第22話 彩香の後悔
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彩香は、困惑していた。
突然、美琴が祖母に会って欲しいなどと言って来たからだ。何の脈絡もなしに、言われれば誰もが困惑するだろう。
この話を聞いた時、最初は断ろうかと思っていた。
美琴の尋常ではない様子に、会うことが怖かったからだ。しかし、よくよく考えると美琴のことをまだよく知らないことを思い出した。
祖母がいることは知っている。
しかし、それ以外の親族は……美琴の母親は既に他界しており、弘人は親兄弟がいないと千幸から聞いていた。
(そう言えば、美琴は元だけど社長令嬢だったんだよね)
ふと、千幸から聞いたことを思い出す。
弘人の父親は、勇気の父親が社長を務める田辺製作所の社長だったそうだ。突然の逝去に、息子である弘人に社長の座が回って来た。
しかし、事情があって辞任してしまったそうだ。
以前、それとなく美琴に聞いてみたが……
『冷血無慈悲で血も涙もない明智光秀が、手間を惜しんで謀反を起こした』
と、忌々し気に語っていた。
普段は丁寧な言葉遣いを心がけている美琴であるが、この時ばかりは怒りのあまり口調が変わっていたのが印象的だ。
やはり、自分の父親を蹴落とした明智光秀(誠)に思う所があるのだろう。不謹慎かもしれないが、まるで自分のことのように言う美琴の口調が少しだけ可笑しかった。
先頭を歩く美琴は昇降路から校門へと向かう。
下校時間と言うこともあって、校門は生徒たちで溢れていた。美琴は、校門へと向かうと辺りを確認し始める。
「既に到着しているはずですが……」
「まだ来ていないとか?」
美琴の呟きに、穂香が尋ねる。
「葵さんに限って、そのようなことはないと思います。もしかすると、何らかのトラブルがあったのかもしれませんね」
美琴はそう言うと、スマホを取り出すため鞄に手を入れる。
「ねぇ、校門の外で待っているんじゃないの? 校内に停められるのは、教員くらいだし」
「あっ」
彩香の一言に、美琴は間の抜けた声を上げる。
普通の公立中学であれば、生徒は基本的に徒歩か自転車、もしくはバスや電車といった公共機関で通学する。
送迎があるとすれば、通院などの特別な事情があった時くらいだろう。
おそらく、美琴が以前通っていた中学では校内まで送迎が来るのは当たり前だったようで、その辺りの認識が欠けていたようだ。
確認のため、校門から学外へ出る。
「美琴様」
すると、案の定声が掛けられた。
声のした方を振り返ると、和服を身に纏った女性が立っていた。年齢は二十代半ばくらいで、端正な顔立ちをしている。
美琴の姿を見ると、一目散に駆け寄って来た。
「葵さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「こちらこそ。美琴様にもう一度お会いできて光栄です」
葵と呼ばれた女性は、柔和な笑みを浮かべる。
いったい、どのような関係なのだろうか。まるで、従者と主人のような関係のように見えてしまう。
すると、不意に葵の視線が彩香と穂香に向けられる。
「そちらの方々が美琴様のご学友であらせられますか?」
「はい。三沢彩香さんと高田穂香さんです」
美琴が肯定すると、葵は美しい所作で一礼をする。
「三沢様に、高田様ですね。お初にお目にかかります、月影葵と申します。どうかお見知りおきを」
綺麗な一礼に、思わず見惚れてしまう彩香。
隣を見ると穂香も似たような表情をしていた。すぐさま正気に戻ると、改めて自己紹介をする。
「あ、はい。美琴のクラスメイトの三沢彩香です。よろしくお願いします」
「同じく、高田穂香。よろしくお願いします」
穂香も若干緊張した様子だ。
普段に増して声色が硬かった。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。お二人には、美琴様がお世話になっているようで、常々お礼申したかったので、お会いできて光栄です」
「……さらりと身内発言しないでもらえます?」
ジト目で葵に視線を向ける美琴。
しかし、葵は気にした様子もなく、微笑みを浮かべる。
「ふふふ。それでは自己紹介も済んだことですし、注目されているようですので、車へと移動しましょう」
言われてみて気づく。
帰宅途中の生徒や、部活動に励む生徒たちがこちらに注目していることを。明らかに目立つ容姿をしているものばかりだ。注目されない方が可笑しいだろう。
