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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
美琴の魔道具
27/92

第27話 カーラの実験(下)

誤字報告、ありがとうございます!


「……準備できました」


 部屋の中央に立つ美琴は、魔道具を手に持つとカーラに声を掛ける。


「よし、準備が出来たんだな! こっちはいつでも良いぞ!」


 ……何故か、やけに遠い。

 

 カーラも、彩香と穂香も美琴から異常に距離を取っているのだ。

 しかも、三人ともヘルメットを装着している。まるで、これから起こる予定の爆発に備えるようにも見える。

 それもそのはずだ。

 薄情者と罵られようが、美琴でも同じ立場なら距離を取っただろうから。

 美琴は憂鬱な気分で、視線を落とす。


「空間転移魔法、ですか……」


 自身の両手に握られる魔道具を見て、小さく呟いた。

 魔法式を覗いたが、画期的な発明である。それを世間に出回る前に実践できるのだから、とても栄誉なことだろう。

 マンガを参考にしたなどと聞かなければの話だが。


「おい! どうした、早くしろ!」


「貴方は鬼ですか!?」


 こんな未知の魔道具を相手に尻込みしない方が可笑しいのだ。

 躊躇うのが普通で、急かすなど人間の所業とは思えない。思わず声を荒げてしまったが、対するカーラは、美琴の言葉を鼻で一笑した。


「私の作った魔道具だ、失敗などあり得ない!」


 自信に満ち溢れた一言だ。

 美琴もカーラの技師としての腕は信頼している。しかし、それでも一つだけ言わなければならないことがある。


「なら、もう少し近くに来てください!」


 心の底から出て来た一言。

 彩香は左に、穂香は右に視線を背ける。

 そして、カーラはと言うと……


「……」


 何故か、無言。

 そして、研究機材に視線を落とした。美琴は地団駄を踏みたくなる衝動に駆られるが、癇癪を起すような年でもない。

 誠時代に培った鋼の精神をもって、自制した。


「ふぅ……」


 大きく息を吐く。

 流石に危険はない、はず。そう言い聞かせて、体内の魔素を練り上げる。

 周囲の魔素が、練り上げられた膨大な魔素によって引き寄せられ、周囲の空間さえも歪ませてしまう。


「っ! これは、かなり……きつい、ですね」


 これほどの魔素を操った経験などない。

 自分でも酔ってしまうほどの濃密な魔素に囲まれ、美琴は思わず弱音を吐いてしまう。しかし、そんな弱音を押し殺して魔道具を起動させた。


――【ディメンションゲート】、起動……


 周囲の空間が歪む。

 脳内に入ってくる位置データを魔道具に入力し、ゲートの接続ポイントを設置。

 しかし、ここで問題が生じた。


(魔素が足りない……)


 最初に練り上げた魔素では、空間を接続するにはまだ足りないのだ。

 魔法とは、魔法式に則って魔素を現象へと変える技術だ。そのため、魔法式を理解すればするほど使用者の負担が減る。

 美琴は一度目ということで、今までにないレベルで魔素を用いた。

 にもかかわらず、まだ足りないと言う。

 なんて大食いな魔道具だろうか。思わず苦笑してしまう。


「おいっ! 中止にしろ!」


 カーラの慌てた声が聞こえる。

 魔素を保有している者は、同時に魔素で引き起こされた現象である魔法に対して対抗力を持つ。

 確かにこのままの状態では、美琴の魔素が尽きて魔素に対して無防備になってしまう。魔道具にはストッパーが掛っているものの、余波は発生するのだ。

 危険と判断して止めるべきかもしれない。

 しかし、美琴は好奇心から制止の声を振り切って続行した。


――魔素圧縮、開放


 「ゴウッ!」という音とともに、美琴を包み込む魔素が跳ね上がった。

 これは、魔素保有量に乏しかった誠の編み出した技術だ。普段から魔素を体内で圧縮し、必要な時に開放する。

 普及し始めた技術ではあるものの、その習得難易度の高さからあまり一般的に知られていない技術である。


「「「っ!?」」」


 三人は驚愕の視線を美琴に向ける。

 だが、それを無視して美琴は再度魔道具を起動させた。


――【ディメンションゲート】、起動


 まるで火山が噴火したように溢れ出る魔素。

 闇属性の特徴である漆黒の魔素が解放され、美琴の前に門をかたどる。

 暗き門。

 まるでこの世の物とは思えない、荘厳でありながらもどこか美しさを感じさせる門が完成した。


「開け」


 美琴の一言に門が反応する。

 夜よりも黒い暗闇が、徐々に開き始める。そこから差し込むのは光だ。その光の先にある光景に苦笑を浮かべると、恐れることなく一歩ずつ前に進み始めた。


「成功、ですね……」


 暗き門を越えた光の先。

 そこは、カーラたちのすぐそばだった。走った方が早いと感じてしまう距離ではあるが、確かに空間を越えたのだ。

 口を大きく開ける彩香と穂香。

 カーラもまた、珍しく驚愕に染まった表情をしていた。美琴はゲートを閉じると、悠然と歩み始める。

 だが……


(あれ……)


