第25話 カーラ=ケリー
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週末の土曜日。
美琴は彩香と穂香を連れて、都内にある月宮学園を訪れていた。
ガードマンに話すと、既に話が通っているのだろう。快く、中へと案内してもらった。
(懐かしい光景ですね……)
誠は外部受験で月宮大学に通っていた。
同じ敷地内に高校が併設されており、何度か訪れたことがある。
懐かしい感覚を覚えながら、新築されたアリーナへと向かう。
新築ということもあって、中はかなり清潔だ。
廊下には窓が設置されており、そこから部屋の様子を覗くことができる。
魔法は、身近な存在となった現代においても憧れの存在であり、休日であるにも関わらずアリーナには多くの生徒の姿があった。
それぞれが笑顔を浮かべて魔法を操る姿は、ある種の好感がもてる。
年甲斐もなく、ほっこりとした気分になっていると……
「あっ! あれって、トロイメライだよね!」
魔法砲撃戦トロイメライ。
最近話題の競技であり、大筋のルールは競技用マテリアルに対して先に一定のダメージを与えるというものだ。
対戦相手への妨害が認められているため、直接的な魔法の撃ち合いが禁止されている公式競技のなかでは、最も魔法戦に近い。
その臨場感溢れる試合は観客も興奮し、魔法演舞に次ぐ人気を誇る。
興奮したように声をあげる彩香。
足を止め、一室に視線を向けた。それにつられるように、穂香や美琴も足を止める。
「……凄い。攻守別に二種類の魔道具を器用に操ってる」
窓の向こうの光景に感嘆の声をあげる穂香。
彩香ほどではないが、見入っていた。
「確かに。高校生とは思えないほど、レベルが高いですね」
美琴も、目の前で繰り広げられる光景に舌を巻く。
視界の先で繰り広げられている戦いは、ただ魔法を撃ち合うだけのものではない。
そうであれば、魔素の保有量が多い者が勝者となってしまう。
確かに、魔素の保有量はアドバンテージとなるだろう。少ないものよりも多いもの方が有利である。
しかし、威力が高い魔法には発動前後に隙ができる。攻撃をする前や後では、マテリアルが無防備になってしまう。
制限時間が存在するため、魔素の保有量頼りの持久戦も不可能だ。
互いに向かい合って小手先で勝負をしているがそこには将棋のような高度な駆け引きが存在した。
彩香にとって、魔法演舞よりも関心があるのだろう。
目を輝かせてそちらの方を見ていた。
「ははは。確かに凄いんだけど、魔法演舞はこれ以上だよ」
口を挟んだのは、ガードマンの男性だった。
男性にとって、この光景は見慣れたものなのだろう。
新鮮な反応を見せる三人に、陽気な笑い声をあげると少し進んだ先にある窓の前で足を止めた。
「ここから先が、魔法演舞用の練習部屋だ」
「これはまた……。月宮が力をいれているのは知っていましたがここまでとは」
すべての部屋が、西川中学の演舞部の練習場に匹敵するほどの広さ。
最も広い部屋は、大会でも開けそうなほどだ。
その広さに比例するように、生徒たち個々のレベルが高かった。
明美ほどとはいかなくとも、勇気レベルであればそれなりの数になる。
感心して見いっていると……
「ねぇ美琴……思うんだけど、わざわざ大会に出場しなくても頼めば良いんじゃないの? そんなに凄い技術なら喜んで引き受けてくれると思うんだけど」
ふと、彩香がそんなことを言う。
彩香も穂香も、美琴が魔法演舞に興味を持つ理由を話してある。
弘人の技術を世間に広めるためだ。
二人の疑問は、そもそも月宮の当主である琴恵を頼ればそれで済む話ではないのかと。
しかし、美琴は首を横に振った。
「月宮の魔道具製造は秋宮と田辺ですから。それに、あまり頼りたくないので」
「あぁ、なるほどね」
秋宮麗子、西川勇気。
この二人とその両親を知っているからか、神妙に頷く彩香。
既に特許出願を済ませており奪われることはないだろう。
しかし、いざ下につけば利益を搾取されてしまうのは目に見えているのだ。
ただ、美琴は琴恵が紹介するつもりはないと知っている。
自分の庇護から外す、もしくは外れる者たちへ金の卵を無償で与えるつもりはないからだ。
(きっと、何らかの手を打ってあるのでしょうね)
噂程度だが、月宮では新たに秋宮と田辺に代わる企業が発足していると聞く。
きっと今回の話に関係があるのだろう。
「いつまでも寄り道をしているわけにはいきませんね。案内の続きをしていただいてもよろしいですか」
「ああ……と言っても、すぐそこなんだ」
ガードマンが指したのは、練習場とは違い閉鎖的な一室だ。
おそらく、魔道具の整備室か何かだろう。
案内を終えたガードマンが立ち去ると、三人は扉の前に立つ。
「確認したいんだけど……美琴の知り合いなの?」
「まぁ知り合いと言えば、知り合いでしょうね。父の関係で何度か顔を合わせた記憶があります。……魔道具以外興味が薄いので向こうが覚えているかは別ですが」
