第24話 美琴の決断
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美琴たちが案内されたのは、客室の一室だ。
月宮家では珍しい洋風の室内で、美琴たちは三人掛けのソファに腰かける。葵は、お茶を淹れると、琴恵のもとへ向かうため退出して行った。
「さっきの人が美琴のお婆ちゃんだよね。何か、雰囲気がすごく似てた」
葵が淹れたお茶を冷ましながら啜っていると、突然彩香が声を上げる。
そして、それに同意するように穂香も頷いた。
「美琴が月宮ってことに驚いたけど、二人を見ていると納得」
二人とは、美琴と琴恵のことだろう。
確かに、母親に似ている美琴は琴恵の面影があるだろう。しかし、似ていると言われても素直に納得ができない。
しかし、彩香も同じことを思っていたのだろう。穂香の一言に同調し始める。
「そうそう。あの時の美琴、物凄くキレてたよね。見ていると、表情が抜け落ちて行くから余計に怖かった。後ろに、般若みたいなのが見えた」
「確かに。それに、あの視線が怖かった。男子が、お嬢様じゃなくて女王様って呼びたくなる気持ちが分かる」
「あぁ……分かる。背筋がゾクゾクするよね。女子の間でも、お姉さまって慕っている人が居るくらいだしね」
聞き捨てならない話が聞こえて来る。
般若?
女王様?
お姉さま?
いったい誰の事を話しているのだろう。きっと、自分ではない誰かの話をしているのだと思うことにする。
すると……
「それはそうと、美琴。さっきは何をするつもりだったの? 物凄く嫌な予感がしたんだけど」
「何かしようとしてた」
二人の疑問に、美琴は左腕の袖をまくることで答える。
日焼けをしたことがないのではと思えるほど白い腕には、無骨なデザインの黒いブレスレットが付けられている。
腕時計よりも大きなそれを見て、彩香が何かに気づいたように声を上げる。
「腕輪……って、これ魔道具でしょ」
「ええ、護身用にと頂いたものです」
美琴が見せたのは、腕輪型の魔道具だ。
美琴も自分の容姿が整っていることは自覚している。彩香や穂香ほどではないにしろ、十分に美少女と呼ばれるほどには、と。
弘人が親馬鹿過ぎるだけだと思うのだが、念のためにと護身用の魔道具を作ってくれたのだ。
不要と思っていたが、まさかこのような場面で使いそうになるとは思いもよらなかった。
すると、穂香がいつになく真剣な眼差しで言う。
「けど、魔道具は外だと基本的に発動しないんじゃないの?」
純粋な疑問だ。
魔道具を携帯することは、凶器を携帯することに他ならない。
基礎魔法の【ファイア】であればライターを携帯していることに変わりはないが、それ以上の魔法となれば話は別だ。
田辺工房のような魔道具を製造する許可を得た場所。
学校のように魔道具を扱った授業をする場所。
それ以外の場所では、二万円の懐中電灯のような危険性の低い魔道具を除いて使用できない仕組みとなっている。
穂香の言葉に、彩香は恐る恐る美琴に尋ねて来た。
「もしかして、制限付けなかったの?」
制限のない魔道具は違法だ。
魔道具を製造する弘人であれば、コアに刻まれたその制限を解除することはできるだろう。
しかし、美琴は首を横に振る。
「月宮の敷地内は、魔法を使用する制限が緩いんです。それと、外での使用が制限されているのは攻撃性のある魔法具のみです。闇属性魔法【インビジブル】は攻撃性がないので、どこでも使用が可能ですよ」
ーー使い方次第ですけどね
無声のその言葉が、二人に届くことはなかった。
「なんだ、そう言うことか……」
二人は、そう言って安堵する。
まるで、美琴が平然と法を破るようではないか。二人の態度にそう感じてしまったが、それを口に出すことはなかった。
――トントントン
三人で話し込んでいると、突然部屋の扉が三度ノックされる。
「久しぶりね、美琴」
入って来たのは、琴恵だった。その背後には葵の姿もある。
どうやら秋宮との話に区切りが付いた様子だ。とは言え、交渉は決裂。無為に時間を割く形になったようで、少し不機嫌そうだった。
葵に先導されて、ちょうど美琴の前に座る琴恵。
苦手意識を持っている美琴は、緊張のあまりドクンドクンと心臓の鼓動が大きくなるのが分かる。
そんな内心を知ってか知らずか、柔和な笑みを浮かべると琴恵は両サイドに座る二人に視線を向けた。
「貴方たちが美琴の友人ね。お名前を聞いても?」
「は、はい。三沢彩香です」
「高田穂香です」
二人とも緊張してか、声が硬い。
そんな緊張を理解して、「ふふっ」と上品に笑う。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。ただ、孫の友人の顔を見てみたいと思っただけなの」
(嘘ですよね!?)