 視界が揺らぐ。

 まるで貧血の症状でもでたかのように、平衡感覚を失い始めた。

 視界に映ったのは天地逆転する光景。

それを最後に、美琴の意識は暗転するのであった。




*****




「「美琴!?」」


 突然倒れた美琴に、彩香と穂香はすぐさま反応すると駆けよった。


「えっと、こういう時どうすればいいの!?」


「じ、人工呼吸……じゃなかった、AED!」


 突然尋ねられた穂香は、困惑気味に答える。


「AEDって、私たちが使って大丈夫なの!?」


「確か大丈夫だったと思う! 今から持って来る」


 そう言って立ち去ろうとする穂香。

 しかし、彩香はそれは何か違うと制止すると、視界の端に映ったカーラを見て声を上げる。


「カーラさん!」


 この場で唯一の大人だ。

 色々と危ない人だとは思っているが、それでも大人なのだ。きっと、大人な対応をしてくれると思ったのだが……


「まさか個人で成功させるとは……化け物だな。それにしてもあのゲートは何だ? 道具を使った場合と全く違った。……とは言え、個人用の実現は困難だろうな」


 ぶつぶつと何かを呟き始めるカーラ。

 彼女の瞳には、倒れている美琴の姿が映っていなかった。そのことに憤りを覚え、自分の無力さを当たり散らすように彩香はさらに大きな声を上げる。


「カーラさん!!」


「なんだ、煩いな……」


 不機嫌そうな声色で言い返すカーラ。

 まるで楽しみの邪魔をされたと言わんばかりの表情に、彩香は苛立つ。しかし、今はそれについて言い争っている場合ではないのだ。


「美琴が倒れたんです。保健室か病院に……」


「ほっとけ。魔素圧縮を開放した反動で気を失っただけだ。そのうち目が覚める」


 冷淡だと思うが、どこかカーラの声には怒りが感じられた。

 よくよく考えると、カーラは制止の声を掛けた。だが、それを無視したのは美琴である。自業自得だと思っているのだろう。


「本当?」


 抑揚のない穂香の声だが、その声には焦燥があった。

 美琴とはまだ付き合いが浅いとはいえ、仲が良いクラスメイトであることには違いないのだ。

 そんな穂香の内心を察したのか、少しだけ和らいだ声色で言った。


「ああ。マコトがよくやってたからな。顔も性格も似ていないくせに、妙な所は一緒だな」


 どこか懐かしむように呟くカーラ。

 平然とし過ぎており、先ほどまでの緊迫した空気が霧散してしまった。よくよく見ると、美琴の胸は規則正しく上下している。

 突然のことに慌てた二人であったが、問題がないと分かって一気に力が抜けてしまった。


「それにしても、本当に成功させるとはな」


 呆れを隠そうともせず放たれた一言に、穂香が眉を顰めた。


「……因みにこの実験の成功確率は?」


「うん? 個人であればゼロパーセントだぞ。そもそも成功するとは思わなかった」


 穂香の質問に、目を輝かして答えるカーラ。

 その答えに、穂香だけでなく彩香もまた眩暈を覚えてしまう。それと同時に、気を失っている美琴に同情してしまった。

 そんな二人の内心を知ってか、知らずか、カーラは陽気な声色で説明を始めた。


「見てわかったと思うが、この魔道具はとにかく必要な魔素が多い。まぁ、空間に干渉するのだから当然と言えば当然だろう。これまでの実験では、大規模な魔道具に魔素を込めた魔石を燃料として使用していた。……だいたい、一度に百人分くらいか?」


「うわっ……。えっ、つまり美琴は一人で百人分の魔素を?」


 カーラの言葉で、美琴の異常性に気づいた彩香。

 だが、その結論には訂正がある。カーラは首を横に振った。


「いや、流石に足りなかったみたいだ。だから、魔素圧縮の開放までしていた」


 魔素圧縮。

 聞き覚えのない言葉であるが、先ほど美琴の魔素が一気に跳ね上がった光景がそれなのだろう。

 離れていても酔いそうになる濃密な魔素。

 それが、突然火山のように噴火したのだ。仮に、アリーナのような魔法の使用を前提に置いた場所でなければ、物理的な被害が出ていたと思えるほどだ。


「魔素圧縮って、私にもできるの?」


 ふと気になったのか、穂香が尋ねる。


「ああ、可能だぞ。魔素制御の延長にある技術だからな。ただ、これは扱いが難しい。普及された技術ではあるが、使い手が少ないから認知度が低い……逆に何でそいつが知っているのかが謎なんだが。無駄に練度も高いし」