その人物は、ある意味では誠と気が良くあった。
会社への興味が薄いため、真っ先に弘人を裏切った人物とも言える。
いや、そもそも誠にさえも従ってはいないため裏切るという表現は間違いかもしれないが。
どのみち、灰汁が強い人物であることには違いない。
「それって……」
美琴の言葉の意味を理解してか、心配そうな表情を浮かべる彩香。
その肩にポンと手が乗せられる。
「美琴の知り合いは基本的にどこかおかしい。分かってたことだから」
「言われてみれば、確かに」
二人は通じ合ったかのように頷く。
しかし……
「その原理なら二人も大分おかしいと思いますよ」
ひきつらせた表情で発せられた言葉が、二人に届くことはなく、大きなため息を吐く美琴。
ーートン、トン、トン
気を取り直すと、さっそく扉をノックする。
すると扉からカチャリと鍵が開いた音が響く。背後から驚く声が聞こえるが、これはいつものことだ。
「失礼します」
そう言って、美琴は室内に入る。
「失礼します……って、汚い!?」
「……ゴミ屋敷? 本当に人が住んでいるの?」
室内は散らかっていた。
それはもう壮絶に……。二人がそう言いたくなるのも理解できるが、美琴は無言で暗闇のなか唯一の光源へと歩き始める。
「んぁ……なんだ、マコトか」
「っ!?」
こちらを振り向かず発せられた一言に、鋭く息を飲む。
いったい、何故。
そんな思いが、美琴の脳裏をよぎる。
「どなたと勘違いしているか知りませんが、私は田辺美琴です。カーラ=ケリーさんですね」
動揺を悟られないように、落ち着いた口調で言うと……
「ミコト? あっ、そう言えば、マコトのやつくたばったんだっけな」
そう言って、背後に立つ美琴たちに視線を向ける。
年は二十代後半。
日本人国籍を持つが両親はアメリカ人だ。しかし、祖父が日本人であり、日本育ちという経歴を持つため、英語よりも日本語の方が得意だ。
ダサいつなぎのような服装ではあるが、日本人離れしたスタイルだ。
カーラは、美琴に視線を向けると首をかしげた。
「お前、マコトの妹か何かか? どことなく、あいつに似ている気がする」
「先ほど名乗りましたが、田辺、美琴です」
「ああ、そうか。んで、マコト妹。何のようだ」
「誰が妹です!?」
わざと田辺を強調したというのに、適当に流すカーラ。
間違いなく、弘人のことを忘れているのだろう。
しかし、言っても意味はない。そう思って、割りきって説明する。
「お婆様……月宮琴恵からあなたに会うようにと」
「月宮って……今日来る実験台ってお前らのことだったのか」
「「じ、実験台……」」
不吉な単語にドン引きする二人。
美琴は大きくため息を吐くと、二人を安心させるように言った。
「実験と言っても危険はありませんよ。コンピューターで言えばハードを担当しているので、魔道具の起動データをとるだけです。その代わりに、カーラに貸与されている一室を使用させてもらう形です」
「なんだ、そういうこと。……ところで何でこの人ここにいるの? 田辺製作所の社員じゃないの?」
「穂香さんの疑問は尤もですが……」
穂香の疑問に言いにくそうにしていると……
「経費削減された。マコトなら、小言を言いながらも経費を回してくれたのに」
代わりに、カーラが答える。
誠はカーラの技術力を高く評価していたこともあって、良い結果になると確信して無茶を通していた。
しかし、代替わりによって以前のような無茶が通らなくなったそうだ。
小さく「寝坊して、葬式に行かなかったからか」などと呟いているが、美琴はそもそもそんなことをカーラに期待してなかった。
そして、現在。田辺製作所の社員でありながら、ここにいるわけだ。
美琴がそれを説明すると……
「自由すぎる」
穂香はあきれた表情を浮かべる。
誠であれば、無表情に「結果が出れば問題ない」とでも言うだろう。
今の美琴には到底言えそうになく、深々と頷く。
「納得いかない」
すると、突然不満そうな声をあげる彩香。
「何ですか、急に」
「何で私たちはさん付けなのに、カーラさんは呼び捨てなの?」
未だに、美琴が「彩香さん」と呼んでいるのが不満なのだろう。
「それは……あれですよ。この人は頭がおかしいので」
「なんだ、マコト妹。マコトと違って頭が固いな」
「だから、妹ではありません!?」
完全に、美琴のことを誠の妹として認識したのだろう。身勝手過ぎる……。
良識のない誠だからこそ、付き合っていられたのかもしれないと痛感する美琴。
しかし、美琴の説明に納得できないのか、二人は「むむむ」と言ってこちらを見てくる。
「コホン! それよりも本題です」
「引き抜きの件だろう、まぁ私としては月宮でお世話になろうかと考えている」
「それでは……」
結論を急かす美琴に「しかし!」と言って言葉を遮る。
「マコトの編んだ魔法式を実用化すること。それが交換条件だ」
強い意思が籠った瞳で、カーラはそう言いきるのだった。