平然と嘯く祖母に、美琴の無声の叫び声がこだまする。
いつ、琴恵が友人を連れて来いと言ったのだろうか。確かに、魔法適性の高いクラスメイトと指定をされれば彩香と穂香くらいだろう。
調べが付いているのであれば、同義ではある。
だが、顔を見たいと言うのは、おそらく背後に理由があるからに違いない。
祖母に対して疑いの視線を向ける美琴とは対照的に……
「そうだったんですか。なんだ、美琴。言うほど怖い人ではないよね」
「うん。普通に孫思いの良い人」
二人は、琴恵の上っ面に騙されていた。
たった一言に何を感じたのだろう。いや、月宮琴恵という人物を知らないからこそ、この一言で印象が決まったのだろう。
流石に精神操作はしていないはずだ。そんなことを思っていると……
「ところで、美琴。さっきから静かだけど、どうかしたのかしら?」
冷たい視線が美琴を射抜く。
きっと、心を読まれたのだろう。その視線は「誰が精神操作をしたのかしら?」と如実に物語っている。
続く言葉を想像して、冷汗が止まらない。
しかし、想定した追求はなかった。
「まぁ、良いわ。二人には美琴について話を聞かせてもらおうかと思ったけど、ごめんなさいね。思わぬ出来事に時間が押しているの。また時間を作るからその時にお願いするわ」
先ほどの秋宮夫妻のことだろう。
二十分近くは話し込んでいたはずだ。ただでさえ琴恵は多忙な身であるため、あまり割く時間がないのも仕方がない。
「いえ、お気になさらず。お忙しいと思いますから」
琴恵の謝罪に恐縮した様子の彩香。
秋宮夫妻の登場は、琴恵でも予期していなかったのだから仕方がない。非があるとすれば、秋宮夫妻の方だ。
だが、きっと彼らが謝ることはないだろう。
だからこそ、身内の恥だとして琴恵が謝罪をしているのだ。美琴の恩師であり恐怖の象徴でもある琴恵が、だ。
「それで、お婆様。そろそろ本題に入っていただけませんか?」
美琴は、怒りを押し殺して話を変える。
これ以上謝罪する琴恵の姿が見たくなかった。それは、美琴としての感情か、それとも誠としての感情か。
どちらにせよ、琴恵が謝る姿を見て気持ち良くはならない。
「……それもそうね。今日三人に来てもらったのは、お願いしたいことがあるの」
やはり来た。
何の用もなしに呼ばれるとは思ってはいない。あらかじめ想定していたため、美琴に驚きの色はなかった。むしろ、先ほど高ぶった感情が徐々に冷めていく。
「お願いしたいこと、ですか?」
突然のことに、驚いた様子の彩香。
とは言え、無理難題を押し付けるつもりではないのだろう。琴恵は、柔和な笑みを崩さず「簡単なお願いよ」と言って、美琴に視線を向ける。
「貴方たちにある人を説得してほしいの。もちろん、成否は問わないわ」
「説得、ですか?」
あまりにも唐突な申し出に、美琴は怪訝そうな視線を向ける。
美琴はともかく、彩香や穂香は普通の中学生だ。説得などできそうにない。それにも関わらず、「貴方たち」と言った。
二人も、突然説得してほしいと言われて困惑気味だ。
「報酬は、美琴が欲しがっているものでどうかしら? 月宮学園のアリーナの一部とコーチを斡旋してあげるわ」
「……」
絶対に裏のある話に、静かになる美琴。
美琴の目的を知らない穂香は話の流れが読めていない様子だ。一方で、彩香は尻込みした様子で尋ねる。
「本当、ですか?」
「ええ、もちろんよ」
琴恵が肯定すると、彩香は慎まし気に喜びを顕わにする。
何だかんだと言って、彩香は魔法に興味があるのだ。ただ、西川中学では勇気がいるため迂闊に近づけなかった。
穂香も、少しずつ話の展開が読めたのか、期待したような視線を向けて来る。
「それで、どうするの?」
「……一つだけ質問しても良いですか?」
美琴は、静かに口を開く。
その神妙そうな表情に、誰もが静かに耳を傾ける。
「私の考え過ぎかもしれませんが、その説得する人物は私の知っている人物ではないのでしょうか?」
美琴の中で一つの結論が出ている。
(おそらく、先生は秋宮と田辺製作所を切り捨てるつもり)
秋宮の業績は年々右肩下がりだ。
今日訪れたのは、月宮に投資してもらうように頼みこみに来たのだろう。尤も、頼みに来るような態度ではないが。
そして、田辺製作所。
こちらは、現状において概ね誠の思惑通りに動いている。しかし、一点だけ違う点があるのだ。それは、月宮離れである。
このまま行けば、田辺製作所の後ろ盾は月宮以外の四家となる可能性が高い。
有能な人材を引き抜くことを視野に入れているはずだ。
「それで、どうなんですか?」
美琴の質問に、琴恵は静かに言い放つ。
「……果実は熟れれば、後は腐り落ちるだけよ」
そう言って、琴恵は上品に笑うのだった。
昨日の日経平均株価、
アメリカのダウの影響を受けたとはいえ、まさか千円も上がるとは思いませんでした。
トランプ当選後を思いだしますね。
今日はその反発で二万円を下回りました。
年末ということで、日本では株も忙しいのでしょうか(笑)