 真剣な表情で悩みながら、倒れている美琴を見るカーラ。

 まるで珍妙な動物を見る学者のようだ。眠っている隙に、解剖されないか不安になって来る。


「まぁ、良い。それよりもお前たちはどうする?」


 とは言え、眠っている少女を勝手に解剖しない程度の倫理観は持ち合わせているようだ。

 美琴から、彩香たちに視線を動かした。


「私たち、ですか?」


 何のことを言っているのだろう。

 そう思って首を傾げると、カーラは「何しに来たんだ?」と首を傾げる。すると、隣から腕を突かれる。


「魔道具の実験」


「あっ!」


 美琴の魔法のインパクトが大きくて、完全に忘れていた彩香。

 と言うよりも、この後やる必要があるのか。その方が疑問である。とは言え、頼まれている以上やるしかない。

 魔道具を取り出して意気込む彩香だが、カーラから思わぬ提案がされる。


「どうせなら、トロイメライでもやるか? ここにも用意してあるぞ」


「本当ですか!?」


「ああ、もともとこっちはトロイメライ用に作られた魔道具だ。こっちは、マコトの魔法式の一部を再現しただけだから、コツさえ掴めば展開自体は難しくないぞ」


 願ってもない申し出だ。

 実際、彩香は魔法演舞よりもトロイメライの方に惹かれていた。演技をするよりも、思いっきり魔法が使える方が楽しそうなのだ。


「随分と楽しそうだな。お前らは魔法演舞の練習でここを使う予定なんだろう?」


「私はただの付き添い」


 興味はあるものの、出場したくない穂香。

 裏切り者と声高に言いたいが、ふと彩香はあることに気が付いた。


「その予定なんですが、正直美琴一人出れば問題ない気がするので。私たちは、トロイメライでもやってみようかなと」


 自分で言っていて名案だと思った。

 美琴の目的は弘人の魔道具を広めること。それであれば、魔法演舞に二人して出なくても他の競技に出た方が良いのではないか。

 本人が起きていれば猛反発することだろう。

 ほとんど外堀を埋められている状態だが、未だに出場しないと言い張っているのだから。


「ふふっ……」


 一瞬、誰が笑ったのか分からなかった。

 彩香を除けば、この場には穂香とカーラ。いったい誰が、と思って声の音源を探ってみると、意外にもカーラだった。

 何か面白いことを言ったのだろうか、そう思って視線を向けると……


「このバグキャラが演舞って……いろんな意味で度肝を抜かれるぞ」


 魔法演舞の大会に出場する美琴。

 優勝するとは思えないが、美琴であれば魔道具の性能アピールに色々とやらかすだろう。先ほどの光景を思い出すと、審査員どころか観客も仰天している姿が脳裏に浮かぶ。

 カーラに釣られるように、二人も笑ってしまった。


(それにしても、カーラさんって意外に良い人?)


 ふとそんなことを思う彩香。

 美琴の人物評価が散々なため、かなり警戒していたが魔道具以外に関しては、意外と話しやすい人物だ。

 この時はそう思ってしまった。


「さて、そろそろやるか」


「「よろしくお願いします!」」


 カーラの一言に、二人は喜色満面にトロイメライを始める。

 だが、二人に待っていたのは、無理難題の嵐。


 研究に関してはどこまでも本気であり、一切の妥協を許さないカーラ。

 まるで地獄のようだった。

 光の柱が乱立し、風の刃が吹き荒れる。

 だが、最初と言うことで収束が甘く、互いに傷一つつけることができない威力だった。「使えば慣れる」という暴論に、魔素の収束と並立して魔法を打ち続ける。

 穂香があまりの苦行に「悪魔!」と言ったが、カーラは一笑して「ふっ、この世には上には上がいるのだ」と言い放つ。

 そんな魔王のような人物がいるのか。

 いったいどんな人物なのか気になるが、それどころではなかった。


 トロイメライという持久力実験開始から一時間後。


 魔素が切れるギリギリまで消耗させられ、美琴が起きる頃には心身ともに疲れ果てていたのだった。

 二人の魔法によって荒らされた一室。

 無傷で佇むマテリアル。

 疲れ果てたクラスメイト二人に、ホクホク顔のカーラ。

 状況が理解できず、呆然とした表情を浮かべる美琴に……


「あの人、やっぱりおかしいよ」


 と言って力尽きた二人であった。







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