について触れそうになったが、言葉に詰まる。


「それに?」


 弘人は、美琴の言葉の続きが気になったのか尋ねて来た。


「いえ、何でもありません。申し訳なく思ってしまっただけです」


「ははっ、子供が何を心配しているんだ。お金のことなら、大丈夫。今は臨時収入で懐が暖かいからね」


「臨時収入?」


 そんなものがあるのだろうか。

 記憶を思い起こすが、何を指しているのか分からず首を傾げる。


「ああ、それはね……おっと、もうすぐ着くからこの話はまた今度にするよ」


 自宅付近へとたどり着いたことで、話を切り上げる。

 どういう訳か物凄く損をしているような気分になったが、これ以上追及することなく、美琴は久しぶりに帰宅したのであった。








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