美琴は不承不承といった態度で頷くと、先導する葵の後を付いて車へと向かう。
「「……」」
車を見た瞬間、彩香も穂香も言葉を失う。
街中ではまず見ないリムジンがそこに停められていたからだ。しかも、最新技術であるフロートシステムを搭載したフロートモデル。
浮遊の魔道具が高価であるように、フロートモデルの自動車の価格は従来の自動車と比べて文字通り桁が違う。
リムジンとなると、いったいいくらになるのか想像ができなかった。
葵が従者のように扉を開くと、美琴は何の躊躇いもなく車に乗って行く。それに続くようにして、彩香と穂香が乗り込み、最後に葵が乗る。
運転手に声を掛けると、何の振動もなく車が動き始めた。
「……ねぇ、美琴。貴方のお婆さん、何者なの?」
車内に満ちた静寂を打ち破ったのは、彩香の疑問だ。
美琴の生活からして、美琴の祖母は教育に厳しい普通のお婆さんというイメージだった。質素な生活をしているため、似たような暮らしをしているのではないかと。
しかし、蓋を開けてみればどうだろうか。
一流の教育が施されたと思われる侍女。相当な資産家しか持っていないはずのフロートリムジン。
この二つだけ見ても、美琴の祖母がただものでないことが分かる。
隣に座る穂香も、視線で美琴に訴えかけて来る。すると、傍観していた葵がクスクスと上品に笑う。
「美琴様、大奥様の事を話しておられなかったのですね」
その言葉に、美琴は一瞬苦虫をかみつぶしたような表情をする。
「……ええ、まあ。母は、父と結婚するにあたり、家を出ていますから。私が、母方の姓を名乗るのも可笑しなことです」
「大奥様は気にされないと思いますよ」
「外堀が埋められそうなので、名乗りませんよ」
なんだろう、この二人のやり取りは。
彩香と同じように疑問に思った穂香は美琴に尋ねた。
「もしかして、美琴は四家の関係者?」
四家。
魔素が発見された前後から日本社会に台頭し始めた四つの家系だ。歴史こそ浅いが、その資金力や影響力は日本だけでなく世界にも与えている。
土御門、天道、諸星、そして月宮である。
もしかすると、美琴はこの四家の傍流に当たるのかもしれない。そう思って、彩香も美琴に視線を向ける。
「母はすでに縁を切っていますので、違いますよ」
と、淡白に返答する。
さらに追及しようとすると、代わりに葵が口を開いた。
「月宮琴音様、それが美琴様の御母君の名前です」
「「……」」
伝えられた真実に、彩香も穂香も呆然としてしまう。
美琴は、四家の……それも直系だという。驚かずにはいられなかった。不貞腐れたような表情をする美琴に自然と視線を向ける。
「内緒にしていた訳ではありませんよ。ただ、母はすでに家を出ていますので、私とは無関係ですので」
「ですが、大奥様の孫であることには違いありませんよ」
「……できれば、遠慮したいですね」
心底嫌そうな表情を浮かべる美琴。
先ほどまで呆然としていた彩香だが、ふと何か嫌な予感がする。
美琴は、何に自分たちを誘ったのか。
祖母に紹介するためだと語っていた。
では、その祖母は誰なのかと言うと……
「ちょっと待って! つまり、私たちはこれから月宮家に連れて行かれるの!?」
同じく呆然としていた穂香が、彩香の一言に驚く。
穂香もまた、この車が月宮家に向かっているのに気づいたのだろう。そして、向かう先は月宮家当主の御前。
ごく普通の女子中学生には格式が高すぎる場所だ。
気楽に付いて行こうとした代償が、これほどまで大きいとは思っていなかったのだろう。
すると……
「大丈夫です、取って食われたりはしませんよ」
答えにならない答えが返って来た。
しかも、小さく「……きっと」という呟きが彩香たちの耳にまで届く。騒音ゼロの車内が恨めしかった。
「……帰って良い?」
ポツリと穂香の疑問が車内に響く。
その言葉に、彩香もはっとなる。今なら、まだ間に合うと心の中で叫んでいる自分がいるのだ。
「ごめん、美琴。流石にこの恰好で会いに行くのは気が引けるから……」
「大丈夫です、その辺りは気にしませんから。穂香も帰ってはいけませんよ。良く言うじゃないですか……」
「みんなで逝けば怖くないって」と生気の宿らない目で訴える美琴。
藪を突いて蛇……いや竜が出てきてしまった気分だ。好奇心で付いてきてしまったことを後悔する二人であった。
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